学校をもっとよくするWebメディア

メガホン – School Voice Project

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コミックエッセイ『ツレがうつになりまして。』で有名な漫画家のほそかわてんてんさんが、個性豊かな10ぴきのクラスメートをのびのびと描いた『がっこうのてんこちゃん』(福音館書店、2023年)と『きょうはおやすみします がっこうのてんこちゃん』(同、2024年)。

作品の大ファンであり、特別支援学級の担任を務める藤井智子さん(愛称:こと先生)は、リアルな教室でその世界観を実現しようとしています。他のクラスの先生からは「こと先生のクラスの子、最近は顔がおだやかだね」と言われるほど。

本対談から、子どもたちの個性を尊重し「明日も来たい学校」となるために、学校側に必要な心のありようを探ります。

プロフィール

細川 貂々(ほそかわてんてん):
漫画家、イラストレーター、こどもの本の作家。代表作に『ツレがうつになりまして。』(映画化、ドラマ化)『それでいい。』『セルフケアの道具箱』等。『がっこうのてんこちゃん』で第71回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。『きょうはおやすみします がっこうのてんこちゃん』全国学校図書館協議会選定図書 『こころってなんだろう』『みらいってなんだろう』

藤井智子(こと先生):
岐阜県の公立小学校教員。特別支援学校や、学びの多様化学校勤務などを経て、現在は小学校特別支援学級の担任。

10人いたら、10人違う「ブラボー」がある

――てんてんさんは、どうして『がっこうのてんこちゃん』シリーズを書いてみようと思ったのですか?

てんてん:うちの子どもの小学校で、3年間PTA活動をしていたことがきっかけです。
自分の子が他の子と違うことをすると、保護者の方が「うちの子は本当にダメで……」と、否定的になってしまうことがありました。

子どもは10人いたら、10人で全然違うんです。「みんなと同じことができないといけない」という雰囲気に違和感を持ち、「子どもたちはみんなそれぞれ違う」ことを伝えるお話を描きたいなと思いました。

こと先生:特別支援教育でも、以前は「自立活動」と言えば「自立訓練」のことであり、できないことを「みんな」と同じようにできるようにすることを目指していました。今は子どもの良いところを伸ばそうというように、少しずつですが時代が変わりつつあります。

私、『がっこうのてんこちゃん』が大好きなんです。シロ先生(てんこちゃんのクラス担任)が、私の目指す姿そのもので。あんな風に、お互いがお互いの個性や存在を認めあえる、あたたかい教室が作れるといいなと思っています。

てんてん:ありがとうございます。実は10ぴきの子どもたちは、発達障害の特性を参考にしながら、それぞれの個性を設定しているんです。てんこちゃんは、子どもの頃の私がモデルなんですけどね。

こと先生:その話を聞いて、すごくうれしくなりました。発達障がいって見方によっては「その子の困り感」なんですけれど、それは、一つ一つがその子にしかない素敵な強みでもあるんですよね。私のクラスにもてんこちゃんだとか、てんにゃちゃん(てんこちゃんのクラスメート)だと思える子がいるんです。

今ちょうど、学校で「ブラボーランド」という取り組みをしています。昨年、岐阜県内の公園で大人も子どもも楽しく学び合える『あそぼっけ まなぼっけ』というイベントを、1,000人規模で開催しました。イベントに向け、ハワード・ガードナー氏のマルチプル・インテリジェンス理論(MI理論)(※)を、もっと会話の中で自然に使いやすいように「ブラボー」にしてみたんです。これが子どもたち一人一人の目が輝いていたのです。そこで、学校でも使ってみることにしました。

① 言語的知能 (Verbal-Linguistic) → ことばブラボー
② 論理・数学的知能 (Logical-Mathematical) → なぜなにブラボー
③ 空間的知能 (Visual-Spacial) → アートブラボー
④ 音楽的知能 (Musical) → おんがくブラボー
⑤ 身体運動的知能 (Bodily-Kinesthetic) → うんどうブラボー
⑥ 対人的知能 (Interpersonal) → ともだちブラボー
⑦ 内省的知能 (Intrapersonal) → こころブラボー
⑧ 博物的知能 (Naturalistic) → しぜんブラボー
⑨ しずかブラボー(静寂パラダイス)

参考:Gardner, H. (1983). Frames of Mind: The Theory of Multiple Intelligences. New York: Basic Books.(2011).
※MI理論について、詳しくは下記の記事もご参照ください。

学校だと読み書きそろばんができる人が「賢い」と言われがちですが、それだけじゃなく8つのインテリジェンスがある。そこを9つのブラボーにして、それぞれのいいところを見つけて伸ばすようにしています。『がっこうのてんこちゃん』の10ぴきを見ていると、ぴったり当てはまるものがあるんですよ。てんと君は⑧だな、とか。

てんてん:「ブラボー」を伸ばしていくの、すごくいい。私も学校の先生がこうして実践している話を聞いて、うれしいです。

こと先生:変わりつつあるとはいえ、学校現場はまだまだ「同じじゃないといけない」雰囲気は土台にあると思っています。でもその中でも、子どもたちの個性を伸ばす教育に変えていこうと葛藤している先生たちがいます。
そんな先生たちが、『がっこうのてんこちゃん』を読むと、すごく励まされるんじゃないでしょうか。

「なにしてんの!」ではなく、「なんで?笑」のまなざし

――てんてんさんが『がっこうのてんこちゃん』で伝えたかったメッセージについて、もう少し伺えますか?

てんてん:ちょっと人と違うことをやっている子がいたら、「その子はどうしてこんなことをしているんだろう?」と、想像してみてほしいなと思っています。すぐに「あいつなんか変なことをしているな」「秩序を乱している」と判断してしまうのではなくて、「その子なりの理由があるんじゃないか」と、思いを巡らせてみるといいんじゃないかと。

こと先生:「なんでそんなんプロジェクト」という、人の行為から生まれる「よくわからないこと」を、楽しむプロジェクトがあるんですよ。例えば「なんでそんなにぐちゃぐちゃに?!」という机をパシャりと撮影して、「発見者:藤井智子」ってクレジットをつける。

私のクラスでも「なんでそんなん?」とツッコミを入れることで、笑いが生まれます。例えばある日、道に落ちていた結構大きな金網を持って登校してきた子がいました。普通なら「戻してきなさい!」と叱ってしまいそうですが、「なんでそんなん?」とツッコミ、面白がっていると、「これ、焼肉焼けると思って」と言い出して。「だから見てほしかった!」という、可愛らしい理由でした。

てんてん:『がっこうのてんこちゃん』でも、同じようなシーンを描きました。教室の花瓶が割れていやなムードが流れはじめたときに、てんしちゃんが丘の上へみんなを連れていって、一緒に花を摘む。けっきょく遅刻してしまうんですが、シロ先生は「みんな長い休み時間だったね」と優しく受け止めます。

こと先生:そのシーン、ほんわかして大好きです。そこで時間に遅れた結果だけを見て「なんで時間に遅れたんだ!」と言ったら、子どもたちは窮屈な思いをしてしまいますよね。

これはもっと昔の話、特別支援学校に勤めていた時のエピソードなんですが。雨上がり、ダイナミックに泥んこ遊びをしていたら、大きな水たまりを見つけて寝ころんだ子がいました。普通なら「そんなところに入らないで!」と言ってしまいそうですが、「なんでそんなん?」とツッコミをいれて、私も一緒に寝ころんでみました。
そしたら、水たまりはちょうど、まるで岩盤浴のようにポカポカして、いい風が吹いて、ものすごく気持ちよくて、最高なんですよ。他の水たまりじゃダメなんです。野生の勘で分かるんでしょうね

さきほどてんてんさんが言ったみたいに「なんで?」に興味を持つと、使う言葉が変わってくるし、いい世界が待っているんだと、その時に実感しました。

てんてん:『がっこうのてんこちゃん』に出てきそうな素敵な場面です。てんこちゃんが自己紹介で緊張してしまい、思わず白いカーテンにくるまったのを、みんなで真似したときのことを思い出しました。

こと先生:まさに。「何してんの?!」じゃなくて、「なんでそんなん?」の気持ちがあれば、もう本当に楽しい毎日をみんながくれるなって、ずっと思ってます。

「ともだち」の形は、いろいろあっていい

――今後、描きたい作品のテーマは何かありますか?

てんてん:おかげさまで『がっこうのてんこちゃん』シリーズは、『はじめてばかりでどうしよう! の巻』と『きょうはおやすみします』に続いて、第三弾の出版も決まりました。
次のシリーズにするかはまだ確定ではないですが、いつかともだち関係をテーマに描きたいなと構想しています。ともだちって人によって捉え方が違うので、難しいんです。たくさんいる方がいいと思っている人もいれば、少なくていいと思っている人もいて。

こと先生:前任校で出会った学校に行きづらかった子の中には、ともだちという言葉に憧れすぎて苦しんでいる子がいました。はたから見れば「それってともだちじゃん」という関係性でも、「ともだちって毎日一緒に帰る人じゃないといけないの?」「TikTokで見たけど、一緒にマックに行かないとともだちじゃないの?」なんて、自分でともだちの定義を作って、そこに悩んでいる子もいたんです。

一緒にマックに行くのがともだちとは限らないですよね。価値観でつながっているともだちもいれば、金魚がともだちという子もいるかもしれない。いい景色を見たときにふと思い出す人がともだちかもしれない。

てんてん:いろんな「ともだち」があっていいんだってことは伝えたいです。難しく考えすぎなくても、ともだちっていつの間にかできているものかもしれないですし。そういう自然な関係性も大切にしたいです。

こと先生:本当にそう思います。そういえば、私も小学生のころ毎年仲良しの友達が転校していく経験をしました。不安と寂しさから、その度に友達をつくる練習をしていたようにおもいます。でも、4年生のときに出会った新任の先生が、シロ先生のようにみんなのそのまんまを受け入れてくれたんです。そのときの安心感を今でも覚えています。
ともだち関係に悩む子どもたちに、てんてんさんの新しい本を読ませてあげたいです。きっと肩の力が抜けて、自分なりのともだちを見つけられると思います。

学校は「にんげん」を学ぶ場所

――本を読んでの感想なのですが、学校の批判などでもなく、ただにんげんとしての「ありのまま」への承認を感じました。

てんてん:これもPTA活動時代ですが、保護者の方たちが学校に期待しすぎているなとも感じました。「すごくいい学校だったら、子どもたちは何のしんどさもつまづきもなく、学校に行けるはず」みたいな期待です。

ともだち関係もそうですが、学校は「にんげんってこういうものだよ」と学ぶ場所なので、もっといろんながあっていいんだよと思っています。

こと先生:子どもたちはみんないろんなことで不安になったり、緊張したり、ドキドキするものですよね。 

てんてん:てんこちゃんの頭の中には「どうしようオバケ」が出てくることがあります。読者で、お母さんが不登校の子に学校に行けない理由を何度聞いても、子どもがどうしても言葉にできなかったそうなんです。そのとき「あなたの中にも、どうしようオバケがでてくることがあるの?」って聞いてみたら、「うん、そう」と。うまく説明できなくても、どういうときにどうしようオバケが出るの?など、ヒントがあったようでした。

クラスメートは10ぴきいるので、「自分はどの子かな?」と、10ぴきの個性を自分に重ねて見つけやすいみたいですね。
こと先生は、自分はどの子に似ていると思います?

こと先生:小学校低学年くらいまではてんこちゃんに近かったですが、今はどうだろう……?自分の中に、何人もいる感覚です。時期によっても違うんですよね。
もし今てんしちゃんだったとしても、ずっとてんしちゃんだっていうこともないんだと思います。10ぴきの個性と重なる部分を行ったり来たりしながら「ああこんな面も、あんな面もある、どっちもいいな」と、発見を楽しんでいけるといいなと思っています。

――最後に、先生たちや学校に伝えたいことはありますか?

てんてん:私は学校が嫌いな子だったので、ずっと学校は行かなくてもいいところだと思っていたんですよ。
でも最近は、学校は「行きたい」って思えるような場所であってほしいなと願うようになりました。

学校に行けないことで、同世代の子と関われない時期が長く続くのはちょっともったいないなと。学校は勉強だけじゃなく、人とどうやって関わっていいのか学んでいくところだなと考えています。

こと先生:私も全く同感です。「明日も行きたいな」って思える学校がいいなと思っています。じゃあ、どうしたら明日も行きたいなって思えるかと言ったら、「自分が自分のままいられて」「自分と違う人に会える」場所だと思うんです。

そこで新しい発見があったり、世界が広がったりする。自分が苦手なことを助けてもらえたり、時には意見がぶつかったり。もっとケンカしてもいいんだと思うんですよ。受け止め方の違いを乗り越えて、お互いを理解していく。そんな小さな社会の練習の場であってほしいですね。

それって0円でできることなんですよ。すごいことです。お金をかけなくても、明日から、いや今日からでも変えられる。先生も子どもも、みんなが勇気を持って一歩踏み出して、違いを面白がれれば。きっと素敵な未来になると信じています。

はじめに

文部科学省の中央教育審議会は2024年5月、教員が特定の教科ごとに授業を受け持つ「教科担任制」について、今の対象である全国の公立小学校5・6年生から、さらに3・4年生にまで拡大すべきとする審議を特別部会で取りまとめました。

日本の教育現場では長らく、クラスの担任が全ての教科を教える「学級担任制」が続いてきました。これを大きく変える教科担任制は、2022年度に本格的に導入され、まずは小学5・6年生を対象としています。そもそも、教科担任制は何のために導入されたのでしょうか。また、文科省はなぜ今、拡大の可能性を示唆しているのでしょうか。教科担任制の導入と拡大の背景、またそのメリット、デメリットをまとめます。

参考「『令和の日本型学校教育』を担う 質の高い教師の確保のための環境整備に関する 総合的な方策について (審議のまとめ)」文科省,2024年5月公開,2024年7月5日参照)より

教科担任制とは

現在、全国の公立小学校で導入が進んでいる教科担任制は、5・6年生を対象とし、外国語、理科、算数、体育の4科目について、学級担任ではなく教科担任がクラスを跨いで教える制度です。導入以前は、例えば学級担任制に慣れた小学生が中学に進学した際、うまく教科担任制に馴染めず学習不振に陥るなどの「中1ギャップ」問題が指摘されてきました。教科担任制を導入すれば、この問題を解決し、また教員側にとっても、授業数を減らして授業準備を効率化できるなど、過酷な労働環境を改善する効果が期待できるとされました。

School Voice Projectでは、導入に先立つ2021年、全国の教員へのWEBアンケート調査や、既に先行導入が進んでいた兵庫県の教員への独自インタビューなどから、当時教育現場で広がった波紋についても調べています(こちら)。

参考「「令和の日本型学校教育」の構築を目指して ~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」(文科省,2021年4月22日公開,2022年9月13日参照)より
参考「義務教育9年間を見通した教科担任制の在り方について」(文科省,2021年3月公開,2022年9月13日参照)より

導入・拡大の背景

小学校高学年への導入

伝統的に、日本の公立小学校では、学級担任が受け持ちのクラスで多くの科目を教える学級担任制が主流でした。一つ前の項目でも触れましたが、そもそも教科担任制が導入された背景には、子どもが小学校から中学校へ進学する際に、学習環境の変化に戸惑う「中1ギャップ」の解消や、1人の教員が多くの指導教科を抱えて疲弊する労働環境を改善するねらいなどがありました。

いわゆる「中1ギャップ」は、学級担任制で慣れた小学生が中学1年生になった時、教科担任制への切り替えや学習内容の高度化など、大きな変化にうまく対応できず不登校などが発生しやすいとされる問題です。2021年7月に文科省の検討委員会が出した報告は、小学5・6年生に教科担任制を導入し、中学校から小学校へ教員を派遣することによって、①小・中学校間の連携を進めて円滑な進学を図ることができると指摘しています。また、②専門性を持つ教科担任教員が教材をじっくりと研究し、熟練した指導をすることで授業の質が向上するほか、③児童それぞれに対して学級担任や複数の教科担任が接することで、児童を多面的に理解し、児童の心の安定につなげられるとしました。

他方、教員にとっては、④担当する授業数の軽減や、授業準備の効率化によって負担軽減が可能だというメリットを挙げています。

上記の報告書などを経て、教科担任制は2022年度に全国の公立小学校5・6年生を対象として本格導入されました。それから2年を経て、文科省の中央教育審議会は2024年5月、小学3・4年生についても「子供たちへの学びの質の向上の観点と教師の持ち授業時数の軽減の観点から、教科担任制を推進し、(担任以外の教員が特定教科の授業をする)専科指導のための教職員定数の改善を図る必要がある」とする審議を特別部会で取りまとめました。

小学校中学年への拡大

なぜ拡大対象が3・4年生なのかというと、その理由は二つあげられています。

まず、3・4年生は低学年から高学年に向かう重要な過渡期だからです。中教審は、取りまとめの中で①3・4年生は生活科の学習が終わり、新たに社会科、理科、外国語活動や総合的な学習の時間が始まるなど、より各教科の特質に応じた学びにつなげていく時期であること、②高学年やその先の中学校との円滑な接続の観点から、より専門性のある教師が専科指導を行うことで教育の質の向上を図る必要があること、③専科指導は子供たちそれぞれの関心や個性に応じた得意分野を伸ばせるのでその充実が必要であること、などとしています。

二つ目は、現在、小学校教員が中学校や高校に比べてより多くの授業時間を受け持っている厳しい現状があるからです。令和4年度学校教員統計によると、教員の週当たりの平均持ち授業時数は、小学校で 24.1 単位時間、中学校で 17.9 単位時間、高等学校で 15.4 単位時間となっています。加えて、国の定める年間の標準授業時数は、小学1年が850単 位時間、2年が910単位時間に対して、3年が980単位時間、 4年が1,015 単位時間となっており、中学年は、小学校高学年や中学校の 1,015 単位時間とほぼ変わりません。つまり、学級担任制のもとで3・4年生を受け持つ教員の負担が大きい中、ここに教科担任制を導入すれば、教員の働き方にゆとりが生まれて教材研究の時間を確保でき、同時に担当教科数を絞り込むことで教材研究に深みが出る、という一石二鳥が狙えるわけです。

参考「義務教育9年間を見通した教科担任制の在り方について」(文科省,2021年3月公開,2022年9月13日参照)より
参考「『令和の日本型学校教育』を担う 質の高い教師の確保のための環境整備に関する 総合的な方策について (審議のまとめ)」(文科省,2024年5月公開,2024年7月5日参照)より

拡大のメリット・デメリット

では、教科担任制が現行の小学5・6年生から3・4年生にも拡大されると、具体的にどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。

メリット

そもそも、教科担任制のメリットとは何でしょうか。教科担任制を小学5・6年に本格導入するのに先立ち、文科省の検討委員会は2021年7月、報告書の中で教科担任制には次のようなメリットがあると指摘しています。

  1. 小・中学校間の連携を進めて円滑な進学を図ることができる。
  2. 専門性を持つ教科担任教員が教材をじっくりと研究し、熟練した指導をすることで授業の質が向上する。
  3. 児童それぞれに対して学級担任や複数の教科担任が接することで、児童を多面的に理解し、児童の心の安定につなげられる。
  4. 教員が担当する授業数の軽減や、授業準備の効率化によって教員の負担軽減が可能。

そして2024年5月、文部科学省の中央教育審議会の特別部会は、審議のまとめにおいて対象を3・4年生に拡大することの追加メリットを次のように指摘しました。

  1. 教員が担当する授業時間を減らし、持続可能な教職員指導体制を構築できる。
  2. 子供たちの学びの質の向上につながる。

参考「義務教育9年間を見通した教科担任制の在り方について」(文科省,2021年3月公開,2022年9月13日参照)より
参考「『令和の日本型学校教育』を担う 質の高い教師の確保のための環境整備に関する 総合的な方策について (審議のまとめ)」(文科省,2024年5月公開,2024年7月5日参照)より

デメリット

導入によるメリットが多く挙げられている教科担任制ですが、一方で次のようなデメリットも指摘されています。以下の事項は、文部科学省が教科担任制に関して取りまとめた事例集や、教科担任制の導入で先行する兵庫県丹波篠山市の資料などで指摘されているものです。

  1. 従来は学級担任が原則として全ての教科を教えることにより、教科横断的なカリキュラム・マネジメントが効果的に行われてきたという利点が損なわれる。
  2. 時間割編成が複雑化し、柔軟な時間調整ができなくなる。
  3. 担任教員が児童と過ごす時間が減り、包括的な見守りができなくなる。
  4. 学級担任が、担当しなくなる教科について当事者意識を失ったり、若手教員が一部の教科について力量を培う機会を持てなくなったりする。

参考「小学校高学年における 教科担任制に関する事例集」(文科省,2023年3月公開,2024年7月5日参照)より
参考「教664 新しい取組 小学校教科担任制 (教育長ブログR6.5.17)」(兵庫県丹波篠山市,2024年5月17日公開,2024年7月5日参照)より

小学校の授業はどう変わる?

それでは、教科担任制の導入・拡大によって、小学校の授業はどう変わるのでしょうか。

導入・拡大の背景」でも触れましたが、2022年度から本格導入された教科担任制は、現在、「中1ギャップ」解消の観点などから小学5・6年生を対象としています。導入に先立って文部科学省の中央教育審議会が2021年1月に行った答申では、まず5・6年生を対象とした理由について、「児童生徒の発達の段階を踏まえれば、児童の心身が発達し一般的に抽象的な思考力が高まり,これに対応して各教科等の学習が高度化する小学校高学年に着目し、系統的な指導によって中学校への円滑な接続を図る」と説明しています。

また、教科担任制の対象科目は外国語、理科、算数、体育の4教科に絞られています。答申はその理由について、

  1. 新たに小学校において導入された教科で、指導体制の早急な充実が必要(外国語)
  2. ICT の活用やプログラミング的思考など新しい知見も活用しながら、中学校での科学的リテラシーの育成を見据える必要(理科)
  3. プログラミング的思考の重視など道を立てて考える力の育成の重要性(算数)
  4. 学年が上がるにつれて技能差や体力差が広がりやすく、個々の能力に適した指導・支援を安全・安心を確保しながら行う必要(体育)

などの背景を指摘しています。いずれの教科も、中学校での学習を視野に入れた系統的な指導ができる専門性が必要な点が共通しています。

さて、教科担任制の小学3・4年生への拡大ですが、現在はまだ、2024年5月に文部科学省の中央教育審議会の特別部会で審議が取りまとめられたばかりなので、小学3・4年生にいつ、どのような形で導入されるのかは分かりません。

しかし、取りまとめの際の議事録によると、出席した委員から「速やかな実現をお願いしたい」との声が上がったほか、取りまとめの中では、若手の負担を減らすため、新卒教員は学級担任ではなく教科担任とするなど、持ち授業時数を軽減するための追加の取り組みにまで踏み込んで言及しており、拡大に前向きな姿勢が伺えます。

しかし同時に、委員からは「(教員が)教育に専念できる環境を整備するための予算を確保すること」など、実効性を伴うための予算確保ができるか懸念の声も上がっています。

参考「令和の日本型学校教育」の構築を目指して(答申)(文科省,2022年1月26日付,2024年7月5日参照)より
参考「『令和の日本型学校教育』を担う 質の高い教師の確保のための環境整備に関する 総合的な方策について (審議のまとめ)」(文科省,2024年5月公開,2024年7月5日参照)より
参考「質の高い教師の確保特別部会 第13回議事録」(文科省,2024年5月13日付,2024年7月5日参照)より

教科担任制導入の先行事例

5・6年生への導入(兵庫県の実施体制)

次に、自治体の先行事例から、具体的な変化をみてみましょう。

以前から、音楽や理科など一部の教科で教科担任制を取り入れる動きは全国に広がっていました。例えば兵庫県では2012年から、学級担任間の授業交換による教科担任制と、担任と加配教員による少人数教育を組み合わせた「兵庫型教科担任制」が実施されています。

兵庫県では、小学校5・6年生のいずれかが20人以上の学級を有する学校において、原則として国語、算数、社会、理科から2教科以上を選択し学級担任間の授業交換を行っています。さらに、この4教科で専科指導を行っている場合、他の教科を加えた交換授業も幅広く行っており、例えば2019年の実施状況は、社会95・3%、理科76・0%、家庭25・0%、体育22・3%、国語18・4%などでした。

兵庫県で起きた変化

以前から教科担任制を実施している兵庫県で、児童に起きた変化を見てみましょう。2012年の調査では、「教えてもらう先生が代わって、授業を楽しいと思うことが多くなった」と答えた児童が81・8%に達しています。また、「担任の先生以外の先生に気軽に話ができるようになったと思う」と答えた児童も77・4%に上りました。そして教員が気づいた影響としては、「児童の変化に気づきやすくなり、問題の未然防止・早期対応ができた」「多くの教員が関わることで、児童の良さを認め合う場面が多くなった」などの声が上がっています。

一方で、具体的な課題も浮上しました。兵庫県の調べでは、例えば1学年3クラス、5クラスなど奇数クラスの場合に授業交換が複雑となること、また5・6年生が共に1クラスの場合、5年担任と6年担任との授業交換となるため教員の負担軽減につながりにくいこと、数年に渡り担当しない教科が生じるため特に若手教員の指導の機会が減ること、などが挙げられています。

参考「兵庫型教科担任制について」(兵庫県教育委員会,2020年10月7日付,2022年9月13日参照)

3・4年生への拡大(北海道の事例)

全国に先駆け、既に3・4年生にまで教科担任制を取り入れている小学校では、どのような変化が見られたでしょうか。

例えば、北海道の更別(さらべつ)村立更別小学校と、7キロ離れた中札内(なかさつない)村立中札内小学校では、複数の科目について3〜6年生に教科担任制を導入しています。特に、2021年度からは加配された外国語専科教員が両村を跨ぎ、両校で教科を担当しています。

その結果、肯定的な意見が多く上がっています。文科省のまとめによると、例えば、管理職の教員からは「教材研究の深化等により、児童の学習意欲や学習内容の理解度・定着度が向上した」、「児童に多くの教師が関わることにより、積極的・多面的な生徒指導の充実を図ることができた」と肯定的に捉える意見が寄せられ、学級担任からは「授業準備の時間が減り、負担軽減につながった。時間外在校等時間は1か月で45時間未満になった」、そして専科教員からも、「複数の学級で同じ教科・同じ内容を指導しているため、次の学年や、中学校へのつながりを意識した指導をすることができる」との声が上がっています。

一方で、具体的な課題も見えてきました。両校では、特に自治体を跨いで複数校で教える専科教員がいる場合、専科教員が体調を崩した際に柔軟な時間割調整が難しいことや、複数の学校・学級において連続で指導するため、授業間の空き時間が少なく、教材研究の時間や休憩時間、個別の質問に対応する時間が取りづらいこと、教員の加配が各年度毎に決定されることから、次年度の学校経営の見通しが立てにくいこと、などが検討課題として挙げられています。

参考「小学校高学年における 教科担任制に関する事例集」(文科省,2023年5月公開,2024年7月5日参照)より

現場の声

事前アンケート調査

School Voice Projectでは、教科担任制が一斉導入される直前(2021年10月〜11月)にアンケート調査を実施し、全国の教職員40人から回答を得ました。

2022年度から導入される小学校高学年における教科担任制についてあなたの意見を教えてください
回答者全体の割合
回答者のうち、小学校教職員(28名)のみの割合

《教員へのアンケート調査とインタビュー結果はこちら》

アンケート結果を見ると、「来年度から導入される、小学校高学年における教科担任制についてあなたの意見を教えてください」という設問に対し、「よいと思う」「どちらかというとよいと思う」が計26人(65%)を占めました。一方で、「心配・懸念が強い」「どちらかというと心配・懸念が強い」も計14人(35%)に達し、諸手を挙げて賛成というわけにはいかない複雑な事情も浮かび上がりました。

具体的には、「質の高い授業を提供できる」と趣旨に賛同する声が多い一方で、「余計に負担が重くなる」「人員の確保が急務では」「時間割を組むのが大変」といった懸念が多く寄せられています。詳細はアンケート結果をご覧ください。

先行する兵庫県からの声

School Voice Projectによる事前アンケートは多くの賛否の声が集まりましたが、実際に制度が動き出した自治体では、具体的にどのような手応えがあったのでしょうか。独自に、教科担任制で先行する兵庫県の小学校教員2人の協力を得て電話インタビューしたところ、教育現場における実感として次のようなコメントが寄せられました。

(子どもが)別の先生が来ることで次の授業に切替ができるようになったり、複数の教員が関わることで関係性が固定せず、逃げ道ができるなど落ち着きにつながった

高学年になってからの実施により、中学に向けて心の準備ができ”お兄さん、お姉さん”になっていく過程を子どもたちが実感しながら過ごせる

教員側も授業の準備に集中できる。教材研究の質が上がり、子どもたちの反応もよく、楽しく授業ができる。例えば、複数のクラスで授業を行うことで、同じタイミングですぐに修正もでき、子どもたちの反応によりクラスごとに授業を変えていくことで、精度の高い授業を子どもたちに提供できるようになる

問題が起こったときの生徒指導や、時間割を組む際に複雑になる点がデメリットだが、やってみたらデメリット以上にメリットは多いと感じた

このように、事前アンケートに比べてポジティブな反応が寄せられました。教科担任制の導入に向けて、文部科学省の中央教育審議会が2021年1月に行った答申で述べた趣旨(①授業の質の向上②中1ギャップの解消③複数の教員による多面的な児童理解を通じた児童の心の安定④教員の負担軽減)通りの効果が全て表れているとは言えませんが、現場で一定の手応えはあるようです。

導入前の課題

教育現場で賛否の声が上がる中、2022年4月に小学校で本格導入された教科担任制。現在は4教科に絞られ、今後さらに拡充されるのか、具体的な政策はまだ発表されていません。しかし既に、限られた予算内で人員を確保しなければならないという課題が将来への不安材料として浮上しています。

教科担任制を推進する文部科学省は、2022年度予算の概算要求において、教科担任制の充実のために教職員定数の2,000人増員(今後4年間で計8,800人増員)を求めました。しかし、財政難を懸念する財務省から削減を求められ、実際に認められたのは950人の増員にとどまりました。文科省は今後、4年間で計3,800人の増員を見込んでおり、地域の小学校同士や小中学校の連携、小学校内における授業交換などを積極的に進めることで、教科担任制を充実させようとしています。

School Voice Projectが独自に行った電話取材では、匿名の教員が「私の学校で実施している現状の授業交換のやり方だと人が増えないままなので、同じ時数の教科しか実施できない」と吐露しました。教科担任制が普及しても「予算内でやりくり」する姿勢が本当に質の高い授業提供につながるのか、教員の負担軽減につながるか、不透明な点が残っています。

まとめ

2022年度から、全国の公立小学5・6年生を対象に、外国語、理科、算数、体育の4科目について教科担任制の普及が進んでいます。これは従来の学級担任制に変わり、学級担任ではなく教科担任が特定の教科ごとにクラスを跨いで授業をする制度です。

従来は、学級担任制に慣れた小学生が中学に進学した際、うまく教科担任制に馴染めず学習不振に陥るなどの「中1ギャップ」問題がありました。5・6年生への教科担任制の導入は、①この「中1ギャップ」問題を解決し、②専門性を持つ教科担任教員が教材をじっくりと研究し、熟練した指導をすることで授業の質が向上するほか、③児童それぞれに対して学級担任や複数の教科担任が接することで、児童を多面的に理解し、児童の心の安定につなげられること、また④教員に対し、担当する授業数の軽減や、授業準備の効率化によって負担軽減が可能なこと、などを狙いとして導入されました。

そして今、教科担任制は小学3・4年生にも拡大する気配を見せています。文部科学省の中央教育審議会は2024年5月、教科担任制の対象を全国の公立小学校5・6年生から、さらに3・4年生にまで拡大すべきとする審議を特別部会で取りまとめました。

拡大を目指す理由は二つあり、一つ目は「子供たちへの学びの質の向上の観点」、そして二つ目は「教師の持ち授業時数の軽減の観点」によるものです。つまり、低学年から高学年を向かう過渡期において、より専門性のある教員が専科指導を行うことで、質の高い授業を提供して子どもたちの得意分野を伸ばしつつ、一方では教員の担当教科を絞ることで、教材研究の時間を確保し、労働時間の長い教育現場での働き方改革を実現させようというのです。

既に先行導入している北海道の自治体では、「児童に多くの教師が関わることにより、積極的・多面的な生徒指導の充実を図ることができた」「授業準備の時間が減り、負担軽減につながった」などと評価する声がある一方で、「柔軟な時間割調整が難しい」などと問題を指摘する意見も見られます。

そして、教科担任制の持つ長所を十分に引き出すには、教員数の増加などに必要な十分な予算配分が欠かせません。今後、教科担任制が実際に小学3・4年生に拡大されるかどうかはまだ分かりませんが、文部科学省の中央教育審議会の特別部会でも、委員から「(教員が)教育に専念できる環境を整備するための予算を確保すること」などと要望する声が上がっています。

子どもの公教育の更なる充実と、教員の働き方改革という二つの大きな課題に向けて、文科省が今後どのような方針を示していくか、School Voice Projectでは記事を随時更新し、皆さんにお伝えしていきます。

参考「『令和の日本型学校教育』を担う 質の高い教師の確保のための環境整備に関する 総合的な方策について (審議のまとめ)」(文科省,2024年5月公開,2024年7月5日参照)より
参考「小学校高学年における 教科担任制に関する事例集」(文科省,2023年5月公開,2024年7月5日参照)より
参考「質の高い教師の確保特別部会 第13回議事録」(文科省,2024年5月13日付,2024年7月5日参照)より

学校では毎年4月1日から新年度がスタートし、非常に短い期間で新年度準備を行っています。この期間には、本来であれば教職員がしっかりとコミュニケーションをとりながら、学校のビジョンや目標を話し合ったり、新年度の体制やカリキュラムを作っていくための時間を取りたいところですが、実際はそのような時間を取るのは難しいといえます。

新年度準備期間が短いと、さまざまな準備に十分な検討を行うことが難しく、前年通りに進めるしかなかったり、超過勤務や休日出勤が状態化したりしているという現状があります。

今回のアンケートでは、現職の教職員のみなさんに、新年度の準備時間が短いことによって発生している超過勤務について聞きました。

アンケートの概要

■対象  :全国の小〜高校年齢の児童生徒が通う一条校に勤務する教職員
■実施期間:2024年4月20日(土)〜2024年5月27日(月)
■実施方法:インターネット調査(実施時の設問はこちら
■回答数 :93件

アンケート結果

設問1 2024年度の始業式は4月何日?

Q1. あなたの勤務校では、今年度(2024年度)の始業式は4月何日でしたか?

2024年度の始業式は校種を問わず4月8日(月)に実施された学校が多く、小学校で74%、中学校で62%、高等学校で77%でした。最も早い学校は4月3日(水)、遅い学校は4月10日(水)に実施されていました。

設問2 2024年度の主な受け持ちがあなたに知らされたのはいつ?

Q2. 2024年度の主な受け持ちが管理職等からあなたに知らされたのはいつですか。

2024年度の主な受け持ちの通知があったのは、「修了式(終業式)以降、3月中」が最も多く、回答者全体の39%を占めました。次いで多かったのは、「3月中旬以降、修了式(終業式)以前」で25%でした。校種別に見ると、小学校、中学校では「2月以前」に通知があった人はそれぞれ0%、6%であったのに対して、高等学校では23%でした。高等学校の方が、比較的早い時期に次年度の主な受け持ちの通知があることがわかりました。

設問3 4月1日から始業式までの超過勤務時間は1日あたりどのくらい?

Q3. 4月1日から始業式までの間における、平日1日あたりの超過勤務時間を教えてください。

回答者全体の半数が、4月1日から始業式までに1日あたり「2時間以上4時間未満」の超過勤務をしていることがわかりました。校種別に見ると、比較的長い時間の勤務をしているのは中学校の教員で中学校で、全体の32%が「3時間以上4時間未満」の超過勤務をしているようです。最も回答数が多かった超過勤務時間としては、小学校では30%が「2時間以上3時間未満」、高等学校では23%が「1時間以上2時間未満(23%)」でした。

設問4 4月6日(土)・7日(日)に土日出勤はした?

Q4. 新年度最初の土日(4月6・7日)に土日出勤をしましたか?

4月6日(土)、7日(日)の両日とも出勤した人は全体の15%でした。約半数の人は「土日出勤はしていない」と回答しました。校種別に見ると、小学校で土日両日とも出勤した人は9%であったのに対して、中学校、高等学校では約25%にのぼりました。

設問5 4月6日(土)・7日(日)の業務時間はどのくらい?

Q5. 新年度最初の土日(4月6・7日)に合計で何時間程度業務をしましたか?(持ち帰り業務を含む)

4月6日、7日の合計業務時間は、「5時間未満」が29%、「5時間以上10時間未満」が27%でした。校種別に見ると、小学校と高等学校で「業務はしていない」もしくは「5時間未満」と回答した人は全体の約6割であったのに対し、中学校では約3割にとどまりました。

まとめ

今回のアンケートでは、年度始めの超過勤務の実態について聞きました。

全体の傾向で見ると、修了式(終業式)の前後に次年度の主な受け持ちの通知がある学校が多く、その後、始業式までの間に準備を進めている教職員が多いようです。土日の出勤や超過勤務時間については校種によって大きなばらつきが見られました。部活動の指導がある中学校や高等学校の教職員は土日に出勤している人が比較的多く、特に中学校の教職員の勤務時間(持ち帰り業務時間を含む)が長い傾向があることがわかりました。

また、NPO法人School Voice Projectでは2023年度にも同様のアンケートを行っています。こちらも合わせてご覧ください。


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※メディア関係者の皆様へ
すでに公開されている教職員アンケート結果やWEBメディアの記事の内容等は報道の際に使用いただいて構いません。その際は【出典:NPO法人School Voice Project 】クレジットを入れていただき、事後でも結構ですのでご一報ください。

昨今、学校現場では「教員不足」「講師不足」が深刻な問題となっています。今回の調査では、教員不足の実態を把握するため、現職教職員の皆さんから情報・意見を集めました。なお、教員不足が現在起きていない学校も調査対象としています。

アンケートの概要

■対象  :全国の小〜高校年齢の児童生徒が通う一条校に勤務する教職員
■実施期間:2024年5月10日(金)〜2024年6月3日(月)
■実施方法:インターネット調査(実施時の設問はこちら
■回答数 :202件

アンケート結果

設問1 2024年度4月時点で、教員不足は起きている?

Q1. あなたの勤務校では、今年度スタート時点において、「教員不足」は起きていますか。欠員数をお選びください。

2024年4月時点では、約51%の学校で1人以上の教員不足が起こっていることがわかりました。NPO法人School Voice Projectが昨年度に行ったアンケートでは、2023年度4月時点で1人以上の教員不足が起こっている割合は約37%でした。この結果から、教員不足の実態は昨年度よりも深刻になっていることが伺えます。

設問2 教員不足によって、起こったことは?

Q2. 設問1で「教員不足が起きている」と回答した方にお聞きします。教員不足によって起こったことや、大変だったこと、エピソードを教えてください。(教職員・職場組織への影響、児童生徒への影響など)

教員への過重負担

専科だが、誰かが休む度に補欠に入るため、空き時間はしょっちゅう無くなる。残業(?)必至になる。疲れから体調を崩した。私が休むと今度は、専科による空き時間がなくなる担任の先生が体調を崩す。体調不良の連鎖が続く。みんなギリギリ頑張って、現場をもたせている。【小学校・教員】

正規の育休代替教員が見つからないため、時間給の講師になった。その講師には、クラブや委員会、行事なども分担できず、校務分掌ももてないため、正規の教員への負担が増える。【小学校・教員】

主幹教諭の業務と担任業務、加えて初任者の指導と物理的に時間が足りない。そのため、担任としての業務はほぼ全て持ち帰りで毎日3〜4時間は自宅で業務をする。【小学校・教員】

至るところにしわ寄せがいき、幼い子がいて時短勤務にしようにも結局超過労働せざるをえない状況。まず教員の家族が犠牲になり、そして教員の心身も蝕み、生徒・保護者対応へも余力がなくなっている。子どもが育つ環境として健全ではない。【高等学校・教員】

担任や教科担当者の不足

中学校で、学年に社会科教員がおらず、他学年から授業に入ってもらっている。他学年が、修学旅行等の行事になると、その期間社会の授業が組まれないことがある。また、社会科の教員は、週の授業時数が多くなり、教材研究や授業の準備に支障が出ている。【中学校・教員】

校長や教頭がクラスや部活動に入っている。授業を教えるのが非常勤の先生ばかりで生徒がテスト週間などに質問をしたくても、帰っていて会えない。怪我人の対応やトラブルの対応が人手不足。職員室に誰もいない状況が生まれてしまう。【中学校・教員】

支援が必要な児童生徒への対応不足

支援学級担任がいないことによって、支援学級在籍児童に対する支援がおろそかになっていた。【小学校・教員】

市の重点施策(訪問型通級教室)、本校の通級教室が機能していない。【小学校・教頭】

不登校児童の支援を担う生活指導加配が欠員の出ている理科の授業をしなければならず、その分不登校の児童に対する支援が行き届いていない。【小学校・教員】

最も深刻なのは、支援級及び、発達障がいのある子どもの安全を担保できないことです。
情緒が不安定な子どもが支援級の教室を飛び出しましたが、未配置によって、追いかける教職員がおらず、行方が分からなくなりました。一度、教室を施錠し、子どもたちを閉じ込めた状況をつくり、その子どもを探しに行きました。無事、校地内で見つかりましたが、事故等が起きていてもおかしくない状況でした。また施錠した教室の中の子どもたちも無事でした。その後、支援級については、教室から飛び出せないよう日常的に施錠をするようになっています。子どもの安全のために、人権が無視されるようなことをせざるを得なくなっています。【中学校・教員】

教員の健康面への影響

至るところに皺寄せがいき、幼い子がいて時短勤務にしようにも結局超過労働せざるをえない状況。まず教員の家族が犠牲になり、そして教員の心身も蝕み、生徒・保護者対応へも余力がなくなっている。子どもが育つ環境として健全ではない。【高等学校・教員】

抜けた人や足りない分をフォローするために、一人当たりの授業数や仕事量が増えて、体調を崩したり、心身を病んだりする人が増えました。【高等学校・教員】

教員不足が起こっていることによって、教員への過重な負担につながっているという声が多く寄せられました。正規教員の代わりに講師が配属されることによって授業以外の業務を担当できず、他の教員が部活指導や校務分掌などを担当している現状もあるようです。

また、担任の教科担当者の不在によって、校長や教頭が担任業務を務めたり、複数のクラスを統合して授業を行ったりするなどの対応をしている学校もあります。通常よりも少ない人数で業務を担当することによって、支援が必要な児童生徒への対応が行き届きづらくなっていることを懸念する声も目立ちました。

設問3 教員不足について、あなたの考えは?

Q3. 教員不足問題について、国・自治体等へ伝えたいこと、あなたの考えや改善策などを自由にお書きください。

教員の労働環境の改善

適切に労務管理を行い、児童数ではなく業務量に基づいた人員配置を行って行くことが必要では無いかと思います。【小学校・教員】

現状では「待遇改善」よりも「働きやすさを感じられる」方が、より人を集められると感じる。実習生や学生などに直接聞いても、「自分には無理そう」「続けていく自信がない」などの声がある。志のある人に諦めることなく、思い切って挑戦しようと考えてもらうことが必要。そのためには、「初任者は副担任とする(小学校)」「代替対応教員の配置」などの人的な支援策を導入してもらいたい。【小学校・教頭】

残業手当をつけるべきだと思います。手当が発生するようになれば、今やらなければならない仕事なのかどうかを吟味しながら、あと1時間でこれとこれを片付けよう、と能率的に仕事ができると思います。一般企業や私立ではみんなそのような考え方で仕事をしていました。【小学校・教員】

長年にわたり給特法を放置し、免許更新のような負担を増やすような施策を取ってきた国の責任は大きいと考えます。早急にとりくんで欲しいのが、30人以下学級の実現です。そのために教員の成り手を増やす施策を充実させ、給特法を無くし、教員の労働環境を整える施策を同時に進めて行ってほしいと考えます。【中学校・教員】

「教員はブラックな仕事」ということや、「教員不足で更に学校現場が疲弊している」という情報で、教員採用試験の倍率が下がり続けるという負のスパイラルに陥っています。これを断ち切るには、給料を増やし、教員定数を増やし、業務の仕分けをしたうち、学校がやらなくてもよいことに対する受け皿を用意することだ思います。いろいろな新しい取組が出てきて、コロナでICTが加わり、保護者の意識も様々で、それらを対応する学校現場も、ワークライフバランスが重要と言われる。その中で業務をこなすのは大変です。

学級の児童生徒数を減らし、教員の定数を増やさないと、授業や行事の質は低下します。教員を増やすには、給料をあげるしかないと思います。【中学校・校長】

業務量の削減や見直し

学校組織のあり方、しなくてもいい仕事をチームで対話して削減すること、チームで仕事をすること(低中高など)、学校現場でできることはたくさんあるので、組織マネジメントできる仕組みにしてほしい。組織マネジメントできる校長でないと変わらないので、チームで動ける仕組みにすれば辞める人が減り、なりたい人が増える魅力的な職場になる。【小学校・教頭】

一日あたりの仕事の量を勤務時間内で終わる量に調整する。具体的には、一校あたりの職員を増やし、一人あたりの業務量を減らす。または、業務自体を精選し、現在と同じ職員数で時間内に仕事が終了するようにする。【中学校・教員】

教育内容の削減や見直し

学習指導要領の内容を減らす。改訂で新しい内容を盛り込むなら、現行の内容を減らす。国主導で教師の仕事はここまでと明確に示し国民に提示する。【小学校・教頭】

学習指導要領の内容の削減も、勇気を持って取り組んでほしいです。現行の学習指導要領を策定するときに、教員の勤務時間内に収まる仕事量かどうか、という視点はあったのかどうか、疑問です。観点別評価もストレスが大きいです。教師がしんどいと感じることは、たいてい子どももやっててしんどい。良いと思うことを次々にやっていくと、一つ一つには意義があっても、積み重なるとしんどさになります。あえてやらないことのよさ、余裕があることのプラス面に注目してほしいです。【小学校・教員】

教員やその他専門職員の増加

余裕のある教職員定数を望みます。また、スクールサポートスタッフやICT支援員も配置してほしい。【小学校・教員】

小学校では、ギリギリの人数で運営しています。病気や自分の子どもの行事などで学校をあけるのも安心してできる状況ではおりません。数人ずつでよいので、余裕のある人員を採用してください。また、特別支援学級の定員8人は多すぎます。5人程度が限界だと思います。【小学校・教員】

授業だけでなく、朝の出欠確認、給食指導、放課後の生徒指導や部活動指導など、学校の中で教員が担っている仕事はフルタイム(もしくは残業としてそれ以上の時間)かつ多岐に渡ります。また、授業もそのコマ数だけでなく、その授業のための教材研究やプリントなどの準備、提出物や小テストの採点などをする時間も必要です。ひとりひとりが時間的にも心理的にも余裕を持って働けるように、教員不足のみへの対策ではなく、教員増をふまえた対策をお願いします。【中学校・教員】

部活動の地域移行

部活動の地域移行を早くに実現してほしい。平日は18:30を超えてから教材準備などをしている。土日も休めない。【中学校・教員】

部活動の負担が大きすぎる。若手が未経験の運動部に配属され、授業準備や指導案研究、生徒への対応の時間を十分に確保できず、結果として学級運営が円滑に進まない。【高等学校・教員】

部活動は地域移行して下さい。任意であり、強制ではないものです。それがほぼ強制の様な形になっているのが問題です。部活で苦しむ教員、その家族は大勢います。何かあれば責任を取らされる。業務外の事なのに、明らかにおかしいです。しかもそれが自己申告の評価に繋がるような事はあってはならないと思います。知り合いの先生は部活を断った事で、評価が下げられたと言っていました。有り得ません。【特別支援学校・教員】

教員が不足している現状に対しては、「業務量を削減してほしい」という声が目立ちました。具体的には、学習指導要領の内容削減、スクールサポートスタッフやICT支援員の配置、部活動の地域移行など、さまざまな意見が寄せられました。また、1人の教員が担当する学級の児童生徒数が多いことも負担の一つとなっており、教職員定数の増加や少人数制学級の実現を訴える声もありました。

その他、教員の多忙な働き方が教員志望者が減っている要因ではないかという声もありました。具体的な施策として、残業代の支給や働きやすい職場環境づくり、初任者の育成環境の確保などを求める意見がありました。

まとめ

昨年度に引き続き、教員不足の実態を把握するためのアンケートを実施しました。その結果、約半数の学校で1人以上の教員不足が起こっていることがわかり、年度当初時点での教員不足は昨年度よりも深刻さが増していることがわかりました。

それによって、教員の負担が増し、質の高い授業ができない状況や児童生徒一人ひとりに合わせた支援ができない状況につながっている可能性があります。教員不足は、教員の心身に影響があるだけではなく、児童生徒の学習環境にも大きく影響するものです。その実態を、重く受け止める必要があるのではないでしょうか。

NPO法人School Voice Projectでは、このアンケートをもとに、2024年6月12日に国会議員の方を招いたオンライン意見交換会を行いました。

オンライン意見交換会にあたり、呼びかけ人の末富芳・日本大学教授がまとめた資料を公開しておりますので、下記リンクよりご覧ください(画像をクリックするとpdfファイルがご覧いただけます)。


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小学校に入学した直後から学校への行き渋りがあり、徐々に登校日数が少なくなっていったエリさん。昨年春に3年生になってからは「学校が楽しい」と言うようになり、ほとんど休まずに通うようになりました。

エリさんの保護者であり、スクールソーシャルワーカーでもある小谷綾子さんは、担任教員の伊東裕子さん(仮名)がエリさんの個性を理解して関わってくれたおかげだと話します。伊東さんが大切にしている学級運営や授業づくりについて、保護者である小谷さんとの対談形式でお届けします。

勉強についていくことが難しく、登校を渋るように

—— 小学校3年生になるまでのエリさんは、どんな様子だったのでしょうか?

小谷:エリは幼稚園に通っていた頃から、なかなか集団生活に馴染めないような子どもでした。小学校に入学してからの先生方もエリのことを気にかけてくれていたのですが、やはり勉強に対する関心は向かなかったようで…。授業中に鉛筆を折ったり、消しゴムを粉々にして帰ってくることもありました。

写真:小谷さん提供

それから段々と「学校に行きたくない」と言う日が増えていったんです。2年生になり勉強の難易度が上がると、さらに授業についていくのが難しくなっていきました。家で勉強させようとしても抵抗する感じで。3年生になる前は、週2回くらい登校するような感じでした。

ただ、エリは家で大人しくしているよりも友達と遊ぶことの方が好きだったので、勉強がネックになって学校に行けなくなってしまうことは、本人にとってもしんどかったと思います。3年生に上がるときには、親としても「もう行けなくてもいいか…」という少し諦めのような気持ちにもなっていました。なので、担任の伊東先生には特にエリの様子をお伝えしていなかったんです。

「勉強よりも、まずは遊びを優先しませんか?」

—— 3年生になってからは、どのような様子でしたか?

小谷:4月末頃にエリを教室まで送ったとき、ちょうど伊東先生とお話しする機会がありました。そこで、「エリちゃんは友達と遊ぶのがとても好きな子だと思います。勉強のことは気になりますが、友達と遊ぶ経験が学習につながっていきます。なので、勉強のことは一旦置いておいて、まずは友達と遊ぶことを中心に学校生活を送らせてもらってもいいですか?」というようなことを言ってくださったんです。

その言葉を聞いて、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。エリにも「遊びに行くような気持ちで学校に行ったらきっと楽しいよ」と言えるようになりました。そんな経緯があり、年度当初から嫌がらずに学校に行くようになりました。

伊東:クラスを受け持つことになったときに、不登校傾向の児童がいることは聞いていたんです。それで、エリちゃんをよく見ていたら、声をかけてくれた子についていって休み時間に楽しそうに遊ぶ様子がありました。「とにかく勉強を頑張らせたい」と仰る保護者の方もおられるのですが、つい小谷さんとお会いしたときに「宿題もしてこなくていいから、とりあえず学校に来ることを優先しませんか?」と言ってしまったんだと思います。それが4月の出会いだったんじゃないですかね。

小谷:そうでしたね。「宿題もしなくていいですよ」と言ってくださったんです。それを聞いたエリも、「宿題しなくていいの?!」と驚いていました(笑)

個に合わせた学習で、徐々に自信をつける

小谷:あるとき、エリがいい点数がついたテストを持って帰ってきたんです。どうやら先生がテスト中に補足説明をしたり、読み上げたりしてくださったようで。そうすると解きやすくなりいい点数がついたようです。それがエリにとってはすごく嬉しかったみたいで、自慢げにテストを見せに来るようになりました。

夏休みに入る前、伊東先生がみんなとは別にエリ用に宿題を作ってくれたんです。エリが簡単にできる内容や少し頑張ったらできそうな内容の宿題を提案してくださいました。そのご配慮にはとても感動しました。これまでにも同じようなことをされてきているのでしょうか?

伊東:そうですね。今までもそのようにしてきているので、そんなに大したことではないんです。宿題の内容が違っても表紙がみんなと同じであれば、提出するときにも困らないと思うので、そこは統一しました。他の児童も、勉強が苦手な子がいることはみんなわかっています。

写真:小谷さん提供。エリさんが解きやすいように宿題の内容を変更している

小谷:実は、3年生に上がる前には特別支援学級に在籍することも検討していました。けれど、本人が嫌だと言って。今では勉強したい気持ちが芽生えて、宿題も自分からするようになりました。以前は「私はバカだから勉強ができないんだ」と言って、家でよく泣いていたんです。伊東先生に出会ったことで、「自分に合った勉強の仕方があるんだ」とわかったみたいです。

困っている子の背景に目を向けるようになった

小谷:伊東先生がエリの居場所をつくってくれたから、学校が楽しいと言い始めたと思うんです。子ども一人ひとりに合った関わりを大切にされるようになったのは、なぜなのでしょうか?

伊東:20年以上前に、ダウン症のBさんを4年生から3年間担任したことがきっかけになったんだと思います。特別支援学級ではなく普通級に在籍すると決まってからは、繰り返し職員会議で話し合いを重ねました。

保護者の方は、勉強ができるようになることよりも、クラスの子たちとともに生きることを望んでおられました。最初の頃はお母さんが送り迎えをしてくれていたのですが、少しずつ手を離していくことを目標にしました。6年生の途中からは友達と一緒に家まで帰る練習までできるようになったんです。

その頃から特別支援教育の勉強会や研修会にも参加するようになりました。特別支援教育に知見のある先生との出会いもあり、徐々に児童を見る目が変わってきたような気がします。以前は気になる子どもがいると、「落ち着かない子」「勉強ができない子」という見方をしてしまうことが多かったのですが、「こだわりが強いのかもしれない」「この環境に苦しさがあるのかもしれない」「口頭よりも紙に書いた方が伝わりやすいかもしれない」と考えるようになりました。

小谷:その子がなぜその行動を取らなければいけなかったのか。その背景にフォーカスを当てるようになったのですね。

教員は、子ども同士をつなぐアプローチを

伊東:それと同時に、子どもたちが持っている力の大きさを実感する場面も多くありました。ダウン症のBさんとは、担任である私が向き合っているのだと思っていました。けれど振り返ってみると、クラスの子どもたちがBさんと向き合っていることが多かったなと。

小谷:子どもたち同士の関わりが大切だったと。

伊東:そうです。担任である私は、子ども同士がうまく関係性を築けるようなサポートをする役割だと思うようになりました。それからは、子ども同士の関わりをよく見るようになりましたね。

例えば、転入してきた子が1人で休み時間に座っていたら、1番最初にその子に声をかけたのは誰なのか、そして、次の日に声をかけたのは誰なのかをしばらく観察しています。声をかけていた子には、後から「最初に声をかけてくれたけど、どうだった?」と話を聞きます。1番しんどいのは転入してきた子自身なので、その子に変わることを求めるのは酷だと思うんです。

ただ、転入生を気にかけることを1人の子どもに押し付けてはいけないと思っています。1人だと周りからの目が気になったり、負担に感じてしまったりすることもあるからです。なので、まずは周りを気にかけてあげられる子が3人いるといいなと思っています。3人いると、そこから5人、6人と増えていくんです。

小谷:子どもが教室の中で浮かないことは、安心してその場にいるためには必要なことですね。伊東先生のような方が近くにいてくれる安心感はきっとあると思います。

伊東:それはわかりませんよ(笑) もっとのびのびと過ごしたい子もいるかもしれません。でも、小学校生活の中でいろんな先生に出会うことも大切だろうなとも思います。

一人ひとりに違った伸び代がある

小谷:以前授業を見せていただいたときに、あまり黒板を書き写す場面がなかったことが印象的でした。子どもたちはそれぞれが自分なりの表現でその日に学んだことをまとめていましたね。何か意図があるのでしょうか?

伊東:どの授業でも「板書を写しなさい」とは言いません。どの子にも個性があって、それぞれが持っている課題や伸ばしていけるところが違うからです。子どもたちに伝えているのは、「今日の授業で面白かったことや分かったこと、次にやってみたいことを自分にも相手にもわかるように書いてね」ということです。

小谷:黒板を書き写すだけでも、しんどさを感じる子もいますよね。エリもそうです。授業中にあまり集中できていないときもあったと思うのですが、伊東先生はその状態を注意せずに見守ってくれる感じがありました。先生のそんな関わりを見て、周りの子もエリの自然な姿をそのまま受け入れてくれたような気がします。

伊東:結局、私が子どもたちと関わるのは1年間や長くても数年です。大人になるまで一緒にいることはないけれど、今目の前にいる子どもたちが社会でどう生きていくかはやはりいつも考えていることです。

1+1の計算ができることよりも、いろんな人とコミュニケーションをとっていくことの方がこの社会で生きていくには大事なんじゃないかなと最近は思うようになりました。もちろん勉強も大切ですけどね。

—— 最後に学級担任をされている先生に向けて、子どもたちとの関わりについてアドバイスをいただけますか?

伊東:大したことは言えないのですが、「正しく知ること」は大切だと思っています。今の学校現場では、発達に遅れや偏りのある子どもの特性について、教職員の中である程度の知識が共有された上で動いている感じはありますが、実際はまだまだ勉強が足りていないと思います。それは、私も含めて。

ご自身が「この方の話を聞いてみたい」と思うような方の研修会や講演会に参加して、話を聞きに行ってほしいですね。やはり自分から行かないと得られない情報や知識はたくさんあると思っています。

MLB(メジャーリーグベースボール)のロサンゼルス・ドジャースに所属する大谷翔平選手が、2023年12月から2024年3月頃までに日本全国の小学校へ3つのジュニア用野球グローブを寄贈しました。対象となったのは、国公私立の小学校や義務教育学校、特別支援学校。

大谷選手からは、以下のようなメッセージも添えられました。

参考:PR TIMES

それぞれの学校では、大谷選手から届いたグローブがどのように使われているのでしょうか。全国の小学校の教職員に聞きました。

※このアンケートは、WEBアンケートサイト「フキダシ」内にある『みんなに聞きたいこと』に寄せられた投稿から作成されました。

アンケートの概要

■対象  :全国の小〜高校年齢の児童生徒が通う一条校に勤務する教職員
■実施期間:2024年4月12日(金)〜2024年5月20日(月)
■実施方法:インターネット調査(実施時の設問はこちら
■回答数 :30件
※グローブの寄贈対象となった学校(国公私立の小学校、義務教育学校、特別支援学校)の教職員の回答数は28件でした。

アンケート結果

設問1 大谷選手から届いたグローブの使い方は?

Q1. 大谷翔平選手から届いたグローブの使い方を教えてください。

誰でも自由に使えるようにしている

「お互い譲り合って使いましょう」と掲示し、子どもたちで自由に使えるようにしている。【小学校・教員】

当初は珍しさもあり、クラスの使用権を掛けてイベントを行ったりした。現在は普通に外遊びで使えるようにしている。【小学校・事務職員】

児童玄関に机を出して、置いてあります。誰でも使ってよいことになっています。【小学校・教員】

全校集会で大谷選手のメッセージとグローブを紹介した後、子どもたちに自由に使ってもらっています。授業参観の際には、児童玄関に大谷選手のメッセージとグローブを展示し、お家の方にも手に取って見て頂きました。【小学校・教員】

ルールを設けて使っている

学級ごとに1日交代で回す。職員室で貸し出し簿をつけて、使いたい子どもが借りに来て返却する。【小学校・教員】

職員室にて保管。休み時間に児童が借りにやってきて遊んでいる。野球やキャッチボールして遊んでいる。【特別支援学校・教員】

校長が使い方を子どもに書かせて、そのアイデアを採用した。校長がグローブ来た日に門でハイタッチ→順番にクラスで日替わり使用→休み時間に日替わり使用→職員室保管で休み時間に使いたい人が使う。上記のような流れ【小学校・教頭】

児童に紹介した後、定位置で保管。貸出の要求があった時に、貸し出す。【小学校・教頭】

前任校は、全校児童数が48名の小さな学校だったので、曜日で使用できる学年を決めて、使って貰っていました。「野球やろうぜ」の文も学校だよりで、保護者に紹介しました。【小学校・教頭】

臨時の児童会が開かれ、子どもたちの意見により各学年で使える時間を決めて使うことになりました。【小学校・教員】

始めに校長から全児童に大谷さんの思いと使い方ルールを説明。職員室入ってすぐの棚に置き、休み時間や放課後、使いたい児童が「大谷グローブ貸してください」と職員に言って借りていくシステム。【小学校・職員】

全て子どもに委ねました。子どもたちがルール等を決め、活用しています。【小学校・校長】

保管、もしくは展示されている

展示されています。【特別支援学校・教員】

全校で贈呈式をして以降は、倉庫に入ったままです。誰も触れることがありません。【小学校・教員】

各学級での鑑賞、全校集会でのキャッチボールパフォーマンス。その後、玄関のガラスケース等で展示。【特別支援学校・教員】

職員室隣の会議室にしまわれています。【小学校・教員】

クラブ活動で使っている

一度全校児童が触る機会をつくってからは、クラブ活動のソフトボールクラブで活用している。【小学校・教員】

使い方は検討中

各クラスに回して全校児童が見た。その後は、まだ検討中。【小学校・教員】

使い道については校内でも迷っています。まずは全クラスに回覧しました。その後は授業で活用できるよう、以前からあったグローブと一緒にしまうことになると思います。【小学校・教員】

設問2 あなたが思っていることや考えていることは?

Q2. 上記の内容に関連して、あなたが思っていることや考えていることを教えてください。

寄贈してもらえてよかった

子どもたちが工夫して使っているので問題ない。野球人気が復活し、競技人口も増えたと思う。【小学校・教員】

遊び道具として学校は助かっている。どんどん遊んでくれたらよい。【特別支援学校・教員】

少しオモチャっぽいグローブでしたが、北海道少年野球協会から、このグローブにあったボールが寄贈されて、楽しく遊べるようになり、とても良かったです。【小学校・教頭】

教師が使い方等を決めるのではなく、子どもたちがルール等を自分で決める。だから、子どもたちなりに様々な配慮をして、納得して使っています。【小学校・校長】

子どもへの贈り物なので、子どもが使い方を考えるのは必須だと思う。クラスで考えても担任の話し方によって、想いや受け取り方はバラバラになる。だから、校長が子どもに聞くのはベストなやり方だと思った。【小学校・教頭】

使いたい児童が使いたいタイミングで使い、喜んでいるので、うまく活用できていると思う。【小学校・職員】

今まで野球道具を触ったことがなかった子たちにも触れてもらえる機会になったので、グローブをいただけたことはよかったと思っています。【小学校・教員】

使い方に悩んでいる

決して悪い取り組みではないが、数が少ないため、どういう使い方をすればよいか悩む。【小学校・教員】

大谷選手が望むような野球に触れたことのない子どもには野球の楽しさが届いていないが、大規模校で休み時間に運動場でのキャッチボールは危険が伴うため判断が難しい。【小学校・教員】

趣旨はありがたいですが、特別支援学校での活用は難しいなと思っています。【特別支援学校・教員】

規模が大きければ大きいほど、活用が難しい。大谷選手からもらった!とその時はみんな喜んでいましたが、扱いにくいのが現状です。【小学校・教員】

グローブの数が足りない

数が少ないから遊びに使うには足りない。いっそのこと1つにして、学校で飾る方がこちらの負担が少なくて良かった。【小学校・教員】

学校にグローブの絶対数が少なく、届いたグローブもサイズが違うこともあり、あまり活用されるシーンが少ない。グローブを追加で買う予算がなく、悩むところではある。野球は身近になったかもしれない。【小学校・事務職員】

小学校では35人で1クラスなので、4チーム18個のグローブがなければできない。だけど、1校に3個だけ配られても正直扱いに困る。また、グローブの質も3年持つの?程度のひどいもの。【小学校・教員】

広報活動の一つだと感じている

大きな広報活動に学校が巻き込まれたなと感じています。相手が「大谷選手」ということで、大きな声で不満を挙げる人は少ないかもしれませんが、学校現場を広告活動の場にすることには疑問があります。【小学校・教員】

まとめ

グローブの使い方として最も多かったのは、「休み時間に子どもたちが自由に使えるようにしている」という回答でした。貸し出しの際のルールを設けている学校もあるようです。グローブの使い方については、児童同士で話し合って決めている学校もあり、教育的活動にもつなげている様子が伺えました。また、少数ではありましたが、普段は使わず展示したり保管したりしている学校もあるようです。

大谷選手からのグローブ寄贈を通して、児童が野球に関心を持つきっかけになったことや遊びの幅が広がったことについては肯定的な意見が多く集まりました。一方で、学校規模が大きいほど使い方に悩んだり、特別支援学校では活用が難しいという声も寄せられました。

【このようなアンケートを作成したいと思った方へ】
「フキダシ」は、現役の教職員の方が無料で登録できるWEBアンケートサイトです。このアンケートは、WEBアンケートサイト「フキダシ」内にあるみんなに聞きたいことに寄せられた投稿から作成されました。投稿内容をもとに定期的にアンケートを作成しますので、フキダシでアンケート化してほしい話題がありましたら、ぜひユーザー登録をして投稿してください!


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社会科教員と総合支援コーディネーターを兼務するのは、兵庫県立明石西高校の東耕三(ひがし・こうぞう)さん。東さんは、特別支援学校での勤務の他、兵庫県在日外国人教育研究協議会で事務局を勤めてきました。それらの経験を活かし、同校にて、障害や疾患のある生徒のみが対象であった支援体制から、外国につながりのある生徒やさまざまな困難を抱える生徒も支援の対象となるよう、仕組みを大きく変えていきました。具体的にどのように仕組みを変えていったのでしょうか。東さんに聞きました。

※本記事は取材を行った2023年12月時点の内容を記載しています。

※兵庫県在日外国人教育研究協議会:真に国際的に開かれた多文化共生社会になるよう、保育所・幼稚園・学校での在日外国人教育と多文化共生教育を推進するネットワーク作りを目指す団体(参考:同協議会HP

障害や疾患のある生徒に限らず支援する仕組みへ

—— 総合支援コーディネーターとして、東さんはどのようなことをされているのでしょうか?

私が明石西高校に着任した当初の名称は「総合支援コーディネーター」ではなく、「特別支援教育コーディネーター」でした。主な役割は障害や疾患のある生徒のサポートです。もともと教職員間で行う会議も特別支援教育推進委員会だったのですが、総合支援委員会へと改称してからはコーディネーターの名称も変更することになりました。「総合支援コーディネーター」に変わってからは、障害や疾患のある生徒だけではなく、外国につながりのある生徒やさまざまな困難を抱える生徒などのサポートをするようになりました。

—— なぜ特別支援教育推進委員会から総合支援委員会に改称したのでしょう?

私は以前から外国につながりのある生徒をエンパワメントする団体「兵庫県在日外国人教育研究協議会」の事務局をしていて、障害や疾患がある生徒以外にも困難を抱えている生徒がいる現状を見てきました。それもあって、「高校では外国につながりのある生徒や家庭へのサポートはされているのだろうか?」という意識があったんです。

また、教員と生徒の偶然の巡り合わせによって、生徒にとってはサポートされたりされなかったりする現状があるのではないかと感じていました。例えば、あるクラスに外国につながりのある生徒がいた場合、担任や学年の教員に適切な知識や経験があればサポートができますが、それがない場合は双方がしんどい思いをします。専門的な知識や経験が必要な領域だからこそ、学校としてのノウハウを蓄積していって、チームでサポートしていくことが必要だと思いました。

そんな思いがあり、障害や疾患にかかわらず困難を抱える生徒や家庭をサポートできるよう、総合支援委員会へと変えていきました。

まずは、特別支援の認知拡大を目指した

—— どのようにサポート体制を変えていったのでしょうか?

私が特別支援教育コーディネーターの役割を担うことになった5年前は、高校の中で特別支援という考え方さえそこまで認知されていませんでした。それは、私が勤めていた高校に限ったことではないと思います。当時は障害や疾患のある生徒をサポートするための話し合いをする特別支援教育推進委員会が年1回開催されていたのですが、それもあまり機能していない状態でした。なので、まずは特別支援教育推進委員会を年4回に増やしたり、特別支援についてのお便りを年4回発行したりしながら、特別支援の認知を広げることからスタートしました。

それから2年後の年度末に、支援の対象となる生徒の拡大とともに、名称も変える提案をしました。無事に提案は承認され、2022年度から「特別支援教育推進委員会」は「総合支援委員会」に、「特別支援教育コーディネーター」は「総合支援コーディネーター」に改称しました。

—— 東さんの役割としてはどのような変化がありましたか?

それまではあくまで障害や疾患のある生徒にのみアプローチするかたちでしたが、名称が変わってからは、気になる生徒について障害や疾患の有無に関係なく担任の先生から話を聞けるようになりました。外国につながりのある生徒は学校の中ではマイノリティなので、なかなか自分の悩みを共有する場がありません。そのような生徒を在日外国人交流会に引率することもできるようになりました。

入学前から相談できる場所をつくる

—— 生徒だけではなく、保護者のサポートをすることもあるのでしょうか?

はい、ありますね。生徒が入学する前には「高校生活サポートカード」というアンケートを配布しています。これは、大阪府が発行している「高校生活支援カード」をアレンジしたもので、高校生活がスタートするにあたり、不安なことやサポートが必要なことを聞く内容になっています。その中には、国籍や在留資格についての質問も含まれています。

このアンケートの回答と、学年の先生がそれぞれの生徒の出身中学校を訪問して聞いた情報をもとに、要支援の生徒についての情報交換会をします。支援が必要な生徒については、要支援生徒情報ファイルを作って学校の教職員全員が誰でもすぐに見れる状態にしています。さらに、必要があれば個別の教育支援計画を作っていきます。

希望するご家庭とは入学前に面談もしますね。そうすることで、障害や疾患のある生徒だけではなく、外国とつながりのある生徒や登校に対する不安感がある生徒へのサポートもしやすくなると感じています。

※ 高校生活支援カード:高校が生徒の状況や保護者のニーズを把握し、中学校、保護者、生徒の想いを受け止め、高校卒業後の社会的自立に向けて学校生活を送れるよう適切な指導・支援の充実につなげるためのカード(参考:大阪府HP資料

※大阪府のHPより借用

—— 具体的に、どのようなサポートをしていくのでしょうか?

例えば、外国につながりのある生徒の家庭が、経済的に厳しい状況であるとわかったことがあります。一定の条件を満たせば高校の学費が実質無料になる就学支援金を受け取れるのですが、その家庭では受け取っていなかったんです。理由は、生徒の保護者が日本語がわからず、就学支援金を受け取るための書類を出せていなかったからでした。それがわかってから、一緒に書類を作って、無事に就学支援金を受け取れたことがあります。その過程で通訳の方に来てもらうこともしました。

担任の先生を支え、チームで生徒の支援を

—— 先生方との関わりで意識していることはありますか?

担任の先生に動いてもらおうとするのではなく、こちらが動くことは大切にしています。この仕組みをつくった動機の一つは、たまたまサポートが必要な生徒を受け持った担任や学年の先生に負担が偏ってしまうことに対してなんとかしないといけないという気持ちからだったので。「こういう風にしてください」ではなく、「こういうサポートができますが、どうしましょうか?」と、下から支えるような気持ちでやっています。そうすると、自然と先生方も必要なときに相談してくださいます。

—— 今後、力を入れていきたいことはありますか?

さまざまな困難を抱える生徒がいる中で、時には専門的なサポートが必要なこともあります。その中で、学校ができることは本当に限られています。ただ、そうだとしても学校で支援の仕組みをつくっていくことは、障害や疾患、さまざまなバックグラウンドがある人が生きやすい社会につながっていくと思っています。

今は、私自身が特別支援学校での勤務経験があるからできる部分もあるので、次の方に引き継いだとしても、学校がチームとして生徒や保護者を支援できるような仕組みをつくっていきたいと思っています。

昨年、NPO法人School Voice Projectでスタートした「#学校の居心地プロジェクト」。

きっかけとなったのは、WEBアンケートサイト「フキダシ」に集まった、学校の居心地についての教職員の皆さんからの声でした。

「とても居心地がよいと思う」「まあ居心地がよいと思う」という肯定的な選択肢を選んだ人は約半数。職員室など、教職員が仕事をするための空間については、肯定的な回答は約3割。少なくない子どもたちや先生たちが、心地よいとは言えない環境で学んだり働いたりしている実態が見えてきました。(アンケート結果詳細はこちら

「#学校の居心地プロジェクト」での取り組みの一つとなる「学校にYogiboを置いたら」実証実験では、全国から公募した5つの学校のさまざまな場所にYogibo(ヨギボー)を設置し、子どもたちや先生たちの心や学び、関係性にどのような影響を与えるのかを探っていきました。

今回は、「学校にYogiboを置いたら」の実証実験への応募を決めた埼玉県立所沢おおぞら特別支援学校の小山優樹さんと、肢体不自由教育部門を担当する中島達彦さんと川上優希さん、知的障害教育部門を担当する西本さんにお話を伺いました。


まずは、教職員の休憩室にYogiboを設置

「Yogiboを使うことで子どもたちの緊張緩和ができれば、それぞれが表現方法を増やすことにつながるのではないかなと思い応募しました。また、教職員の休憩室にYogiboを置くことで、子どもたちだけではなく教職員のリラックス効果も期待していました」

学校の居心地プロジェクトに参加した動機をそう振り返るのは、知的障害教育部門高等部の3年生を担当する小山さん。

同校は知的障害教育部門と肢体不自由部門が併置されている特別支援学校で、小学部、中学部、高等部で構成されています。特に肢体不自由部門では重度重複障害の児童生徒が在籍しています。

Yogiboを最初に設置したのは、教職員が利用する休憩室。寝転んで仮眠を取ったり、座って軽食を取ったりする先生の姿があったそう。「実は自宅にもYogiboがあって…」と親しみを持つ先生も。一方で、人目につくところでリラックスすることへの抵抗感があることから、休憩室ではYogiboに座ることを躊躇する先生もいました。

「夏休み中は、休憩室に置いてあるYogiboがいつの間にかなくなっていることがありました。どこに行ったんだろう?と思って校内を探してみると、別の教室でYogiboに座ってリラックスしている先生の姿を見かけることもありました(笑)皆さん人前だとなかなか使いづらいのかもしれませんが、プライベート空間に持っていて使う方は結構いましたね」

Yogiboに座り、教員の補助なしで座位を保てるように

2学期からは、生徒の学校生活の中でYogiboが使われました。同校には身体の緊張が強かったり、座位を保てない生徒も多く在籍しています。そのような生徒にとっては、Yogiboの大きさや柔らかさがちょうどよく、自立的な活動にもつながりました。

Yogiboを上手く活用できた生徒について、肢体不自由教育部門高等部の生徒を担当する川上さんはこう振り返ります。

「私の教室には、自分の意思とは関係なく常に手足や顔が動いてしまう不随意運動が起こる生徒がいます。自立して歩いたり、椅子や床に座ったりすることは難しいので、日常生活では基本的に車椅子に座っています。ただ、登校してから下校するまでの間、ずっと車椅子に座ってベルトを閉められた状態でいるのはとてもつらいことです。なので、一定時間は教員が生徒の体を支えながら、歩いたり座ったりして活動をしています」

「この生徒の自立活動に、Yogiboが使えるのではないか」そう思い、壁に立てかけるようにして置いて、その上に生徒に座ってもらったそうです。

「Yogiboが生徒の体にフィットするように変形して体を支えてくれるので、教員の補助なしで自立して座ることができたんです。後頭部や体の両側もYogiboに支えられている状態なので、安定感もありました。Yogiboに座ることで、その生徒は手元で作業をしたり足湯をしたりすることもできるようになりました。また、生徒自身もYogiboに座るよさを感じたのか、『Yogiboあるよ。どうする?』と聞くと、指差しをして座りたい意思を伝えてくれていましたね」

生徒が自立的な活動ができるようになったことは、他の生徒にも影響があったと言います。

「Yogiboがあることで、教員の手を借りなくても生徒は自分で座位を保つことができるようになりました。そのため、教員1人の手が空くわけです。その分、教員は他の生徒とより多く関わることができるようにため、どの生徒も平等に支援を受けられることにもつながっていると感じます」

身体の緊張を緩める効果も

同じく肢体不自由教育部門高等部の生徒を担当する中島さんは、Yogiboがあることで生徒の身体の緊張を緩めることにつながったと言います。

「私が担当している生徒の中には、筋緊張が強くて体の力を抜くことが難しい生徒がいます。緊張状態が続くと、疲労感がたまったり集中力の低下にもつながります。普段はマットの上に横になって教員が体を伸ばしてあげることで緊張を取るようなサポートをしており、この活動の中でYogiboを上手く活用できないかと考えました。Yogiboの上に寝転がってもらうと、気持ちがよかったのか生徒には笑顔が見られましたね。楽しみながら身体の緊張を緩めることができたと思います」

(※知的障害教育部門中学部の生徒さんが身体の緊張を緩める様子)

一方で、生徒によっては使いづらいのではないかと感じることもあるようです。中島さんはYogiboの価値を実感しつつも、「生徒の身長によっては難しさもある」と言います。

「私が現在担当しているクラスの生徒にとっては、大きめのYogiboがちょうどいいサイズでしたが、体の小さい生徒にとっては大きすぎて体が埋まってしまいます。そうすると、Yogiboを使うことへの怖さを感じる生徒もいるのではないかなと思います。生徒の身長に合わせたサイズのYogiboがあるといいと思います」

川上さんからは、「生徒の用途に合わせたYogiboがあるといい」という提案もありました。

「筋緊張が強い生徒や手術をした後の生徒の場合、足がクロスしてしまったり腕が内側に入ったりしてしまうことがあります。そういうときは、柔らかいクッションを足の間に挟んだり抱いたりします。抱き枕のような形のYogiboがあると、ちょうど良さそうだなと思います」

「寝転びたい」生徒に働きかけるYogiboの価値

知的障害のある生徒の場合、Yogiboはどのように活用したのでしょうか。知的障害教育部門高等部で重度重複障害の生徒を担当する西本さんは、Yogiboをスヌーズレン・ルームに置くことで、生徒がリラックスして過ごす様子が見られたと言います。

スヌーズレンとは、オランダ語の「スヌッフレン(くんくん匂いを嗅ぐ)」と「ドゥーズレン(くつろぐ、うとうとする)」の2つの言葉からつくられた造語。スヌーズレン・ルームは、重度の知的障害のある方が過ごすオランダの施設で生まれ、探索とリラクゼーションの両方の活動を提供する実践として世界に広がっています。

参考:日本スヌーズレン協会

「校内にスヌーズレン専用の部屋があるわけではないのですが、1つの教室を暗くして光るボールや弱めの光を発するライトなどを置いてくつろげる空間をつくっています。そこにYogiboも置いておくと、ある生徒は自然に近づいてきて横になっていましたね。こちらが使い方を説明しなくても、生徒が自らYogiboを使おうとしてくれていました」

(この写真はイメージです)

さらに、Yogiboの効果についてこう続けます。

「実は、スヌーズレン・ルームをつくったとしても、置いてあるものによってはリラックスできないことも結構あるんです。けれど、Yogiboが置いてあると、生徒が自ら上に乗って寝転んでいました。教員が意図的に寝転ばせたわけではありません。Yogiboの色や形、柔らかさによって、生徒の『寝転がりたい』という気持ちに働きかけているのかもしれません。Yogiboには生徒の主体的な行動を促す効果があるのではないかなと思います」

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最後に

これまで取材してきた小学校や中学校、高等学校では、Yogiboがあることでくつろげたり、友達との交流が生まれたりするきっかけになっていることが見えてきました。一方で、今回取材させてもらった特別支援学校では、生徒の自立活動にもつながることがわかり、Yogiboを活用する幅がぐっと広がったように感じます。児童生徒の身体の大きさやそれぞれの特性に合った活用の仕方は、まだまだあるのではないでしょうか。

教職員の方からは、「小さめのYogiboがあるといい」「Yogiboだけの部屋をつくってみたい」などの声もありました。Yogiboをきっかけに、児童生徒や教職員にとっての居心地の良い空間づくりについての議論がさらに深まっていくことを期待しています。

京都市北区にある北大路駅を下車して約7分ほど歩くと、設立からそう年月が経っていないであろう新しい校舎が見えてきます。ここは2015年4月に昼間定時制の普通科、単位制の学校として開校した京都府立清明高等学校。

小学校や中学校で不登校を経験した生徒や、学校生活に違和感を抱いていた生徒も在籍しています。そんなマイノリティ(少数派)と呼ばれる生徒たちも含め、多くの生徒が清明高校では安心して過ごしているのだそう。

生徒たちがこれまで過ごしてきた学校と、一体何が違うのか。校長である越野泰徳さんと生徒支援部の山下大輔さん、そして生徒会の生徒たちへのインタビューを通して、清明高校の魅力を深掘りします。前編はこちら。

※ 本記事は取材を行った2024年3月時点の内容を記載しています。また、取材時に校長を務めていた越野泰徳さんは現在退任されています。

前編はこちら


小さな成功体験を重ね、生徒に「自信を返す」

清明高校で大切にされている支援の心得には、『「自信を与える」から「自信を返す」へ』という考え方があります。

自信を返す。

聞き慣れない表現ですが、ここには校長である越野さんの強い思いが込められていました。

「生徒たちは、小学校や中学校で自信を奪われてきたんです。なので、“与える”ことよりも、これ以上“奪わず”、自信を“返して”あげることの方が大切です。例えば、弊校では自由参加のサマーキャンプがあります。先生たちは、たくさんの生徒に参加してほしいと思ってしまうんですよね。だから、いろんな生徒に『行こう!』と声をかける。けれど、中には『先生に強く言われたから参加した』という生徒もいるわけです。そんな生徒がサマーキャンプで嫌な思いをすることだってあります。自信を与えようとしたけれど、結果として自信をなくしてしまうこともあるんです」

生徒たちに自信を返すための取り組みとして、同校では小さな成功体験を積めるチャンスが散りばめられています。

毎月行われているリフレッシュデーは、普段の授業から離れて心身をリフレッシュさせる日。学校でも家からでも参加することができます。

「パソコンに詳しい生徒がキーボードを改造してライトを付けたり、研究好きな生徒がさば缶からアニキサス(寄生虫の一種)を見つけようとしたり、体育館でひたすらシャトルランをする生徒がいたり…。もう意味がわからないでしょ(笑)それをきっかけに、オタ活も広がりました。この学校には、これまで型にはめられてしんどい思いをしてきた生徒が多く在籍しています。なので、『自分の好きなことを前面に出していいんだ』と思ってもらえることは、自信を返すことにもつながっているのではないかなと思います」とリフレッシュデーの価値を語る山下さん。

(リフレッシュでーで披露された「キーボード改造」「アニサキス探し」。看板はリフレッシュデーの看板)

話したい先生と1対1で話せるオフィスアワーや自分の好きなことに挑戦してみんなに共有するチャレンジデーなどもリフレッシュデーに含まれています。広報ボランティアや清掃ボランティア、オープンキャンパス運営ボランティアなど、さまざまな校内ボランティアに参加する機会も。このボランティア活動も、生徒たちが自信を回復する場になっていると越野さんは言います。

「清掃ボランティアは毎回15人くらい集まります。掃除が終わったら、みんなで輪になって『お疲れ様でした!』と拍手をする。中にはそれにしか参加できない生徒もいます。でも、それでいいんです。掃除をしてみんなで拍手をして終えると気持ちがいいし、その体験を通して少しずつ自信を取り戻していく。いろんな機会を学校の中に置いているので、なるべくたくさんの生徒がどれか1つでもいいから、そういう体験をしてもらえたらと思っています」

宿題、定期テストは廃止。それぞれのペースで、学ぶ楽しさを

国語や数学、英語などの教科学習では、どのような取り組みがなされているのでしょうか。

同校の教科学習は、習熟度に合わせて生徒自身がクラスを選ぶことができ、それに加えてAI学習アプリを使って自学自習できるフレックススタディ(以下、フレスタ)の時間も設けられています。

フレスタの時間は、「自分で黙々と学習する教室」「先生からのサポートを受けながら学習する教室」「仲間と学び合う教室」の3教室が用意されており、それぞれが自分に合った教室を選んで学習します。ここでの教員は“教える人”ではなく、“助言をする人”として生徒たちの学習をサポートしています。

また、宿題や定期テストはありません。その根底にあるのは、「学ぶ楽しさを提供する」という学校のミッション。山下さんは、宿題や定期テストがないことのメリットをこう話します。

「小学校や中学校の学習でつまずいてしまっている生徒にとっては、一夜漬け勉強しても何の意味もありません。そもそもテストがあることで学校に来なくなってしまう生徒もいるんです。宿題も同じで、学習の遅れを取り戻すためにやったとしても結局できなくて、しんどくなってしまう。それではいい循環は生まれませんよね。結局、宿題もテストも成績をつけるためのものになってしまっている。そもそも宿題やテストだけで生徒を評価することはできません。うちでは国立教育政策研究所が発行している学習評価に関する参考資料(※)の内容をベースにして、授業への取り組みや成果物を見て評価するようにしています」

※参考:「指導と評価の一体化」のための学習評価に関する参考資料(高等学校編)

自分が居心地よくいられる場所を、一人ひとりがつくっていく

取材に訪れたこの日、放課後には生徒会の生徒が中心となって運営する「清明ワーキンググループ」が行われることが決まっていました。この日は、年度当初から話し合いを重ねてきた校則について議論することが主な内容。約35人の生徒や教職員が集まりました。「自分を大切に 人に親切に」というグラウンドルールが共有されてから、6、7人のグループで校則やルールについての意見交換が行われました。

「授業中にイヤホンをつけることで集中できる人がいるので、イヤホンは使用してもいいのでは?」「でも、音漏れが気になる人もいるよね」

「自分の匂いが気になって香水をつけたい人はいるけど、他人の香水の匂いによって体調が悪くなる人もいる」「香水をつけたい人は、香水以外の選択肢も知ってもらうといいかも」

立場や年齢に関係なく、どのグループでもさまざまな意見が飛び交っていました。ただ校則やルールを緩和しようとするのではなく、個人の自由な選択を尊重しつつも、それによって苦しい思いをする人がいないかどうかを全員が意識しているようにも見えました。

「清明ワーキンググループ」を運営している生徒会の生徒たちは、清明高校についてどのように感じているのでしょうか?

「自分が居心地よくいられる場所を、一人ひとりが学校の中につくろうとしているんじゃないかな。みんなで理想の学校をつくろうとする風土は、清明高校の中で少しずつできていっている感じがします。きっとそれは、生徒会以外の人たちもそうだと思います」そう話すのは、生徒会長を務める畠中さん。

(ワーキンググループのミーティングで前に立つ、生徒会長の畠中さん)

ある生徒は、教員から「無理に友達をつくろうとしなくていいよ」と入学した年度の当初に言われたと言います。

「他の学校みたいに、誰かと一緒に何かをすることや集団行動を強いられないんだなと思いました。自分らしくいていい学校なんだなって。自分のペースを尊重してくれるところは、他の場面でも感じました。私は中学校にはあまり行けていなくて、休むたびに先生から家に電話がかかってくることが実は負担になっていました。けれど、清明高校は少し距離を保ってくれるところがあります。それが逆に安心感につながっている感じがします」

最後に

「これまでの指導に対して、本当は教員も『なんか違う』と思っているじゃないかな」

清明高校のこれまでの軌跡を振り返る中で、山下さんがそう話してくれる場面がありました。

「以前、服装や生活に関してビシッと指導する先生がおられました。この数年間の学校の変化とともに、その先生も柔軟な指導をされるようになったなと感じます。昨年、制服着用に関する規定の見直しを行ったとき、『実は、前からうちの学校に制服はいらないと思っていた』と話してくれました。そう感じていたものの、きっと『厳しくしなければいけない』という思いで指導していたんだと思います。肩の荷が降りたことで、少しずつ生徒との関わりが変化していったのかもしれません」

そんな風に同僚の先生とのエピソードを話す山下さんですが、実は自身も、ある卒業生からの指摘で自身の変容を自覚したと言います。

「先日学校にきた卒業生に、『雰囲気が前と全然違う。今の方がなんか楽しそう』と言われました(笑)自分では変わっていないと思っていたのですが、以前はきっと私もビシッとした指導をしていたんでしょうね」

全国の多くの先生も、もしかしたら本心とは違う「鎧」を着ているだけなのかもしれません。何か違うと思いながらも、これまで守ってきたものを手放していくのは容易なことではないと思います。それでも、なぜ清明高校はここまで変化することができたのか。

「生徒の声を聞く」「社会モデルで考える」「ざっくりやってみる」「理想の学校を、生徒と先生が一緒につくっていく」…など、清明高校には変化していくためのヒントがたくさん詰まっていました。それができたのは、校長である越野さんのリーダーシップがあったことはもちろん、教職員がこれまでの当たり前を手放し、対話を重ねてきたからではないでしょうか。

昨今、「教員不足」「講師不足」が深刻になり、子どもたちにも影響が出る大きな問題となっています。今回の調査では、教員不足の実態を把握するため、現職教職員の皆さんから情報・意見を集めました。なお、教員不足が現在起きていない学校も調査対象としています。

協力:末冨芳さん(日本大学教授)、妹尾昌俊さん(学校業務改善アドバイザー)

アンケートの概要

■対象  :全国の小〜高校年齢の児童生徒が通う一条校に勤務する教職員
■実施期間:2023年12月25日(月)〜2024年2月26日(月)
■実施方法:インターネット調査(実施時の設問はこちら
■回答数 :1325件

アンケート結果

設問1 2023年度、教員不足は起きていた?

Q1-1. あなたの勤務校では、2023年度の4月1日、9月1日、12月1日の時点において、「教員不足」は起きていますか。

Q1-2. 「教員不足が起きている」と回答した方にお聞きします。教員不足によって起こったことや、大変だったこと、エピソードを教えてください。(教職員・職場組織への影響、児童生徒への影響など)

業務負担の増加

途中で退職したり、休職したりする先生の後補充が来ないため、現在いる先生で授業を持つため、時間割の組み直し作業も複数回にわたって行う必要がある。【中学校】

空き時間がないこと。小学校高学年ですが専科の授業もほぼなくなり、毎日フル稼働でした。若い育休代替講師の学級が荒れ、わずかな空き時間もそこへのフォローです。助けてあげたい気持ちはあるのでそれは かまいませんが、2ヶ月近く空き時間がないなんてことは教員になって初めてでした。【小学校】

契約上担任になれない非常勤講師が4月頭から特別支援級の担任になっていた。最初から人手不足でフォ ローも足りず今年度異動してきたての中堅の方が10月にメンタル病欠、昨年度から医者にフルタイム業務をとめられていた病欠の方が無理くり教務として復帰。現状、皆倒れそう。【小学校】

不足している教科の先生の授業時数が多くなり、負担が増える。特別支援学級の教員が不足しているため、 本来別々に授業すべきクラスが一緒に授業している。【中学校】

授業のコマ数が倍になった。【中学校】

4月の時点で高齢の講師が多い教科です。近隣の他校でも同教科の教員が次々と休職・退職をされ、代替 講師は見つからず。現場の中で授業を割り振りますが、少人数の学校で教員数も少ないため、3学年の試験と評価物があり、残業時間は月100〜170時間程度になってます。教える学年が増えると対応する生徒も 一気に増えるので、生徒対応だけで定時内の時間は終わり、担任業務などもおざなりになってしまっていま す。【中学校】

教員不足を補うために、時間講師が採用されることが多く、6時間勤務のため放課後業務には携わっていた だけなかったり、時短勤務をする教員の放課後業務に人がいなかったり、病休はもう日常茶飯事で今居る教員で回さなければならない状態です。4月の時点で、こちらが必要と提示している教員数に足りない割り当てでスタートし、講師も無く、生活介助員をあてに、もう、校務分掌や行事関係は破綻しています。障害の軽重などによるシーリングなんて意味がありません。それに加えて、保護者からの要望は、日に日に、高く、 細かく、丁寧な対応を求められ、もう、保護者も教育ではなく、学校に求めているものは保育や介助という福祉機能です。教育はもうありません。できません。【特別支援学校】

担任や教科担当者の不足

教室ではなく、武道場に2クラスの生徒を集めて、同時に教科の授業を行う予定。講師の先生1名が主担当 し、他教科の先生1名がサポートにつく。環境づくり、時間割など大変。【東京・中学校】

病休に入るまでの年休期間は変わりが見つからず、その教科の授業ができなかった。他教科の教員が無 免許で授業を実施せざるを得ない期間があった。定期テストもその教科は実施できず延期となった。現在も 積み残しが発生することが確実な状況。【千葉・中学校】

担当学年ではない学年の授業を、2クラス同時でやらざるをえない状況があった。その単元 の理解度はやはり低かった。 【福岡・中学校】

コロナ等で休んだ教員がいた際、補充に入れる教員がおらず終日自習となる。【岐阜・中学校】

前年度、特別支援学級で、常に大変な状況なのに、初任者が出勤しなくなり、主任が出勤しなくなり、その多忙さからバタバタと病休者が増え、5人担任のところが、最後は担任一人になった。【東京・小学校】

特別支援が必要な児童生徒への対応不足

支援学級の児童が交流学級で過ごす際の支援が十分に行われなくなり、放置される時間が増えました。【大阪・小学校】

特別支援学級の授業がなくなり、その生徒が交流学級で授業を受け ることになった。支援学級生徒が、軽視されてると感じた。【岡山・中学校】

教室で入りづらいADHDや愛着障害の児童に対応できず、放任してしまう時間が発生している。この事で児 童と信頼関係を構築できず、悪循環が生まれ、生徒指導の時間が大幅に増えている。【高知・小学校】

海外ルーツのこどもで成績が下位のグループへの取り出し授業が行われない期間があった。日本語入門レ ベルのこどもへの対応が適切に行われず、レベルがそのままにとどまっている。【兵庫・中学校】

教職員の関係性の悪化

職員の数が足りなくなったとしても、学校内全体の公務の量が減るわけではない。そのため、一人当たりの 授業数や校務分掌の量が増える。 特に無理を押しての日々となり当然教員の関係性についても悪影響が起きている。割り切って帰る人は5時 に帰るし、今までと同じようにやらなければならないと感じる人は残り続けてやる。結果として、無理を押して やってる人が倒れた。また、やっている人たちは、さっさと帰る人たちを敵対視して、職員室が大きく2分化し ている。【神奈川・小学校】

一つ目、担任が年度途中で不在になったことにより学級が荒れてしまい、他のクラスの教員が空きコマを 使って見守りを行った。それによって連鎖的に他のクラスも荒れていった。二つ目、学校全体の治安が低下 している状態で、管理職がどのような手立てをとろうとするのか見ていた。教員不足によって残った教員の 業務は増えたが、依然として仕事を削減する提案については反対し続けられた。管理職への不信感によっ て、管理職と教諭との溝ができてしまったため、組織としての力は大幅に低下してしまった。【広島・小学校】

教員の健康面への影響

産休代替の代理がいない、パワハラで病休により退職に追い込まれた。【東京・小学校】

自分自身が医師から休職を勧められているが、それ以前に欠員の代替業務を担っている為、休みづらい。 周囲もいっぱいいっぱいの現状を知っている為、その負担がいくかと思うととてもその選択をできない。また、 初任者に担任を持たせることがここ数年多いがそのフォローも含めた研修に対する余裕がない。【東京・高等学校】

2023年4月時点で1人の教員不足が起きていたのは、全体の約37%。その後、9月時点では約55%、12月時点では約61%と、徐々に教員不足が起きている学校が増えていることがわかりました。不足している人数を見ていくと、年間を通して1名不足している学校は約30%前後と大きな変動はありませんでしたが、2人以上不足している学校は4月時点では約10%だったのに対して、12月時点では約30%に増えていました。

教員不足によって起こっていることとして多くあがっていたのは、教職員の業務負担の増加。年度途中に休職者や退職者がいた場合でもそれまでの教職員数で業務に当たるため、「空き時間がなくなった」「授業時数が増えた」「残業時間が増えた」などの現状があり、大きな負担になっていることが伺えます。それによって、教職員の健康や関係性の悪化にもつながっている現状があるようです。

また、教員が不足している教科や特別支援学級を担当する教員が不足していることによって、児童生徒への学習保障や心身のケアにも実害が出ているという声も寄せられました。

設問2 教員不足解消に有効だと思う施策は?

Q2. 教員不足解消のための教員確保策として、それぞれの取組やアイデアはどのくらい有効だと思いますか。 

教員不足解消のための施策として、「とても有効だと思う」「有効だと思う」と回答した人が比較的多かったのは、「育短制度利用者の定数外措置(時短勤務者の人数に応じて教員が増やせる制度)(93%)」「初任者には学級担任として配置しない(副担任からスタート)など、初任者の負担軽減(88%)」「教員の日本学生支援機構による奨学金の返済免除(71%)」でした。

一方で、「大学3年生から1次試験を受けられる採用試験の実施(12%)」「免許保有者(いわゆるペーパーティーチャー)を発掘し、研修を行う取組(15%)」「学生や社会人向けに教員の仕事の価値や魅力を発信する取組(21%)」は、有効だと思う人が比較的少ない結果となりました。

設問3 重要・実現してほしい業務負担軽減策は?

Q3. 学校、教員の負担軽減策として、特に「重要だ」「実現してほしい」と思う取り組みやアイデアを3つまで選択してください。

教職員の負担軽減策として「重要だ」「実現してほしい」という回答が比較的多かったのは、「教員定数の改善による持ち授業時間数(持ちコマ数)の軽減(67%)」「学級規模の改善(30人以下学級など)(62%)」でした。校種別に見ると、高校に所属する教職員からは「観点別評価の廃止(18%)」を求める声が他の校種よりも多く集まりました。

また、「勤務時間外における保護者対応、児童生徒対応の原則禁止(いじめ対応など緊急性が非常に高いものを除く)(37%)」「給食、掃除、休み時間の見守り、ICT機器のトラブル対応など、教員免許を要しない業務について、教員以外のスタッフに任せられるようにすること(36%)」「保護者等からの過度な要求に対する第三者による介入支援(弁護士、心理士等)(33%)」など、教員が保護者や児童生徒に対応できる時間を制限したり、教員以外のスタッフや専門家が担う業務を増やしていく施策については、3割から4割程度の人が「重要だ」「実現してほしい」と回答しました。

設問4 定年延長を利用する予定は?

Q4. 2023年から定年延長がスタートしています。あなたは61歳以降も継続して働くご予定ですか?現時点での意向を教えてください。

定年を延長し61歳以降も働く予定の人は28%だったのに対して、働かない予定の人は30%であり、ほぼ同数となりました。「未定(38%)」と回答した人が最も多く、定年延長を利用するかどうかは、迷っている人が多い傾向が見られました。

設問5 転職・離職を考えることはある?

Q5. あなたは離職・転職を考えることがありますか?

「当面離職・転職は考えていないが、今後も続けられるかは自信がない(3年内に離職・転職する可能性がある)」と回答した人は、回答者全体の62%でした。「現在、離職・転職を考えている(1年内に離職・転職する可能性がある)」と回答した人においては、14%にのぼりました。「いまのところ、離職・転職するつもりはない」と回答した人は38%と半数に満たず、過半数の人が転職・離職を考えていることがわかりました。

まとめ

今回は約2ヶ月間かけてアンケートを実施し、1325件もの回答が集まりました。

昨年度12月の時点では回答者全体の約6割の学校で教員不足が起こっていることが明らかになり、その結果、教職員への負担が増えているだけではなく、児童生徒の学習保障や心身のケアにまで影響が及んでいることがわかりました。

実際に教員不足が起こっている学校の教職員や問題意識の強い人が回答しやすい傾向はあり、調査の結果が課題に出ている可能性はありますが、児童生徒に対して質の高い授業ができない状況やきめ細かいサポートができない状況であることは、重く受け止める必要があります。

2024年4月9日(火)には、本アンケートに協力いただいた末冨芳さん(日本大学教授)と妹尾昌俊さん(学校業務改善アドバイザー)とともに、文部科学省で記者会見を実施しました。その様子や会見の内容については、多くのメディアでも取り上げていただきました。

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京都市北区にある北大路駅を下車して約7分ほど歩くと、設立からそう年月が経っていないであろう新しい校舎が見えてきます。ここは2015年4月に昼間定時制の普通科、単位制の学校として開校した京都府立清明高等学校。

小学校や中学校で不登校を経験した生徒や、学校生活に違和感を抱いていた生徒も在籍しています。そんなマイノリティ(少数派)と呼ばれる生徒たちも含め、多くの生徒が清明高校では安心して過ごしているのだそう。

生徒たちがこれまで過ごしてきた学校と、一体何が違うのか。校長である越野泰徳さんと生徒支援部の山下大輔さん、そして生徒会の生徒たちへのインタビューを通して、清明高校の魅力を深掘りします。

※ 本記事は取材を行った2024年3月時点の内容を記載しています。また、取材時に校長を務めていた越野泰徳さんは現在退任されています。


教職員研修で生徒が自身の「困りごと」をスピーチ

「もう本当に、生徒たちが素晴らしくて。生徒の声を聞くことが先生にとって1番の学びになるし、自己変容につながるんです」

2023年10月に清明高校で開かれた教職員研修会「清明ダイバーシティピッチ」をそう振り返るのは、生徒支援部の山下大輔さん。研修会に集まった教職員や保護者、生徒に向けてスピーチをしたのは、同校に在籍する5人の生徒たちでした。

読み書きに困難がある学習障害の一種であるディスレクシアや感覚過敏、HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)、化学物質過敏症、性的マイノリティの当事者である5人が、学校生活の中での困りごとについて具体的なエピソードを交えながら話し、「困りごとに対して一緒に考えていきたい」と訴えました。その結果、教職員からは大きな反響があり「生徒について知っているつもりになっているだけで、知らないことが多かった」という声もあったと言います。

大勢の前で自身の困りごとを話した生徒たち。抵抗感はなかったのでしょうか?その疑問に答えるように、山下さんは研修前のやり取りをこう話します。

「自己開示をすることで、もしかしたら心ない言葉を耳にするかもしれません。生徒たちには『それでも大丈夫か?』と何度も確認しました。けれど、生徒たちは『やります』と言って、やり切ったんです」

そもそも先生への信頼や自分たちのアクションによって学校が変わる可能性への期待がないと、生徒たちが「先生たちに話してみよう」と思い、それを行動に移すことはないのではないでしょうか。一体何が、生徒たちの行動を後押ししたのでしょう。

その理由を、校長の越野泰徳さんは「生徒と先生が同じ方向を向いているからではないか」と言います。

「教職員が生徒から学ぶ清明ダイバーシティピッチには、教職員だけではなく他の生徒も聞きに来ていました。あれがすごいなと。興味津々で聞いているわけです。特定の生徒がカミングアウトするだけの場ではないし、先生と生徒が対峙しているわけでもない。みんなが同じ方向を向いて、学校を過ごしやすい場所にしていこうとする雰囲気があるんです」

障害は社会側が生み出している。社会モデルで当たり前を見直す

今でこそ「つまずきのある人もない人も共に安心していきいきと学ぶ学校」として知られるようになった同校ですが、4年前は学校の方針や教育活動のアップデートが必要なタイミングでもありました。

2015年の開校当初から勤める山下さんはこう振り返ります。

「開校時から『学びアンダンテ(自分のペースで、歩くような速さで学ぶ)』という学校の基本コンセプトはありましたが、教職員全員で目指すべき方向性が定まっていなかったんです。『進路実績を出さないといけない』『いや、それよりもまずは学校に来ることが大事なんじゃないか?』など、意見はバラバラで。私自身もどこに向かっていったらいいのかわからなくなっていました。それが、校長の越野先生が来てから徐々にいろんなことが変わっていきました。『目指すのはここだ』と示してくれたんです」

越野さんが清明高校の校長に就任したのは、2020年4月。授業内容や学校行事、校内のルールなどを生徒の実態に合わせて次々に変えていきました。例えば、生徒が欠席した際には必ず担任がその家庭に電話連絡をするルールがありましたが、現在は、その頻度を減らすようにしていると言います。それによって、生徒にとっては「毎日学校に行かなければいけない」というプレッシャーが減り、教員にとっては余裕を持って日常の業務にあたれることにつながりました。

また、以前あった「職員室では入り口から大きな声で先生を呼ぶ」というルールもなくなり、現在は職員室の入り口に置いてあるタブレット端末を操作して先生を呼べるシステムになっています。

「先生は、『職員室では大きな声で先生を呼ぶ力を身につけさせたい』と思ってしまうんです。でも、ちょっと待てと。『全員がハキハキとしゃべれなければいけない』という圧力が、生徒たちへのストレスになっているのではないかと考えなくてはいけない。それが原因で不登校になることだってあるんです。『これが普通』『これがいい』と思われていたことが、案外そうではなかったということは、学校だけではなく世の中でも多いと思いますよ」と越野さん。

土台となっているのは、「社会モデル」の考え方。障害は個人が抱えている問題であり、治療や個人の努力によって社会に適応すべきものだという考え方の「医学モデル」に対し、「社会モデル」は障害は社会側が生み出しているものだと考えます。

「職員室で大きな声を出して先生を呼ばなければいけない」という考え方は、まさに医学モデルがベースとなっています。その状況に苦しさを感じている生徒がいるのであれば、社会モデルをベースとした考え方でルールや仕組みを変えていくことで、生徒が居心地よく過ごせる学校づくりにつながっていくのではないでしょうか。

まずやってみる。生徒の笑顔で、教員は変わる

越野さんは学校の中にある「普通」や「当たり前」のおかしさにいち早く気づき、学校改革を進めていきました。

「今まで問題とされていなかったことを問題として見える化して、『こうやってみたらどうだろう?』と試していくのが好きなんです。ひねくれ者なんで、今まで通りの学校は嫌なんですよ(笑)」

穏やかな口調でそう話す越野さんですが、教職員が一丸となって学校を変えていくために必要なことを見抜く鋭い視点も持っています。

「立場が上の人であればあるほど、正しいことを言っちゃだめなんです。校長が正論を言うと、先生たちはそれに従うしかない。野球部の顧問が怖いから部員がいうことを聞いているのと同じです。表面的に変わったとしても、それでは意味がないんです。先生たちだって、ちゃんと自分の中で腹落ちしないと納得して動くことはできません」

先生たちが納得して動いていくために、越野さんがよく口にするのは「すぐやる、まずやる、ざっくりとやる」という言葉。完成度が低くても、失敗しながらでも、何度も繰り返しやってみて少しずつ前進していけばいい。そんな思いが込められています。

例えば、2023年度から行われている制服の見直しでは、2ヶ月間限定で校則を緩和する案が生徒会から出されました。その案に対して、「勉強をしなくなるのではないか」「生活習慣が乱れるのではないか」と不安を感じる教員もいたそうです。

「校則を緩和しても、絶対に大丈夫だという確信はありました。けれど、それを私が押し付けてはいけないと思っています。先生たちの不安も聞きつつ、『まずやってみよう』と言う。実際にやってみると、表情が明るくなり生き生きと過ごす生徒たちの姿を目にするんです。最初は不安を感じていた先生であっても、生徒のそんな姿を見ると、校則を緩和することに納得してくれます」

ここまでに紹介した越野さんの価値観や教職員全員で目指すべき学校像は、58ページにも及ぶ資料「ティーチャーズバイブル(理論編)」に示されています。令和5年度当初に越野さんが作成し、HPから誰でも内容を見ることができます。そこには、学校のミッション、ビジョン、バリューをはじめ、支援の方針や具体的なアクションプランが書かれています。

後編へ続きます。

「ふつうの相談」ができる職員室へ

フジテレビ木曜ドラマ「いちばんすきな花」(2023年)は、僕が担任していたHさんとの共通言語でした。このドラマは多部未華子さん、松下洸平さん、今田美桜さん、神尾楓珠さんの4人が主演を務め、日常的で誰しもが考えたことのある永遠のテーマを扱っていたことで注目を集めていました。毎週金曜日にHさんと「今週はどのシーンが良かった?」「あなたは夜々ちゃんみたく考えたことある?」とよく話をしていました。僕は特に第5話が好きで、椿さんの次の台詞がとても印象に残っています。

1人で傷つき苦しみを抱えていた紅葉さんに、椿さんがこんな話をしている。

「うん。よかった。話す人いて。お腹痛いとき、お腹痛いって言っても治んないけど、痛いのは変わんないけど、紅葉くんは今お腹痛いんだってわかってたい人はいて、わかってる人がいると、ちょっとだけマシみたいなことは、あるから。」(フジテレビ「いちばんすきな花」第5話より。文字起こしは筆者)

「ふつうの相談」1が学校でできるかどうかは、仕事を安定して行っていく上で非常に重要です。「ふつうの相談」は東畑開人氏の言葉で、いわゆるカウンセリングのように個室で二人きりでなされるものだけを言うのではなく、廊下での立ち話や、用具庫での片隅でのひそひそ話、詰め所や職員室で交わされる職員同士の愚痴や世間話も含むものです。ふつうに相談することが、そしてふつうに相談に乗ることが、心にとっていかなる治療的意味をもつ、と東畑氏は述べています。

本当は同僚に相談してみたかったけれど、心配や躊躇があってなかなか相談できないことは、僕は一度や二度ではありませんでした。当時の自分を振り返ると、こんな違和感について本当は同僚に相談してみたかったのです。

  • 〈起立→気をつけ→「これから2時間目の授業をはじめます」〉という日直の号令で授業を開始するとき、「気をつけ」の後に教師からの「どうぞ」があるまで号令を続けてはならないという先生ルールがありました。これは本当に必要なのかな。
  • 特別支援学級で生徒1人、教師1人で授業しているのに、1対30人で一斉授業するように生徒と黒板の間に教師が立って授業している人がいました。これだと教師も子どもも授業しにくくないのかな。

「ふつうの相談」ができる職員室であれば、全国で苦しんでいる先生たちの大半の悩みはなくなるのではないでしょうか? そういう職員室を目指し、僕が研究主任という立場で実践してきたことをいくつか紹介します。

1. 職員室ラジオ

職員室ラジオは、公立小学校教諭にょんさんの実践です(カタリストfor eduのホームページに、にょんさんへのインタビュー2がありますので、ぜひご参照ください)。僕は“Spotify「ミチクサRADIO〜とある先生たちの日常〜」#9 3”で、その実践を知りました。にょんさんの「職員室全体での対話の場を作る前に、もっとつぶさに、一人ひとりとの関係性をつくることができないだろうか」という問題意識に共感し、僕も「職員室ラジオ」を始めることにしました。

職員室ラジオは、次の3つのステップでできます。

① 放課後の時間等を活用し、同僚と1対1で対話する。
② その様子をスマホで録音する。
③ 収録データを職員室で共有する。

空き時間に事務作業などの仕事をしながら聞いてもらったり、通勤途中で聞いてもらったりすることを考えて、ラジオ1本分の時間は最大15分を目安にしました。トーク内容は、対話型のカードゲーム「センセイトーク」4を使って決めました。ある同僚にお願いし、その人が聞いてみたいトークテーマのカードを何枚か選んでもらっていました。

「自分にとって一番お気に入りの場所は?」「自分にとってのストレス解消法は?」などライトな質問から「先生になろうと思った理由」「先生以外になろうと思っていた職業の話」「子どもの頃は学校が好きだったか?」など、その人のパーソナルな部分の話や「学校祭はどうしたらもっと楽しくなるのか」など実務的なことも話題になりました。

また、ある同僚はこんなエピソードを語ってくれました。
「実は前任校での苦労や失敗があったからこそ、今は笑顔いっぱいで周囲に元気を与えながら仕事している」
笑顔の裏にはそのような背景があったのかと初めて知り、とても印象的でした。

現代の職員室は「ちょっとお時間もらえませんか?」と同僚に話しかけることすら、躊躇してしまいませんか? 職員室ラジオが「ちょっといいですか?」と気兼ねなく発せられる雰囲気づくりに、少しでも貢献できればと思っています。そして、足湯に浸かると次第に身体が温まっていくような速度で、「考えること」「疑問をもつこと」「誰かの意見を聞こうとすること」を職員室からじわじわと広めていけたら嬉しいです。

2. MM法(みんなでつくるミーティング法)

MM法とはみんなでつくるミーティング法で、ファシリテーターの青木将幸氏が考えた会議手法5です。MM法の特徴は、一人ひとりに持ち時間があって「全員が、ひとつずつ、議題を持ち寄る」という構造にあります。「今、このメンバーで、本当に話し合いたいこと」を持ち寄って話し合いますが、時間を厳密に区切って進行するため、時間内に結論が出ないこともあります。ただ、結論が出なくても、誰かに受け止めてもらえた事実が話し合いの場にはあり、メンバーの表情を見るとみんなすがすがしい顔になる、と青木氏は説明しています。

校内研修では、「困り事相談会」という名称でMM法を実施しました。この時間のねらいは、次の3つでした。

① 「目の前にいる子どもの誰を見て、どんなことを考えているか」について、同僚の声をゆっくり聞く時間をつくること。
② 悩みや困っていることを相談することで、心のエネルギーを回復してもらうこと。そして、MM法を通じて「ふつうの相談」ができる職員室の雰囲気をつくること。
③ 教室の様々な状況を「問い」や「悩み」として持ち寄ることで、教師の子どもを見取る力を高め、教師のアンラーン(学びほぐし)を促進すること。

僕のグループでは、次の4つのテーマについて議論しました。
● 話しやすい事務とは?(こんな事務となら仕事をしやすい、コミュニケーションをとりやすいか)
● ありきたりな授業から脱却するにはどうすればいいですか?
● 生徒達はなぜ失敗をうまく経験値につなげられないのだろうか?
● 多様性を気にするあまり本音を話さず、相手と距離をとって人それぞれだから…と片付けてしまうのはなぜだろう? 個を尊重するとはどういうことだろうか?

MM法を終えて、ある同僚からこんなフィードバックをもらいました。

「職員室で周囲を見ると、みんな忙しそうにしている。話しかけるタイミングを見計らっていたら、今日が終わってしまったこともしばしばありました。また、こんなこと言っても受け止めてくれるだろうかという不安があったので、こうやって悩みを相談できる場があるのは嬉しいです」

実は、僕はこのフィードバックをくれた同僚にとって「ふつうの相談」ができる職員室になることを願って、今回校内研修の時間を使ってMM法を実施しました。だから、このフィードバックをもらえて、素直に嬉しかったです。フィードバックをくれた彼女とよく話していたことは「人が変わろうと思うのは、自分の感情を誰かに拾ってもらえたときだ」ということでした。

「プリントを使って授業すると、毎日授業準備が大変ですよね」
「必死に授業しながら同時に評料し、それを記録していくのは至難の業ですよね」
などと僕が声をかけ、彼女が時折弱音を吐ける場を用意してあげることを日々心がけていました。

うまく受け止めてあげられたときは、元気を取り戻し、少しずつ授業づくりを楽しんでいってくれました。変わろうとする気持ちが湧いてこないのは、心のエネルギーが不足しているからだ、と僕は考えています。

3. 学びカフェ

「学びカフェ」6は、佐藤由佳さんの実践です。校内研究のように公的に位置付けられたフォーマルな場ではなく、まじめに雑談する時間を設け、定期的にみんなで話し合うインフォーマルな学びの場が「学びカフェ」です。その理念をベースにして、僕は特にテーマを設定せずに、2. で紹介したMM法のように「最近考えていること」「悩んでいること」「話を聞いてもらいたいこと」をただ話すだけの会にしました。ただし、それだけでは人は集まらないので、道の駅に売られている美味しそうなお菓子を用意し、それに釣られてやってくる人たちと対話しました。

4. 図書コーナー

勤務校の職員室には収納棚があり、一人ひとつ割り当てられていました。ある日、その収納棚の扉を外して、図書コーナーを設置しました。教室環境を整える際には「教師の学びの過程をオープンソース化」7をしていて、学級経営や教科指導など関連する多くの書籍を教室に置いていました。この図書コーナーは、教室での取り組みを職員室でも同じように行ったものです。 

4月は協同学習に関する本、5月はインクルーシブ教育についての本、8月は合唱指導や行事指導に関する本、9月は探究や教室ファシリテーションについての本、11月はいじめや不登校に関連する本など、仕事のサイクルに応じて本を並べました。

図書コーナーは、足を止めたり視線を向けたりしている人々の興味や関心を知るしかけとして活用していました。また、積読のままの本を同僚と持ち寄って、みんなで平積みする活動はとても楽しく、お互いの理解を深める機会にもつながりました。さらに、クリスマスに関連する絵本や可愛らしい猫が表紙の絵本を置くことで、無機質な職員室が華やかになったことは良い思い出です。

5. 持っている情報量を揃えること

「校内研究」「校内研修」と聞くだけで「ああ…」とため息をついてしまう人はまだまだたくさんいるのに、「私たちはどんな職員室をつくりたいのか」「私たちはどのように学び、成長したいのか」「そのために私たちはどのような研修にしたいのか」について職員室で議論されることは、僕の経験上ほとんどありませんでした。

そこで、年度末に実施した校内研修の時間では、オンライン掲示板アプリ「Padlet」8使って「校内研究」「校内研修」に関する様々な情報を共有し、みんなで見ながら次年度の校内研修について意見交換をしました。

その結果、次年度は“プロジェクト型の校内研修”に挑戦することが決まりました。僕には、自分の声を大切に発信し、他者の声も尊重しながら変化を生み出す職員室に少し近づけた瞬間に感じました。残念ながら僕は4月に異動となりましたが、校内研修を通して「変えていける実感」を教師が取り戻すことにつながり、子どもたちが民主的なコミュニティのつくり手としての感性や力を育んでいける学校に、さらに近づいていってくれることを期待しています。

参考
  1. 東畑開人『ふつうの相談』(2023年,金剛出版) ↩︎
  2. 職員室の土壌づくりー『職員室ラジオ』で、今まで見えていなかった先生たちの思いを知るー」(カタリスト,2022年4月15日公開) ↩︎
  3. にょんさんの「職員室ラジオ」実践についてきいてみた」(Spotify for Podcasters / ミチクサRADIO~とある先生たちの日常~,2022年2月) ↩︎
  4. センセイトーク ~学校関係者の「チームづくり」を促進するカードゲーム~(https://weschool.jp/↩︎
  5. 青木将幸『ミーティング・ファシリテーション入門―市民の会議術』(2012年,ハンズオン!埼玉出版部) ↩︎
  6. 伊藤大介、佐藤由佳、山本由紀、三石初雄『校内研究を育てる―その学校ならではの学びを求めて―』(創風社,2022年) ↩︎
  7. 石川晋『「対話」がクラスにあふれる! 国語授業・言語活動アイデア42』(2012年,明治図書) ↩︎
  8. 藤倉稔「校内研修についての資料箱↩︎