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【後編】「自信を与える」から「自信を返す」へ。オールマイノリティの学校、京都府立清明高校の教員マインド

  • 建石尚子

京都市北区にある北大路駅を下車して約7分ほど歩くと、設立からそう年月が経っていないであろう新しい校舎が見えてきます。ここは2015年4月に昼間定時制の普通科、単位制の学校として開校した京都府立清明高等学校。

小学校や中学校で不登校を経験した生徒や、学校生活に違和感を抱いていた生徒も在籍しています。そんなマイノリティ(少数派)と呼ばれる生徒たちも含め、多くの生徒が清明高校では安心して過ごしているのだそう。

生徒たちがこれまで過ごしてきた学校と、一体何が違うのか。校長である越野泰徳さんと生徒支援部の山下大輔さん、そして生徒会の生徒たちへのインタビューを通して、清明高校の魅力を深掘りします。前編はこちら。

※ 本記事は取材を行った2024年3月時点の内容を記載しています。また、取材時に校長を務めていた越野泰徳さんは現在退任されています。

前編はこちら


小さな成功体験を重ね、生徒に「自信を返す」

清明高校で大切にされている支援の心得には、『「自信を与える」から「自信を返す」へ』という考え方があります。

自信を返す。

聞き慣れない表現ですが、ここには校長である越野さんの強い思いが込められていました。

「生徒たちは、小学校や中学校で自信を奪われてきたんです。なので、“与える”ことよりも、これ以上“奪わず”、自信を“返して”あげることの方が大切です。例えば、弊校では自由参加のサマーキャンプがあります。先生たちは、たくさんの生徒に参加してほしいと思ってしまうんですよね。だから、いろんな生徒に『行こう!』と声をかける。けれど、中には『先生に強く言われたから参加した』という生徒もいるわけです。そんな生徒がサマーキャンプで嫌な思いをすることだってあります。自信を与えようとしたけれど、結果として自信をなくしてしまうこともあるんです」

生徒たちに自信を返すための取り組みとして、同校では小さな成功体験を積めるチャンスが散りばめられています。

毎月行われているリフレッシュデーは、普段の授業から離れて心身をリフレッシュさせる日。学校でも家からでも参加することができます。

「パソコンに詳しい生徒がキーボードを改造してライトを付けたり、研究好きな生徒がさば缶からアニキサス(寄生虫の一種)を見つけようとしたり、体育館でひたすらシャトルランをする生徒がいたり…。もう意味がわからないでしょ(笑)それをきっかけに、オタ活も広がりました。この学校には、これまで型にはめられてしんどい思いをしてきた生徒が多く在籍しています。なので、『自分の好きなことを前面に出していいんだ』と思ってもらえることは、自信を返すことにもつながっているのではないかなと思います」とリフレッシュデーの価値を語る山下さん。

(リフレッシュでーで披露された「キーボード改造」「アニサキス探し」。看板はリフレッシュデーの看板)

話したい先生と1対1で話せるオフィスアワーや自分の好きなことに挑戦してみんなに共有するチャレンジデーなどもリフレッシュデーに含まれています。広報ボランティアや清掃ボランティア、オープンキャンパス運営ボランティアなど、さまざまな校内ボランティアに参加する機会も。このボランティア活動も、生徒たちが自信を回復する場になっていると越野さんは言います。

「清掃ボランティアは毎回15人くらい集まります。掃除が終わったら、みんなで輪になって『お疲れ様でした!』と拍手をする。中にはそれにしか参加できない生徒もいます。でも、それでいいんです。掃除をしてみんなで拍手をして終えると気持ちがいいし、その体験を通して少しずつ自信を取り戻していく。いろんな機会を学校の中に置いているので、なるべくたくさんの生徒がどれか1つでもいいから、そういう体験をしてもらえたらと思っています」

宿題、定期テストは廃止。それぞれのペースで、学ぶ楽しさを

国語や数学、英語などの教科学習では、どのような取り組みがなされているのでしょうか。

同校の教科学習は、習熟度に合わせて生徒自身がクラスを選ぶことができ、それに加えてAI学習アプリを使って自学自習できるフレックススタディ(以下、フレスタ)の時間も設けられています。

フレスタの時間は、「自分で黙々と学習する教室」「先生からのサポートを受けながら学習する教室」「仲間と学び合う教室」の3教室が用意されており、それぞれが自分に合った教室を選んで学習します。ここでの教員は“教える人”ではなく、“助言をする人”として生徒たちの学習をサポートしています。

また、宿題や定期テストはありません。その根底にあるのは、「学ぶ楽しさを提供する」という学校のミッション。山下さんは、宿題や定期テストがないことのメリットをこう話します。

「小学校や中学校の学習でつまずいてしまっている生徒にとっては、一夜漬け勉強しても何の意味もありません。そもそもテストがあることで学校に来なくなってしまう生徒もいるんです。宿題も同じで、学習の遅れを取り戻すためにやったとしても結局できなくて、しんどくなってしまう。それではいい循環は生まれませんよね。結局、宿題もテストも成績をつけるためのものになってしまっている。そもそも宿題やテストだけで生徒を評価することはできません。うちでは国立教育政策研究所が発行している学習評価に関する参考資料(※)の内容をベースにして、授業への取り組みや成果物を見て評価するようにしています」

※参考:「指導と評価の一体化」のための学習評価に関する参考資料(高等学校編)

自分が居心地よくいられる場所を、一人ひとりがつくっていく

取材に訪れたこの日、放課後には生徒会の生徒が中心となって運営する「清明ワーキンググループ」が行われることが決まっていました。この日は、年度当初から話し合いを重ねてきた校則について議論することが主な内容。約35人の生徒や教職員が集まりました。「自分を大切に 人に親切に」というグラウンドルールが共有されてから、6、7人のグループで校則やルールについての意見交換が行われました。

「授業中にイヤホンをつけることで集中できる人がいるので、イヤホンは使用してもいいのでは?」「でも、音漏れが気になる人もいるよね」

「自分の匂いが気になって香水をつけたい人はいるけど、他人の香水の匂いによって体調が悪くなる人もいる」「香水をつけたい人は、香水以外の選択肢も知ってもらうといいかも」

立場や年齢に関係なく、どのグループでもさまざまな意見が飛び交っていました。ただ校則やルールを緩和しようとするのではなく、個人の自由な選択を尊重しつつも、それによって苦しい思いをする人がいないかどうかを全員が意識しているようにも見えました。

「清明ワーキンググループ」を運営している生徒会の生徒たちは、清明高校についてどのように感じているのでしょうか?

「自分が居心地よくいられる場所を、一人ひとりが学校の中につくろうとしているんじゃないかな。みんなで理想の学校をつくろうとする風土は、清明高校の中で少しずつできていっている感じがします。きっとそれは、生徒会以外の人たちもそうだと思います」そう話すのは、生徒会長を務める畠中さん。

(ワーキンググループのミーティングで前に立つ、生徒会長の畠中さん)

ある生徒は、教員から「無理に友達をつくろうとしなくていいよ」と入学した年度の当初に言われたと言います。

「他の学校みたいに、誰かと一緒に何かをすることや集団行動を強いられないんだなと思いました。自分らしくいていい学校なんだなって。自分のペースを尊重してくれるところは、他の場面でも感じました。私は中学校にはあまり行けていなくて、休むたびに先生から家に電話がかかってくることが実は負担になっていました。けれど、清明高校は少し距離を保ってくれるところがあります。それが逆に安心感につながっている感じがします」

最後に

「これまでの指導に対して、本当は教員も『なんか違う』と思っているじゃないかな」

清明高校のこれまでの軌跡を振り返る中で、山下さんがそう話してくれる場面がありました。

「以前、服装や生活に関してビシッと指導する先生がおられました。この数年間の学校の変化とともに、その先生も柔軟な指導をされるようになったなと感じます。昨年、制服着用に関する規定の見直しを行ったとき、『実は、前からうちの学校に制服はいらないと思っていた』と話してくれました。そう感じていたものの、きっと『厳しくしなければいけない』という思いで指導していたんだと思います。肩の荷が降りたことで、少しずつ生徒との関わりが変化していったのかもしれません」

そんな風に同僚の先生とのエピソードを話す山下さんですが、実は自身も、ある卒業生からの指摘で自身の変容を自覚したと言います。

「先日学校にきた卒業生に、『雰囲気が前と全然違う。今の方がなんか楽しそう』と言われました(笑)自分では変わっていないと思っていたのですが、以前はきっと私もビシッとした指導をしていたんでしょうね」

全国の多くの先生も、もしかしたら本心とは違う「鎧」を着ているだけなのかもしれません。何か違うと思いながらも、これまで守ってきたものを手放していくのは容易なことではないと思います。それでも、なぜ清明高校はここまで変化することができたのか。

「生徒の声を聞く」「社会モデルで考える」「ざっくりやってみる」「理想の学校を、生徒と先生が一緒につくっていく」…など、清明高校には変化していくためのヒントがたくさん詰まっていました。それができたのは、校長である越野さんのリーダーシップがあったことはもちろん、教職員がこれまでの当たり前を手放し、対話を重ねてきたからではないでしょうか。

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メガホンの記事は、教職員の方からの声をもとに制作しています。
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建石尚子

1988年生まれ。中高一貫校で5年間の教員生活を経て、株式会社LITALICOに入社。発達支援に携わった後、2021年1月に独立。現在は教育に関わる人や場を中心に取材や執筆をしている。「メガホン」の運営団体であるNPO法人School Voice Project 理事でもある。

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