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すべての子どもたちを受けとめるために学校教育の枠組みそのものを見直していこうという「インクルーシブ教育」。子どもたちの学ぶ環境を整える「基礎的環境整備」や「合理的配慮」が注目されています。とはいえ「誰もが学びやすい環境っていったいどんな環境?」「どのようにつくっていけばいいの?」という疑問も湧いてくるのではないでしょうか。今回は北欧・フィンランドの事例を参考に、学校の物的・空間的な「居心地」について考えます。フィンランドの学校をこれまで30校以上視察し、現地での教員経験もある地下智隆さんにお話をうかがいました。

地下さんとフィンランドの関わり

ーーはじめに簡単に自己紹介をお願いします。

今は鹿児島の沖永良部島(おきのえらぶじま)で子ども居場所づくりの活動をしています。フィンランドの学校に勤めた経験がきっかけとなり、日本のローカルな場所で北欧のエッセンスを取り入れた教育活動がしたいと思って始めました。

ーーフィンランドの教育との関わりを詳しく教えてもらえますか?

フィンランドにはこれまで6回渡航したことがあって、期間としてはトータル1年2ヶ月ぐらい現地の学校現場に関わりました。前半の半年間では、公教育にスポットを当てて、都会の学校から田舎の学校まで30校くらい視察しました。小学校をメインとしつつも、幼稚園から専門学校、大学までさまざまな現場を見てきました。フィンランドの教育システムは、誰もが平等に教育を受けられる環境が幼児期から大学までつながっているのが特徴なので、その点を学びたいと思ったからです。後半は、幼小中高一貫の学校に勤めました。そのときは、学校教育と地域、行政など、子どもたちを取り巻く環境がどのように成り立っているのかに着目して働いていました。

ーー30校とは、かなりたくさん見られましたね。

やはり1つの学校だけでは、わからないことも多くあります。複数の学校を見ることで比較ができると思ったので、地域を越えてさまざまな学校を視察しました。訪問したのは、田舎の学校や、生徒数の多い学校など。メインで行っていたインターン先の学校は新設校で最新の設備が揃っていたので、訪問先はそこと違う要素があるかを意識して選びました。

目の前の子どもに合わせた環境づくり

ーー地域ごと・学校ごとに違いがあると思うのですが、教室環境としてはどんな点が特徴的でしたか?

先生たちの考え方として共通していたのは、目の前の子どもたちを見て、その子にあった教室環境を、子どもたちと話し合いながらデザインしていくという点です。なので、入る教室によって置かれているものが違います。体の動きがあった方が集中できる子が多いクラスでは、バランスボールやバランスチェアが多く置いてありました。目の前のその子が、どうやったら教室の中で一緒に学べるかを考えて、置くものを選んで、試行錯誤しながら環境づくりをしているんだなということが伝わってきました。「子どもたち一人ひとりには、それぞれに合う学びのスタイル・過ごし方がある」という知識や考え方が前提として共有されていることにも驚きました。複数の学校をまわりましたが、この視点は、しっかり共通認識になっていて、しかも予算が充てられています。その中で一人ひとりの先生が工夫しているのが印象的でしたね。

ーー予算が確保できているというのは、たとえば「教室にバランスチェアを置きたい」となった場合に、新たに予算がもらえるということですか?

ものが自由に買えるというよりは、特別な支援が必要な子どもの人数を学校が行政に連絡すると、人数に合わせて予算が下りるかたちでした。特別なニーズのある子どものためにおりた予算を具体的にどう使うかの裁量は学校や担任の先生にあるようです。

ーー「多動性の高い子にはバランスボールやバランスチェアはどうだろうか」といった発想は、そもそも情報を知らないと湧きづらいのではないかと思います。こうした、教室で過ごす際や学習に取り組む際の助けになるグッズの選択肢は、フィンランドの教育者の間ではすでに一般化されているのでしょうか?

僕が働いていた5年ぐらい前(2017年頃)が、ちょうど教室に学習の助けになるようなグッズが導入され始めた頃でした。大学レベルの研究では、学校で長時間座っていることが子どもたちに悪影響を与えると指摘されていました。さらにインクルーシブ教育の観点からも、子どもたちが自由に動けないことへの問題意識が学校現場にはあって。そういう背景で、バランスボールなどを使うようになりました。また、フィンランドでは、1年に1回、国内の教科書会社や教材教具開発している団体、教育に関連するNPOなどが一堂に会する「エデュカ」と呼ばれるイベントがあり、そこに全国から先生が集まるんです。先生たちは「エデュカ」でいろんな教材やグッズを見て、自分が教えている子どもたちに合うものは何だろうと考えるんですよね。新しい教材やグッズとの出会いを通して、個別のニーズや特性に応じた支援について、情報をアップデートする機会にもなっていると思います。

ーー教室環境の工夫や配慮として、他にはどんなものがありましたか?

印象的だったものはイヤーマフです。子どもたちが必要だなと思ったらいつでも使えるように教室の前に置いていました。

あとは、パーテーションを置いて授業を受けてる子もいましたね。それも先生に許可をとって使うというよりは、周りが気になって集中できない時など、自分が必要なタイミングで自分で持ってきて使える感じでした。

ソファもフィンランドの教室にはよく置いてあるんですけど、中にはソファの両側に目隠しになる仕切りがついているものもありましたね。ソファがあると子どもたちで取り合いになるんじゃないかと思ったんですけど、全然そんなことはないんですよ。順番制になっているわけでもないのに。本当に自分にあった環境を子どもたちが選んで過ごしているのがすごく印象的でした。

ーー「教室の中にいろんなものがある」のが、特別なことではないという感覚があるのかもしれませんね。

フィンランドでは、日本と比べると、かなりリラックスして授業を受けている印象はあります。ある学校で、寝転びながら算数の問題を解いている子どもがいたので、驚いて先生に「どういう意図があるんですか?」と聞いたんですよ。そしたら、「子どもが一番学びやすいスタイルを選んでいるのだから、集中できているならいいんじゃないか」という返事が返ってきました。いつも”正しい姿勢”でいることよりも、その場その場での目的を大事にしているんですよね。フィンランドでも式典などの際には、オフィシャルな場での振る舞いとして姿勢を重視することはあります。学びの場をオフィシャルな場と捉えるのかどうかが、1つの違いとしてあるのもしれませんね。

ーーほかにも学習環境について印象に残っていることはありますか?

教室の外でも学べるデザインがされている点も特徴だと思います。廊下も学ぶ場の1つとしてすごくこだわってつくられているなと感じました。たとえば、廊下にも教室にあるような机と椅子が並べてあったり、ソファが2つくっついていてミーティングができるようなスペースがあったり。あとは、高さを変えられる机があって、立って学んだり座って学んだりをフレキシブルに選択できるようになっていたり。

教室の外に学びの空間が広がっている・・・というのはフィンランドではそんなに珍しいことではありません。ただ、都会では、学校施設のキャパシティ的に難しい場合もあるかなと思います。そういう地域ではむしろ、街全体が子どもたちにとっての学びの場という感覚があったように思います。地域の図書館に気軽に出かけていく、というような。

休むこと、対話することに主眼が置かれた職員室

ーー大人が働く環境で印象的だったものはありますか?

大人が過ごす環境もすごく大事だと考えられていて、職員室がリラックスできるデザインになっていました。職員室は仕事をする場ではなくて、安らぐ場なんですよね。コーヒーを飲みながら、日常的な会話や対話が生まれる仕掛けがあるなと思いました。職員室に入ったら休まるんですよ、「ふぅ」って。みんな肩の力を抜いてリラックスしていました。校長先生に職員室づくりで大事にしていることを聞いたら、「1人ひとりが安心して働ける環境をつくっていきたい」とおっしゃっていました。教室づくりで大事にされていることが、職員室づくりでも同じように大事にされているということですよね。

日本の公教育の中でできること

ーー日本の学校でフィンランドの空間環境づくりのエッセンスを活かすとしたら、何ができると思いますか?

どんな環境だったら集中できそうか、居心地がいいのか、子どもたちと一緒に考えられるといいと思います。予算がかかる部分もあるので全部は難しいかもしれませんが、もしかすると、中には実現できるものや、自分たちで変えられる環境もあるんじゃないでしょうか。職員室についてもそうですよね。まずは「あったらいいな」と話すところから、始まるんじゃないかなと思います。

また、フィンランドの先生は、「目の前の子どものことを一番わかっているのは担任の先生」「まず目の前の子どもたちのことを見るんだ」と口を揃えて言っていました。その言葉が、僕にはすごく響いたんです。どんな時も、そこを大事にして、日々子どもたちと関わっていきたいと思っています。

ーー地下さん、ありがとうございました!

学校での日課の1つである「朝の会」。挨拶や健康観察、教員の話以外に、子どもたちが前に出て話をする「はっぴょう」の時間を設けている教員がいます。
東京都世田谷区にある私立和光小学校で小学校2年生の担任をしている山下淳一郎さんに、「はっぴょう」の具体的な内容やねらい、子どもたちの様子を伺いました。

みんなに伝えたいことを自由に話す時間

-- 「はっぴょう」とは、どのような取り組みなのでしょうか?

「はっぴょう」の時間は、主に子どもたちがみんなに見せたいものを見せて話したりする時間です。いわゆる1分間スピーチのように原稿があるわけではないし、何か立派なことを言わなきゃいけない訳でもありません。「道ばたできれいな石を拾った」「きのう歯が抜けた」など、そんな“ちょっとしたこと”でいいんです。「歌を作りました」「紙芝居を作りました」「けん玉の技ができるようになったので見せます」など、一人ひとりの興味関心が知れる楽しい時間です。

子どもたちの机の並びは、いつも教室の中央を囲むようにコの字型にしていて、発表する子はみんなが見える位置に出てきて話します。発表するのは義務ではなく、エントリー制。発表したい子は、朝登校してきたら自分の名前が書いてある磁石を決まった場所に貼っておくんです。毎日10人くらい、多いときは20人くらいの名前が貼ってあります。あまりにも多いと全員が発表できず、もう終わりだと伝えると、みんなからブーブー文句を言われますね(笑)時間がないときは、「明日、最初に発表してもらうから。ごめんね」と伝えるようにしています。

参加の仕方はいろいろ。話す子、聞く子、反応する子。だんだん広がる興味の輪。

ーー それくらい、子どもたちにとっては楽しい時間なんですね。一方で、中には発表しない子もいるのではないでしょうか。そういう子に対しては、どのような関わりをしていますか?

「はっぴょう」は義務ではないので「やらなくてはいけない」ものではないんです。毎日のように出てくる子もいれば、聞くだけの子もいるし、他の子の話にすごく反応する子もいる。参加の仕方はいろいろなんです。でも、発表しない子の親御さんは「うちの子やりたがらないんです」と、やきもきしてしまう。でも「それでもいいんですよ」と伝えています。他の子の話を聞くうちに、自分もやってみようかな、と思う気持ちがだんだんふくらんでくるかもしれない。子どもたちには、一人ひとりのリズムがあるんです。

ーー 自分が発表したいタイミングを尊重してもらえると、子どもたちは安心できそうですね。どのような目的で、「はっぴょう」の時間を設けているのでしょうか?

プレゼン能力が高まるとか、そういうことを目的にしているのではありません。大切なのは、「あしたなにをみせようかな」とワクワクしながら学校に来てもらえること。そして、学校の外と中がつながっていくこと。みんなに受け止めてもらえたという安心感が醸成されていくことです。「この子、こんなことに興味があるんだ」「この子は今、これにはまってるんだ」と他者を知ることで、やりとりの輪が広がっていく。お互いの興味関心が重なり合って、みんなの学びにつながっていくこともあります。

1人の発表が、みんなの学びにつながる

ーー これまで取り組んできた中で、印象的だったことはありますか?

ある子がオタマジャクシを捕まえてきて、それを持ってきて発表したんです。1匹だけペットボトルに入れて。その子は、「学校でオタマジャクシを飼いたい」と言うわけです。そこから話し合いが始まりました。「学校で生き物を飼っていいのか」「飼うのはかわいそう」「でも連れてきちゃったんだから、最後まで面倒を見るべき」「これからオタマジャクシがどうなるのか知りたい」など、いろんな意見が飛び交いました。

中には、「どうしても生き物は飼いたくない」という子も。たった一人の意見であっても丁寧に話し合いを重ね、最終的には、「その子にはオタマジャクシを近づけないようにする」というルールをつくり、飼うことに決まりました。多数決で決めるのではなく、みんなが納得する解決策を考えていくことが大切なんです。

その後は、調べたことを書いてもらったり、オタマジャクシを授業の中で扱ったりもしました。1人の子の発表をきっかけに、調べたり、話し合ったり、ルールを決めたりと、さまざまな体験に繋がったと思います。

本校を舞台にしたドキュメンタリー映画『あこがれの空の下』でも登場したのですが、難聴の子が補聴器の発表をしたことがあります。聞いていた子どもたちは耳に興味を持ったようだったので、そこから、からだの学習に繋げていきました。例えば、その子のお母さんや過去に通っていた聾話学校の先生に来てもらって、耳の機能や補聴器について話してもらいました。聾話学校の先生には補聴器を貸してもらって、みんなで補聴器を通した音の聞こえ方を体験したりも。補聴器をつけるとちょっとした雑音もそのままの音量で聞こえるので、みんなは自分の耳との違いを知るわけです。そこから、(補聴器をつけている)その子と関わるときに気をつけたらいいことをみんなで話し合いました。

1人の子どもが思っていることを話す。それをきっかけに、みんなの知識を広げることや、他者の立場を想像して何ができるかを考えることにも繋がるんです。「はっぴょう」の時間をつくることで、個人の思いをみんなのものにしていく感覚があります。

ただ、内容によっては、みんなから興味を持たれないこともあります。例えば、「この前、遊園地に行きました。楽しかったです」みたいな話だと、聞いている方の食いつきはあまり良くありません。「へー。よかったね」くらいの反応です。みんなからのリアクションを受けて、子どもたちは「自分が何を話したいか?」だけではなく、だんだん「みんなはこれに興味を持ってくれるかな?」「みんなはこれを見せたら喜んでくれるかな?」と、発表の中身を考えるようになるんです。

教員も一緒におもしろがれると、「はっぴょう」の幅は広がる

ーー 最後に、学級で「はっぴょう」の取り組みにチャレンジしてみたい方へメッセージをお願いします。

朝の10分でもいいです。子どもたちが自由に発表できる時間をつくってみてください。できれば毎日。子どもたちが学校の中で「こうあらねばならない」に縛られていると、自由にと言っても何をしたらいいのか、何なら許されるのか、と動き出せないかもしれません。でも必ず突破口をつくる子が出てきます。そのときに大事なのは、教員がおもしろがれるかどうかです。たまには先生自身もエントリーしたらいいと思いますよ。きっと子どもたちのイメージも膨らみます。「はっぴょう」で子どもたち同士がつながり、学びがつながっていく。とっても楽しい時間を、子どもとともに体感してほしいですね。

ーー山下さん、ありがとうございました!

※本記事内の写真は和光小学校を取り上げたドキュメンタリー映画「あこがれの空の下」より、許可を得て借用しています。

会議が長く、建設的な話し合いができない。
話し合いの仕方を子どもたちにどう教えればいいかわからない。
一人ひとりの意見を聞きたいけれど、十分な時間がない。

教職員として学校で過ごす中で、そのように感じることはありませんか?

主体的・対話的で深い学びが重視されるようになった今、学校では多くの先生たちが授業や学級運営のアップデートを試みています。また、働きやすい職場にしていくために、教職員間が円滑にコミュニケーションを取れるような環境づくりも重視されるようになりました。一方で、会議や話し合いの進め方を体系的に学ぶ機会は少なく、多くの方がさまざまな課題を抱えながら、その解決策を模索しているのではないでしょうか。

そんな状況の中で注目されているのが、「ファシリテーション」です。今回は、ホワイトボード・ミーティング®️の開発者でもあるちょんせいこさんに、学校にファシリテーションが必要な理由やその効果についてお話を伺いました。

安心安全で、一人ひとりが力を発揮できる対話の場

ーー そもそも「ファシリテーション」とは、何でしょうか?

ファシリテーションは、狭義では会議や研修、プロジェクトなど、人が集まる場で一人ひとりの意見を生かし、合意形成や課題解決を進めるための話し合いの技術です。広義では、私たちは本来、誰もが力をもつ存在で、その力を発揮できるエンパワメントな場づくりを進める話し合いの技術です。立場や意見などの互いの違いを認め合い、人権を尊重しながら対立を好機に変え、よりしなやかで力強い平和な社会づくりを進めるための技術でもあります。

例えば、教職員の会議も、子どもたちの話し合いも、発言する人が偏ってしまう、時間をかけてもみんなが納得する答えにたどり着かない、決まったことが実行されないなど不調に終わることがあります。「対話をしてもイノベーションが起こらない」「会議をしても成果ややりがいを感じにくい」ような状態は、みんながファシリテーションを身につけていないために起こる現象です。話し合いに不全感をもったり、その価値を最大化しにくくなります。

今、教科書をパラパラとめくると「自分の意見を付箋に書いて、友達と交流しましょう」や「グループで話し合ってパンフレットを作りましょう」などのように、主体的・対話的で深い学びを前提とした授業や学級活動が始まっています。また、大学や研修、書籍やセミナーなどでファシリテーションを学ぶ人が少しずつ増え、話し合いの進行役をファシリテーターと呼んだり、ファシリテーションを取り入れた校内研究を進める学校や、先生や子どもたちがファシリテーターとして活躍する実践も増えてきています。

悩み、葛藤しながらも、自分や他者を大切にしながら協働するために。ファシリテーションは正解がないと言われる時代を生きる私たちに、今、最も求められている技術のひとつで、一部のリーダーだけではなく、みんなが身につけて、誰もがファシリテーターになれるソフトなインフラ整備が求められています。

ーー 具体的に「ファシリテーション」は、どのような技術でしょうか

「よくわかる学級ファシリテーション」シリーズ(岩瀬直樹・ちょんせいこ・解放出版社・2011-2013)以降、ファシリテーションを構成する「6つの技術」を提案しています。

ファシリテーションの6つの技術

1. インストラクション(指示・説明)
シンプルでノイズのない言葉で情報を共有し、みんなが動きやすい環境をつくる技術

2. クエスチョン(質問・問いだて)
対話や議論、試行錯誤や探究を促進する問いの技術

3. アセスメント(評価・分析・翻訳)
全体状況から現状を分析し、評価、翻訳する技術

4. グラフィック&ソニフィケーション(可視化&可聴化)
対話や議論を促進するために「見える化」「聞こえる化」する技術

5. フォーメーション(隊形)
グループ編成やキャスト、シチュエーションを選択する技術

6. プログラムデザイン(設計)
ゴールをつくり出すためのアクティビティを組み立てる技術

授業検討会を例にあげると、先生のインストラクションは子どもたちが動きやすい説明になっていたか、子どもたちの学びを深めるのに適切な問いのプロセスをつくっていたか、子どもたちの学ぶ姿をどのように分析していたか、子どもたちの学びや活動を促進する可視化や可聴化はどのように機能していたか、グループサイズや編成は学びを深めるのにマッチしていたか、単元や本時の授業案は効果的であったか、などの技術になります。

会議を例にあげると、ファシリテーターのシンプルなインストラクションで参加者の意見や情報を共有し、問いで議論を深め、個人やチームの現在地を分析しながら効果的な展開を思考する。大きな声の意見も小さなつぶやきも見える化、聞こえる化で対等化しながら、この議論に適切なメンバー構成と人数で、ゴールにむかって進め方を工夫する、などの技術になります。

これらは包括的、即興的に繰り出されるので境目が見えにくいのですが、ひとつずつわけて練習することも可能です。愚直な練習とリフレクションを繰り返しながら、大人も子どもも合意形成や課題解決に有効な6つの技術を身につけていきます。

練習すれば、誰もがファシリテーターになれる

ーー 学校では、具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。

私は今、教育委員会や学校の先生方と一緒に、学校マネジメントの充実や授業改善、学力向上や困難な状況にある子ども支援に役立てるため、さまざまなファシリテーション技術の普及に取り組んでいます。その中で、特に力を入れているのは、2003年に開発したホワイトボード・ミーティング®️です。体系化されているので、大人も子どもも同じ方法で学ぶことができます。続けていると互いを承認しあう関係づくりが進むので、安心や安全がベースの環境設定が進んで、教室や職員室のコミュニケーションが良くなるのも大きな特徴です。

ホワイトボード・ミーティング®︎は、その名の通りホワイトボードを活用して進める効率的、効果的な会議の方法です。進行役をファシリテーター、参加者をサイドワーカーと呼びます。成熟した場はファシリテーターの力が3、サイドワーカーの力が7くらいで進んでいきます。つまり、サイドワーカーが活躍する環境調整をするのが、ファシリテーターの役割です。オープンクエスチョンやあいづちで思考と対話を深めながら、情報共有を進める意見の発散を黒、出てきた意見を構造化する収束を赤、結論や行動計画、役割分担を決める活用を青で書くとルールづけています。基本となる6つの会議フレームがあり、熟練したファシリテーターは、この6つの技術を即興的に組み合わせて使うようになります。小・中学校の子どもたちは①ー③の3つのフレームとアレンジを練習します。2020年4月以降はデジタル入力で進める方法も開発されています。

ホワイトボード・ミーティング®︎6つの基本会議フレーム

①定例進捗会議
②役割分担会議
③企画会議
④情報共有会議
⑤課題解決会議
⑥ホワイトボードケース会議

ーー ホワイトボード・ミーティング®のファシリテーションを身につけると、会議はどのように変化するのでしょうか?

話し合いが可視化されることで、参加者全員が会議のプロセスを共有しやすくなります。ファシリテーターは大きな声の意見も小さなつぶやきも同じようにホワイトボードに書くので意見が対等化され、年代や立場をこえて多様性を生かした対話や議論が進みやすくなります。最終的に「意見の帰属」を外しながら、ホワイトボードに書かれたみんなの意見を元に、めざすゴールに向かって具体的なアイデアを出しあうので、民主的に話し合いを進めることができます。話し合ううちに、一見、関係ないと思う議題も自分ごとにして考えやすくなり、慣れてくると会議の時間短縮も可能になります。

参考文献:
「ちょんせいこのホワイトボード・ミーティング」(小学館)
「13歳からのファシリテーション」(メイツ出版)

参考記事:
「東洋経済オンライン education×ICT」
https://toyokeizai.net/articles/-/612981?fbclid=IwAR1Imr4H5j-JoeEtomhpR3fPBACtTNHByTQyXJBNbH8XfrSqqyEG-hoc61A

授業の中だけではなく、子ども同士や教職員間でも活きる

ーー 実際に、学校ではどのような場面でファシリテーションが使われていますか?

クラスで大人しい感じの小学校4年の子が、児童会の話し合いに参加していたときのことです。ある行事をめぐって意見が対立し、トータルで2時間以上の話し合いが続いていましたが解決策が見えませんでした。「先生、ホワイトボードを持ってきていいですか」。その子は教室から児童会室に60×90センチの大きめのホワイトボードをズルズルと引きずっていき、マーカーを握って、みんなの意見をホワイトボードに書き始めました。全員に意見を聞いて書き、大切なポイントを赤で、具体的に行うことを青で書いて役割分担まで決めたそうです。児童会の先生が「あんなに揉めていたのに、たった20分で決まって驚きました」とフィードバックをくださいました。

お昼休みに子ども同士が口論になり、一方が泣いてしまったときのことです。クラスに常設されたホワイトボードの前に「じゃあ、ファシリテーターするから来て」と揉めた当事者を集め双方の言い分を聞きながら書く子が現れました。ファシリテーターとしてオープンクエスチョンで意見を聞きながら感情も受け止めて書きます。一番、いやだと思ったことを収束で聞き、これからどうしたいのかを活用で問います。当事者同士で向かい合うと利害関係があってうまく進まない話し合いもホワイトボードに向かうと思考と感情の整理が進み、最後には「仲良くしたい」と言う言葉が出たところで話し合いは終了。教室に来た先生に「さっきケンカがあったけど、もう解決したから。ホワイトボードに書いてあるから」と子どもたちが口々に報告する。そんなフィードバックもいただきました。

他にも、授業の話し合い活動やケース会議、校長先生と教職員の面談などでも取り組まれています。

学校現場での実践例の紹介
養護教諭もファシリテーターに
特別支援教育におけるホワイトボード・ミーティング®
スクールソーシャルワークとホワイトボード・ミーティング®︎
子ども達と支援担任、学級担任をつなぐ ホワイトボード・ミーティング®
(株式会社ひとまち・Webサイトより)

ファシリテーションは、これからのの世界を生きていくための基礎スキル

ーー ちょんさんご自身が、学校へのアプローチを続けている理由を教えてください。

子ども時代を振り返ると、学校で学んだ影響はとても大きいと感じています。学校は子どもにとってはひとつの社会であり、大切な居場所です。家で怒られてクサクサした気持ちも学校で友達に会えば忘れることができる。うまくいかないことがたくさんあっても、それが糧となる。みんなで取り組んだ授業や行事をはじめとする学校生活は、ドキドキワクワクのハプニングと笑いと涙に溢れていて、周囲とうまく折り合いがつかない不安や恐れ、孤立感、孤独感のような感情も、対話や学びを通じて緩和したり、解決へと向かうことができます。

自分とは違うさまざまな価値観に出会うことで気づきや発見がたくさんあり、失敗や間違いをゆるされながら、友達や先生方とともに成長していく。社会に出たときに、学校生活で経験的に学んだことは、良くも悪くも大きく影響します。だから、幸せな子ども時代を過ごすと、大人になったときに生きやすいと感じています。

誰にでも開かれた場所である学校は、たとえ厳しい環境に置かれた子どもであっても、生きる価値を学び、ともに人生を切り開く仲間に出会うことができる場です。なので、学校の中で子どもたちが成長を実感できる環境をつくりたいという思いがあります。しかし、今、学校は先生方の働き方、子どもたちの学び方も大きな変化のときを迎えています。変化に混乱はつきものです。そして、学校だけが居場所ではありませんが、小・中学校の不登校数が約20万人という数字が示す意味も重く受け止めています。

ひと昔前に学校教育の代名詞のように言われた「読み・書き・そろばん」のように、例えば「読み・書き・ICT・ファシリテーション」と並ぶようなベーシックスキルになればいい。そうすれば、変化につきものの混乱も学びの糧にしやすくなります。みんなでドキドキワクワクしながら遊ぶように学び、学ぶように遊ぶ授業や学級活動が繰り広げられていく。そんな、幸せな子ども時代、幸せな社会づくりを進めていきたいという自分の中にある願いが、学校教育にかかわるモチベーションになっています。

株式会社ひとまち
「ファシリテーターになろう!」を合い言葉に、会議や学び、プロジェクトの推進に効果的な「ホワイトボード・ミーティング®」をはじめとするファシリテーション技術の普及に取り組む会社。ちょんせいこさんが代表取締役を務める。さまざまな現場への、効果的な研修の提供やコンサルテーションを通じて、人やまちが元気になることを目指している。https://wbmf.info

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小学校教員である葛原祥太さんが提唱した、子どもを自立した学習者に育てる学習法「けテぶれ」。今回は、2年前から「けテぶれ」の実践を始めた大阪府の公立中学校教員である新井雅人さんに、実践のきっかけや成果、工夫していることなどを伺いました。

ーー「けテぶれ」とは、どのような学習法なのでしょうか。

「計画」「テスト」「分析」「練習」の頭文字を取って「けテぶれ」と呼んでいるのですが、簡単に言うと、自分で考えながら学習を進める勉強法のことです。まずは自分で目標を立て(計画)、実際に問題を解いてみる(テスト)。その結果を振り返り(分析)、目標を達成するために必要な学習を積み重ねる(練習)。この4段階が1つのサイクルになっています。ビジネスにおいては、業務の改善を促す技法をPDCAサイクルと言ったりもしますよね。これを子どもでもわかりやすいように表現したのが「けテぶれ」です。

ーー 「PDCAサイクル」と言うと難しい印象を受けますが、「けテぶれ」であれば、何を表しているのか子どもでもイメージが湧きやすいですね。具体的に、学校ではどのような実践をしているのでしょうか。

まずは課題(宿題)の出し方を変えました。今までは、全員一律の内容(全員に対して、同じやり方・同じページ数を解いてくる)だったのですが、自分で決めた目標に合わせて「けテぶれ」で学習を進める課題(宿題)に転換していきました。それまでは、ワークをやってくることが目的になっている子が多かったので、「けテぶれ」を通して、ワークを使って学習をすることを目的にしていこうと伝えています。

他にも、部活動や授業でも活用できます。僕はテニス部の顧問をしており、試合の後にその結果を部員同士で「分析」して、必要な「練習」を自分たちで考えるように促したりもします。理科の授業では、ガスバーナーの使い方を教えるときにも「けテぶれ」を活用しました。使い方を教科書で学んだあとは「テスト」として実際に使ってみて、何に手間取ったかなどをそれぞれ「分析」し、それを元に「練習」を繰り返していくんです。

ーー 宿題以外でも、さまざまな場面で活用ができるんですね。そもそも、なぜ「けテぶれ」を実践しようと思ったのでしょうか。

2020年の春、コロナウイルスの感染拡大で全国一斉に休校になったことがありましたよね。そのときに、「子どもたちの学びは止めてはいけない」という声が強まったと思います。学ぶ機会を奪ってはいけないと思い、僕自身も必死にいろんな取り組みを考えました。しかしそこで、子どもたちの多くは“こちらが学ばせないと学べない状態にある”という事実に気づいたんです。

もう少し説明すると、「学びに向かわない(やろうとしない)」と「学び方がわからない(やろうとは思っているけれど方法がわからない)」の2通りの生徒がいるなと思いました。これまでの学校生活の中で、「言われたことを言われた通りにやることが勉強だ」と教え込まれてきたからだと思いました。自分が今までやってきた教育に対して、課題を突き付けられたような感覚でした。

そのときに、以前購入して読んでいた本『けテぶれ宿題革命』を思い出したんです。そして再び本を読み、ハッとしました。なぜこの現状が生まれているのか…それは、今までの“課題(宿題)”のせいだと確信しました。やらなければいけない課題を課す→言われたものはこなした方が良い→言われなければやらなくていい→勉強はやらされるもの、こんな思考が子どもたちの中にあると考えたのです。また、中学生の主体性が発揮されにくいのも、このようなところからくるのだと感じました。

ーー 学校での学びが止まったことで、生徒たちに「自立した学習者としての力」が育っていないことが露呈したわけですね。実際にやってみて、生徒たちにはどのような変化がありましたか?

すぐに壁にぶち当たりましたね。「けテぶれ」を生徒たちに紹介してみたものの、みんなやらないんです。今までは「ドリルを10ページやってきて」と言われたら、その通りやっていればよかった。それが、自分で目標を決めて試行錯誤をしなければいけなくなったんです。それってめっちゃめんどくさいんですよ。「なんでそんなこと考えないといけないの?」「問題を解いた後に、なぜまた勉強するの?」などと、反発がありました。

ーーその壁は、どのようにして乗り越えたのでしょうか。

「けテぶれ」をやることの目的や、僕自身の思いを繰り返し伝えました。やろうと思っても具体的にどうやればいいのかわからない生徒も中にはいます。その場合、僕が教えるよりも生徒同士での学び合いが一番だと思っていたので、「けテぶれ」を上手く活用している生徒のノートを教室の後ろに掲示したり、教科で発行している学年通信の中で紹介したりしました。すぐに全員が「けテぶれ」を活用できるわけではありませんが、続けていくと、できるようになる生徒は確実に増えていっていると感じます。

また、校内では興味のありそうな先生たちに声をかけて、一緒に実践してくれる仲間を増やしました。さらに同じ校区の小学校の先生も巻き込んで、小学校でも実践をしてもらいました。そうすることで、校区全体で「けテぶれ」のサイクルを生み出せないかと考えたんです。実際は僕自身がその年で異動になってしまったこともあり、長期的な変化は見られていないのですが、今も最初に実践を始めた学校では「けテぶれ」の考え方、つまり「自立した学習者を育てたい」という思いを紡いでくれていますね。

ーー 「けテぶれ」を実践し始めてから、新井さん自身にはどのような変化がありましたか?

「できないことは、自分自身の“伸び代”だ」という考え方が身につきました。「けテぶれ」は、できていないことに対して、どうすればできるようになるかを考え、できるようになるまで試行錯誤を繰り返すプロセスなんです。それを生徒たちに伝えていっているので、僕自身も授業のスキルを磨いていく過程でその思考が身につきました。世の中で成果を出している人は、きっとみんな「けテぶれ」のような思考プロセスを踏んでいるんだと思います。

生徒たちの多くは言われたことを言われた通りにやる学習方法が身についてしまっているので、「けテぶれ」ができるようになるには時間がかかると思いますが、僕自身は自分の身の回りでできることをしていきたいですね。最終的には、”宿題だからやる”ような“こなすための”勉強が、全国の学校からなくなるといいなと個人的には思っています。

ーー 新井さん、ありがとうございました!

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まずはICTの「よさ」「便利さ」を実感してもらいたかった

ーーこれまでどんなことに取り組んで来られたのですか?

まずアカウントを1人1つずつ設定するというのが大仕事でした。ICTを業務改善に生かしたいという思いで、最初に取り組んだのが出欠確認のデジタル化です。次に、家庭に配布するプリントもデジタル化。3つ目に、参観をオンラインで見られるようにしました。4つ目は今年から行っているのですが、個人懇談会を希望制でオンラインでできるようにしました。

ーースムーズに進めるために同僚の方への発信やサポートの仕方で配慮されたことはありますか

先生方の中には、イメージが湧かずにちょっと引き気味の方もいたりしましたが、それでも「これどうやってやるの?」と言いながらも、前向きに捉えてくれる人が多かったと思います。

同僚の先生方を「誰一人置いていかない」というのが大事だと思ってやってきました。パソコンが苦手な方も結構いらっしゃるので、「私できひん、どうしよう」と思わせないことを1番意識しました。たとえば、困っている人がいたら、積極的に声をかけるようにはしてます。また、見通しを持てるように、新しいことを始めるときは、いつまでに何をどんなステップで進めるのか、計画を細かく、早め早めに出すようにしています。出欠連絡については試行期間を設けて、その間に各ご家庭必ず1回は試してもらうようにしました。一度も使っていないご家庭にはくり返し手紙を送ったり。それでも難しい場合は、私が引き取って、電話などでサポートして解決するようにしていました。

ーー大変なことは野村さんが引き受けることで、まずは同僚の先生方がICTの便利さを享受できるようにされたのですね。

はい。そこが大事かなと思っています。おそらく、先生方は「ICTって便利だ!」と一旦思えたら、そのあとは、導入時点でのしんどいことや面倒なことも引き受けてくださると思います。でも、はじめに「しんどい!」と感じてしまうと拒否反応が大きくなってしまいます。なので、最初は私が大変なところを積極的に引き受けるようにしました。

「自分にもできる」と思えるところまで伴走する

ーーこれまでデジタルツールを使ってきた先生と、そうでない先生の間にはかなりギャップがあるのではと思うのですが、そのあたりはどう埋めてきましたか?

確かに若い人と年配の先生のギャップは大きいですね。できる人は「便利なのになんで使わないの?!」となったりするじゃないですか。はじめは、研修を全員一緒にやるようにしてたんですけど、一緒にやると、できる人は、パパッとやれるけれど、できない人は元の画面に戻ることすらできない。同時に教えるのがすごく難しいと思って。だから、「習熟度別」で研修をするようにしました。まず、どの程度できるかどうかアンケートをとって、ほとんどできない方は「超初心者コース」からはじめて、できる人は1番上のコースだけ来てもらうかたちにしたら、時間も無駄にならず、よくなったと思います。

ーーなるほど。反応はいかがでしたか?

1番年配の再任用の先生がいるんですが、授業で使えるものがいいなと思って生徒がタブレットで回答できるクイズを、研修で一緒につくったんです。次の日さっそく使ってくださって「できた!」って喜んでもらえました。そんなふうに、「あと一歩頑張ったら実際に活用できるぞ」というところまで、研修や個別の関わりを通して伴走することができると、「自分でもできる」と感じていただけるのだなという手応えがありました。

遠回りに思えても、みんなの「納得感」を大切に進める

ーーICT活用を推進する中で、苦労したことはありますか?

たとえば出欠確認のデジタル化には反対の声も結構ありました。今まで欠席確認は、保護者からの電話を受けた教職員が、その内容を紙に書いて担任に伝えて、さらに担任がそれを一覧表に記入していました。先生たちの中にはそのルーティンがあるので、「年度途中で言われても困る」「やり方を変える方が大変」という意見もありました。だから先生方のそのような気持ちもあって、いきなり変えることはできませんでした。結局、保護者からの欠席連絡はWEBフォームから届くけれど、届いたものを紙の一覧表に転記することに・・・。最初に提案したときから半年経ったタイミングで、もう一回「やっぱり一覧化まで全部デジタルにしませんか」って言ったら、わりとすんなり通ったんです。「紙の方が」と言ってた先生も「こっちの方がすぐできるからいいわ」と言ってくれました。

ーー最初から全部デジタルにしなかったのはどうしてですか?

その時点で無理やり進めたら先生方はすごく嫌な気持ちになって、ICTへの拒否感が強まったかもしれません。そうなるとICT推進全体が難しくなります。出欠連絡の件も、ちょっとずつ「やりながら理解」していったからこそ、「この方が楽」と納得できて、徐々に前向きな気持ちになれたのかなと思っています。

ICTを推進してきたことによる学校の変化とは?

ーーデジタル化・オンライン化を進めてきたことで、先生方の業務の負担度に変化はありましたか?

かなりあったと思います。1番はやっぱり出欠確認です。今までは朝の欠席連絡への電話対応がすごく大変でした。コロナや風邪が増えたときなんて、朝から電話が鳴り止まなくて、めちゃめちゃしんどかったんです。デジタル化したことで朝の職員室がすごく静かになりましたね。欠席状況がパソコン上で一覧表示されるようにしたので、だいぶ楽になったと思います。

あとは、配布物が紙からデジタル化されたので、印刷作業が必要なくなりました。子どもたちの学習では、AIドリルのQubenaを使っているので、学習プリントの印刷をしている人も少なくなりました。

ーーICT活用の推進状況は学校によってかなり差が生まれているように思います。野村さんの学校では、なぜたった2年間でここまでのICT活用を進めてこられたのでしょう?

担当者である私が担任を持たずに、ICT推進に注力できたというのが、すごく大きいと思います。授業時数が少ないので時間的な余裕がかなりありました。たとえばアカウント設定のときも、出欠連絡のICT化のときも、全クラスをまわって手厚くサポートすることができたのは、私の受け持ちの時数が少なかったからだと思います。ICT活用を前向きに進めようと、校長先生がそういう判断をしてくださったのですが、その点はとてもありがたかったですね。管理職としては調整がめっちゃ大変だと思うんですが、担任外の立場で担当者を置くことが、前向きにICTを活用しようという風土をつくるうえではかなりポイントかもしれません。

ーーデジタル化・オンライン化が進んだことは、子どもたちにとっては、どんな意味があると思いますか?

たとえば、授業支援クラウドの「ロイロノート」を使えば、自分の成果物をすぐに友達と共有できるので、いろんな子の取り組みのよいところを吸収しやすくなったのかなと思います。「できた子から提出してね」と伝えて、クラウド上の提出箱を子どもたちが見られるようにしておくと、苦手な子やどう取り組めばいいか分からない子も、他の子が提出したものを見ながら「ああ、そうか」「こういうふうにやればいいのか」とヒントを得て取り組めるんです。今までは隣の子を真似るしかなかったじゃないですか。だから隣の子とそっくりのものができちゃったりしていました。今のやり方だといくつかモデルを見られるので、”いいとこどり”ができる。いい真似方ができるようになってきてるのをすごく感じますね。どんどん友達の意見を吸収していいプレゼンをつくったり、動画をつくったりしてくれています。

学校組織全体に貢献できる仕事のやりがい

ーー最後に野村さん自身がICT推進をやってきて、学んだことや変化したことを伺いたいです。

今までは「クラスや学年を動かす」、「クラスの中で自分のやりたい実践をやる」という視点にとどまってたのですが、今回、学校全体をICTを使って動かしていく、校内みんなの賛同を得ながら進めていくという立場になり、これは、めっちゃ難しいけど、すごく楽しいなと感じました。はじめは後ろ向きだった方が進んでやってくれたり、子どもが嬉しそうに「タブレットでこんなんやったで!」と教えてくれたり、学校が前向きに進んでいると肌で感じられるのは、すごく嬉しいです。

ーーこの先、さらにチャレンジしたいことはありますか?

業務改善の取り組みと比べると成果が分かりづらい部分だと思いますが子どもたちの学習の質をよくしていくところに取り組んでいきたいと思っています。実際、学習としての深みはまだまだ出てきていないなと思っているので、学びを深めるためのツールとしても、ICTをもっと活用していきたいです。

ーー野村さん、ありがとうございました!

はじめに

学校は地域との連携・協働を、ふるさと学習を通して地域に対する愛着を、外部人材の積極的活用をーー
学習指導要領に「社会に開かれた教育課程」の実現が謳われるように、現在の学校にとって、身近な地域社会との連携・協働は急務となっています。

しかし、限られた授業時数の中で効果的な学習を行うには、どのように地域と連携し、活動を行ったらよいのでしょうか。

この記事では「地域学校協働活動」、いわゆる地域連携の代表的な活動を具体事例とともに紹介し、このような活動が必要とされる背景について解説していきます。

地域連携の代表的なパターン(地域学校協働活動)

画像引用「様々な地域学校協働活動」(文部科学省,2022年9月13日参照)より

地域連携と一口に言っても、その規模は様々、内容は多岐にわたります。
例えば、スポット的な地域との連携と、中長期での体系的な連携に分けると、下記のような活動が代表的なものとして挙げられます。

1. 主に単発・短期での連携・協働
 ・地域の方をゲストスピーカー・講師として招く
 ・農家や各種施設等で体験学習を行う
 ・地域のお店・事業所などを訪問する

2. 主に中長期での連携・協働
 ・総合学習等で地域の課題解決に取り組む
 ・地域人材による学校サポート(部活指導・放課後学習・校内美化など)
 ・地域の子ども支援機関・NPO等とケース会議を行う
 ・声かけ・交差点での誘導などの活動

参考「学校と地域でつくる学びの未来『地域学校協働活動』」(文科省,2022年9月13日参照)より

中でも代表的な取り組みである「地域の方をゲストスピーカー・講師として招く」、「総合学習等で地域の課題解決に取り組む」について、1つずつ具体例を挙げて紹介します。

地域の方をゲストスピーカー・講師として招く(かほく市立外日角小学校)

石川県のかほく市立外日角小学校では、地域の方をゲストスピーカーに招いた『アサギマダラプロジェクト』を実施しています。

日本における唯一のわたり蝶であるアサギマダラを呼び込む活動を通して、地域の自然について学び、海浜の環境保全にもつなげることができないかという地域の方の声をきっかけに、平成28年からプロジェクトが開始されました。

地域の方を講師としたアサギマダラと学校付近の自然環境についての学習会を実施するほか、児童と地域ボランティアが一緒に植栽や除草、花植えなどを行う機会が継続的に生まれています。また、近年では蝶にマーキングをして継続的に調査をしたり、地域の老人クラブに向けて発信したりなど、活動の可能性と裾野は広げ続けているようです。

このような機会を通して、子どもたちの郷土を愛する心を育むこと、地域の中に明るい話題を提供し地域活性化につなげることがねらいとされています。

参考「地域と学校が連携・協働した 実践事例集」(石川県教育委員会,2022年9月13日参照)より
参考「アサギマダラにマーキング かほく・外日角小児童「外国まで飛んで」」(中日新聞,2022年9月13日参照)より

総合学習等で地域の課題解決に取り組む(東京都立篠崎高等学校)

東京都立篠崎高等学校では、2022年4月から地元企業と連携した探究学習プログラムが行われています。

「探究学習(総合的な探究の時間)」を活用して、地域のリアルな課題に向き合い、課題解決や新たな魅力創生を通して、将来地域社会に貢献できる人物を育成することがねらいとされています。

高校生は、実際に江戸川区の地元企業から与えられた、下記のようなテーマにグループで取り組みます。

  • 生パスタを使った新メニュー
  • 時と場所を鑑みた広告宣伝アイデア
  • 食品ロスを減らすアイデア
  • 農家の人手不足を解消するためのアイデア
  • 小松菜のブランディングアイデア
  • 農のある風景を継続していくアイデア

探究の過程では、地元企業が課題提供のほか、出張授業や発表会でのフィードバックなどを通してアドバイザーとして参画しています。

参考「地元企業と連携し、地域社会とつながる活動を」(日本教育新聞,2022年9月13日参照)より

コミュニティ・スクールとは?

画像引用「学校と地域でつくる学びの未来」(文科省,2022年9月13日参照)より

前項で例に挙げたように、近年は全国各地の学校で、地域に応じた多様な地域学校協働活動が行われています。
このような取り組みは、いつ頃から、どのような理由で加速したのでしょうか?

文部科学省(文科省)は平成17年度から、「コミュニティ・スクール」という形で、学校運営に地域が一体となって関わっていく仕組みを整備しています。

コミュニティ・スクールは「学校運営協議会」を設置した学校と定義されており、令和3年度の調査の時点で、小学校を中心に既に1万校以上に導入されています。

学校運営協議会は、法律に基づいて下記の機能を持っており、学校と地域が一体となって地域学校協働活動を推進することが期待されています。

  • 校長が作成する学校運営の基本方針の承認をすること
  • 学校運営について、教育委員会又は校長に意見を述べることができること
  • 教職員の任用に関して、教育委員会規則に定める事項について、教育委員会に意見を述べることができること

引用「『地域に開かれた学校』から 『地域とともにある学校』へ」(独立行政法人教職員支援機構,2022年9月13日参照)より

例えばコミュニティスクールの先駆けとなった三鷹市立第四小学校では、下記のような様々な取り組みが行われてきました。

  • 平成12年度から始まる、家庭・地域・学校が連携協働して子どもたちの夢を育む「夢育(むいく)の学び舎=参画型コミュニティスクール」の理念を柱とした実践
  • 共に生き、共に学ぶパートナーとしての教育支援ボランティアの参画による、多様な教育活動や授業の質の向上
  • 教育支援ボランティアの自立組織「NPO法人・夢育支援ネットワーク」の設立
  • 三鷹市が推進する施策「コミュニティ・スクールを基盤とした小・中一貫教育」に基づく、中学区ごとの「学園」コミュニティ・スクールと、学園ごとに学校運営協議会の機能をもつ「コミュニティ・スクール委員会」の設置

学校と地域がビジョンを共有し、協働しながら子どもの学習を支える地域連携の好例と言えるでしょう。

参考「平成18年度コミュニティ・スクール推進フォーラムにおける実践発表資料(東京都三鷹市立第四小学校)」(文科省,2022年9月13日参照)より
参考「コミュニティ・スクールを基盤とした三鷹市の教育活動 ~「いい」学校づくりでウェルビーイングに~」(TEACHChannel,2022年9月13日参照)より

地域連携の必要性が叫ばれる背景

お店訪問などの授業の一コマから、コミュニティスクールのような大きく中長期的な在り方まで、地域連携の多様な在り方について紹介してきました。
それでは、なぜ今このような連携協働の重要性が、強く叫ばれているのでしょうか。

文科省は平成27年の中央教育審議会の答申で、学校と地域の連携・協働の必要性を次の観点で説明しています。

  1. これからの時代を生き抜く力の育成の観点
  2. 地域に信頼される学校づくりの観点
  3. 地域住民の主体的な意識への転換の観点
  4. 地域における社会的な教育基盤の構築の観点
  5. 社会全体で,子どもたちを守り,安心して子育てできる環境を整備する観点
  6. 学校と地域の「パートナーとしての連携・協働関係」への発展

先行きの見えにくいVUCAの時代に当たっては、他者と協働しながら課題解決する力など、実社会に通ずる幅広い知識・能力が求められます。

その育成のためには、地域社会とのつながりや信頼できる大人との関わり、つまり学校だけではなく様々な専門知識・能力を持った地域人材が、当事者意識を持って関わることが重要であると文部科学省は強調しています。

それは、都市化・過疎化の進行や家族形態の変容により失われつつある「地域社会の教育力」を取り戻すこと、そして将来を担う子どもたちを育て、各地域を振興・再生していくことにもつながります。

子どもたちが様々な人との関わりや経験を通して、心豊かにたくましく成長し、将来を生き抜いていく。そのために、学校と地域社会が相互補完的に連携・協働し、社会全体で子どもの教育を支えていくことが求められているのです。

参考「第1章 時代の変化に伴う学校と地域の在り方について 第1節 教育改革,地方創生等の動向から見る学校と地域の連携・協働の必要性」(文科省,2022年9月13日参照)より

まとめ

地域学校協働活動の実例やコミュニティ・スクール制度、また何故学校と地域の連携が求められているのかを説明しました。

子どもは学校のみならず、家庭や地域において、様々な人や場面に触れて成長していきます。教員にもまた、知識を教えるだけではなく、地域資源を活かした学習や、様々な人との協働を支援するようなファシリテーター・コーディネーター的役割が求められつつあります。

令和2年度からは、地域のヒト・コト・モノを生かした学びやつながり作りを担う「社会教育士」という称号も整備されました。

参考「社会教育士について」(文科省,2022年9月13日参照)より

今後ますます、地域社会と連携・協働した教育の必要性は増していくことでしょう。
School Voice Projectでは、社会の変化に応じた教育の在り方や現場の先生方の声について、引き続き取材を続けていきます。

はじめに

宿題って必要? 宿題のメリット・デメリットと、「宿題のない学校」の実践例を紹介します>の記事では、宿題の意義や、宿題をとりまく国内外の現状について解説しました。

School Voice Projectが行った教員へのアンケート調査でも、反復練習の大切さを訴える意見や一律的な宿題を出すことへの疑問、また保護者や学校方針との兼ね合いの難しさなど、様々な意見が寄せられました。

宿題とその内容を考える上では、単純な「あり・なし」の二項対立ではなく、それによって児童生徒に宿題を通して子どもにどうなってほしいか、という「目的」に立ち戻ることが大切です。

ここでは、宿題の是非や出し方について検討している先生に向けて「基礎学力の向上」「自主性や非認知能力の向上」といった「目的」に立脚した、いくつかの具体的な宿題例とそのやり方について紹介します。

《教員へのアンケート調査とインタビュー結果はこちら》

「宿題」の目的は何か

宿題を行う目的(子どもにどうなってほしいか)とそれに応じた方法には、どのようなものがあるのでしょうか。

いくつか例を挙げて紹介します。

自律的に学習する力を付けてほしい

自分に必要な学習の内容と量を考え、かつ継続的に取り組むことを目的とした宿題の取り組みとして、自学ノートが挙げられます。

こちらの記事で紹介した宿題の4分類【準備・練習・拡張・創造】の、それぞれにバランス良く対応でき、かつ習熟に応じて、負荷や選択性の調整もしやすい課題であると言えるでしょう。

また、そこに「PDCA」の要素を取り入れ、自律的な学習をしやすくしたけテぶれという宿題の形も、近年広まってきています。

数値では測れない心の成長について内省し、実感してほしい

教師が与えた問いについて作文という形で答え、自分の考えや変化に向き合う成長ノートという取り組みがあります。教員や友達とのコミュニケーションのきっかけにもなり、協調性や表現力、自己肯定感といった非認知能力を伸ばすことのできる活動の1つであると言えます。

宿題というと個人作業になりがちですが、こちらで述べた宿題の出し方のポイント②「適切なフィードバックを行う」とセットで行うことで、より効果を発揮する取り組みです。

授業中に活発に学び合うようになってほしい 

授業の場を、知識伝達ではなく活発な教え合い・学び合いの場にする反転授業についても、研究と実践が広がっています。

反転学習では通常、知識の伝達や個人での考察は授業外、つまり宿題として行い、授業の時間を効率的に協働学習に充てることができます。

宿題の出し方としても、こちらで述べた5つ目のポイント「宿題と授業に一貫性を持たせる」という点に沿っていると言えます。

次項では、それぞれのメソッドの目的とやり方を、より詳しく解説します。

自学ノート

目的と概要

自学ノートの多くは、自ら主体的に学ぶ姿勢を育むために、また多様な興味関心を伸ばしていくために、一律的な宿題に代わる比較的自由度の高い宿題の形として導入され、徐々に裾野を広げています。

中学校を中心に既に多くの実践例があり、自治体によっては、教育委員会のホームページにその意義や実践例を掲載するなどして、自学ノートの実施を奨励しているところもあります。

 《各都道府県の取り組み》 家で勉強する!主体的な学びをしまねに | 島根県教育委員会

方法と事例

広く実践されている自学ノートの内容として、「自律学習型」と「探究学習型」が挙げられます。

自律学習型
  • 主な目的
    • 自分の苦手な部分や自分にとって必要な学習を理解し、それに取り組む力をつける
  • 取り組み例
    • 授業で習った漢字や計算問題について、全部ではなくできなかったところを練習する
    • 授業でわからなかったところを自分なりにまとめる
    • 小テストの結果をもとに自主学習の計画を立て、実行し振り返る
探究学習型
  • 主な目的
    • 日常の不思議に思ったことを探究する力をつける
  • 取り組み例
    • 授業の学習内容から発展して興味を持ったことについて調べ、まとめる
    • 季節の植物など、テーマに沿って見つけたものや調べたことをまとめる
    • 日常生活で頑張ったことや取り組んだことについて、表現方法を工夫してまとめる

参考「自ら計画を立てて、自ら学ぶ熊本の子供たちに!~家庭と連携を図りながら、子供たちの学習習慣形成を促す取組の推進~ 」(熊本県教育庁,2022年9月14日参照)より
参考「自主学習ノートって何を書けばいいの?自学ネタや作り方を教えて!」(あゆすた,2022年6月11日公開,2022年9月14日参照)より
参考「「学びは遊び」だから楽しんで主体的に取り組める「自学ノート」指導」(みんなの教育技術,2020年6月26日公開,2022年9月14日参照)より

また、学校によっては上記2つの型を組み合わせ、バッチリメニュー(国語・算数)とワクワクメニュー(その他・探究)にそれぞれ1ページずつ取り組む、といったバランス型の取り組みをしている学校もあるようです。

 《参考例》 5つのポイントでやってみよう!~自学ノート~ – 教育つれづれ日誌

留意点

既に多くの学校で取り入れられている「自学ノート」ですが、だからこそ「目的を設定すること」と同時に、「目的を子どもたちに伝えること」「目的に沿った評価をすること」の2つを揃えることが大事です。

まずは、年度の初めに自学ノートの目的と意味を説明するなどして、目線合わせをすることが重要です。

また、「自学ノートのチェックシートをつくる」「累計ページ数を記録する」といった些細な仕掛けも、継続する上では重要です。自学だからといって十分なチェックや評価、友達同士での学び合いなどを行わなければ、自学ノートに取り組むモチベーションの維持は次第に難しくなってしまうでしょう。

しかし、たとえ自律的な学びをねらって導入したとしても、教員側が「きれいな自学ノートを評価し、掲示する」といったことを繰り返すと、 子どもたちは「ノートをきれいにまとめる」という方向に目が行ってしまいかねません。

自由度の高い宿題だからこそ、子どもに目的を示し続けるとともに、量だけでなく着眼点や継続性など、それぞれの長所や成長を見取り、積極的にフィードバックしていきましょう。

けテぶれ

目的と概要

けテぶれは「計画」「テスト」「分析」「練習」の頭文字を取った学習法です。

自学ノートと同じ「自律的に学習する力を付ける」という目的のもと、計画性や分析力の向上により特化した活動を設定し、子どもが取り組みやすいように改良したものであるとも言えます。

けテぶれ学習法の提唱者である葛原祥太さんは、けテぶれについて次のように解説しています。

簡単に言うと「基本的な勉強方法」のことです。

これを子どもたちに手渡してやることで子どもたちは「自己学習」つまり「独学」ができるようになります。けテぶれを元にした「自己学習」に取り組む中で、自分なりの勉強方法を見つけ「自立した学習者」へと育っていきます。

具体的には…目標に向けて学習計画を立て(計画)、自身の実力を測り(テスト)、実力を上げるためにはどうすればいいかを考え(分析)、学習を積み重ねる(練習)というサイクルを回します。

引用「けテぶれ学習法」とは何か」(けテぶれ・QNKS・心マトリクスを考えた人のブログ,2018年1月16日公開,2022年8月7日参照)より

方法と事例

期間やテストの方法などは実践者により異なりますが、共通して肝となるのは「分析」の活動です。例えば…

  • 単元の計画やテストをもとに、自分に必要な学習を分析し、計画を立てる
  • テストの結果から、これまでの学習方法やスケジュールは適切であったか検討する
  • 既習事項の復習と新しい内容に進むこと、どちらが必要であるか考え計画に反映する

上記のようなプロセスを重ねて目標と現状のギャップを認識すること、自分のそれまでのやり方を検討した上で目標達成の方法と計画を考え、実行することの繰り返しが、自律的な学習者を育てます。

実際の取り組みの中では、漢字練習やテスト直しなど、知識・技能の定着を目指す場面で効果的に取り入れる例が多く見られます。

また、宿題だけではなく、授業や補習でも同様の学習法を取り入れた実践報告もあります。

参考「自己学習力を身に付ける!「けテぶれ学習法」(watcha Nagoya講演録②チームけテぶれ)」(EDUPEDIA,2019年10月12日公開,2022年9月14日参照) 
参考「【保存版】「けテぶれ学習法」の具体的活用法|宿題・授業・補習の3場面で使い方を紹介」(ゆとりんり,2022年5月11日公開,2022年9月14日参照)

留意点

子ども版のPDCAサイクルとも言え、数値としての結果にもつながりやすいテぶれ学習法。子どもが自ら楽しく学びだすメソッドとしても、近年実践が増えています。

汎用性が高いため、例えば教員のガイドのもと、授業の中で「自分はどこが苦手か」「自分に合った学習法はどれか」といった自己分析を行う、あるいは宿題として行う中で、自らテストし分析する習慣を付けるなど、発達段階に応じて目的や場面をカスタマイズすると良いでしょう。

特にペーパーテストで評価がなされる分野との相性が良いため、興味・関心の広がりや、表現力を問う活動とのバランスを考えて導入することも必要です。

けテぶれ学習法については、本サイト内のインタビュー記事もご参照ください。

《「けテぶれ」を2年間実践した教員へのインタビュー記事はこちら》

成長ノート

目的と概要

成長ノートは菊池省三さんが提唱する、数値にできない子どもの非認知能力の成長に焦点をあてた毎日の作文活動です。

菊池さんは著書の中で、成長ノートとのねらいを下記の3点であると述べています。

  1. 子どもたちに、心の成長を実感させる
  2. 書くことで、文章表現を身につけさせる
  3. 各学年にふさわしい「公」を意識させる

菊池さんは、ほかにも「褒め言葉のシャワー」や「価値語」の奨励など、子どもの心の成長を促し、自己肯定感を高めるための取り組みを多く提唱されています。

引用「コミュニケーション力あふれる「菊池学級」のつくり方」(菊池省三、菊池道場,中村堂,2014年4月1日)より
参考「こんにちは 菊池先生」(東書Eネット・学級経営の広場,2022年9月14日参照)

方法と事例

成長ノートでは、教員が設定したテーマについて子どもが考え、作文をします。テーマは授業の感想から道徳的・生活指導的なもの、友達関係や学級全体に関わるものなど、学級の段階に応じてタイムリーに変化させます。

テーマ例
  • 会話の授業の感想
  • 教室からなくしたい言葉、教室にあふれさせたい言葉
  • Cさんはなぜ、誰とも最強のコンビを作ることができるのか
  • 自分のことを「好き」になるために
  • 成長ノートは私の何をどう育てたのか

引用「人間を育てる【菊池道場流】作文の指導」(菊池省三、田中聖吾、中雄紀之,中村堂,2015年4月15日)より

毎日1人ひとりの作文にコメントを残し、子どもが自己の内面や学級でのふるまい方について考え、表現することを助けていきます。菊池さんは著書の中で、コメントは子どもとのつながりを深められる重要な要素であるとし、原則プラスの内容を ①線と丸だけ ②一言コメント ③つぶやきコメント ④1ページコメント と、テーマや時期に応じて軽重をつけて返すとよいと述べています。

留意点

他の宿題法と同じく、これもただ「テーマを与え、書く」という手段が目的化した作業になってしまっては、子どもの成長は限定的になってしまいます。作文を大事なコミュニケーションの場と捉え、適切なテーマを適切なタイミングで設定すること、教員からの反応を返すことが、併せて大事であると言えます。

反転授業

目的と概要

前述した3つの方法とは異なる宿題の捉え方が必要となる方法として、授業を効果的な場にするための反転授業があります。

反転授業においては、授業は主に学んだことやお互いの考えをアウトプットする場となり、インプットは事前に宿題として行うという形式がとられます。通常の教科書などの予習とは異なり、講義動画を配信し事前の視聴を義務付けることで、共通のインプット状況を授業前に作り出します。

GIGAスクール構想に伴って1人1台端末環境が充実し、動画の編集や配信がしやすくなったことにより、注目を浴びている授業形態の1つです。

方法と事例

事前に視聴する動画は、教員が自ら作成する場合もあれば、インターネット上の動画を用いる場合もあります。

また、講義ではなく議論やプレゼンテーションの動画を事前に視聴させる、教員ではなく学習者が説明動画を作るといった、様々なバリエーションが見られます。

参考「NHK for School で反転学習!~家庭学習と授業の連携~」(NHK・すくレポ,2018年2月12日公開,2022年9月14日参照)より
参考「反転授業のユニークな7つの事例を紹介」(Panopto,2019年6月4日公開,2022年9月14日参照)

いずれの方法においても、限られた授業の場を、知識伝達ではなく活発な教え合い・学び合いといった協働学習、または問題演習といった活動に充てることが目的であると言えます。

留意点

事前の動画視聴に関しては、ハードウェアやインターネット環境の確保など、ある程度整備と保障が進んでいることが前提となります。また、授業に対する動機付けや信頼関係が不十分であると、参加の前提条件となるはずの知識のインプットを怠ったまま授業に参加し、想定していた授業展開が十分にできないという事態も起こり得ます。

他の宿題と同じく、十分にその意義や、学習の大事な工程の1つであることを伝えるなど動機付けを工夫することが、授業での活動を充実させるためには不可欠です。

まとめ

宿題をはじめとした、あらゆる学習活動の根本にある目的(子どもにどうなってほしいか)に立ち返りながら「自学ノート」「けテぶれ」「成長ノート」「反転学習」という4つの宿題のかたちを説明してきました。

どのような宿題を課すにしても、なぜそれをするのかという目的を明確にした上で方法を選び、子どもにも目的を伝え続けることが大切であると言えます。<宿題って必要? 宿題のメリット・デメリットと、「宿題のない学校」の実践例を紹介します>の記事でも述べた通り、「何のために」をきちんと子どもが理解し、「どのように」が意識された宿題であれば、目的に応じた学習効果が表れるでしょう。

紹介したそれぞれの宿題の目的からも見て取れるように、単純な作業の繰り返しではなく「自ら学びに向かう力」「自己分析力」「自己肯定感」などの育成が、家庭学習においても重視されつつあることがわかります。

School Voice Projectはこれからも、新しい時代に対応する子どもを育成するための学びの在り方について、調査と情報提供を続けていきます。

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現場の教員は、子どもたちに出している”宿題”について、実際にどう感じているのでしょうか。School Voice Projectは、2022年春に「小学生の毎日の宿題について」という教員向けのアンケートを行いました。この結果から、各学校でどんな宿題が出されているのか、また現場の教員が“宿題”について、どのように考えているのかを見ていきましょう。

《教員へのアンケート調査とインタビュー結果はこちら》

アンケートの結果によると、回答者の約8割が宿題を「ほぼ毎日出している」と答えています。内容については、「漢字の書き取り」「音読」がそれぞれ7割ずつ、「プリント」「計算ドリル」が6割ずつ、「自主学習ノート」が5割弱でした。一方、「出していない」と答えた教員は少数でした。

また、「あなたは”宿題”は必要だと思いますか」という質問に対しては、回答者の約2割が「はい」、5割が「いいえ」、3割が「どちらともいえない」と答えるなど、意見が割れる結果となりました。それぞれの代表的な意見を見ていきましょう。

まず、「必要」という意見には大きく3つの理由が挙げられていました。

  1. 「単純な反復練習」が必要だから
  2. 自分で学ぶ習慣を身につける必要があるから
  3. 児童・家庭による家庭学習の差を埋めるため

特に1.については、以下のような意見が寄せられていました。

家庭学習の習慣づけのためと、反復学習をしないと覚えることのできない漢字などは定着をさせる時間が必要と考えて出してきました。
授業の中でとれるものならとりますが、学習内容が多すぎて終わらせるだけで精一杯です。指導要領に乗っ取った指導をする以上、それをしっかりやろうとすれば、反復練習の時間は授業の中でほとんどとれないはずです。

宿題が「必要ない」「どちらともいえない」という理由についても、同様に大きく3つの理由が挙げられています。

  1. 一律の課題を受け身でこなすものになっているから
  2. 宿題で育まれる「学力観」に疑問があるから
  3. 教職員・児童の負担になっているから

2.については、具体的には以下のような意見が挙げられています。

宿題があることで、学ぶことが楽しくないと思ってしまう子がいるのではないか?とずっと思っています。宿題をやらないと、学力つかない?その求めている学力って何?本当の学力って覚えることや反復学習をクリアすることや点数を取ることではないと思っています。

また、このような意見もありました。

出さなくてもいいなら出したくありません。こちらも丸付けるのが手間ですし、宿題を見る時間がなければ休み時間もっと子ども達を見られるのにと思います。しかし、保護者や学校から要望があり仕方なく出しています。

アンケート結果からは、多くの教員が宿題を「ほぼ毎日出している」一方、宿題の必要性や望ましいあり方については現場の中にも様々な考えがあり、悩んでいる教員も多くいることが分かります。

宿題のメリット・デメリットって? 学術研究の結論は?

では、上で紹介したような「現場の悩み」に対して、学問の世界ではどのような研究がなされているのでしょうか。次はそちらを見ていきましょう。

宿題についての学術研究

「宿題には意味があるのか」「宿題を出すのであればどのような形式が良いのか」。その問いに対しては、宿題の始まった100年前以降、現在までに様々な研究がされてきました。

まず、「宿題には意味があるのか」の問いですが、多くの調査結果では「宿題や家庭学習は学力向上に一定の効果をあげている」とされています。実際、アメリカのデューク大学では、過去の様々な宿題の研究をまとめた上で「多すぎない宿題は効果的」「年齢が上がるほど宿題は効果的」という結果を明らかにしています。

参考 「小学校における宿題に対する教師と保護者の意識に関する考察:フォーカス・グループ・インタビューの分析を通して」(宮崎麻世,学校改善研究紀要,2022年)より

宿題のメリット・デメリット

「一定の効果がある」とされている宿題ですが、もちろんメリット・デメリットはあります。ここでは、宿題のメリット・デメリットについて、東京大学大学院で教育心理学の視点から調査した研究を見ていきましょう。

この研究で指摘されているメリット・デメリットは以下の通りです。

宿題のメリット

  • 短期的なもの
    • 学習の機会が増えることで短期的に学力が向上する。
    • 全ての児童へ、授業以外での学習の機会が保障される。
  • 長期的なもの
    • 自立して学習や仕事に取り組める態度・習慣・スキルなどの自己学習力が育つ機会となり得る。

宿題のデメリット

  • 短期的なもの
    • 余暇やコミュニティ活動等の時間の減少になり得る。
    • 丸写しなどの欺き行為を助長する可能性がある。
  • 長期的なもの
    • 成績上位層と下位層の格差を助長する可能性がある。
    • 学習への動機付けや興味を阻害する可能性がある。

さらにこの研究によると、宿題は「目的や内容が多様であることから、そのものの意味や役割を理解し適切な形で取り入れられるべきもの」とされています。

参考「学習における宿題の役割に関する心理学的検討」(太田絵梨子,教育実践学研究,2019年)より

宿題を出すときのポイントは?

では、宿題の「適切な形」とはどのようなものでなのでしょうか。こちらも学術研究から見ていきましょう。
東京大学大学院の研究によると、宿題にはそもそも4種類のものがあるとされています。

具体的には

  • 【準備】 授業の予習や、事前の下調べなどを行う
  • 【練習】 授業で行った内容の定着率を向上させる
  • 【拡張】 授業で行った内容を他の状況で応用する
  • 【創造】 授業で行った内容に限らず、様々なスキルや概念を統合して新しく何かを作り出す

の4種類で、宿題を設定するにあたって「目的や状況に応じてどの方法が適切か判断することが重要」とあります。

この視点に立てば、「漢字の宿題」一つをとっても、「次の単元に出てくる漢字を調べておく(準備)」「授業で習った漢字を練習する(練習)」「授業で習った以外の熟語や例文を考える(拡張)」「漢字を使ったクイズを作る(創造)」のように、目的に応じた様々な宿題が考えられます。

「宿題は出したいが現状の宿題の出し方には疑問がある」という悩みを抱える教員には、この4種類の考え方が参考になるかもしれませんね。

また、この研究では宿題の中身についてだけでなく、宿題の出し方についてのポイントも整理されています。

具体的には、以下の5点が挙げられています。

①“どのくらい”ではなく“どのように”を重視する

宿題を行うにあたって、より重要なのは「どのくらいやったか」ではなく「どのようにやったか」であり、取り組み方を向上させるために、宿題のやり方のモデルなどを提示すると良いとされています。

②適切なフィードバックを行う

宿題を通して“どれだけ習得できたか”、“どうすればもっとよくなるか”にフォーカスするため、適切なフィードバックを行うとよいとされています。フィードバックは、点数やABCなどの段階別評価よりも先生からのコメントなどの方が効果的だと言われています。

③予習として行う宿題は5分で完了する量にする

予習の目的は、授業の概要をつかみ子どもがが疑問点を把握することなので、教科書の一読程度、「生わかり」でもよいとされています。子どもの発達段階に応じ「疑問に思ったことを挙げる」という課題を追加するのも効果的とのことです。

④復習の宿題は「自分の言葉でまとめる」課題にする

復習として行う宿題では、授業の内容の難しかった点やそれをどう理解したかなどを振り返り、まとめることが理解の定着につながるとされています。同様に、授業で説明された内容を自分なりの言葉でまとめ直す、といった課題も効果的なようです。

⑤宿題と授業に一貫性を持たせる

最後に、宿題で行う内容と授業行う指導に一貫性を持たせることが大切です。たとえば「新しい英単語の意味を予想しよう」という予習課題の場合、授業中に英単語の意味を教えるだけでなく「予想するときのポイント」なども紹介するとより効果的だと紹介されています。

以上、学術的な見地からの「宿題のメリット・デメリット」「宿題の内容」「宿題の出し方」を紹介しました。これらを総合して「宿題を出すか出さないか」「宿題を出すのであればどのようにするか」を考えていくのがよいでしょう。

最後に、ここまで読んで「あれ、前に海外の研究で”宿題は禁止に値する”っていう研究結果が出たって見たんだけど…」と思われた方もいるかもしれません。実際、過去にSNSでそのような研究を取り上げた投稿が拡散されたのですが、実はその投稿は、研究内容を正しく反映していなかったことが分かっています。実際の研究に関する記事や動画では、冒頭から“宿題は生徒の学校での成功に役立つ”と肯定的です。しかし同時に“長時間の宿題は逆効果の可能性がある”とも書かれており、SNSではこの部分が誇張されて拡散されてしまったようです。

参考「学習における宿題の役割に関する心理学的検討」(太田絵梨子,教育実践学研究,2019年)より
参考「Does Homework Improve Academic Achievement? A Synthesis of Research, 1987–2003」(Cooper, H et all.,Review of Educational Research, 2006年)より
参考「子どもに宿題をさせると悪影響しかないことが明らかに」(Gigazine,2016年3月9日公開,2022年9月14日参照)より
参考「え、クーパーは「宿題は禁止に値する」なんて言ってない、よね…?(7/19追記)」(あすこまっ!,2020年7月16日公開,2022年9月14日参照)より

目的別・宿題の出し方4選!

続いて、<どんな宿題を出せばいい? 目的別・宿題の出し方4選!!>の記事から、実際に採用されている宿題の例を見ていきましょう。

①自学ノート

課題を自分で見つける学習法です。自由度の高い宿題だからこそ、目的の認識と、着眼点や継続性などそれぞれの長所や成長に対する適切なフィードバックが重要です。

②けテぶれ

目標に向けて学習計画を立てる「計画」、実力を測る「テスト」、実力を上げるためにどうすればいいかを考える「分析」、学習を積み重ねる「練習」のサイクルを回す学習法です。

③成長ノート

​​学級の段階に応じてタイムリーに設定されたテーマについて作文をします。子どもが自己の内面や学級でのふるまい方について考え、表現することを助ける学習法です。  

④反転授業

授業を知識伝達ではなく活発な教え合い・学び合いの場にするための学習法です。予習の宿題として講義動画を視聴し、授業はアウトプットをする場となります。

詳細はこちらの記事をお読みください。

《宿題を出すときの考え方、おすすめの宿題の出し方を解説した記事はこちら》

はじめに

新型コロナの影響によって、「GIGAスクール構想」の実施が前倒しされ、1人1台端末の配備やネットワーク環境の整備が日本中の学校で進んでいます。この記事では、「 GIGAスクールってよく聞くけど何のこと?」「学校はどう変わる?」「現状と課題は?」……。そんな疑問をお持ちの方に向けて情報を整理。現場の教職員の生の声も踏まえて、わかりやすく解説します。

GIGAスクール構想とは

GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想とは簡単にいうと「子どもを誰ひとり取り残さないために、ICT教育を充実させよう」とする構想のことです。2019年12月に文部科学省から発表されました。

GIGAスクール構想には大きく分けると2つの目的があります。

  1. 多様な子どもを誰ひとり取り残さないために、個別最適化した教育を実現すること。
  2. これまでの教育実践とICTをかけ合わせることで教員と子どもの力を最大限に引き出すこと。

これら2つの目的を達成するために、ICT環境の整備が急速に進んでいます。具体的には、「1人1台端末」や「校内通信ネットワーク」といったハード面の整備、「ICT支援員の設置」といった指導体制の充実などが行われてきました。

例えば、令和2年度には端末整備に1,951億円、ネットワーク環境整備に71億円、GIGAスクールサポーターの配置に105億円など2292億円の補正予算が組まれています。

参考「GIGAスクール構想の実現について」(文科省,2022年9月13日参照)より
参考「GIGAスクール構想による 1人1台端末環境の実現等について」(文科省,2022年9月13日参照)より

なぜGIGAスクール構想が進められているのか?

GIGAスクール構想が進められてきた背景には、「社会環境の変化」と「ICT教育の遅れ」があります。

来るSociety5.0と呼ばれる社会では、IoT(※)、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットなどをはじめとする技術革新がこれまで以上に進み、新しい価値やサービスがどんどん生まれていきます。
(※IoT:「Internet of Things(モノのインターネット)」の略。従来インターネットに接続されていなかった家電や住宅などが、ネットワークに接続され、相互に情報交換する仕組みのこと)

「今後10~20年程度で半数近くの仕事が自動化される可能性が高い」「子どもたちの多くは将来、今は存在していない職業に就く」と指摘する研究者もいるように、産業構造の変化によって、暮らしや働き方も大きく変化していくことが予想されています。

そんな社会で生きる子どもたちにとって必要な教育とは何か、という観点から、GIGAスクール構想は生まれています。平成29・30・31年改訂​​の新学習指導要領では、情報活用能力は言語能力と同様に「学習の基盤となる能力」と位置付けられ、ICTを活用して、創造性や論理的思考力を養う教育が求められています。

​​しかし、日本のICT教育は順調に進んできたとは言えません。たとえば、第3期教育振興基本計画(平成30年)の目標では、3人に1台の割合でICT端末を準備する予定でしたが、結果として5.4人に1台(平成31年)しか準備できず、環境整備がほとんど進みませんでした。さらに、学校教育におけるICT機器の使用時間はOECD諸国の中で最下位ということもわかりました。

参考「GIGA スクール 構想の実現へ」(文科省,2022年9月13日参照)より
参考「第3期教育振興基本計画(概要)」(文科省,2022年9月13日参照)より

GIGAスクール構想のメリット

GIGAスクール構想が進み、端末を自由に活用できるようになれば子どもたちにとっても、教職員にとってもさまざまなメリットがあります。

①一人ひとりにあった学びが実現しやすくなる

たとえば、「Qbena」や「すらら」「小学館デジタルドリルシステム for School」のようなデジタルドリルを活用すると、子どもたちはそれぞれ自分のペースで学ぶことができます。学習履歴に応じて問題が自動的に変化したり、記録が残ることによって、自分の得意・不得意に応じた学習がしやすい点も特徴です。

教員にとっては、ICTが収集したデータによって、一人ひとりの学習進度やつまづきを把握しやすくなり、アドバイスをしたり、励ましたり、適切なサポートがしやすくなります。

参考「Qubena」(Qubena,2022年9月13日参照)より
参考「学校向けICT教材」(すらら,2022年9月13日参照)より
参考「小学館デジタルドリルシステム for School」(小学館,2022年9月13日参照)より

②デジタルの利点を活生かした学習ができる

動画や写真などビジュアル教材を使って学習することができるので、授業内容もわかりやすくなります。たとえば、算数や数学の図形は教科書では動かすことができません。しかしICTを活用することで図形を反対から見たり、切ってみたりと試行錯誤しながら学習することができます。体育などでは、自分たちのダンスを動画で記録して見直し、改善するといった使い方も可能です。

子どもにもよりますが、自分の意見を伝えやすくなり、アウトプットの幅が広がるという利点もあります。クラスの前で口頭で発表することが苦手な子どもでも、文字にしたり、匿名にしたりすることで自分の意見を伝えることができます。また端末があれば、文章だけでなく、スライドをつくる、動画をつくるといった表現方法で学びの成果をまとめることも可能になります。

作文や新聞づくりなど、学習の中で何度も推敲する必要がある時に、紙のように破れることもなく、容易に気軽に何度でも書き直すことができるのも利点です。

③時間と空間を越えて人とつながり、学ぶことができる

インターネットを活用することで、離れた場所にいるもの同士がつながれるようになります。コロナ禍で急速にニーズが高まったように、家からオンラインで授業に参加することも学びの選択肢として可能になります。

もちろん、海外の学校とつないで交流することもできます。さらに、Google Classroomなどの掲示板機能などを使って、自宅に帰ってから宿題を教え合うというような使い方も可能です。

④教員の業務負担の軽減(働き方改革) 

教職員の日々の仕事は膨大です。ICTをうまく活用することで、業務負担の軽減が期待できます。

たとえば、保護者からの欠席連絡をメールやウェブアンケートフォーム、アプリなどを使ってオンラインにすることができれば、電話対応がかなり減ります。紙の連絡帳をやめてメールや掲示板上のやりとりにすることで子どもたちと過ごす時間の中にゆとりを生み出すとともに、子どもたちが保護者にプリントの渡し忘れることによるトラブルも防ぐこともできます。

職員用SNSを活用して報告等を済ませることで、会議を圧縮することもできますし、ペーパーレスが進めば印刷作業もせずに済むようになります。テストを自動採点ソフトで採点することも可能です。全国の学校で、じわじわとICTを活かした働き方改革が広がりつつあります。

参考「全国の学校における 働き方改革事例集」(文科省,2022年9月13日参照)より

GIGAスクール構想の現状と課題

環境配備の遅れや自治体間格差への批判もありましたが、2022年7月現在、全国ほとんどの小中学校で1人1台端末が配られ、ネットワーク環境も徐々に整いつつあります。

学校現場ではこの間、自治体や学校による差は大きいものの、全体として急速にデジタル化が進んでいます。
以下では、そんな中で、見えてきている現状と課題を、学校現場の生の声とともにご紹介します。

業務量が減る

学校全体にかかわるものや、緊急の連絡などを行えることで、全家庭に電話連絡をする、ということはないのは助かる。【小学校・教員】

無駄な紙の削減や、提出物のチェックの手間なども減り、大変助かっている。【中学校・教員】

保護者と連絡が取りやすい

仕事の都合で日中電話に出られない家庭や、コロナで自宅待機中の家庭と連絡が取りやすくなった。【小学校・教員】

理解しやすくなる

授業に付き添うときには、タブレットを持っていき、担任の先生の説明を文字やイラスト、写真などを使って、視覚情報に置き換えています。視覚優位の子どもたちにはかなり効果があります。

国語の物語教材や道徳の題材を音読、CD再生しているときに、子どもたちに感想を打ち込んでもらう。社会や理科の動画でもできる。そうすると、子どもたちの率直な感じ方や、理解などがわかりながら授業を進めることができる。

環境整備の不十分さ

児童の端末は整備されましたが、教員用は数が足りません。【小学校】

配布されたタブレットは規制が強く、YouTubeなどが視聴できない。結局、教員用で再生して、黒板に映写してみんなで見ることになってしまう。【高等学校】

WiFiの速度が遅く、クラス全員でインターネットを使用すると、何人かは繋がりません。1人1台のはずなのに、全員が使えません。【小学校】

タブレットは300台ほどあるが、40〜50台ネットワークにつなぐと、ほとんど回線がパンク状態である。【高等学校】

高校へのICT端末の配備の遅れ

小・中学校への端末配備と比べると公立高校への端末の配備は進んでいません。特に自治体によっての差が大きく、設置台数が生徒人数の半分に届いていない自治体もあります。

県立学校では1人1台に対する「予算」がないため、学校に専用回線を引き、個人所有ののスマホやタブレットを利用するBYODを導入した。【高等学校】

《教員へのアンケート調査とインタビュー結果はこちら》

参考「GIGAスクール構想に関する教育関係者への アンケートの結果及び今後の方向性について」(デジタル庁・総務省・文部科学省・経済産業省,2022年9月13日参照)より

教育のこれから

これから先、ICTを活用した教育の重要性はますます増していくでしょう。

一方で、教職員がICTを活かした教育について学べる研修機会の保障、情報リテラシー教育・デジタルシティズンシップ教育など情報化社会に対応する教育の充実、ICT支援員の配置やICTを生かしたカリキュラム開発など、課題は山積みです。

政府は現在、5か年計画に基づいてICT機器に対する補助金を出しています。しかしこれもいつまで続くのか不透明です。

個人所有の端末を学校でも使用できるようにするBYOD(Bring Your Own Device)という方法も検討されていますが、端末代を家庭が負担することになるため、困窮家庭の支援をどうするかを考えていく必要が出てくるでしょう。

一方でICTを活用することで、学びの選択肢が増えることは大きな利点です。子どもの興味・関心を高めたり、個別最適な学びや協働的な学びを進めるうえで強力なツールになりえます。

不登校の生徒の遠隔での授業参加や、離島など僻地の学校と他の学校の生徒との交流授業など、離れた場所にいる子ども同士が、ともに学習する機会もどんどん増えていきそうです。

ハード面の環境整備が徐々に進む中、次にキーワードになるのは「誰ひとり取り残さない教育はどのように実現していくのか」ということ。

ICTを活かすことで、すべての子どもたちがより自分に合ったかたちで学習でき、学校生活の充実感を高め、将来の可能性を広げていけるよう、今後教育実践の交流や研究、検証の深化が求められています。

まとめ

GIGAスクール構想について解説してきました。子どもを誰ひとり取り残さないために、ICT教育を充実させる目的でGIGAスクール構想は始まりました。背景には「社会環境の変化」と「日本のICT教育の遅れ」があり、学校教育はICT環境がインフラ化する社会に対応する教育への転換を求められています。

GIGAスクール構想は、個別最適化された学びや協働的な学びの充実や、教職員の働き方改革にもつながりうるものです。しかし、その一方で、自治体によっては環境整備が遅れていたり、ICT活用の学校間・教職員間の価値観のズレやスキルギャップ、家庭や子どもの負担、情報リテラシー教育の不足など、実現に向けたさまざまな課題もあきらかとなってきています。

VUCA時代という言葉があるように、これからの社会は、どんどん変化していく、不確実で正解のない社会だと言われます。GIGAスクールの進展によって、従来の学校教育のあり方への「問い直し」が起こり、「変革」が迫られていることは確かでしょう。

GIGAスクール構想をどう評価するかは意見の分かれるところかもしれませんが、少なくとも、これからを生きる子どもたちに、どんな学びを保障し、どんな力やスキルを育んでいくことが重要なのか。その問いに向き合っていく必要はあるのではないでしょうか。

GIGAスクールは、その1つの“答え”として国(政府・文科省・経産省)が示している方針とも言えるものです。

学校の「評価」の仕組みはどうなってる?

はじめに 

「何の気なしにもらっていた通知表。まさか作成するのがこんなに大変だったなんて……」。そんな風に感じたことのある先生も少なくないのではないでしょうか?
この記事では、評価をおこなう上でのポイントや、学校全体の評価計画に活用できる「評価」の仕組みを解説します。

前半ではまず、指導要録や通知表を作成するのに必要な、制度の中身や評価のポイントをおさらいします。
その後、通知表をめぐる現場の声に耳を傾け、どのような課題があるのかをみていきます。
そして最後に、通知表をめぐる課題に「通知表を無くす」という選択で立ち向かった学校の事例を紹介し、今後への展望をまとめます。

学校で行う「評価」の仕組み

「評価」と「評定」の違い

「評価をおこなう」とひと口に言いますが、学校での「評価」においては、「評価」と「評定」、この2つは明確に区別し、それぞれ別個に実施する必要があります。
文部科学省(文科省)の「学習評価に関する資料」をもとに、それぞれを確認しましょう。

「評価」とは

「自己評価」や「評価額」のように「評価」という言葉は日常的には広い意味を持ちますが、日本の学校現場における「評価」はそれより少し範囲が狭いものを指します。

文科省によると「学習指導要領にある各教科の目標や内容について、児童生徒がどの程度実現できたかを3つの観点から“分析的”に捉えたもの」を指します。実際の学校現場では、授業態度や試験結果等、様々な場面における児童生徒の姿を、学習指導要領にある3つの観点から3段階(ABCが一般的)で評価しています。これは「観点別評価」とも呼ばれるもので、のちほど詳しく取り上げます。

「評定」とは

「評価」と同様、「評定」も日常的な用法と学校現場での用法では少し内容が異なります。
こちらも文科省によると、「評定」とは「評価をもとに総括的な学習状況を示すもの」とされています。

これはいわゆる「段階評定」のことで、小学校では3段階(「大変よい」「よい」「もう少し」等)、中学・高校では5段階(5~1)で行われています。高校や大学の入試の際に用いられることもある「評定平均」とは、この「評定」の平均値のことを指しています。

「評価」と「評定」の関係

「評価」と「評定」の関係を一言で表すと「各観点の評価を総合して評定をつける」ということになります。つまり、生徒の実現状況を“分析的”に捉えた評価結果をもとに、“総括的”に「評定」として示す流れです。

具体例を挙げてみてみましょう。
例えば、ある生徒の目標実現状況を、「主体的に学習に取り組む態度」はB、他の2評価軸はいずれもAに相当する、と捉えたとします。これが評価です。そして、その評価結果をもとに、「Aが2つ、Bが1つなので、5段階評定では(例えば)4と総括する」、これが評定です。ちなみに、評定において「評価をどのように総括するかについては、各学校の工夫が求められる」とされています。

文科省の「学習評価に関する資料」では、このような「評価」と「評定」を各教科で実施すること、また「評価」「評定」ともに照らすべき基準は学習指導要領に定められた目標であることが明記されています。

参考「学習評価に関する資料」p1(文科省,2022年9月12日参照)より

絶対評価と相対評価

ここでもまず、文科省「学習評価に関する資料」から、絶対評価と相対評価の違いを確認しておきましょう。

「絶対評価(目標に準拠した評価)」とは

児童生徒の一人ひとりについて、「目標をどの程度達成できたか」を基準に評価をする方法です。
学校現場では、ここで言う「目標」が、各教科の学習指導要領に記載された目標となります。

ここで大切なのは、絶対評価はあくまで比較基準が「目標」であり、「集団」ではないということです。つまり、ある学級の生徒全員が目標を達成したと評価された場合には、全員「5」となることもある、ということです。

「相対評価(集団に準拠した評価)」とは

集団(学級や学年)内における位置づけをもとに評価をする方法です。
具体的には、全生徒のうち上位◯%の生徒が「A」、次の△%が「B」…、のように評価をつける方法です。

(なお、文科省では平成22年以降、「絶対評価」という表現は使用しておらず、「目標に準拠した評価」という表現を使用しています。本記事では、直感的に概念を理解していただくため「絶対評価」という表現を主として用い、「目標に準拠した評価」という表現を補足として併記しています。)

では、現在、文科省によって定められている評価方法は絶対評価と相対評価のどちらか、ご存知ですか?
現在採用されているのは「絶対評価(目標に準拠した評価)」。平成12年(2000年)の要録通知をもって、相対評価から絶対評価に改められました。文科省は、他の児童生徒と比較したり、クラス内でのその子の位置から評価をつけるのではなく、学習指導要領の目標に照らして、その実現状況から評価・評定を実施するよう明確に指示をしています。

……ここで、内心動揺を覚えた先生もいるのではないでしょうか。というのも、現場で実際に絶対評価が徹底されているのかについては、疑問の余地がありそうなのです。例えば、自治体・教育委員会等によっては、学校長に対し、教科ごとに各評定(1~5)を与えた生徒の人数やその割合を報告するよう義務付けているところもあります。このような報告書の存在を念頭において評価に取り組んでいる学校は、決して少なくないのが実情です。

また、後半「通知表の実態と問題点」内で取り上げる現場の教職員のアンケート結果からは、事実上の相対評価が行われている実態も垣間見えます。

参考「学習評価に関する資料」(文科省,2022年9月12日参照)
参考「学習成績分布表」(千葉県,2022年9月12日参照)より

さて、すでに触れたように、平成12年(2000年)の要録通知をもって、相対評価から絶対評価に改められました。当時の資料では相対評価から絶対評価への変更理由は、 

  1. 児童生徒一人一人の進歩の状況や教科の目標の実現状況を的確に把握し、学習指導の改善に生かすため
  2. 学習指導要領の内容の習得状況を評価することで基礎的・基本的な内容の確実な定着を図るため
  3. 上級の学校段階の接続を円滑にするため
  4. 個に応じた指導に対応するため
  5. 学年・学級の児童生徒数が減少している中で評価の客観性や信頼性を確保するため

と説明されています。
5. にもあるように、相対評価から絶対評価への移行には少子化の影響もあります。以前は学年100人を超える学校も珍しくありませんでしたが、それも今は昔、地方に行くと1学年1クラスの学校も散見されます。人数が少なくなると当然、相対評価で「5」を取れる人数の縛りがきつくなり、納得感のある評価が難しくなります。

その意味では、現在はまだ絶対評価を徹底できていない地域・学校も、今後少子化が進行していくことでその状況が変わってくるかもしれません。

引用「学習評価に関する資料」p8(文科省,2022年9月12日参照)より
参考「よくある質問と回答(学習指導要領)」(文科省,2022年9月12日参照)より

観点別評価とは

ここでは、観点別評価について詳しくみていきます。
小学校・中学校では導入から20年以上が経過し(2002年導入)、すっかり定着している観点別評価ですが、高校では2022年から正式導入となり、注目を集めました。

観点別評価は、正式には「観点別学習状況の評価」といい、「学習指導要領に示す目標に照らして、その実現状況がどのようなものであるかを、観点ごとに評価し、児童生徒の学習状況を分析的に捉えるもの」と定義されています。

「評価」と「評定」の違い」でみたように、各教科については「評価」と「評定」とを実施する、と定められていますが、ここで文科省の言う「評価」が「観点別評価」です。「評価」で生徒の実現状況を“分析的”に捉えたのち、評価結果をもとに、“総括的”な学習状況を「評定」として示します。

定義具体例
評価生徒の実現状況を3つの観点から「分析的に」捉えるもの授業態度や試験結果等を、3つの観点から3段階(ABCが一般的)評価する
評定「評価」をもとに総括的な学習状況を示すものいわゆる「5」~「1」の数字のこと
(小学校では「大変よい」「よい」「もう少し」等の3段階)

観点別評価では、各教科・科目それぞれの目標に対する実現状況を、以下の3つの観点からA(十分満足できる)・B(おおむね満足できる)・C(努力を要する)の3段階で評価します。

  • 知識・技能
  • 思考・判断・表現
  • 主体的に学習に取り組む態度

なお、2002年から観点別評価が導入されている小学校・中学校においては、現行(平成29・30年改訂)の学習指導要領から、評価の観点が、それ以前の4つ(※)から上記の3つに再整理されました。(※中学校国語科のみ5観点)

これにより、2022年の高校での観点別評価の正式導入をもって、小学校〜高校段階までを、共通する3観点で評価していく仕組みが整いました。

今回の観点再整理のポイントは、学校教育において重視すべき三要素(学校教育法第30条第2項)「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「主体的に学習に取り組む態度」と対応する内容となった点です。

改訂前(4観点)

  • 知識・理解
  • 技能
  • 思考・判断・表現
  • 関心・意欲・態度

改訂後

  • 知識・技能
  • 思考・判断・表現
  • 主体的に学習に取り組む態度

参考「学校教育法 | e-Gov法令検索」(2022年9月12日参照)より

小学校・中学校での観点別評価

 「観点別評価とは」で触れた通り、現行(平成29・30年改訂)の学習指導要領から、評価の観点が再整理されました。

これにより、教科によって異なっていた評価の観点が全教科で統一され、下記の3つとなりました。

  • 知識・技能
  • 思考・判断・表現
  • 主体的に学習に取り組む態度

それぞれの観点から、具体的には「何を」「どのように捉えればよいのか」については、学習指導要領の「目標」や「内容」を指針とすることができるようになっています。

参考「新学習指導要領における「目標」及び「内容」の構成」p10(文部科学省初等中等教育局,2022年9月12日参照)より
参考「学習評価の在り方ハンドブック(小・中学校編)」(国立教育政策研究所)

高校での観点別評価

高校では、2022年度から実施された学習指導要領より、観点別評価が導入されました。この導入に伴って、指導要録の参考様式にも各教科・科目の観点別学習状況を記載する欄が設けられています。

各観点ごとの評価方法の工夫例は、2019年度の文科省資料「新高等学校学習指導要領と学習評価の改善について」等でも示されていますが、そこで強調されているのは、特に「主体的に学習に取り組む態度」については、他の観点の状況を踏まて評価を行うという点です。たとえば算数・数学の授業で「ノートに途中式が書いていないから減点」のように画一的な評価を行うのではなく、その児童生徒の「知識・技能(ここでは計算能力)」なども考慮して評価をすべき、ということになります。

これは、観点別評価導入の目的が、「どの観点で望ましい学習状況が認められ、どの観点に課題が認められるかを明らかにすることにより、具体的な学習や指導の改善に生かす」ことにあるためです。

評価対象となった生徒が、評価を手がかりに、学習改善に取り組めるようになることが求められています。

引用:「新高等学校学習指導要領と 学習評価の改善について」(文部科学省初等中等教育局教育課程課,2022年9月12日参照)

指導要録とは

続いて、指導要録について確認しましょう。

指導要録とは、「児童等の学習及び健康の状況を記録した書類の原本」を指し(学校教育法施行令第三十一条)、「校長は、その学校に在学する児童等の指導要録を作成しなければならない」と定められています(学校教育法施行規則)。

指導要録に関してもっとも重要な点は、指導要録が法によって作成等が義務付けられている「表簿(※)」の一つである、ということです。法的に定められている以上、「指導要録のない学校」というのは存在しません。そして、指導要録に含まれる「学習状況の記録」には、前項まででみてきた「観点別評価」と「評定」を記入することになっています。つまり、「評価」及び「評定」をおこなわないと、指導要録は作成できない、ということになります。(※表簿:学校教育法施行規則第28条 における「学校に備えなければならない」表や帳簿類のこと)

なお、指導要録の様式については「各設置者が定める」こととなっていますが、全国全ての学校に備えるよう義務付けられた表簿であるため、標準化が進んでいます。このため、異動等によって勤務校が変わった場合でも、似た形式で作成を行うことが可能です。

参考「学習評価に関する資料」 p.4(文科省,2022年9月12日参照)
引用「学校教育法施行令」(e-Gov,2022年9月12日参照)
引用「学校教育法施行規則」(e-Gov,2022年9月12日参照)

学習指導要領って何? 今の学習指導要領のポイントは?

はじめに

学習指導要領が改訂され、すでにその内容に沿った授業づくりが進められています。しかし、そもそもの学習指導要領の位置づけや学習指導要領“解説”との違いについてよく分からなかったり、実践するうえで細かな疑問がある方もいるのではないでしょうか。

この記事では、学習指導要領の概要、法的根拠・法的拘束力、現行の学習指導要領のポイントを解説したうえで、現行と改定前(平成20・21年改訂)の学習指導要領にアクセスがしやすいよう、リンクをまとめました。

学習指導要領とは? “解説”とはどう違うの?

学習指導要領の概要

「学習指導要領」は、文科省が小中高校で教える内容や教科の目標を定めた教育課程(カリキュラム)の基準です。全国の小中高校で一定の水準の教育を受けられるようにするため、グローバル化や急速な情報化、技術革新など、社会の変化を見据えて、子どもたちがこれから生きていくために必要な資質や能力について文科省から通知(告示)されています。現在のような告示の形で定められ始めたのは1953年(昭和33年)。それからほぼ10年ごとに改訂されています。

学習指導要領は、直近では2017年(平成29年)に小・中学校分が、2018年(平成30年)に高校分が改訂されました。そこから数年の移行期間を経て、小学校では2020年(令和2年)度、中学校では2021年(令和3年)度から完全実施されています。改訂内容が一斉に実施される小・中学校とは異なり、高等学校では2022(令和4年)年度の第一学年から学年進行で実施され、2024年(令和6年)度に完全に置き換わることになります。なお、特別支援学校では幼・小・中・高等学校の実施スケジュールに準拠して実施されています。

引用「学習指導要領とは何か?」(文科省,2011年2月公開,2022年8月参照)より
引用「学習指導要領改訂に関するスケジュール」(文科省,2016年8月29日公開,2022年8月参照)より

学習指導要領の“強制力”

それでは、学校はこの学習指導要領にどこまで従う必要があるのでしょうか?

それについて文科省は「学校教育法及び同施行規則に根拠を有し、単なる指導助言文書ではなく法的基準性のあるものである」としたうえで「大綱的な基準であり、各学校が創意工夫を生かし特色ある教育活動を展開することが期待されている」としています。重要なのは、ここで「創意工夫を生かし」とあるように、学習指導要領はあくまで基本となる(大綱的な)基準、ということです。実際、文科省も学習指導要領は「最低基準」であり、発展的内容についても「児童・生徒の興味・関心等に応じ、理解の状況を踏まえて」指導することが可能としています。

ちなみに、法律としての学習指導要領の強制力(法的拘束力)については、いくつかの見解に分かれています。前述の通り文科省の立場は「大綱的基準説」ですが、そのほか学習指導要領のすべての条項が法的規範ではないとする立場の「指導・助言説」や「そもそも法的拘束力という考え方は教育の具体的な営みに馴染まない」と考える否定派の意見もあります。

引用 「学習指導要領等の構成、総則の構成等に関する資料」(文科省,2016年2月24日公開,2022年8月参照)より
引用「学習指導要領の法的拘束力に関する諸説とその共通点」(筑波大学教育制度研究室 松原 悠,2012年2月公開,2022年8月参照)

学習指導要領の“解説”について

学習指導要領には、教える内容や教科の目標を定めている教育課程(カリキュラム)の基準が定められているものの、内容は抽象的な記述になっています。そこで文科省は「指導助言」の一環として、教科ごとに「解説」を作成しています。ただし、学習指導要領解説はあくまで「指導助言」であるため、法律的な強制力(法的拘束力)はありません。ちなみに、各教科で用いられる教科書は、学習指導要領と学習指導要領解説の内容をもとに編纂・審査されています。

さて、ここで「文科省が“解説”をつくってくれているし、教科書も学習指導要領を参考に作ってあるのだから、学習指導要領ではなく“解説”や教科書を読めばいいのでは?」と考えた方もいるかもしれません。もちろんそれでも問題はないのですが、その発想にはデメリットもあります。それは「教員が自分で目の前の子どもたちに合わせた指導計画を立てにくくなる」ということです。

一例を挙げてみましょう。例えば中学2年生の数学で習う「連立方程式」の単元。教科書には単元の最後に「連立方程式の利用」という項目で、いわゆる文章題が4〜5ページにわたって掲載されています。しかし、学習指導要領の中でそれに該当するのは「連立二元一次方程式を具体的な場面で活用すること」という記述だけです。つまり、学習指導要領で求められているのはあくまで「具体的な場面で活用する」ことであり「文章題を解く」ことではないのだと分かります。このことを知っていれば、「数学が苦手な生徒に向けて1ページ分の内容を確実に教える」「教科書とは別の例を連立方程式にして授業で解く」といった指導計画を立てることができます。

参考「中学校学習指導要領」(文科省,平成29年告示,2022年8月参照)

また逆に、学習指導要領には各学年で学ぶべき漢字や、扱う英会話の場面、歴史的な事柄のつながりなど、細かく内容が指定されている箇所もあります。それらを授業で扱い忘れてしまわないためにも、学習指導要領を丁寧に読んでおくことには意味があるでしょう。

上記から分かるように、学習指導要領に記載されている目標・内容・計画上の取扱いを読みながら各教科の指導計画を作成することで、より目の前の子どもに合わせた計画を立てることができます。

また、学習指導要領の「総則」には、「教育課程の編成」や「特別な配慮を必要とする生徒への指導」など、学校・学級経営全体に関わる内容も記載されています。それぞれの学校で教育活動を進めていくうえでの共通認識として活用することも有用です。

現行学習指導要領のポイント

現行学習指導要領は、小学校では2020年(令和2年)度、中学校では2021年(令和3年)度から完全実施され、高等学校では2022年(令和4年)度の第一学年から学年進行で実施されます。

現行学習指導要領のポイントは、大きく3つあります。

  1. 社会に開かれた教育課程
  2. 主体的・対話的で深い学び
  3. カリキュラム・マネジメント

上記3つのポイントについて解説していきます。

社会に開かれた教育課程

「社会に開かれた教育課程」は、現行の学習指導要領の基盤となる考え方とされています。

「学校教育を通じてよりよい社会をつくる」という目標を学校と社会が共有し、そのために必要な資質・能力を、学校が地域と連携しながら育成していく、ということがポイントです。そのような教育活動を通じて、子どもたちが「自分の力で人生や社会をよりよくできる」という実感をもつことが期待されています。

「社会に開かれた教育課程」を支える制度として、コミュニティ・スクールや地域学校協働活動などが設定されています。

主体的・対話的で深い学び

子どもたちの「生きる力」を育むために、「何を学ぶか」だけでなく「どのように学ぶか」について、いわゆる「アクティブ・ラーニング」の視点を取り入れたのがこの項目です。

しかし、「アクティブ」と言っても、ただ授業で話し合ったり発表したりする授業を行うのではなく、子どもたちの頭の中が「アクティブ」に働いている状態を目指すのが重要です。具体的には「活動の振り返りを通して成果の自覚や次回の主体的な取り組みを促す」「考察の根拠となる資料をもとに様々な立場から話し合う」などの取り組み例が例示されています。

カリキュラム・マネジメント

学習指導要領の「社会に開かれた教育課程」の理念の実現に向けた、それぞれの学校の改善活動が「カリキュラム・マネジメント」です。

具体的には、各学校の現状(学校や地域の実態)が目標(学校教育目標)に近づくように、学校の中の様々な教育活動の質を向上させていく取り組みを指します。特に、「教師・教科で連携して授業をつくる」「PDCAを通じて検証・改善をする」「地域と連携する」の3つの側面からの取り組みが求められています。

引用「平成29・30・31年改訂学習指導要領の趣旨・内容を分かりやすく紹介」(文科省,2017年3月公開,2022年8月参照)より

はじめに

残業代が出ない長時間勤務をはじめとした、公立学校の教員に課せられた過酷な労働条件が長年にわたり問題となっています。

長時間勤務は、授業の質の低下や教員の健康問題などを引き起こしかねない大きな問題ですが、そもそも一般の公務員と異なり、なぜ教員には残業代が出ないのでしょうか。その根拠となる法令や、歴史的背景を振り返ります。また、教員が都道府県に残業代の支払いを求めた行政訴訟や、近年における法改正の動き、そして教員がとるべき対応策を解説します。

なぜ教員には残業代が出ないのか?

教員に残業代が出ないことを決めた法律、給特法

なぜ公立学校教員に残業代が支給されないのでしょうか。その法的根拠は、1971年に制定された法律、いわゆる「給特法(*1)」にあります。

給特法は、教員に対し、給料月額の4%を「教職調整額」として支給する(3条1項)代わりに、時間外勤務手当と休日勤務手当を支給しない(3条2項)と規定しています。

そして、あくまで例外的に教員に時間外勤務をさせる場合があると6条で示し、その具体例を政令(*2)で定めています。

では、具体例とはどのようなものでしょうか。政令は、時間外勤務に「臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限る」と条件を付け、

  1. 校外実習その他生徒の実習に関する業務
  2. 修学旅行その他学校の行事に関する業務
  3. 職員会議に関する業務
  4. 非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務

という、4種類の業務(いわゆる超勤4項目)に絞って時間外勤務を命じることを認めています。

*1 「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」
*2 「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」

引用「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(e-gov,2022年7月24日参照)より
引用「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」e-gov,2022年7月24日参照)より

給特法ができた経緯

① 戦後すぐから議論が始まる

一般公務員には、残業時間に応じて時間外勤務手当が支給されるのに、なぜ給特法は、公立学校の教員には残業代を支給しないと明記しているのでしょうか。その背景には、教員の勤務時間を厳密に管理するのが難しいという特殊性があります。つまり、教員は子供の「人格の完成」を目指す教育を職務とするため、日々変化する子供に向き合う上で自主性、創造性が求められ、どこまでが業務でどこからが自主的な行為なのが線引きが難しいためです。

教員の特殊な勤務環境に対し、どのような給与体系で報いるべきかという問題は、戦後間もない頃から長きに渡って議論の対象となってきました。

文部科学省がまとめた資料(*)によると、例えば早くも1948年の給与制度改革で、教員は特殊な勤務体系で長時間労働が多いとして、給与を一般公務員より1割ほど高くすること、そして超過勤務手当を支給しない代わりに、原則として超過勤務を命じないことが決められています。

* 「昭和46年給特法制定の背景及び制定までの経緯について」(文科省,2022年7月27日参照)
引用「給特法に規定する仕組みの考え方 ~給特法の制定経緯から~」(文科省,2018年10月15日,2022年7月27日参照)より

② 社会問題化し、給特法の成立へ

公立学校の教員に残業代を支給しないと定めた給特法は、一見教員に対して不利なようにもみえます。しかし、歴史的経緯を見ると、給特法は本来、教員の待遇を改善するために制定された法律だと分かります。給特法の現在の姿を検討する前に、制定当時(1971年)に国が想定した本来の趣旨を確認してみましょう。

戦後、勤務環境の特殊性から、教員の給与が一般公務員より引き上げられた一方で、1960年代に入ると教育現場で教員の超過勤務がより目立つようになりました。また、一般の公務員の給与体系は年々改定され、教員との給与差は少なくなっていきました。このため、1960年代には教員が超過勤務手当の支払いを求める行政訴訟が全国で多発し、「超勤問題」として社会の注目を浴びました。文部省(当時)は、人材確保のため教員の待遇を改善する必要にも迫られ、超過勤務の実態調査に乗り出しました。この調査結果を踏まえ、国会で様々な議論を経て、1971年に給特法が制定されました。

引用「教職調整額の経緯等について」(文科省,2022年7月24日参照)より

③ 給特法制定当時の状況

それでは、給特法が制定された当時、教員はどのような環境下で働き、給特法の制定によって、どのくらい待遇が改善したのでしょうか。

給特法は、文部省(当時)が1966年度に全国の教員の勤務状況を1年かけて調査した結果を踏まえ、1971年に制定されました。調査結果によると、当時、全国の教員の超過勤務時間は平均で月間8時間ほどだったため、給特法は毎月8時間の残業代に相当する金額として、給与月額の4%を「教職調整額」として支給することを定めました。

同時に、給特法は「教職調整額」の支給を定める代わりに教員には時間外勤務手当を支給しないこと、そしてそもそも、教員に原則として時間外勤務を命じないこと、命じる場合は、①生徒の実習に関する業務②学校行事に関する業務③教職員会議に関する業務④非常災害等のやむを得ない場合(いわゆる超勤4項目)に限ると定めています。

そして、重要なことですが、給特法に定められた「教職調整額」は、制定当時の割合(4%)から現在に至るまで、変更されていません。

現在の教員の「働き方」と合ってる?

勤務実態

かつて教員の待遇を改善し、人材を確保するために1971年に制定された給特法。制定に向けて国が実態調査を行った1966年度当時、全国の教員の超過勤務時間は平均で月間8時間ほどでした。それでは制定から50年以上が過ぎた今、教員の勤務実態はどうなっているのでしょうか。改めて、今なお給特法が十分に教員の待遇を保障できているかみてみましょう。

文部科学省が2016年度に行った実態調査では、「教諭」の1日当たりの平均勤務時間は、平日で11時間15分、土日で1時間7分でした。同年度の1日当たりの正規の勤務時間は7時間45分なので、残業が常態化している状況が分かります。そして、超過勤務時間は小学校で月間約59時間、中学校で月間約81時間に達し、1966年の「平均で月間8時間」から大幅に増えていることが分かります。

引用「教員勤務実態調査(平成28年度)(確定値)について」(文科省,2022年7月24日参照)より
引用「教員勤務実態調査(平成28年度)について」(文科省,2022年7月24日参照)より

海外との比較

諸外国と比べても、日本の小中学校の教員の労働時間は際立って長いのが実情です。

OECD加盟国等48か国・地域が参加した調査「TALIS 2018」によると、2018年の日本の教員の1週間当たりの仕事時間は、小学校54.4時間、中学校56.0時間。参加国平均(中学校)の38.3時間を大幅に上回り、参加国の中で最長でした。

この調査では、特に中学校の課外活動(スポーツ・文化活動)の負担が大きく、日本は参加国平均の1.9時間の4倍近い7.5時間に上ることが分かりました。一方で、職能開発に充てる時間は、日本は参加国平均(2.0時間)の半分以下(小学校0.7時間、中学校0.6時間)に過ぎず、教育現場での人材育成が滞っている現状が浮き彫りになっています。

引用「我が国の教員の現状と課題 – TALIS 2018結果より–」(文科省,2022年7月24日)より

「働かせ放題」の現実

最高裁で争われた結果は…

1971年に制定された給特法は、原則として教員に時間外勤務を命じてはいけないと定めているのに、現在、日本の教員の労働時間が過大になっているのはなぜでしょうか。制度と実態が噛み合わない実態を、行政訴訟から解き明かしてみましょう。

例えば、京都市内の公立小中学校の教員らが時間外勤務手当の支払いなどを求めた訴訟 (最高裁第三小法廷平成23年7月12日判決)では、最高裁は給特法の趣旨などから、「職員が自主的、自発的、創造的に正規の勤務時間を超えて勤務した場合にはたとえその勤務時間が長時間に及んだとしても時間外勤務手当は支給されないものと解するのが相当」と示しました。そして、学校長が教員に対し、授業の進め方などについて具体的に指示してないことなどから、給特法に反して時間外勤務をさせたとはいえないと判断しました。

他の多くの裁判例や判例でも同様に、教員の「自主的な勤務」が強調されています。つまり、教育現場での教員の長時間勤務は、残念ながら「自主性」「自発性」によるものとされることが多く、裁判所も「時間外勤務だ」とは認定しない傾向にあるといえるのです。

引用「最高裁第三小法廷平成23年7月12日判決」(2022年7月24日参照)より

「心の病」や「過労死」の一因にも

長年、教員の「自主性」「自発性」が強調され、長時間勤務が常態化してきた教育現場では、どのような影響が生じているのでしょうか。必ずしも断定はできませんが、その一つに教員の「心の病」の増加が指摘されています。

文部科学省の調査によると、精神疾患によって休職した公立小中高・特別支援学校などの教職員数は、2020年度で5180人に上り、在職者全体に占める割合は0.56%に達しました。過去最多だった2019年度の5478人(0.59%)よりやや減りましたが、「心の病」による休職者は少なくとも過去10年間にわたって5000人前後を保っています。朝日新聞の報道によれば、教育現場からは「残業が多い」などの意見が上がっているようです。

そして、「心の病」による教職員の休職者は、民間企業よりやや高い数値になっています。厚生労働省の調査によれば、全産業を平均すると、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者の割合は 0.4%(2020年調査) でした。

悲しいことですが、過労死に至る教員が多いことにも目を向けなければなりません。毎日新聞が2018年に調べたところ、2016年度までの10年間で過労死した公立学校の教職員は63人に上りました。過労から自殺に至るケースも多く、近年、過労が原因で自殺した教員の遺族が、自治体などに損害賠償を求める行政訴訟が相次いでいます。最近では2019年7月、福井地裁が、当時27歳の新任教員が着任からわずか半年で過労によって自殺したことについて、校長に安全配慮義務違反があったと認定し、県と町に約6500万円の支払いを命じています。

引用「令和2年度 公立学校教職員の人事行政状況調査について(概要)」(文科省,2022年7月24日参照)より
引用「教職員、心の病による休職過去最多 働き方改革が急務に」(朝日新聞デジタル,2020年12月22日公開,2022年7月24日参照)より
引用「令和2年 労働安全衛生調査(実態調査)」(厚生労働省,2022年7月24日参照)より
引用「公立校、10年で63人 専門家『氷山の一角』」(毎日新聞,2018年4月21日公開,2022年7月27日参照)より
引用「月120時間超残業の教諭自殺 地裁、県と町に賠償命令」(朝日新聞デジタル,2019年7月10日公開,2022年7月27日参照)より

改善の動き

判決で「給特法は、もはや教育現場の実情に適合していない」と指摘

残業代無しの長時間勤務がはびこり、疲労感が広がる教育業界ですが、希望の光が少しずつ差し始めています。例えば、給特法の趣旨と教育現場の実態との間に乖離があると指摘した裁判例をみてみましょう。

埼玉県の公立小学校の教員が、県を相手に時間外労働の残業代支払いを求めた訴訟(さいたま地裁令和3年10月1日)で、さいたま地裁は原告の請求を棄却したものの、判決で「教育現場の実情としては、多くの教育職員が、学校長の職務命令などから一定の時間外勤務に従事せざるを得ない状況にあり、給料月額4%の割合による教職調整額の支給を定めた給特法は、もはや教育現場の実情に適合していないのではないか」と指摘しました。

さらに、この判決は一歩踏み込み、法改正の必要性についても言及した点が特徴的です。判決文で、裁判官は「勤務実態に即した適正給与の支給のために、勤務時間の管理システムの整備や給特法を含めた給与体系の見直しなどを早急に進め、教育現場の勤務環境の改善が図られることを切に望む」とまで述べています。

引用「さいたま地裁令和3年10月1日判決」(埼玉教員超勤訴訟・田中まさおのサイト,2022年7月24日参照)より

給特法の改正

また、国もようやく働き方改革に乗り出しています。長時間労働を改善し、持続可能な学校教育を目指すため、国は2019年12月、改正給特法を成立させました。

改正のポイントは、次の2点です。

  1. 一年単位の変形労働時間制の適用
  2. 業務量を適切に管理する指針の策定

これらの詳しい内容を順に確認しましょう。

① 一年単位の変形労働時間制の適用

一年のうち、忙しくない時期に教員が休日を「まとめ取り」できるようにする制度です。児童生徒の長期休業期間には教員の業務時間が短くなりがちという点に着目し、例えば夏休みに教員が休日をまとめて取得し、一定の休日を確保できるようになりました。

②業務量を適切に管理する指針の策定

既に存在していた時間外勤務の上限ガイドライン (月45時間、年360時間)が「指針」に格上げされました。指針の策定に伴い、文部科学省から各都道府県の教育委員会に対し、ICTを活用したりタイムカードを利用したりして教員の在校時間を客観的に計測すること、教員が自宅に持ち帰る業務を減らすために実態把握に努めることなどが求められました。

引用「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(e-gov,2022年7月26日参照)より
引用「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の一部を改正する法律案の概要」(文科省,2022年7月26日参照)より

現場の教員にできること

法改正や地裁判決など、教員の労働環境の改善に向けた動きが少しずつ進んでいます。それでは、今まさに給特法のもとで日々働いている教員は、更なる改善のために何をすればよいでしょうか。

何より大切なのは、教育現場の実態を広く世論に伝えるため、まずは労働記録を付け、客観的なデータを残しておくことです。上記の「改善の動き」で触れた「さいたま地裁令和3年10月1日判決」では、原告の田中まさお氏(仮名)の請求は棄却されてしまったものの、田中氏は事前に勤務開始時間や終業時間を毎日克明に記録し、それらをまとめて裁判資料として提出していました。そのため、さいたま地裁は田中氏の労働環境を詳しく把握でき、判決で「給特法は、もはや教育現場の実情に適合していないのではないか」と踏み込んだ表現で指摘しました。

そして、改善のために声を上げ続けることも重要です。School Voice Project では、WEBアンケートサイト「フキダシ」で、学校現場で働く皆さんから様々な意見を募り、まとめたデータをサイト上で公開しています。活発な議論から社会に新たなうねりを生み出すべく、ぜひ皆さんのご協力をお願いいたします。

引用「さいたま地裁令和3年10月1日判決」(埼玉教員超勤訴訟・田中まさおのサイト,2022年7月24日参照)より

まとめ

今なお公立学校教員に残業代が支給されない現状は、1971年に制定された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(給特法)に法的根拠があります。

給特法は、教員に対し、給料月額の4%を「教職調整額」として支給する代わりに、時間外勤務手当と休日勤務手当を支給しないと定めています。給与月額の4%とは、1966年度に全国で行った実態調査(平均で月間8時間の超過勤務)に基づいて算出されたものであり、長時間労働がさらに常態化した現代の教育現場を反映しているとはいえません。2016年度の調査によれば、今の教員の超過勤務時間は小学校で月間約59時間、中学校で月間約81時間に上り、他のOECD諸国と比べても過大になっています。

また、給特法は時間外勤務を命じることを原則として禁止し、例外として、①校外実習その他生徒の実習に関する業務、②修学旅行その他学校の行事に関する業務、③職員会議に関する業務、④非常災害で児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務、の4項目に限り認めています。しかし、実際の教育現場では「自主的な勤務」という建前のもと、長時間労働が横行し、「心の病」に倒れる教員も少なくありません。

近年の裁判例では、「給特法は、もはや教育現場の実情に適合していない」と指摘するケースもあり(さいたま地裁令和3年10月1日判決)、教員の処遇改善を求める声は次第に高まっています。国も、2019年12月に改正給特法を成立させ、時間外勤務の上限ガイドライン (月45時間、年360時間)を指針に格上げするなど、少しずつ対策を講じています。しかし、まだ抜本的解決には至っていません。

学校現場をより良くするためには、現場から声を上げ続ける必要があります。School Voice ProjectのWEBアンケートサイト「フキダシ」の活用などを通じ、力を合わせて日本の教育を明るくしていきましょう。

《教職員WEBアンケートサイトはこちら》
学校現場の声を見える化するWEBアンケートサイト「フキダシ」