【解説記事】インクルーシブ教育とは? 重要キーワードと日本における現状をわかりやすくまとめました
この社会には、さまざまな個性や特性、社会背景を持った、多様な人たちが生きています。学校も同じで、教室には多様な子どもたちがいます。そのことを前提に、すべての子どもたちの学びを保障しようと理念のもと、世界でも、そして日本でも、インクルーシブ教育が推進されています。
一方で、世界におけるインクルーシブ教育の理念(ユネスコの推奨するインクルーシブ教育)と、今の日本の学校教育のあり方や現行制度、そして社会における認識との間には、ズレやギャップも多くあります。
この記事では、世界潮流としての「インクルーシブ教育」について、キーワードや現状を解説するとともに、日本で現在行われている「特別支援教育」についても合わせて見ていきたいと思います。
インクルーシブ教育とは
ユネスコ(国連教育科学文化機関)によると、インクルーシブ教育とは「すべての子どもを包摂する教育」のことで、障害がある、性的マイノリティである、外国にルーツがある、ヤングケアラーの子どもなど、多様な子どもがいることを前提として、すべての子どもの教育の保障を目指すものです。重要な点として、インクルーシブ教育は「結果」ではなく「プロセス」であることが挙げられます。多様なニーズを持つ全ての学習者が排除されず、学びに参加できるように取り組み、対応するプロセスそのものが、インクルーシブ教育ということです。
そして、そのゴールには、多様なすべての子どもが共に学び、さらには人々が互いに、多様なあり方を認め合える全員参加型の「共生社会」の実現があります。
世界潮流としての「インクルーシブ教育」の3つのキーワード
まずはじめに、いくつかの重要なキーワードをもとに、インクルーシブ教育の考え方や対応の歴史を紐解いていきます。
サラマンカ宣言
国際文書に初めてインクルーシブ教育が明記されたのが「サラマンカ宣言」です。1994年、スペインのサラマンカで開催された「特別ニーズ教育世界会議」において、ユネスコとスペイン政府によって採択されました。障害の有無に限定せず、「どんな特別な教育的ニーズを持つかにかかわらず、万人が教育を受けられるようにしないといけない」という「万人のための教育(Education for All)」を宣言している点で、国際標準としてのインクルーシブ教育の理念をよく表していると言えるでしょう。
障害者の権利に関する条約
2006年、国連は「障害者の権利に関する条約」を採択し、より具体的なインクルーシブ教育システムの構築について言及しました。
多様性を尊重し、障害のある者が一般的な教育制度から排除されず共に学ぶこと、個人に必要な「合理的配慮」が提供されること等が求められています。
2022年6月現在、条約の締結国は185ヶ国に上り、日本も2014年に批准しています。イタリアのように、条約の理念に則って、法律で特別な学校や学級を廃止した国もありますが、日本も含め、多くの国々はそれらを教育システムの中に維持し「障害のある者が一般的な教育制度から排除されず共に学ぶこと」の実現には課題が残ります。
「医療モデル」から「社会モデル」へ
多くの社会では従来、障がいとは「その個人が抱えている不自由さやハンデキャップ」であると考え、その個人の問題として捉える考え方をしてきました。つまり、”耳が聞こえないこと”、”足が動かないこと”=障がいであるとう考え方です。これを「医療モデル」や「個人モデル」と言います。この考え方のもとでは、その障がいを解消するためには、その個人がリハビリをしたり矯正をしたりして、努力改善することが求められ、また障害とは、医療・福祉の領域の問題と捉えることになります。
一方、世界潮流のインクルーシブ教育においては「社会モデル」という考え方を採用します。障がいはマジョリティにのみ合うようにつくられている社会(人的・物理的環境)の側にあり、障がいを解消する責務は、社会にあるという捉え方です。つまり、”足が動かなくて車椅子に乗っている個人”が問題なのではなく、”段差だらけの街”が問題なのであって、そちらを変えていこうよというベクトルです。
「社会モデル」は、上記の「障害者権利条約」で考え方が示されており、障がいについての考え方はこちらが主流となってきています。マイノリティの生きづらさや困難を個人の問題に期さずに社会問題として捉えるという「社会モデル」の考え方は障がいの分野のみならず、幅広い人権問題・社会問題の解決のヒントになり得るものです。
日本型「インクルーシブ教育システム」と「特別支援教育」
障害者の権利に関する条約を批准したことで、日本も条約が求める「インクルーシブ教育システム」の構築に着手しています。特徴的なのは、日本型「インクルーシブ教育システム」においては、基本的に障がいのある子どもたちが対象として想定されている点。また、その中で「特別支援教育の推進」を大きく位置付けている点です。
特別支援教育
「障害者の権利に関する条約」が、すべての子どもが合理的配慮のもと同じ環境で学ぶ「包摂」を理想とする一方、現在、日本の特別支援教育は特別な学校や学級を設置する、いわゆる「分離」の段階にあると言えます。
文部科学省(文科省)は、特別支援教育はインクルーシブ教育システム構築に不可欠なものであるとし、以下のように述べています。
基本的な方向性としては、障害のある子どもと障害のない子どもが、できるだけ同じ場で共に学ぶことを目指すべきである。その場合には、それぞれの子どもが、授業内容が分かり学習活動に参加している実感・達成感を持ちながら、充実した時間を過ごしつつ、生きる力を身に付けていけるかどうか、これが最も本質的な視点であり、そのための環境整備が必要である。
文部科学省|共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)概要より
「共に過ごすこと」は目指すものの、「子ども本人に力がついているかどうか」をより重視していることが読み取れます。
また、特別支援教育の推進において重要なこととして下記の3点を挙げています。
- 社会全体の様々な機能を活用し、障害のある子どもの教育の充実を図る
- 地域の同世代の子どもや人々との交流等を通じ、地域での生活基盤を形成する
- 障害者理解を推進することにより、周囲の人々が障害のある子どもや人々と学び合うことで、公平性を確保しつつ社会の構成員としての基礎を作る
参考「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)概要」(文科省,2022年11月17日参照)
多様な学びの場
では、具体的にはどのような学びの場が保障されているのでしょうか。
障害と一言で言っても、その種類や程度は様々です。一人ひとりの教育ニーズに合った学びの環境を選択できることが求められます。
それらが、現在整備される小・中学校における通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった学びの場です。
※なお、以下の表はあくまで「傾向」を示すものです。一概に言えないことも多いため、ご留意ください。
概要 | メリット | デメリット | |
---|---|---|---|
“通常学級” | 40人程度からなる通常カリキュラムによる学級 | - | - |
通級による指導 | “通常学級”に在籍し授業を受けながら、一部、障害に応じた特別な指導を受ける | ・一部、障害に応じた指導が受けられる ・基本的には通常学級の子どもたちと過ごし、同じ授業が受けられる | ・職員に専門性が乏しい場合がある ・設備・器具が整っていない ・障害に応じた指導が受けられる時間に限りがある |
特別支援学級 | 校内に設置された、障害のある児童生徒(のみ)が通うクラスに在籍し、障害に応じた指導を受ける | ・障害に応じた指導が受けられる ・少人数(教師1:子ども8) ・通常学級の子どもたちとの交流がある ・同じ立場の保護者同士のつながりが得やすい | ・職員に専門性が乏しい場合がある ・設備・器具が整っていない ・通常学級の子どもたちとの交流に限りがある |
特別支援学校 | 障害のある児童生徒(のみ)が通う(“通常学校”とは学校自体が分かれている) | ・障害に応じた指導が受けられる ・専門免許を有した教員がいたり、専用の設備・器具などがある ・“通常学校の特別支援学級”よりもさらに少人数 ・同じ立場の保護者同士のつながりが得やすい | ・地域の学校/通常学級の子どもたちとの交流の機会がほとんどない ・学力向上を目指す授業が少ない |
合理的配慮
共生社会の実現に向け、具体的な対応を考える上で欠かせないのが「合理的配慮」と「基礎的環境整備」の視点です。
文科省は、合理的配慮を「障害のある子どもが、他の子どもと平等に『教育を受ける権利』を享有・行使することを確保するために、学校の設置者及び学校が必要かつ適当な変更・調整を行うこと」と定義しています。
そして、障害のある子どもに対して個別に必要とされるものであると同時に、学校設置者及び学校に対しては均衡を失しない、また過度の負担を課さないものとしています。
参考「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)概要」(文科省,2022年11月17日参照)
例えば内閣府は、下記のような例を学校における具体的な合理的配慮であるとしています。
合理的配慮の提供の例
- 車いす利用者のために段差に携帯スロープを渡すなどの物理的環境への配慮を行う
- 筆談、読み上げ、手話などによるコミュニケーション、分かりやすい表現を使って説明をするなどの意思疎通の配慮を行う
- 障害の特性に応じた休憩時間の調整などのルール・慣行の柔軟な変更を行う
一方で、合理的配慮の提供を受けたことを理由に、試験などにおいて評価対象から除外したり評価に差をつけたりすることは、不当な差別的取扱いであると述べています。
引用「全般 合理的配慮等具体例データ集(合理的配慮サーチ)」(内閣府 障害者制度改革担当室,2022年11月17日参照)
どの程度が適切な配慮であるかは、当事者の事情や環境によって異なり、一概には言えない面もあります。
重要なのは、障害のある子どもが主体的に自分の力を発揮していくために、適切な相談体制や合意の形成に向けた努力を組織で行う、そのプロセス自体であるとも言えるでしょう。
基礎的環境整備
合理的配慮を実現する基盤となるのが、「基礎的環境整備」です。国や自治体はインクルーシブ教育システムの構築に向け、必要な財源を確保しながら必要な環境整備をする必要があります。
基礎的環境整備は、下記のような観点に分けることができます。
- ネットワークの形成・連続性のある多様な学びの場の活用
- 専門性のある指導体制の確保
- 個別の教育支援計画や個別の指導計画の作成等による指導
- 教材の確保
- 施設・設備の整備
- 専門性のある教員、支援員等の人的配置
- 個に応じた指導や学びの場の設定等による特別な指導
- 交流及び共同学習の推進
各自治体の財政状況や支援体制に応じて、基礎的環境は異なります。それぞれの環境をもとに個別に決定されるのが「合理的配慮」であるため、学校によって、提供される「合理的配慮」は異なることとなります。
参考「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」(文科省,2022年11月17日参照)
インクルーシブ教育をめぐる論点
ここまで、「すべての子どもを包摂する教育」としてのインクルーシブ教育、そして、日本における「特別支援教育」や「多様な学びの場」といった取り組みや、文科省の見解について解説しました。
実は、インクルーシブ教育をめぐっては長年、「発達保障(分離)か共生教育(統合)か」という議論が続いており、いまだ決着がついていません。
インクルーシブ教育をめぐるそもそも論として、この2つの立場について紹介するために、国際標準としてのインクルーシブ教育が目指すところを今一度整理したいと思います。
インクルーシブ教育の目指すところ
インクルーシブ教育が目指すゴールは、誰もが互いに人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を認め合える全員参加型の「共生社会の実現」です。
そのために国連は、すべての子どもが、障害の有無やその特性、ルーツや社会的状況にかかわらず、合理的配慮のもと同じ環境で学ぶことを目指すべきであるとしています。「同じ環境で」とする背景には、多様な子ども同士が交流し共に学ぶことが、偏見や差別を減らし、多様性を尊重する心を育むことにつながるという考えがあります。インクルーシブ教育は、単に特別なニーズのある子どもの自立や社会参加のためのものではなく、あくまで成員全員が当事者となる、共生社会の実現に必要な要素ということです。
「分離か統合か」という議論
しかし、インクルーシブ教育をめぐっては、長らく「発達保障(分離)か共生教育(統合)か」という議論が続いています。
前者は、障害の種類や程度によって学ぶ場を分けることで、個々人の事情に即した適切な教育が受けられる、と主張します。
一方で後者は、分けること自体が「排除」であり差別につながり、あくまで同じ場で学べることを目指すべきだ、と訴えます。
さらに「共生教育(統合)」の中でも、単に学ぶ場所を統合するインテグレーションと、多様な子どもたちが共に学べるように「枠組み」の方の変化を志向するインクルーシブの違いが問題となることもあります。
いずれの立場をとるにしても、実際の学校現場では次に挙げるような諸課題(=要するに教育リソースの不足)があり、これらを乗り越えながら、インクルーシブ教育を実現していく必要があります。
日本の現状と課題
国際標準でのインクルーシブ教育が目指す共生社会と、その実現に向けた議論について解説してきました。
今後に向けた日本の具体的な課題は、どこにあるのでしょうか。現場の課題は大きく以下の3つです。
- 環境整備
- 人員の確保
- 少人数学級
環境整備
インクルーシブ教育の実現にあたり、学校にはユニバーサルデザインの考え方に基づいた環境整備と、そのための予算の確保が求められます。設備・器具の充実を含む環境整備と、それに基づく合理的配慮は、特に特別支援学校から特別支援学級、通級による支援を検討する際に、大きな判断基準となる重要な観点です。ところが、「合理的配慮」「基礎的環境整備」に関する明確な予算や判断の基準はなく、あいまいなのが現状です。文科省は「合理的配慮」について、国としての「合理的配慮」のデータベースの整備や、PDCAサイクルを確立することが重要だとしています。
人員の確保
障害のある子どもたちの多くが通常の学級に在籍していることから、すべての教員に発達障害に関する一定の知識・技能が必須であると考えられており、教員養成段階で、もしくは研修等の実施によってそれらを保障することや、外部の専門人材を確保することも必要です。
しかし専門人材も、そもそも学校教育全体として教員も不足しているのが現状です。予算面、採用面での改革が求められます。
少人数学級
例え、専門性を持った人員が確保できたとしても、一学級の人数が多すぎれば、教員のきめ細かい指導は困難です。子どもの様々な個性や特別なニーズに応え、インクルーシブ教育を実現するために、少人数学級の実現が求められています。
参考「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」(文科省,2022年11月17日参照)より
まとめ
国際社会におけるインクルーシブ教育の考え方や、日本における特別支援教育の取り組みやその課題について解説しました。
いまだに議論が続く部分であり、その実践は発展途上な面もありますが、「すべての子どもが共に学び、人々が互いに多様なあり方を認め合える共生社会の実現」というゴールの実現に向けては、誰もが当事者となります。
School Voice Projectはこれからも、児童生徒や先生がいきいきと学び合える社会を一緒に実現していけるよう、情報提供を続けていきます。
※この記事は、一般社団法人かたりすとが運営する「カタリストfor edu」とのコラボ記事です。記事を「メガホン」、ビジュアルコンテンツを「カタリスト for edu」が制作しました。
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メガホン編集部