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DPIの崔さん×教職員で考えた!日本のインクルーシブ教育のこれから 〜世界各国の事例を手がかりに〜【イベントレポート】

  • 建石尚子

2022年11月下旬に、School Voice Project主催で「日本のインクルーシブ教育のこれから」について考えるイベントを大阪で開催しました。ゲストにお招きしたのはDPI日本会議(※1)の崔栄繁(さいたかのり)さん。日本と世界のインクルーシブ教育の在り方や現状を学んだあと、現職の先生たちを交えて学校現場の課題と展望を話し合いました。

この記事は、イベントの様子をまとめたレポートです。インクルーシブ教育について知り、学校での課題やこれからできることを考えるきっかけとなれば嬉しいです。

(イベント広報の際のアイキャッチ画像)

ゲストプロフィール

崔栄繁(さいたかのり)さん
1966年、神奈川県生まれ育ち。早稲田大学法学部卒業後、韓国のソウル大学大学院に留学(国際法専攻)。1999年にDPI権利擁護センターのスタッフとなり、現在、(特定非営利活動法人)DPI日本会議議長補佐。日本障害フォーラム(JDF)障害者権利条約に関するパラレルレポート特別委員会委員。趣味は山登りなど(たしなむ程度のお酒も含む)。明治大学法学部比較法研究所客員研究員(2021年〜)障害者権利条約、インクルーシブ教育についての著書、共著多数。

※1)DPI日本会議とは?
世界組織であるDPI(Disabled Peoples’ International)の日本国内組織として、1986年に発足。身体障害、知的障害、精神障害、難病等の障害種別を超えた92団体が加盟しています(2022年8月現在)。地域の声を集め、国の施策へ反映させ、また国の施策を地域へ届ける活動を行う。活動の目的は、 “すべての障害者の機会均等と権利の獲得”。
<3つの特徴>
・障害者本人(当事者)の集まりです
・障害種別(身体障害、知的障害、精神障害、難病など)を超えた活動をしています
・障害者問題を個人の問題ではなく、社会の問題として捉え、活動をしています

インクルージョンとは何か

ーーゲストの崔さんによる参加者へ問いかけからイベントがスタートしました。まずは、「さまざまな人がいる社会が当たり前」という前提に立ち返ります。

2020年度、ユネスコが出したグローバルエデュケーションレポート(GEMレポート2020)には、「世界中すべての人が持っているもの」について書かれていました。3文字の言葉が入ります。なんだと思いますか?

答えは「ちがい」です。GEMレポート2020の一部より、簡略化させたものを紹介させてもらいます。

「何が正常なのか、何が異常なのか、何が特別なのか、というのはもともと決まっているものではありません。(中略)なので、特別なニーズという考え方をやめて、社会への参加や学びに、周りの環境を見てなにがバリアになっているのか、という考え方にすべきです」

「さまざまな人がいる社会が当たり前で、誰も仲間はずれにあわない社会がインクルーシブ社会です」

インクルーシブ教育とは、インクルーシブ社会の実現のために行われるものです。学校などの「教育」のためにインクルーシブ教育を行うのではありません。

ーーそもそも「インクルーシブな社会」とは、どのような社会なのでしょうか。フランスの政府が作成した4つの図を見せながら説明してくれました。

1つ目は、「排除:Exclusion(エクスクルージョン)」。

円の中には男性と女性が整然と並んでいます。これができる人、ここに当てはまる人のみが中に入ることができます。

2つ目は、「隔離・分離:Segregation(セグレゲーション)」。

大きな円の中には、1つ目の図と変わらず男性と女性が整然と並んでいます。「隔離・分離」では、この円の外に出た人たちだけを1つの円に集めています。

3つ目は、「統合:Integration(インテグレーション)」

男性と女性が整然と並んでいる中に、「隔離・分離」されている人たちも仲間に入っています。でも、あくまでメインは健常者。「健常者と同じようにできるのであれば、こっちにきてもいいですよ」という基準です。

4つ目は、「包摂・包容:Inclusion(インクルージョン)」

1〜3の図では男性と女性が整然と並んでいたのに対して、ここではバラバラ。一つの円の中にいろんな人がいて、障害のあるなしは関係なく、ごちゃ混ぜになっています。

個人が“意思決定”できるようなサポートが必要

ーー2022年夏、日本の障害者権利条約の取り組み状況について、国連による初の審査が行われました。審査の結果、日本はどのようなフィードバックを受けたのでしょうか。

日本は障害者権利条約に批准しているので、約2年ごとに政府やNGOが取り組み状況についての報告書を国連に提出する必要があります。障害者の権利が守られているかどうかさまざまな項目についてチェックされます。最終的に国連から公表されるのが「総括所見(勧告)」です。

日本への総括所見の内容として特に注目したいのが、第19条(自立した生活および地域社会へのインクルージョン)と第24条(教育)に関しての文言です。第19条には「障害児を含む障害者の施設収容を廃止するため、予算配分を障害者の入所施設から、障害者が地域社会で他の人と対等に自立して生活するための手配と支援に振り向けることによって、迅速な措置をとること」、第24条には「障害のあるすべての子どもたちが、個々の教育的要求を満たし、インクルーシブ教育を確保するための合理的配慮を保証する」とあります。

ここに書かれている「自立」とは、自分で着替えられる、自分でご飯を食べられるなどの身辺自立のことではありません。必要なサポートを受けながら、自分で決めることができるようにすることを意味しています。つまり、代替意思決定の仕組みではなく、本人の意思と思考を尊重した意思決定支援の仕組みが必要だということです。

障害者権利条約が目指すのは、合理的配慮を受けながら障害の有無に関わらず一緒に生活することができるフルインクルージョンの社会です。教育においては、あくまで分離をやめることが目的であり、支援をやめることが目的ではありません。

そうした社会づくりのためには、小さいときから障害のある子どももない子どもも、それ以外にさまざまな特性や背景のある子どもが一緒に学び育つインクルーシブな教育体制が重要なんです。学校の先生には、子どもたちが大人になってからどんな暮らしをするのかを考えて、今の教育を考えてほしいなと思います。

世界と日本のインクルーシブ教育

ーーここで、世界のインクルーシブ教育に目を向けてみましょう。アメリカ、イタリア、韓国ではどのような教育が行われているのでしょうか。

まずアメリカでは障害がある子どもの95%が通常学級で学び、残りの5%は、「特別学校」「寄宿施設」「学校・病院」「矯正病院」などで教育を受けます。基本的には通常学級で個別に支援を受けることができて、必要に応じてリソースルームと呼ばれる場所で個別に学習サポートを受けることができます。

イタリアはごく少数を除き、ほぼフルインクルージョンな教育が実現されています。障害のある子どももない子どもも同じ教室で学び、支援学校はほとんどありません。1970年代に移民の増加や貧富の差の拡大の影響もあり不登校が増え、そこから「どんな子どもでも学校に来れるようにしよう」と数十年かけて教育を変えていった背景があります。

韓国は本人や保護者が希望すれば通常学級で学ぶことができます。通常学級に籍を置きながら、特殊学校での個別支援計画をもとに、個別に必要な教育を受けることもできます。一方で、韓国は日本以上に学歴が重視される社会の影響もあり、障害のある子どもは年齢が上がるにつれて、特殊学校に転校するケースが多いようです。

障害者権利条約のベースは「社会モデル」、日本の現状は?

ーー日本では、どのような目的で特別支援教育がなされているのでしょうか。障害者権利条約が目指すインクルーシブ教育と、日本で行われている特別支援教育の違いについて説明がありました。

日本の学校教育法72条に書かれている特別支援学校の目的には、「障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする」と書かれています。

つまり、社会の中でみんなと一緒に学んでいくことではなく、個人ができないことをできるようにしていくことに焦点が当たっています。ベースとなっているのは、「医学モデル」。通常学級や通級、特別支援学級、特別支援学校など多様な学び場が選べるような体制をつくっていることは一見すると悪いことではないように感じられます。ですが、実際は通常学級で必要な支援を受けられる状況にないため、特定の場所を選ばざるを得ないのです。

2022年4月27日付けで、文科省から「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」通知が出されました。昨年度に実施した実態調査をもとに、「特別支援学級に在籍する児童生徒が、大半の時間を交流及び共同学習として通常の学級で学び、特別支援学級において障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じた指導を十分に受けていない事例がある」とし、各教育委員会等に対して、特別支援学級に在籍している児童生徒については、原則として週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級において授業を行うことを求めました。

一方で、障害者権利条約には、「障害者が、その人格、才能及び創造力並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること。障害者が自由な社会に効果的に参加することを可能とすること。(第24条1項)」と書かれています。通常学級で学ぶことを原則として、障害の種別や程度で分離されないようにすべきだと言っています。インクルーシブ教育は、通常学級の改革のプロセスを含んでいるわけです。障害者権利条約に書かれていることは、社会や環境のあり方が障害をつくり出しているという「社会モデル」がベースになっています。

分けない教育は、生涯の友人をつくる

ーー崔さんが目指すのは、障害の有無に関わらずいろんな子どもがごちゃ混ぜで学ぶ教育。思い出の写真とともに、理想の社会について語ってくださいました。

インクルーシブ教育とは、インクルーシブな社会をつくるために行われるものです。いろいろな子どもがごちゃ混ぜで一緒に学び育つ教育。そして、障害者や障害のある子どもの親だけが悩んだり泣いたりしないで済む教育の実現ができると良いなと思っています。

最後に私のお気に入りの写真を紹介させてください。

これは20年前に撮影された、大阪の小学校での運動会の様子です。車椅子に乗っている児童は医療的ケアが必要で、しゃべったり歩いたりすることはできません。コミュニケーション手段は、表情。友達はずっと一緒にいるので、彼女が何を伝えたいのかはわかるんです。障害の有無に関係なく一緒に運動会に参加するために、この学校ではルールを少し変更しました。当時はインクルーシブ教育という言葉はなかったけれど、こういったことが実践されていたんです。

これは車椅子に乗っていた児童とその横に立っていた児童の今の様子です。20年たった今も友達なんです。分けない教育は、こういうところに繋がっていく。私は、これが当たり前になる社会を目指したいと思っています。

現職の先生たちを交えて、インクルーシブ教育について考える

後半は公立学校に勤める教員3名、スクールソーシャルワーカー1名、元教員1名を交えて座談会が行われました。大阪府下の小学校に勤める豊田さんは、先ほどの写真を見て大阪で行われてきた教育について振り返ります。

「大阪では、障害の有無に関係なく一緒に学ぶ姿が当たり前の光景としてあったんですよね。子どもたちも楽しそうでした。地域の学校に通いたいという子どもやその保護者のニーズにも応えてきました。いろんな課題はあると思いますが、今考えると先進的な取り組みをしてきたんだなと思います」

同じく小学校教員の橋本さんは、「支援学校に行くと、わが子が地域から切り離されてしまうから嫌だ。と涙を流す保護者に出会ったことがあります。地域の学校に通い、地域の子どもたちと共に学ぶことが、地域で暮らすことに大きく影響することを痛感しました。また、通常学級で過ごす時間を制限されることに危機感を覚えている保護者の声もたくさん届き、地域の学校に通う意味を考えさせられています。」と話されました。

特別支援学級担任の岩佐さんからは「通常学級に在籍しながら支援学級でも学べる仕組みをつくる必要があるのでは」「教員側にも余裕がないと、一人ひとりのニーズに応えるような教育はできない」という意見も。教室環境の自由度を上げるとインクルーシブな教育には近づくけれど、それによってクラス全体の秩序が乱れることへの恐れを感じる先生はきっと多い・・・という話題にもなりました。

一方で、十数年前と今の子どもの変化を感じるという元教員の塚本さんからは、「支援が必要な子どもにとって必要な環境を考えていくことは、他の子どもたちにとっても学びやすい環境づくりにつながっていく。それは、学校を変えていく大きな力になると思います」とインクルーシブ教育を進めていくことの重要性を話してくれました。

また、障害者運動に関わってきた経験を持つスクールソーシャルワーカーの小谷さんは、自身の経験を踏まえ、インクルーシブな社会をつくっていくために必要な教育のあり方を話してくれました。

「障害のある方でも必要な介助を受けることができれば、地域で生活することはできるんですよね。でも、まだまだ保護者も先生もそれが見えてきていないんだと思います。だから、不安になってしまう。自立生活(地域生活)のあり方が世の中に浸透していないことは、インクルーシブな教育を進めることに制限をかけてしまっているのではないかなと思います。子どもたちが大人になったときの生活を見据えた上で、今の教育のあり方を考えていけるといいですよね」

最後は崔さんから、「 “地域の入り口は学校から”。地域で障害を持つ人が当たり前に暮らす社会のために、インクルーシブ教育が必要」とのメッセージが改めてあり、これからも現場の教職員と当事者運動のそれぞれの立場でつながりながら、一緒に考えていくことを約束して会は締めくくられました。

最後に

School Voice Projectでは、今後、全国の学校でインクルーシブ教育が実現されるために何をしていけば良いかを制度面を含めて考えていきたいと思っています。2023年度は、「働き方改革」「学びの転換」「インクルーシブ教育」を三本柱として、政策提言書をまとめていきます。今回は、そのための学びの一環としてのイベント開催でした。

School Voice Projectの、現場の声から“仕組み”を変える政策提言活動については、団体ホームページより公開しています。ぜひ今後の取り組みにもご注目いただければ幸いです。

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建石尚子

1988年生まれ。中高一貫校で5年間の教員生活を経て、株式会社LITALICOに入社。発達支援に携わった後、2021年1月に独立。現在は教育に関わる人や場を中心に取材や執筆をしている。「メガホン」の運営団体であるNPO法人School Voice Project 理事でもある。

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