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生徒の「しんどさ」を軸に授業をつくる。男子校でジェンダーを教える女性教員の実践

  • 建石尚子

「こんなタイミングで妊娠するなんて…」

高校3年生の担任を受け持つことが決まった春、男性管理職に妊娠報告をしたときに言われた言葉を、今でも忘れられないという田中めぐみさん。

女子校に勤務していたときに感じたつらさや違和感を胸に、「こういう発言をする男性に育ってほしくない」と感じ、2022年度に男性性やジェンダーを専門とした教育実践家へと転身しました。現在は、研修や講演、執筆活動をしつつ、京都の男子中高一貫校で、高校2年生と3年生を対象にした選択制の「男性性研究サークル」という講座を担当しています。

2022年度と2024年度には、同校の公民の授業でジェンダー教育を扱っていた田中さんに、ジェンダー教育の実践内容とその背景にある思いをお聞きしました。

結婚、出産の経験から、「男性社会」に違和感を持つように

——— どのような体験があって、ジェンダー教育に関心を持つようになったのでしょうか?

社会科の専任教諭として女子校に勤めていたときに、結婚と妊娠、出産を経験しました。そのときに職場で言われたことが、今の活動につながっています。

2015年に妊娠し、管理職に報告をしたときに「こんなタイミングで妊娠するなんて」と言われてしまったんです。そう言われたのは、翌年度に私が高校3年生の担任をすることが決まった3月頃のことでした。当時の私はその言葉を間に受けて「申し訳なかったな…」と思い、ボロボロと泣きながら帰ったことを覚えています。進学校でもあり、高3は生徒にとって特に大事な1年間です。管理職のその発言に納得し、自分を責めました。

その後、無事に出産したのですが、2人目の妊娠を検討しているときは、「中学1年生か2年生の担任のときに妊娠するのがいいのかな?」と考えていました。

もう一つ、忘れられない出来事があります。結婚したときには戸籍上の姓が夫の名前に変わり、職場での呼称も変わりました。ただ、今までとは違う名前で呼ばれることに慣れなくて。旧姓使用に戻したいと思って、育休復帰のタイミングで事務の方にそのために変更申請をしました。旧姓で働いている女性の先生もおられたので、当然変更できると思っていたんです。

ところが、「これまでそんな人はいない」と言われ、対応してもらえなかったんです。「そうなんですね」と表面上は納得しつつ、内心驚きました。最終的に、復帰して1年後に通称で旧姓使用をさせてもらうことになりました。そのとき、男性事務長に「離婚も再婚もしていないのに通称使用をする人なんていない。あなたがわがままを通して事務員に手間をかけたのだから、事務員に謝りなさい」という趣旨のことを言われてしまったんです。妊娠のタイミングのこともそうですし、「女子校で働いてても、こんな体験をするんだ…」と思いました。

妊娠のタイミングや旧姓使用のことで、その時期の私はダブルパンチを食らっている感じで、「ここで長くは勤められないだろうな」と思っていたんです。なので、中学1年生からの持ち上がりで中学3年生の担任になったときに、「私もこの学年の生徒たちと一緒に今年度で卒業しよう」と決めました。

———つらい体験があったのですね。退職されてからは、なぜ男子校で教えることになったのでしょう。

退職が決まってから、「男子校で非常勤講師をしてくれないか」という依頼がたまたまあったんです。それで、2022年4月からは学び直しや他校での講師、妊活もしながら、週1回だけ男子校で中学3年生の公民の授業を受け持つことになりました。

振り返ってみると、妊娠報告をしたときに「こんなタイミングで…」と発言した管理職は、中年の男性。そして、旧姓使用の申請に対応してくれた事務職員も同じ年代の男性でした。男子校で授業をするとなったら、「こういう発言をする男性に育ってほしくない」と思ったんです。

それで手に取ったのが、弁護士である太田啓子さんの名著『これからの男の子たちへ:「男らしさ」から自由になるためのレッスン』でした。この本のように、先人たちの知恵を借りつつ、現場を解きほぐしていくような授業をしていきたいと思ったんです。結果的に、2023年度は第2子の出産のためにお休みをしていたので、公民の授業は2022年度と2024年度の2年間担当させてもらいました。

“正しさで責める”から、生徒のしんどさを軸とした授業へ

———公民の授業では、どのような授業をされていたのでしょうか?

2022年度は、ジェンダーやフェミニズム(※1)、ホモソーシャル(※2)などをテーマに、いろんな立場の方に外部講師としてお話をしていただきました。ただ、授業後に生徒たちに書いてもらうコミュニケーションシートには、こういったテーマに対して抵抗するような言葉がなくなりませんでした。それを読む私自身もつらくなってきてしまって。生徒たちが授業についてきていない感じもありました。考えてみれば、「正しいこと」を押し付けられる生徒自身もしんどかったんだと思います。

そんな気づきがあり、2年目となる2024年度は、「生徒たち自身が今いるしんどさから見つけていくこと」を軸にして授業をつくるようにしました。自分や他者のしんどさに目を向けることで、お互いの信頼関係を築くことから始められるのではないかと思ったんです。

※1 フェミニズム:「ジェンダーに関わらず、すべての人が平等な権利と機会を持つべきだ」という信念や、それを目指す運動のこと。(参考:国連ウィメン日本協会
※2 ホモソーシャル:恋愛や性的な感情を伴わない、同性同士の強い結びつきのこと。主に男性社会において、女性への蔑視や同性愛への嫌悪を共有することで結束を高める、排他的な関係性を指して使われる。(参考:PRIDE JAPAN LGBTQ+用語集

———2024年度からは、授業の組み立てを変えたのですね。

そうなんです。最初に扱ったテーマは、「教育虐待」でした。ただ、実際に保護者から教育虐待を受けている生徒がいる可能性もあります。なので、教育虐待をテーマにした授業をすることは事前にアナウンスした上で、「そのテーマを扱っているときは、そこにいないように振る舞ってもいいし、廊下に出てもいいし、保健室に行ってもいい。それによって、成績を変えることはしない」と伝えました。保健室の先生にも協力していただきました。

———授業はどのように進めていったのでしょう?

教育虐待について扱ったときは、子どもが実の親を殺してしまった2つの事件を紹介しました。実際に起こった事件で、どちらも背景には教育虐待があったことも伝えた上で、教育虐待をテーマにしたNHKの番組も視聴しました。

こういった知識を伝えた上で、感じたことや考えたことを紙に書いてもらうと、生徒たちからは「順位をつけるような仕組みは変えるべきだと思う。学歴社会はいらない」「周りと比べるのではなく、自分自身を見てほしい」などの感想が出てきました。

中には少し心配になった感想もあります。それに対しては、講師である私が直接指摘するのではなく、他の生徒の感想も合わせて紹介するようにしています。その方が、より生徒たち自身が自分ごととしてこのテーマを捉え、深く考えてもらうきっかけになるのではないかと思っています。例えば、「教育虐待をさも殺害の理由として正当化しているように感じた」という、少しきつめの感想がありました。それに対しては、他の生徒の「日本の社会のありようが親に影響し、親が教育することによってそれが子どもに影響するのではないか」「教育虐待の考えを広めることで、少なくなると思った」などの感想を紹介するようにしています。

日本の受験戦争があまりにも過酷であることに対しては、国連子どもの権利委員会でも繰り返し懸念を示されているほど(※3)で、その環境に親も巻き込まれていることを構造として見る必要があります。しんどさを感じている生徒がいるとしたら、「それはあなたのせいじゃないよ」というメッセージを伝えたいと思っています。

※3 国連子どもの権利委員会は、日本の「過度に競争的な教育制度」への懸念を表明している。(参考:国連子どもの権利委員会『日本の第4・第5回政府報告に関する総括所見』CRC/C/JPN/CO/4-5、2019年

———授業は、生徒の声も丁寧に扱っているのですね。何か意識していることがあるのでしょうか?

授業は、『たった一つを変えるだけ:クラスも教師も自立する「質問づくり」』という本を参考に、生徒の質問をベースに進めるようにしています。毎授業の最後に、感想や質問などをコミュニケーションシートに書いてもらい、それを次回の授業づくりに活かしています。

教育虐待について授業で扱うときにも、事前に質問を書いてもらっていました。「教育虐待を未然に防ぐために、私たち個人ができることは何か?」「子どもが親の教育に対して嫌だと思えば、それは教育虐待をしていることになるのか?」などの質問が出てきて、それらをベースに授業を進めていきました。

———教育虐待を扱った後は、どのようなテーマに移行していったのでしょうか?

社会学者であり臨床心理士の西井開さんを外部講師として招いて、「男性の生きづらさ」や「男性同士のコミュニケーション」について学んでいきました。男性同士で起こりがちな「いじり」や「からかい」のコミュニケーションに加わらないと、「お前、ノリ悪い」と言われてしまったり、弱さを見せにくかったりすることがあります。

特に、私が勤務していた男子校は進学校であり、能力主義的な考えも結びついていくことで、しんどさでがんじがらめになってしまうこともあります。そういった文化があることを見ていきながら、西井さんからは、少しでも生きづらさを減らせるような考え方やそれぞれができる小さなアクションについて話していただきました。

土曜講座は、自分の感覚を言葉にする場

———現在は、同じ男子校で土曜講座を担当されているのですね。公民の授業とは、どのような違いがあるのでしょうか?

「男性性研究サークル」という講座で、10人以下の少人数でやっています。60分間のうち前半20分くらいは前回の振り返りや私からのテーマ提示で、その後は全員で円になっておしゃべりするような対話的な授業です。

大切にしているのは、「しゃべりっぱなし・聞きっぱなし」にすることです。大前提として知識の大切さはありつつ、正しい答えを教える授業ではなく、「自分の感覚を言葉にする場」にしていきたいと思っているんです。それができるのは、評価が必要ない土曜講座の良さかもしれません。通常の授業では話にくいことも、少人数のこの場では言えることがあるようで、「実はこういう場面で、親にこんなことを言われて…」と話し始める生徒もいます。

土曜日の昼食時間には、SOSの出し方や受け方について考える自主サークルもやっています。そこに来てくれるのは、中学3年生のときに、公民の授業を受けてくれていた生徒たちです。親友には話せないことでも、ここではしゃべれるテーマがあるようで、自分の言葉で話したときに受け止めてもらえる場や関係性があることの大切さを感じています。

そこには専任の先生も顧問として携わってくれていて、先生自身が子育ての悩みを生徒に聞いてもらうような場面もあるんです。その先生にとっても、生徒から癒しをもらえるような時間になっているようです。

———先生も自分の悩みを生徒に話すことがあるのですね。

そうですね。私自身、公民の授業を担当しているときから、「私はこうやって生きています」と生徒たちに見せることを大切にしています。例えば、初回の授業では、私の1週間の過ごし方を紹介することもあります。曜日によっては夫が子どもの保育園の送迎を担当していますし、土曜日は私が仕事なので、夫が家事や育児をすべて担当しています。そんなプライベートな話もしました。

男子校で勤務したからこそ、見えてきたこと

———男子校でジェンダー教育をすることの難しさを感じる場面はありますか?

私自身、女性として男性社会の中を生き延びてきました。そんなマイノリティの立場であるからこそ、見たくなくても見えてしまうものがあると思っています。それを伝えたくて、初めて男子校で授業を担当したときは、「正しさで責める」ことをしてしまいました。ただ、それではうまくいかないと気づいたんです。

今は、少人数での土曜講座を担当しているので、生徒との信頼関係ができています。その状態であれば、私が言ったことは生徒にそのまま理解してもらえることが多いのですが、外部講師として単発で男子校で授業をするときはそうはいきません。

例えば、アラフォー女性である私が、「女性としてこんなことが辛いんです」と生徒たちに伝えても、あまり刺さりませんが、マジョリティ性の高い男性教員の話は聞き入れてくれることが多いんです。それがわかっているので、あえて男性の先生にも授業に入っていただき、私がジェンダー的な話をした後に、「先生はどう思いましたか?」とお聞きするようにしています。すると、「生理中に動けなくなっている妻を見て、生理のしんどさを初めて知った。自分が甘かった」「夫婦でタクシーに乗ると運転手さんは敬語で喋るが、妻から『私1人だったら、タメ口なのよ』と聞いて驚いた」などと話をしてくれます。すると、ジェンダーに対する生徒の理解度も深まるようです。

話す人によって生徒の受け取り方に違いがあることには悔しさもありますが、その場の空気に柔軟に対応することも必要だと思っています。生徒たちには、「ジェンダーについて学ぶことで、あなたたち自身は生きやすくなるだろうし、それによって周りもハッピーになりやすいよね」と、遠回りであっても伝えたいと思っています。

“私たち”は、この社会を頑張って生き延びている

———最後に、現場にいる教員としてできることを教えていただけますか?

まずは、先生自身が失敗や困難に直面したときに自分を過剰に責めず、自分自身に優しさを向けてほしいと思っています。先生がしんどい状況であることは、実は言わなくても生徒には伝わっているものです。なので、しんどさは生徒に言ってしまうのも一つだと思います。

例えば、先生たちも能力主義の構造の中にいる現状があります。成績をつけるときには、「あなたにはいろんな面があって、とても素敵な人であることはわかっている。成績はこの一面だけを切り取ってつけているのであって、それだけがすべてではないよ」と伝えてしまうとか。もし私が生徒の立場だったら、それを言われるだけで救われるなと思います。このように、先生自身の考え方を生徒に伝えることの大切さは、組織開発家である勅使川原真衣さんと対話したときに気付かされました。

大切なのは、生徒と自分を違うものとして切り離さないことだと思っています。男性社会の中で同じように生きていたら、生徒も自分もしんどいと感じることは同じかもしれない。「この社会の中で、私たちは本当に頑張って生き延びているよね」という気持ちで関わっていくといいのではないかと思います。

あとは、ジェンダー教育は完璧な知識がなくても始めていいものです。生徒からの問いをきっかけに、自分自身が感じたことを話してみてもいいですし、専門家の方の本を読んで紹介してもいいと思います。

一方で、私がやってきたことは、非常勤講師で時間の融通がきいたからできたことでもあると思っています。専任の先生に「同じことをすべき」なんて、口が裂けても言えません。自分が担当している授業の中で少し触れる以外にも、外部講師を招いて授業をしてもらってもいいと思います。

最後に、私が尊敬する性教育実践者のあかたちかこさんの言葉を紹介したいと思います。

「あなたの表現は、あなたが望む世界の創造に、今日もきちんと加担しているか」

この言葉を、いつも忘れないようにしています。空気を読まずに水を差す人としてそこに在ることで、救われる人がいます。それは過去の私自身でもある。

これからも学び、たくさんの人と一緒に感情を言葉にしていく中で、「今の自分なら助太刀できる」と思える人が増え、その思いが、困っている人のそばに立ち、第三者として声を上げる行動につながっていったらいいなと思っています。

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建石尚子

1988年生まれ。中高一貫校で5年間の教員生活を経て、株式会社LITALICOに入社。発達支援に携わった後、2021年1月に独立。現在は教育に関わる人や場を中心に取材や執筆をしている。「メガホン」の運営団体であるNPO法人School Voice Project 理事でもある。

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