
【後編】教室の「当たり前」を問い直す――神奈川県の公立小学校、先生たちの対話とアップデート
神奈川県の公立A小学校では、多様な子どもたちがいることを前提に、日々の実践の中で「学校の当たり前」を問い直し、できることから少しずつ調整をしています。
どうすれば子どもたちが安心して過ごせるのか。
どうすれば教員が安心して授業に取り組むことができるのか。
前編では各学級の具体的な調整の様子をお伝えしました。しかし、これまでにない環境調整を試みるとき、自然なこととして戸惑いや心配も伴います。
前編では、「子どもたちがちゃんとできるようにしておかないと、次の先生が大変だろうと心配していた」と話してくれた教員もいました。A小学校では、その心配はどのように解消されてきたのでしょうか。
今回は、各教員の悩みや試行錯誤、それぞれの工夫などが学校全体でどのようにサポートされているのかに迫ります。
※本記事は2026年3月16日(2025年度)に取材した内容で構成しています。現在の組織体制や取り組みと異なる点もありますので、あらかじめご了承ください。
子どもを枠に合わせるのではなく環境や構造をアップデート
発表が苦手な子、長時間座っていることが苦しい子、集団の中で安心できない子——そんな子どもたちに対して、これまで学校では、「みんなと同じようにできるためにその子をどう頑張らせるか」と考えることが多かったのではないでしょうか。
A小学校の設置自治体の『教育振興基本計画』では、第一に『学校は、安全安心のもと、心身の健康を保ち、社会を生きていくために必要な力やプロセスを学びながら、人格の形成を図る場所』と謳われています。市教委がすすめる「安心・安全な学校づくり」を検討する中で、A小学校が力を入れているのは、誰もが安心して過ごせる「基礎的環境整備」です。
そして、「子どもを枠に合わせるのではなく、環境や構造をアップデートする」という「社会モデル」の視点で教員が対話を重ね、試行錯誤が進められています。校長先生は、学校がかなり変わってきたと実感しています。
「私が校長に着任した当初から、A小学校は地域の皆さんにあたたかく見守られ、子どもたちも教員ものびのびしている印象がありました。そのベースの上にいっそう『いいと思うことはやってみる』風土ができたように思います。また、間違えても失敗しても大丈夫、困った時には誰かがきちんと話を聞いてくれるという安心感が、子どもたちだけでなく教員にも広がっています」(校長)
前編で紹介したような各学級の工夫だけでなく、学校全体でも環境整備は進められていました。上履きや赤白帽子の貸し出しボックスや、昇降口に設置されたベンチなど、小さなことから「試しにやってみる」と、見える景色が変わってきたと教頭先生は言います。
「様々な状況により新しい上履きを持ってこられない子もいます。気軽に借りられることで一つの安心が生まれる。起立性調節障害で登校時に気分が悪くなる子や、保護者と別れがたい子が、朝、昇降口で少しベンチに座ることで、気持ちを落ち着かせることができる。そんな様子が目に見えてくるようになりました」(教頭)

全ての昇降口にベンチを設置。登校時に少し休憩をして気持ちを入れ替えたり、一緒に登校した保護者と座って話したりする姿も見られると言います。
上履きや帽子に関しては、「借りればいいと思って持ってこなくなるのではないか」「保護者に意識してもらえなくなるのではないか」という懸念を持つ教員もいますが、これからもそのような懸念を含めて対話を続けていくことが大切だと教頭先生は考えています。
秋には、そのような対話を深める機会として、学校DE&Iコンサルタントの武田緑さんによる研修も行われました。「現在の学校現場が直面している多様性の受容、インクルーシブ教育の推進などについて、ワークショップを交えながら教職員が主体的に関わっていける研修を実施したい」と教頭先生が希望し、実現したものでした。
「すべての子どもが参加できる授業」について考える
10月下旬、第1回目は「『すべての子どもが参加できる授業』について考えましょう」という問いかけから研修は始まりました。「教室の環境づくり」「授業改革」などテーマごとに分かれ、日々それぞれの学級で感じている迷いや違和感を模造紙に書き出します。
「教室の環境づくり」では、「床に座れるリラックススペースが欲しい」という案がでましたが、「学年や学校で揃える必要がある」「ルールの徹底が必要」ではないかという意見もありました。「授業改革」での「多様性を受け入れるためにも自由進度学習を進めたい」という案に対しては、「個人の差が出やすい」「テストはどうするか」などの懸念も出されました。
出された懸念は、対立した意見と捉えるのではなく、「なぜそう思うのか」「心配なことは何か」を出来るだけフラットに話し合える場づくりが行われます。その背景に教員の感じているプレッシャーや他のクラスへの配慮があることも多く、ではそれはどうすれば取り除けるのかという話し合いに深まっていきました。

また、「職員室や教員の働き方」についても、「気軽に話せるスペースが欲しい」「先生を増やしてほしい」「楽しい職場にしたい」「成績を無くしたい!」「トイレにウォシュレットがほしい」などの幅広い意見を、リラックスした雰囲気で出し合うことができました。
この研修後、いくつかの学級では子どもたちと話し合いながら、前編で紹介したような小さな工夫を早速始める学級が増えていきました。リラックススペースやクールダウンコーナーづくり、席替えの仕組みの変更、自由進度学習の導入などです。
各学級の「試み」の現在地をシェアし、対話を重ねる
新しい取り組みが始まれば、また新たな課題が見えてきます。3か月後、1月下旬の第2回の研修では、それぞれの「試み」の現在地をシェアしました。学級での「試み」の内容、いいこと、困っていること、これからどうしていくかなどについて出し合い、共有し、みんなで考えたい・相談したい・取り組みたいことについても対話を重ねました。


高学年担任のある先生は、各学級での取り組みについての教員の懸念を払拭していくためにも、このような対話は欠かせないと言います。
「学校全体の子どもたちを考えると、リラックススペースのような新たな取り組みが単年度で終わる可能性や、学校全体で引き継がれないことへの懸念もあります。学年や学級ごとに実践が異なる場合には、『隣のクラスだけずるい』『去年はできたのにどうして今年はできないの』など、子どもたちに不公平感が生じたときにどう説明するのか足並みを揃えておかないと、教員間の関係性も崩れてしまいますから、教員全体での対話はとても重要です」
このように話をしてくれた先生は、2回の研修が行われた令和7年度の研究主任でもあり、研究授業についても改革を進めてきました。一般的に研究授業では「教師の指導技術」を評価する空気が強く、授業者が萎縮してしまうことも多いのですが、A小学校では、まず研究授業担当の教員が何をしたかったのか、どんな手応えがあったのかを発表し、参観者は「教師の教え方」ではなく「子どもの変化」を見よう、と視点を変えるよう促してきました。
「授業後の振り返りで、『子どもがどんな場面でどんな反応をしていたか』『どんな表情だったか』などを共有するようにしています。授業中の子どもを観察して建設的にフィードバックできる環境を整えれば、教員も安心して挑戦して学び合えますし、子どもの理解やお互いの実践への理解が深まると思うのです」
教員同士の対話を促して理解を深め、互いを評価するのではなく子どもの変化を見ることで、教員自身の安心が確かなものになっていきます。それが土台となり、学校の環境も、授業の実践も柔軟に変化していくことができているように見えました。
行動の背景にある思いや困難を理解するために
このように新しい試みにトライする背景には、学校全体でさまざまなアプローチからその子の行動の背景にある思いや困難を理解しようと努めていることも大きく影響しているようです。
この市では、支援を必要とする児童への対応やいじめなども含む教育相談の窓口として「児童支援専任教諭」「教育相談コーディネーター」を全ての小中学校に配置しています。A小学校では、児童支援専任教諭と教育相談コーディネーターを兼任する先生の存在があります。
校舎内には、特別支援教育の固定級や通級とは別に、クールダウンが必要な子どもたちがゆっくり過ごせる校内教育支援センターがあり、児童支援専任教諭が迎えてくれます。子どもたちは、授業中、教室にいられなくなったとしても、保健室や支援室など複数の居場所の中から、自分が過ごす場所を選ぶことができるのです。
「私の場合は、教育相談コーディネーターも兼ねていますので、保護者からの相談があった時には私が担任との間に入って、それぞれの話を聞き、一緒に考えるんです。学校に来られないお子さんの保護者とも定期的にお話ししています。これまで長年学級担任や教育委員会での仕事をしてきましたが、今、悩みながらも一人ひとりの悩みや困り感にスポットを当てて考えられるようになったのは私の大きな変化でもあります。これまでの現場ではなかなかできなかったことです」(児童支援専任教諭)
児童支援専任教諭あり、教育相談コーディネーターでもある先生が保護者と担任の面談に入って関係調整を行う三者面談は、A小学校では年間60〜70件、多いときには1日に3件入ることもあると言います。一度で話し合いを終えるのではなく、何度も会って話をしながら保護者にも伴走する体制が整えられています。
また、A小学校には外国籍の子どもたちも多く在籍し、文化や宗教などに子どもたちの出身国の文化や宗教に配慮した教育を進めています。国際教育を長年担当してきた先生もA小学校には欠かせない存在です。
日本語を全く話せない子どもには、挨拶や「トイレに行きたい」など必要な日本語を話せるようになるサバイバル会話から始めます。教科書を翻訳して準備し、ポケトークを使用してテストを実施。保護者向けに学校だよりを翻訳するなどもしています。特定の宗教上の理由で食べられない食材がある子どもには、給食の献立について事前に情報共有し、代替食の準備を促すなどの配慮も行ないます。

「通常の学級で異文化理解を深めるための出前授業を行うこともとても大事です。子どもたちの多文化共生教育にも力を入れています。先日は、教員研修で、わからない言語で勉強する大変さを体験してもらいました。さあ、やってみてくださいと外国語のプリントを渡したり、スペイン語で絵本を読み聞かせたりすると、子どもたちがどんな思いで45分間座って授業を受けているのかを実感として理解してくれるようになります」(国際教室担当)
このような研修は、外国にルーツのある子どもたちの理解だけにとどまらず、さまざまな子どもの行動の背景に「何か困りごとがあるのでは」「そうならないためにはどう環境調整すればいいだろう」と考えるきっかけになるでしょう。
子どもも教員も安心できる環境を保障する
そして、教頭先生の存在も重要です。教頭先生は、子どもたちから「フロアワイパー先生」とも呼ばれています。毎日フロアワイパーで学校中を掃除しているのです。取材当日も、教頭先生はいつものエプロン姿で現れ、フロアワイパーを片手に校舎内を歩き回って案内してくれました。教室を飛び出したものの、保健室や支援室にもいくことができない子どもにとって、教頭先生が安心できる居場所になることもあります。
一時期、すぐに教室を飛び出し、中庭で水を撒いて遊ぶ子がいました。教頭先生は当初、追いかけて水遊びをやめさせようと試みましたが、なかなかやめてくれません。そこで、その子自身が興味を持っていたラグビーに誘い、一定期間、徹底的にラグビーボールで教頭先生が一緒に遊ぶことでようやく落ち着いていきました。現在は、次の課題として「その子にとっての学びは何か」を検討しています。
教頭先生は、15年前から5年間、市の教育委員会指導室で特別支援教育(就学・移籍相談も含む)に携わってきたことが今につながっていると言います。
「当時から、子どもを『支援の必要な児童』として見るのではなく、学校全体での基礎的環境整備の充実を目指したいと考えていました。最近は特に、『支援の必要な児童』と子どもを捉えてしまう大人の視点を学校現場から減らしていくことを目指しています。先にお話しした水遊びの好きな子も、自由に活動できる保育園ではリーダーシップをとるタイプで、みんなの中心になって頑張っていたと聞いています。環境が違うところで子どもたちが違う動きをするのは当然です。では学校という環境の中で私たちは何ができるのか。それは、教員が考えて工夫していかなければならないと思っています。
「フロアワイパーを持っていると『ちょっと掃除に来ました』という雰囲気で自然に教室に入れるし、学校も綺麗になります。教員との上下関係のプレッシャーも少しは減るだろうし、子どもたちも気軽に話しかけてくれる。楽しいですよ」(教頭先生)
教頭先生は掃除をしながら校内をくまなく歩き、授業の様子を横目で観て、教室にも入って子どもたちと笑顔で言葉を交わしていました。その中で、子どもたちや教員が安心して過ごせる環境をどう整えていくことができるかを考えているようでした。教頭先生は、安心できる環境を整え、その子、その教員が満たされた時、自ら学びに向かうことができる、自ら動き出せると考えています。
「先生たちには、何かヒントや提案を投げかけることや、いいねえと声をかけることはありますが、強制はしません。子どもも教員も同じで、強制しても続かないんですよね。授業も学級経営も研修も同じで、『やらされる感』は持ってほしくない。当事者意識を持って、それぞれの先生がやりたいことを進めてほしい。やりたいと言われればチャレンジしようと背中を押すし、思い浮かばないときやわからないときは一緒に考えようと伝えています」
A小学校では、一見、各学級で個々に思い切った取り組みを進めているようにも見えますが、そこにはシンプルな軸が貫かれていました。子どもも大人も安心できる環境をつくり、関係性を大切に育み、対話を重ねて試行錯誤する。そのことが、子どもたちにも教員の間にもしっかりと保障されているように見えました。
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太田 美由紀








