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“通知表をなくした学校”香川小学校の風土・教職員文化の根っこにあるもの

  • 長島ともこ

茅ヶ崎市立香川小学校(児童数:1,013人、教職員数:55人)といえば、「通知表をなくした学校」として多くの人に知られています。メガホン編集部では、通知表廃止だけでなく、教室の配置転換や運動会のあり方の見直しなど独自の取り組みを進めつつ、「5年間教職員の療休が出ていない」「不登校児童が少ない」など、教職員も子どもたちも自分らしく過ごす香川小の学校風土に注目。

同校の総括教諭(主幹教諭)である小林良平さんへのインタビュー、学校訪問、國分一哉校長をはじめとする教員の方々への取材を通し、その真髄を探ります。

ミドルリーダー・小林良平さんインタビュー

「大好きな職場。月曜日が来るのが嫌ではない」理由

「香川小最高ですよ、本当に。大好きな職場です。月曜日が来るのが嫌ではないですから(笑)。香川小の何がいいって、教職員一人ひとりが自分らしく働くことができていることですね。『ここは自分の居場所』と心から思いますし、人生の一部のような位置付けです」という小林良平さん。

教員生活15年目で、2018年4月に茅ヶ崎市内の小学校から香川小に総括教諭(主幹教諭)として異動。4年生のクラス担任に加え、児童の特性や個々の問題に応じた指導や支援を行う「支援グループ(※)」のグループリーダーをつとめています。(※参照「神奈川県における学校運営組織と総括教諭」)

「支援グループの方針として『全校での支援』を掲げ、課題を抱える子、支援が必要な子を教職員全員で支えるようにしています。また、『子どもたちだけでなく、先生たちも支え合いましょう』ということで、たとえば学級経営等でピンチに陥っている先生がいたら、周りの先生の空き時間を調整してシフトを組み、交替でそのクラスに入ってサポートしたり、同じ学年の先生同士で助け合ったりするようにしています。

支援に限らず、カリキュラム、学校運営など学校にまつわるさまざまなことを『だれかに押し付けるのでなくみんなでやる』『みんなで参加し、みんなで考える』という風土が根づいていることが、当校の大きな特徴だと思います。さまざまなキャリア、さまざまな家庭環境の先生一人ひとりがそれぞれのベストを尽くしながら自分らしく働くことができる、多様性のある職場です」といいます。

もちろん、このような風土が一朝一夕に出来上がったわけではありません。

「前任校から当校に赴任した当初は、ルールが多いことに加え、ちょっとしたことですが、鍵による開閉が必要な教室が校内にたくさんあることなどから、『堅い学校だなぁ~』というのが第一印象でした」と、当時を振り返る小林さん。

しかし同時期に、國分一哉校長が着任。

「國分校長は教職員組合の委員長もつとめられていた方で良く知っていましたし、『何か面白いことをやってくれそう』という期待感はありました。といっても、校長先生ひとりが力を発揮しワンマンでおし進めていくのではなく、着任当初から『みんなと話がしたい』と口癖のようにおっしゃっていて、それを実行されていました。

管理的ではなく、教職員が対等に、自由にディスカッションできる職場環境をつくろうとしてくださっていることを肌で感じ、先陣を切って言いたいことを言っていましたね」

教室配置の変換をめぐる議論の中で芽生えた「学校はみんなでつくる」という意

メディア等で大きな注目を集めた香川小の改革・「通知表廃止」は2020年度からスタートしましたが、

「実はその前から、通知表以外の要素で改革の動きがあったのです」と、小林さんは言います。それは、教室配置の転換でした。

(香川小学校の教室配置は現在、6年生と1年生の教室が交互に並ぶ「市松配置」)

「2018年のある時期、支援グループに属する現場の先生から『日常生活の中で子ども同士がお互いを認め、助け合う関係を築くため、1年生と6年生の教室を隣り合わせにしてはどうか』というアイデアが出て、それいいね、と。

これを実現させたいと思い、校長先生、教頭先生、現場の先生たちによびかけたところ、校長先生、教頭先生は賛成してくださいました。いっぽうで、『体格が異なる6年生と1年生がぶつかったりして危ないのでは』『そんな取り組みは今まで聞いたことがない。やる意味はあるの?』など、反対意見や慎重意見も少なくありませんでした」(小林さん以下同)

クラス数の関係で、同じフロアに同じ学年が全クラス並ばないという物理的な要因もあり、小林さんの働きかけを中心に学校全体で議論が活発化。賛成派、反対派と意見がまっぷたつに分かれることもあったというなか、数か月続いた最後の話し合いは、視聴覚室で教職員全員が車座になって行いました。

「職員室で行うと職員会議の延長のような雰囲気になり、発言しやすい人が決まってしまいがちで意見が偏りやすい」という理由からだそうです。

それでも賛否が拮抗してなかなか結論が出ず、「多数決で決めようか」という空気に一瞬なったといいますが、

「これまで本当にたくさん皆で話し合ってきたのにそれはおかしいよね、と。最終的に、校長先生に判断をゆだねることになりました」

翌日、校長先生がくだした結論は、「市松の(1年生と6年生の隣り合わせ)教室配置はしない」。

といっても全面的な「NO」ではなく、

「反対も多いので全面的にはやらない。けれど、まずは実験的に同じフロアに1年生と6年生の教室を配置して、隣り合わせでない形で様子をみてみましょう」という判断でした。

こうした学校をあげての一連の議論をきっかけに、

「教職員一人ひとりが、『キャリアが浅くても意見を言っていいんだ』『新しいことを始めてもいいんだ』『校長先生がすべてを決めるわけではないんだ』『一度に結論を出さず、トライアル的に様子をみていく進め方もあるんだ』などの思いを抱くようになり、学校はみんなでつくっていくものという意識が芽生え始めたと思います」といいます。

2019年度に1年生と6年生の教室を同じフロアに配置したところ特に問題は起きなかったため、2020年度から1年生と6年生、2年生と5年生の教室を隣り合わせに配置することに。

「またそこで議論になるのかなと思ったら、拍子抜けするくらいあっさり話がまとまりました。『やってみたら大きな問題もなく、なにか新しく始めることはそう大変でもないな』と皆で実感できた部分も大きかったと思います」と、小林さん。

「6年1組と1年1組」、「5年2組と2年2組」のように上級生と下級生のクラスを兄弟クラスにし、昼休み前の清掃時間には、上級生が下級生のクラスに出向いていっしょに掃除をしたりするようになりました。

前例があったからこそスムーズに進んだ「通知表廃止」の議論

「通知表廃止」についての議論は、そんな流れの中で始まりました。

「議題としてあがりはじめたのは、2019年度です。学校の実情に応じたカリキュラムを編成し、通知表の更新や校内研究の企画・運営を行うカリキュラムグループから、『通知表はなくしてもいいのではないか』という意見が出始めたのです」

2020年度から学習習指導要領が大きく変わり、通知表も評価の観点が4観点から3観点に。「必然的に通知表のあり方を変える必要があった」という背景も手伝い、教室配置の転換のときと同様に、学校全体で議論が始まりました。

「教室配置の転換について喧々諤々の議論を経験していたこともあり、話し合いそのものはスムーズに、建設的に進みましたね。最初は『通知表はあったほうがいい』という考えの先生が多数派だったのですが、時間をかけて対話を重ねていくうちに、『なしにするのもありなのかな』という流れになり、『じゃあ、やめてみよう』と。最終的には校長先生が判断くださいました」

通知表は2020年度から廃止され、これまで通知表を作成するために割かれていた膨大な時間は、子どもたちの成長を見る時間に使われるようになりました。

通知表の代わりになるようなものも特に存在せず、各担任の裁量により、面談等を通して子どもたち、保護者へのフィードバックが行われています。

「個人的には、『評価のために◯◯をしなくてはならない』など手段が目的化してしまうような時間が減ったぶん、教育過程を自由に組むことができるようになりました。通知表がないことを生かした教育を、模索しながら実践しています」

ボトムアップな学校風土醸成のキーワードは、「感情」「エピソード」「あいまいさ」

教職員の声に耳を傾け、フィードバックや対話を地道に重ねながら組織を活性化させる支援型リーダーシップで導く國分校長のもと、小林さんらミドルリーダーが中心となり、

教職員全員でボトムアップな学校風土を作り上げながら、これまでの学校の「当たり前」を見直し、新たな取り組みを進めてきた香川小。

このような風土改革実現のキーワードとして、小林さんは、3つの言葉をあげてくれました。

それは、「感情」「エピソード」「あいまいさ」

「最初に教室配置転換についての議論を重ねていたときに感じたのは、『◯◯は△△であるべき”といった正論で人は動かないし、私はこう思うと意見を述べ合うだけでは対立を生むだけ』ということ。特にうちのような人数が多い職場では、段階をふんだ合意形成は難しいと感じました。

その流れもあってか、通知表について議論するとき、『通知表つけるのって大変だよね』『通知表って、子どもたちの成長に本当に役に立っているのかなぁ』など、教職員同士がお互いの感情を吐露することから自然とスタートできたのは良かったと思います。

加えて、『たとえば社会科で、子どもが一生懸命新聞を作ったとしても、テストが高得点でなかったことで3段階評価の2をつける。その評価を子どもが目にしたときのがっかりした表情を目の当たりにすると、通知表の存在意義に疑問を抱く』などの具体的なエピソードも、皆の気持ちをゆさぶりました。

何かを変えようとするとき、そのメリット、デメリットを議論するだけでなく、お互いの感情やエピソードを話し合うほうが共感できるし、人の気持ちがぐっと変わったり議論が深まったりするきっかけになるのではないでしょうか」

小林さんが続けます。

「あいまいさについては、先ほど香川小は人数が多い職場といいましたが、人数が多いからこそあいまいなまま白黒はっきりせずにいろんなことが進みがちなところも、じつは良かったのではないかと。

『◯◯については、今どうなっているんだっけ』『この前の会議で出た△△の意見って、まだ生きているんだっけ』など、あいまいな部分を残したまま物事が進み、歩きながら考える空気が学校全体に流れていることで教職員一人ひとりの創造性が発揮され、意見やアイデアを出しやすくなる。これも、職場が活性化した理由のひとつなのではないかと思っています」

〜後半に続く〜

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長島ともこ

フリーライター、エディター。 明治大学卒業後、出版社、制作会社勤務を経てフリーに。教育、子育て、PTAなどの分野で取材、執筆、企画、編集を行う。教育分野では、ICT教育、教職員の働き方、授業実践事例や学校づくり等をテーマに取材。著書に「PTA広報誌づくりがウソのように楽しくラクになる本」「卒対を楽しくラクに乗り切る本」(共に厚有出版)、執筆協力に「学校ってなんだろう」(学事出版)などがある。 認定子育てアドバイザー。

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