【解説記事】校則見直しや子どもの権利も明記! 12年ぶりの「生徒指導提要」改訂のポイントとは?
はじめに
“生徒指導のガイドブック”として位置づけられる「生徒指導提要(せいとしどうていよう)」が2022年に一新され、2010年以来12年ぶりに改定となりました。子ども基本法の成立や、学校現場の課題や現状、時代の変化を踏まえて、文科省の協力者会議にて議論が進められてきました。今回は、生徒指導提要の意義や目的、今回の改定のポイントについて紹介します。
生徒指導提要とは
「生徒指導提要」作成の目的
生徒指導は、学校がその教育目標を達成するための重要な機能の一つであり、児童生徒の人格の形成を図る上で、大きな役割を担っているとされています。しかし、実際の学校現場において生徒指導が、問題行動等に対する対応に留まってしまっていた2010年当時の現状もあり、『学校教育として組織的・体系的な取組を行っていくことが必要であることが指摘されてきました』。また、これまで、小学校から高等学校段階までの生徒指導の理論・考え方や実際の指導方法等についての基本書等が存在せず、生徒指導の組織的・体系的な取組が進んでいないことも課題となっていました。
このような情勢の中で生徒指導の実践に際し、教員間や学校間で共通理解を図り、組織的・体系的な生徒指導の取組を進めることができるよう、 学校・教職員向けの基本書として、2010年に初めて作成されたものが「生徒指導提要」になります。
引用「生徒指導提要 表紙・まえがき・目次」(文科省,2022年10月14日参照)より
参考「生徒指導提要」(文科省,2022年10月14日参照)より
12年ぶり改訂の経緯
「生徒指導提要」が2010年に作成されて以降、「いじめ防止対策推進法」など関連法案が施行され、学校を取り巻く状況は変化してきています。近年、いじめの重大事態や暴力行為の 発生件数、不登校児童生徒数、児童生徒の自殺者数等が増加傾向にあるなど、 課題は深刻化してきています。事案発生等の後の対応のみならず、いじめ等を未然に防止し、全てのこども達が安心して学校に通学し、多様な児童生徒の状況に対応した支援・指導体制の確立等が必要となってきました。 このような時代の変化に即していくため、今回、12年ぶりの「生徒指導提要」改定の運びとなりました。
参考「生徒指導提要の改訂に関する協力者会議の設置について」(文科省,2022年10月14日参照)より
改訂のポイント&解説
生徒指導の定義と基本的な考え方
生徒指導の定義について、現在と改訂された内容を比較してみると、児童生徒一人一人の人格に加え、「個性」を尊重し、児童生徒の「自主性」を重要視していることが読み取れます。そして、教職員の役割についても児童生徒が自発的・主体的に成長や発達するための「過程を支える」と明記されていることも改訂のポイントと言えます。
【現行版の定義】
生徒指導とは、一人一人の児童生徒の人格を尊重し、個性の伸長を図りながら、社会的 資質や行動力を高めることを目指して行われる教育活動のことです。
【改訂版の定義】
生徒指導とは、社会の中で自分らしく生きることができる存在へと児童生徒が、自発的 ・主体的に成長や発達する過程を支える教育活動のことである。なお、生徒指導上の課 題に対応するために、必要に応じて指導や援助を行う。
また、改訂版「生徒指導提要」では生徒指導の目的が以下のように明記されています。
【生徒指導の目的】
生徒指導は、児童生徒一人一人の個性の発見とよさや可能性の伸長と社会的資質・能力 の発達を支えると同時に、自己の幸福追求と社会に受け入れられる自己実現を支える。
この内容から改訂版の定義における「過程を支える」とは、「児童生徒一人一人の個性の発見とよさや可能性の伸長と社会的資質・能力の発達を支える」ということを示していることが読み取れます。また、生徒指導の目的を達成するためには、児童生徒が、深い自己理解に基づき、「何をしたいのか」、「何をするべきか」を明確にする。そして、主体的に問題や課題を発見し、自己の目標を選択・設定して、目標の達成のため、自発的・自律的、かつ他者の主体性を尊重し、自らの行動を決断・実行する力(=「自己指導能力」)を獲得することが重要と述べられています。
生徒指導は「成長を促す指導」、「予防的な指導」、「課題解決的な指導」の3つに分類されます。「成長を促す指導」や「予防的な指導」を改めて認識することで、問題行動の発生を未然に防止し、全ての児童生徒が自ら現在や将来における自己実現を図っていくための能力の育成を目指していくことが求められます。そうした積極的生徒指導を実現するための理論と知識を学校に関わるすべての大人たちは習得していく必要があるとされています。
参考「生徒指導提要の改訂に関する協力者会議 資料3 生徒指導提要に関する素案」(文科省,2022年10月14日参照)より
参考「生徒指導提要の改訂にあたっての基本的な考え方に係る政策文書等における主な記載」(文科省,2022年10月14日参照)より
「児童の権利に関する条約」4つの一般原則を明記
今回の「生徒指導提要」の改訂において、1989年の国連総会において採択された「児童の権利に関する条約」に基づき、児童の権利に関する4つの一般原則を明記しました。
【「児童の権利に関する条約」4つの一般原則】
① 児童生徒に対するいかなる差別もしない
② 児童生徒にとって最もよいことを第一に考えること
③ 児童生徒の命や生存、発達が保証されること
④ 児童生徒は自由に自分の意見を表明する権利をもっていること
「児童の権利に関する条約」は、1948年の「世界人権宣言」をきっかけに1989年11月20日の第44回国連総会において採択された世界で初めて児童※1の権利について定めたものになります。日本では、1990年にこの条約に署名し、1994年に批准しました。
しかし、Save the Childrenが2019年に実施した調査※2によると、日本国内で同条約を「内容までよく知っている」と答えたのは、子ども8.9%、大人2.2%に過ぎず、「聞いたことがない」という回答は、子ども31.5%、大人42.9%となり、児童の権利に関する認知度が低いという現状が明らかになりました。
また、日本には「児童福祉法」や「教育基本法」など子どもに関わる様々な個別の法律は定められていますが、子どもを権利の主体として位置づけ、その権利を保障する総合的な法律が存在していませんでした。そこで定められたのが「子ども基本法」です。同法律は、2022年6月15日に国会で可決成立し、2023年4月1日の施行となります。それに併せて「こども家庭庁」が発足される予定となっており、児童の権利を保障するための整備が着々と進められています。こうした変化を踏まえ、今回の「生徒指導提要」にも子どもの権利が盛り込まれています。
※1 ここで述べている「児童」とは18歳未満のすべての者を指しています。
※2 Save the Children 『3万人アンケートから見る子どもの権利に関する意識』
参考「子ども基本法Webサイト」(2022年10月14日参照)より
参考「こども基本法説明資料」(内閣官房こども家庭庁設立準備室,2022年10月14日参照)より
「チーム学校」としての生徒指導のあり方
平成27年12月に中央教育審議会により「チームとしての学校の在り方と今後の改善方策 について」が答申されました。それに伴い、今回、生徒指導提要の改訂された内容の中に「チーム学校による生徒指導体制 」と新たな章を設け、その必要性について述べられています。
チーム学校が求められる背景として、次の3つの観点が挙げられています。
【「チーム学校」が求められる背景】
① 新しい時代に求められる資質・能力を育む教育課程を実現するための体制整備
② 複雑化・多様化した課題を解決するための体制整備
③ 子供と向き合う時間の確保等のための体制整備
日本は、諸外国に比較し、学校内の専門職として教員が占める割合が非常に高い国となっています。一方で児童生徒の問題や課題が複雑化・多様化している中で、教員の専門性をもって全ての問題や課題に対応することが、児童生徒の最善の利益の保障や達成につながるとは必ずしもいえない状況になっています。そのような状況をふまえ、校内の生徒指導体制を整えていくうえで、教員とともに多様な専門職、あるいは、専門職という枠組みにとらわれない地域の様々な「思いやりのある大人」が学校内で連携・協働する体制を整えることが求められています。
学校を基盤としたチームによる連携・協働を実現するためには、教職員、多職種の専門家 など、学校に関係する人々に次のような姿勢が重要だとされています。
【「チーム学校」を実現するために求められる教職員の姿勢】
① 一人でやろうとしない
② どんなことでも問題を全体に投げかける
③ 管理職を中心に、ミドルリーダーが機能するネットワークをつくる
④ 同僚間での継続的な振り返り(リフレクション)を大切にする
参考「チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について(答申(案))」(文科省,2022年10月14日参照)より
ICTを活用した生徒指導
「令和の日本型学校教育」の実現に向けて、GIGAスクール構想を踏まえ、今後ICTを活用した生徒指導を推進すること が大切とされています。生徒指導提要の中では、生徒指導にICTを活用することで次の教育効果が期待されるとしています。
【ICTを活用した生徒指導における教育効果】
① データを用いた生徒指導と学習指導との関連付け
② 悩みや不安を抱える児童生徒の早期発見・対応
③ 不登校児童生徒等への支援
①に関して、学習指導要領では、「学習指導と関連付けながら、生徒指導の充実を図ること。」と 明記しています。ICTを活用することで、学習指導と生徒指導の相互作用を、デー タから省察を通じて、児童生徒の自己肯定感や自己有用感を高めるきっかけになることが期待されています。②に関して、ICTを活用することで、児童生徒の心身の状態の変化や児童生徒理解の幅の広がりにつながると考えられ、悩みや不安を抱える児童生徒の早期発見・早期対応の一助になると考えられています。③に関して、ICTを活用した支援によって教育の機会の確保を実現することが目指されています。
参考「教員の情報化に関する手引き 第7章 教員のICT活用指導力の向上」(文科省,2022年10月14日参照)より
「校則の運用・見直し」の明文化
「改訂版の「生徒指導提要」では、少数派の意見の尊重が重要であることや、校則制定の権限が校長にあることなどが明記されました。また、「校則」は、児童生徒個人の能力や自主性を伸ばすものとなるものであり、指導を行うにあたっては、校則を守らせることにばかり拘ることなく、「何のために設けた決まり」であるのか、教職員がその背景や理由を理解し、児童生徒が「自分事」としてその意味を理解して自主的に校則を守るように指導していくことが重要ということが今回の改訂によって明文化されました。
上記内容もふまえ、校則の運用については、普段から学校内外の者が参照できるように学校のホームページ等に公開しておくこと、校則を制定した背景についても示しておくことなど具体的な運用方法が示されたことが大きな改訂のポイントになります。
校則の見直しについては、社会の変化や教育的意義をふまえ絶えず見直しを行うことと記されました。また、校則の在り方について児童会・生徒会や保護者会といった場において、校則について確認したり議論したりする機会を設けることの必要性が明記され、校則を策定、見直しを実施する必要がある場合に、「どのような手続きを踏むべきか、その過程についても示しておくことが望まれる」という内容が示されました。 また、今回の改訂となった生徒指導提要の「校則」に関する内容に「児童生徒の参画」という項目が新たに加えられました。校則を見直す際に児童生徒が主体的に参加することで生徒指導の目的とされる「自己指導能力」の育成を図る具体的な取組として校則の見直しが位置づけられていることが示唆されます。
「懲戒と体罰、不適切な指導」について
今回の改訂において「懲戒と体罰」と「不適切な指導」に関する記述が現行生徒指導提要より詳細に記されています。
【不適切な指導】
また、たとえ身体的な侵害や、肉体的苦痛を与える行為でなくても、いたずらに注意や 過度な叱責を繰り返すことは、児童生徒のストレスや不安感の高まり、自信や意欲の喪失 など児童生徒を精神的に追い詰めることにつながりかねません。教職員にとっては日常的 な声掛けや指導であっても、児童生徒や個々の状況によって受け止めが異なることから、 特定の児童生徒のみならず、全体への過度な叱責等に対しても、児童生徒が圧力と感じる 場合もあります。
「不適切な指導」は、主に欧米では「チャイルド・マルトリートメント」という表現が広く知られています。「マルトリートメント」とは、「大人の子どもへの不適切な関わり」を意味しており、児童虐待の意味を広く捉えた概念とされています。今回の改訂において記された「不適切な指導」は、先述した生徒指導の目指す「成長を促す指導」や「予防的な指導」の弊害となりえることを示唆していると考えられます。
また、「不適切な指導」と捉えられ得る例について、以下のように記されています。
【不適切な指導と捉えられ得る例】
・大声で怒鳴る、ものを叩く・投げる等の威圧的、感情的な言動で指導する。
・児童生徒の言い分を聞かず、事実確認が不十分なまま思い込みで指導する。
・組織的な対応を全く考慮せず、独断で指導する。
・殊更に児童生徒の面前で叱責するなど、児童生徒の尊厳やプライバシーを損なうような指導を行う。
・児童生徒が著しく不安感や圧迫感を感じる場所で指導する。
・他の児童生徒に連帯責任を負わせることで、本人に必要以上の負担感や罪悪感を 与える指導を行う。
・指導後に教室に一人にする、一人で帰らせる、保護者に連絡しないなど、適切な フォローを行わない。
懲戒は、学校における教育目的を達成するために、教育的配慮の下に行われるべきものであるとされています。そのため、児童生徒への指導等、対応については、「チーム学校」として組織的に指導の方向性や役割分担を検討して望む必要があります。具体的な指導にあたっては、児童生徒の特性や心情に寄り添いながら本人や関係者の言い分を聴くこと、それ以外にも必要な情報を集めるなど、事実関係の確認を含めた適正な手続きを経るよう努めることが大切であるとされています。また、指導後においても、児童生徒を一人にせず、心身の状況の変化に注意を払うことに留意するとともに、家庭等の理解と協力を得られるようにし ていくことが重要となります。
参考「養護教諭のための児童虐待対応の手引」(文科省,2022年10月14日参照)より
性の多様性と個性の尊重
近年、「LGBTQ+」を中心に性の多様性が少しずつ日本国内においても認知されてきています。しかし、依然として「性的マイノリティ」に関して偏見や差別が起きているのが現状であり、不安や悩みを抱えながら学校生活を送る児童生徒も少なくはありません。こうした現状を変えていくためには、児童生徒への人権意識を育むとともに教職員や関わる大人たちの中で性の多様性への理解と改めて生徒一人一人の個性を尊重する意識を持つことが重要となります。改訂された生徒指導提要では、学校における具体的に求められる対応として次の内容を明記しました。
【「性的マイノリティ」とされる児童生徒への具体的対応】
① 学級・ホームルームにおいては、いかなる理由でもいじめや差別を許さない適切な生徒指導・人権教育等を推進することが、悩みや不安を抱える児童生徒に対する支援の土台となります。教職員としては、悩みや不安を抱える児童生徒の良き理解者となるよう努めることは当然であり、このような悩みや不安を受け止めることの必要性は、「性的マイノリティ」とされる児童生徒全般に共通するものです。
②「性的マイノリティ」とされる児童生徒には、自身のそうした状態を秘匿しておきたい場合があることなどを踏まえつつ、学校においては、日頃から児童生徒が相談しやすい環境を整えていくことが望まれます。このため、まず教職員自身が理解を深めるとともに、心ない言動を慎むことはもちろん、見た目の裏に潜む可能性を想像できる人権感覚を身に付けていくことが求められます。
③ 当該児童生徒の支援は、最初に相談(入学などに当たって児童生徒の保護者からなされた相談を含む。)を受けた者だけで抱え込むことなく、組織的に取り組むことが重要であり、学校内外に「支援チーム」を作り、ケース会議などのチーム支援会議を適時開催しながら対応を進めるようにします。
また、学校生活での各場面における支援の一例も示されています。
項目 | 学校における支援の事例 |
---|---|
服装 | 自認する性別の制服・衣服や、体操着の着用を認める。 |
髪型 | 標準より長い髪形を一定の範囲で認める(戸籍上男性)。 |
トイレ | 保健室・多目的トイレ等の利用を認める。 |
呼称 | 校内文書(通知表を含む)を児童生徒が希望する呼称で記す。 自認する性別として名簿上扱う。 |
授業 | 体育又は保健体育において別メニューを設定する。 |
水泳 | 上半身が隠れる水着の着用を認める(戸籍上男性)。 補習として別日に実施、又はレポート提出で代替する。 |
運動部の部活動 | 自認する性別に係る活動への参加を認める。 |
修学旅行等 | 1人部屋の使用を認める。入浴時間をずらす。 |
学校においては、「性的マイノリティ」とされる児童生徒への配慮と、他の児童生徒へ の配慮との均衡を取りながら支援を進めることが重要となります。また、学校として先入観をもたず、その時々の児童生徒の状況などに応じた支援を行うことが必要です。そして、児童生徒と関わっていく中で教職員間のみの連携に留まらず、保護者や各種専門機関との連携も含めて「チーム学校」として生徒指導にあたることが最も重要なポイントになります。
参考「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について(教職員向け)」(文科省,2022年10月14日参照)より
おわりに
今回は、生徒指導提要の意義や目的、今回の改定のポイントについて紹介してきました。学校現場の状況は刻一刻と変化しています。多様な児童生徒の状況に対応した支援・指導体制の確立の実現が求められます。より多くの学校・教職員の方々、家庭や地域へ生徒指導の基本書として「生徒指導提要」の認知と学校内外での活用が進むきっかけとなることができればと思います。
※改訂版生徒指導提要は、2022年12月に公開されています。※
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メガホン編集部