【解説記事】給特法をわかりやすく解説。改正のポイント、残業代問題、今後の方向性まで
はじめに
残業代が出ない長時間勤務をはじめとした、公立学校の教員に課せられた過酷な労働条件が長年にわたり問題となっています。
長時間勤務は、授業の質の低下や教員の健康問題などを引き起こしかねない大きな問題ですが、そもそも一般の公務員と異なり、なぜ教員には残業代が出ないのでしょうか。その根拠となる法令や、歴史的背景を振り返ります。また、教員が都道府県に残業代の支払いを求めた行政訴訟や、近年における法改正の動き、そして教員がとるべき対応策を解説します。
なぜ教員には残業代が出ないのか?
教員に残業代が出ないことを決めた法律、給特法
なぜ公立学校教員に残業代が支給されないのでしょうか。その法的根拠は、1971年に制定された法律、いわゆる「給特法(*1)」にあります。
給特法は、教員に対し、給料月額の4%を「教職調整額」として支給する(3条1項)代わりに、時間外勤務手当と休日勤務手当を支給しない(3条2項)と規定しています。
そして、あくまで例外的に教員に時間外勤務をさせる場合があると6条で示し、その具体例を政令(*2)で定めています。
では、具体例とはどのようなものでしょうか。政令は、時間外勤務に「臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限る」と条件を付け、
- 校外実習その他生徒の実習に関する業務
- 修学旅行その他学校の行事に関する業務
- 職員会議に関する業務
- 非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務
という、4種類の業務(いわゆる超勤4項目)に絞って時間外勤務を命じることを認めています。
*1 「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」
*2 「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」
引用「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(e-gov,2022年7月24日参照)より
引用「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」e-gov,2022年7月24日参照)より
給特法ができた経緯
① 戦後すぐから議論が始まる
一般公務員には、残業時間に応じて時間外勤務手当が支給されるのに、なぜ給特法は、公立学校の教員には残業代を支給しないと明記しているのでしょうか。その背景には、教員の勤務時間を厳密に管理するのが難しいという特殊性があります。つまり、教員は子供の「人格の完成」を目指す教育を職務とするため、日々変化する子供に向き合う上で自主性、創造性が求められ、どこまでが業務でどこからが自主的な行為なのが線引きが難しいためです。
教員の特殊な勤務環境に対し、どのような給与体系で報いるべきかという問題は、戦後間もない頃から長きに渡って議論の対象となってきました。
文部科学省がまとめた資料(*)によると、例えば早くも1948年の給与制度改革で、教員は特殊な勤務体系で長時間労働が多いとして、給与を一般公務員より1割ほど高くすること、そして超過勤務手当を支給しない代わりに、原則として超過勤務を命じないことが決められています。
* 「昭和46年給特法制定の背景及び制定までの経緯について」(文科省,2022年7月27日参照)
引用「給特法に規定する仕組みの考え方 ~給特法の制定経緯から~」(文科省,2018年10月15日,2022年7月27日参照)より
② 社会問題化し、給特法の成立へ
公立学校の教員に残業代を支給しないと定めた給特法は、一見教員に対して不利なようにもみえます。しかし、歴史的経緯を見ると、給特法は本来、教員の待遇を改善するために制定された法律だと分かります。給特法の現在の姿を検討する前に、制定当時(1971年)に国が想定した本来の趣旨を確認してみましょう。
戦後、勤務環境の特殊性から、教員の給与が一般公務員より引き上げられた一方で、1960年代に入ると教育現場で教員の超過勤務がより目立つようになりました。また、一般の公務員の給与体系は年々改定され、教員との給与差は少なくなっていきました。このため、1960年代には教員が超過勤務手当の支払いを求める行政訴訟が全国で多発し、「超勤問題」として社会の注目を浴びました。文部省(当時)は、人材確保のため教員の待遇を改善する必要にも迫られ、超過勤務の実態調査に乗り出しました。この調査結果を踏まえ、国会で様々な議論を経て、1971年に給特法が制定されました。
引用「教職調整額の経緯等について」(文科省,2022年7月24日参照)より
③ 給特法制定当時の状況
それでは、給特法が制定された当時、教員はどのような環境下で働き、給特法の制定によって、どのくらい待遇が改善したのでしょうか。
給特法は、文部省(当時)が1966年度に全国の教員の勤務状況を1年かけて調査した結果を踏まえ、1971年に制定されました。調査結果によると、当時、全国の教員の超過勤務時間は平均で月間8時間ほどだったため、給特法は毎月8時間の残業代に相当する金額として、給与月額の4%を「教職調整額」として支給することを定めました。
同時に、給特法は「教職調整額」の支給を定める代わりに教員には時間外勤務手当を支給しないこと、そしてそもそも、教員に原則として時間外勤務を命じないこと、命じる場合は、①生徒の実習に関する業務②学校行事に関する業務③教職員会議に関する業務④非常災害等のやむを得ない場合(いわゆる超勤4項目)に限ると定めています。
そして、重要なことですが、給特法に定められた「教職調整額」は、制定当時の割合(4%)から現在に至るまで、変更されていません。
現在の教員の「働き方」と合ってる?
勤務実態
かつて教員の待遇を改善し、人材を確保するために1971年に制定された給特法。制定に向けて国が実態調査を行った1966年度当時、全国の教員の超過勤務時間は平均で月間8時間ほどでした。それでは制定から50年以上が過ぎた今、教員の勤務実態はどうなっているのでしょうか。改めて、今なお給特法が十分に教員の待遇を保障できているかみてみましょう。
文部科学省が2016年度に行った実態調査では、「教諭」の1日当たりの平均勤務時間は、平日で11時間15分、土日で1時間7分でした。同年度の1日当たりの正規の勤務時間は7時間45分なので、残業が常態化している状況が分かります。そして、超過勤務時間は小学校で月間約59時間、中学校で月間約81時間に達し、1966年の「平均で月間8時間」から大幅に増えていることが分かります。
引用「教員勤務実態調査(平成28年度)(確定値)について」(文科省,2022年7月24日参照)より
引用「教員勤務実態調査(平成28年度)について」(文科省,2022年7月24日参照)より
海外との比較
諸外国と比べても、日本の小中学校の教員の労働時間は際立って長いのが実情です。
OECD加盟国等48か国・地域が参加した調査「TALIS 2018」によると、2018年の日本の教員の1週間当たりの仕事時間は、小学校54.4時間、中学校56.0時間。参加国平均(中学校)の38.3時間を大幅に上回り、参加国の中で最長でした。
この調査では、特に中学校の課外活動(スポーツ・文化活動)の負担が大きく、日本は参加国平均の1.9時間の4倍近い7.5時間に上ることが分かりました。一方で、職能開発に充てる時間は、日本は参加国平均(2.0時間)の半分以下(小学校0.7時間、中学校0.6時間)に過ぎず、教育現場での人材育成が滞っている現状が浮き彫りになっています。
引用「我が国の教員の現状と課題 – TALIS 2018結果より–」(文科省,2022年7月24日)より
「働かせ放題」の現実
最高裁で争われた結果は…
1971年に制定された給特法は、原則として教員に時間外勤務を命じてはいけないと定めているのに、現在、日本の教員の労働時間が過大になっているのはなぜでしょうか。制度と実態が噛み合わない実態を、行政訴訟から解き明かしてみましょう。
例えば、京都市内の公立小中学校の教員らが時間外勤務手当の支払いなどを求めた訴訟 (最高裁第三小法廷平成23年7月12日判決)では、最高裁は給特法の趣旨などから、「職員が自主的、自発的、創造的に正規の勤務時間を超えて勤務した場合にはたとえその勤務時間が長時間に及んだとしても時間外勤務手当は支給されないものと解するのが相当」と示しました。そして、学校長が教員に対し、授業の進め方などについて具体的に指示してないことなどから、給特法に反して時間外勤務をさせたとはいえないと判断しました。
他の多くの裁判例や判例でも同様に、教員の「自主的な勤務」が強調されています。つまり、教育現場での教員の長時間勤務は、残念ながら「自主性」「自発性」によるものとされることが多く、裁判所も「時間外勤務だ」とは認定しない傾向にあるといえるのです。
引用「最高裁第三小法廷平成23年7月12日判決」(2022年7月24日参照)より
「心の病」や「過労死」の一因にも
長年、教員の「自主性」「自発性」が強調され、長時間勤務が常態化してきた教育現場では、どのような影響が生じているのでしょうか。必ずしも断定はできませんが、その一つに教員の「心の病」の増加が指摘されています。
文部科学省の調査によると、精神疾患によって休職した公立小中高・特別支援学校などの教職員数は、2020年度で5180人に上り、在職者全体に占める割合は0.56%に達しました。過去最多だった2019年度の5478人(0.59%)よりやや減りましたが、「心の病」による休職者は少なくとも過去10年間にわたって5000人前後を保っています。朝日新聞の報道によれば、教育現場からは「残業が多い」などの意見が上がっているようです。
そして、「心の病」による教職員の休職者は、民間企業よりやや高い数値になっています。厚生労働省の調査によれば、全産業を平均すると、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者の割合は 0.4%(2020年調査) でした。
悲しいことですが、過労死に至る教員が多いことにも目を向けなければなりません。毎日新聞が2018年に調べたところ、2016年度までの10年間で過労死した公立学校の教職員は63人に上りました。過労から自殺に至るケースも多く、近年、過労が原因で自殺した教員の遺族が、自治体などに損害賠償を求める行政訴訟が相次いでいます。最近では2019年7月、福井地裁が、当時27歳の新任教員が着任からわずか半年で過労によって自殺したことについて、校長に安全配慮義務違反があったと認定し、県と町に約6500万円の支払いを命じています。
引用「令和2年度 公立学校教職員の人事行政状況調査について(概要)」(文科省,2022年7月24日参照)より
引用「教職員、心の病による休職過去最多 働き方改革が急務に」(朝日新聞デジタル,2020年12月22日公開,2022年7月24日参照)より
引用「令和2年 労働安全衛生調査(実態調査)」(厚生労働省,2022年7月24日参照)より
引用「公立校、10年で63人 専門家『氷山の一角』」(毎日新聞,2018年4月21日公開,2022年7月27日参照)より
引用「月120時間超残業の教諭自殺 地裁、県と町に賠償命令」(朝日新聞デジタル,2019年7月10日公開,2022年7月27日参照)より
改善の動き
判決で「給特法は、もはや教育現場の実情に適合していない」と指摘
残業代無しの長時間勤務がはびこり、疲労感が広がる教育業界ですが、希望の光が少しずつ差し始めています。例えば、給特法の趣旨と教育現場の実態との間に乖離があると指摘した裁判例をみてみましょう。
埼玉県の公立小学校の教員が、県を相手に時間外労働の残業代支払いを求めた訴訟(さいたま地裁令和3年10月1日)で、さいたま地裁は原告の請求を棄却したものの、判決で「教育現場の実情としては、多くの教育職員が、学校長の職務命令などから一定の時間外勤務に従事せざるを得ない状況にあり、給料月額4%の割合による教職調整額の支給を定めた給特法は、もはや教育現場の実情に適合していないのではないか」と指摘しました。
さらに、この判決は一歩踏み込み、法改正の必要性についても言及した点が特徴的です。判決文で、裁判官は「勤務実態に即した適正給与の支給のために、勤務時間の管理システムの整備や給特法を含めた給与体系の見直しなどを早急に進め、教育現場の勤務環境の改善が図られることを切に望む」とまで述べています。
引用「さいたま地裁令和3年10月1日判決」(埼玉教員超勤訴訟・田中まさおのサイト,2022年7月24日参照)より
給特法の改正
また、国もようやく働き方改革に乗り出しています。長時間労働を改善し、持続可能な学校教育を目指すため、国は2019年12月、改正給特法を成立させました。
改正のポイントは、次の2点です。
- 一年単位の変形労働時間制の適用
- 業務量を適切に管理する指針の策定
これらの詳しい内容を順に確認しましょう。
① 一年単位の変形労働時間制の適用
一年のうち、忙しくない時期に教員が休日を「まとめ取り」できるようにする制度です。児童生徒の長期休業期間には教員の業務時間が短くなりがちという点に着目し、例えば夏休みに教員が休日をまとめて取得し、一定の休日を確保できるようになりました。
②業務量を適切に管理する指針の策定
既に存在していた時間外勤務の上限ガイドライン (月45時間、年360時間)が「指針」に格上げされました。指針の策定に伴い、文部科学省から各都道府県の教育委員会に対し、ICTを活用したりタイムカードを利用したりして教員の在校時間を客観的に計測すること、教員が自宅に持ち帰る業務を減らすために実態把握に努めることなどが求められました。
引用「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(e-gov,2022年7月26日参照)より
引用「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の一部を改正する法律案の概要」(文科省,2022年7月26日参照)より
現場の教員にできること
法改正や地裁判決など、教員の労働環境の改善に向けた動きが少しずつ進んでいます。それでは、今まさに給特法のもとで日々働いている教員は、更なる改善のために何をすればよいでしょうか。
何より大切なのは、教育現場の実態を広く世論に伝えるため、まずは労働記録を付け、客観的なデータを残しておくことです。上記の「改善の動き」で触れた「さいたま地裁令和3年10月1日判決」では、原告の田中まさお氏(仮名)の請求は棄却されてしまったものの、田中氏は事前に勤務開始時間や終業時間を毎日克明に記録し、それらをまとめて裁判資料として提出していました。そのため、さいたま地裁は田中氏の労働環境を詳しく把握でき、判決で「給特法は、もはや教育現場の実情に適合していないのではないか」と踏み込んだ表現で指摘しました。
そして、改善のために声を上げ続けることも重要です。School Voice Project では、WEBアンケートサイト「フキダシ」で、学校現場で働く皆さんから様々な意見を募り、まとめたデータをサイト上で公開しています。活発な議論から社会に新たなうねりを生み出すべく、ぜひ皆さんのご協力をお願いいたします。
引用「さいたま地裁令和3年10月1日判決」(埼玉教員超勤訴訟・田中まさおのサイト,2022年7月24日参照)より
まとめ
今なお公立学校教員に残業代が支給されない現状は、1971年に制定された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(給特法)に法的根拠があります。
給特法は、教員に対し、給料月額の4%を「教職調整額」として支給する代わりに、時間外勤務手当と休日勤務手当を支給しないと定めています。給与月額の4%とは、1966年度に全国で行った実態調査(平均で月間8時間の超過勤務)に基づいて算出されたものであり、長時間労働がさらに常態化した現代の教育現場を反映しているとはいえません。2016年度の調査によれば、今の教員の超過勤務時間は小学校で月間約59時間、中学校で月間約81時間に上り、他のOECD諸国と比べても過大になっています。
また、給特法は時間外勤務を命じることを原則として禁止し、例外として、①校外実習その他生徒の実習に関する業務、②修学旅行その他学校の行事に関する業務、③職員会議に関する業務、④非常災害で児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務、の4項目に限り認めています。しかし、実際の教育現場では「自主的な勤務」という建前のもと、長時間労働が横行し、「心の病」に倒れる教員も少なくありません。
近年の裁判例では、「給特法は、もはや教育現場の実情に適合していない」と指摘するケースもあり(さいたま地裁令和3年10月1日判決)、教員の処遇改善を求める声は次第に高まっています。国も、2019年12月に改正給特法を成立させ、時間外勤務の上限ガイドライン (月45時間、年360時間)を指針に格上げするなど、少しずつ対策を講じています。しかし、まだ抜本的解決には至っていません。
学校現場をより良くするためには、現場から声を上げ続ける必要があります。School Voice ProjectのWEBアンケートサイト「フキダシ」の活用などを通じ、力を合わせて日本の教育を明るくしていきましょう。
《教職員WEBアンケートサイトはこちら》
学校現場の声を見える化するWEBアンケートサイト「フキダシ」
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