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MLB(メジャーリーグベースボール)のロサンゼルス・ドジャースに所属する大谷翔平選手が、2023年12月から2024年3月頃までに日本全国の小学校へ3つのジュニア用野球グローブを寄贈しました。対象となったのは、国公私立の小学校や義務教育学校、特別支援学校。
大谷選手からは、以下のようなメッセージも添えられました。
「私はこのグローブが、私たちの次の世代に夢を与え、勇気づけるためのシンボルとなることを望んでいます。それは、野球こそが、私が充実した人生を送る機会を与えてくれたスポーツだからです。グローブを寄贈することで、子どもたちが野球というスポーツに触れ、興味を持つきっかけになってほしいと願っています。」
参考:PR TIMES
それぞれの学校では、大谷選手から届いたグローブがどのように使われているのでしょうか。全国の小学校の教職員に聞きました。
※このアンケートは、WEBアンケートサイト「フキダシ」内にある『みんなに聞きたいこと』に寄せられた投稿から作成されました。
■対象 :全国の小〜高校年齢の児童生徒が通う一条校に勤務する教職員
■実施期間:2024年4月12日(金)〜2024年5月20日(月)
■実施方法:インターネット調査(実施時の設問はこちら)
■回答数 :30件
※グローブの寄贈対象となった学校(国公私立の小学校、義務教育学校、特別支援学校)の教職員の回答数は28件でした。
Q1. 大谷翔平選手から届いたグローブの使い方を教えてください。
「お互い譲り合って使いましょう」と掲示し、子どもたちで自由に使えるようにしている。【小学校・教員】
当初は珍しさもあり、クラスの使用権を掛けてイベントを行ったりした。現在は普通に外遊びで使えるようにしている。【小学校・事務職員】
児童玄関に机を出して、置いてあります。誰でも使ってよいことになっています。【小学校・教員】
全校集会で大谷選手のメッセージとグローブを紹介した後、子どもたちに自由に使ってもらっています。授業参観の際には、児童玄関に大谷選手のメッセージとグローブを展示し、お家の方にも手に取って見て頂きました。【小学校・教員】
学級ごとに1日交代で回す。職員室で貸し出し簿をつけて、使いたい子どもが借りに来て返却する。【小学校・教員】
職員室にて保管。休み時間に児童が借りにやってきて遊んでいる。野球やキャッチボールして遊んでいる。【特別支援学校・教員】
校長が使い方を子どもに書かせて、そのアイデアを採用した。校長がグローブ来た日に門でハイタッチ→順番にクラスで日替わり使用→休み時間に日替わり使用→職員室保管で休み時間に使いたい人が使う。上記のような流れ【小学校・教頭】
児童に紹介した後、定位置で保管。貸出の要求があった時に、貸し出す。【小学校・教頭】
前任校は、全校児童数が48名の小さな学校だったので、曜日で使用できる学年を決めて、使って貰っていました。「野球やろうぜ」の文も学校だよりで、保護者に紹介しました。【小学校・教頭】
臨時の児童会が開かれ、子どもたちの意見により各学年で使える時間を決めて使うことになりました。【小学校・教員】
始めに校長から全児童に大谷さんの思いと使い方ルールを説明。職員室入ってすぐの棚に置き、休み時間や放課後、使いたい児童が「大谷グローブ貸してください」と職員に言って借りていくシステム。【小学校・職員】
全て子どもに委ねました。子どもたちがルール等を決め、活用しています。【小学校・校長】
展示されています。【特別支援学校・教員】
全校で贈呈式をして以降は、倉庫に入ったままです。誰も触れることがありません。【小学校・教員】
各学級での鑑賞、全校集会でのキャッチボールパフォーマンス。その後、玄関のガラスケース等で展示。【特別支援学校・教員】
職員室隣の会議室にしまわれています。【小学校・教員】
一度全校児童が触る機会をつくってからは、クラブ活動のソフトボールクラブで活用している。【小学校・教員】
各クラスに回して全校児童が見た。その後は、まだ検討中。【小学校・教員】
使い道については校内でも迷っています。まずは全クラスに回覧しました。その後は授業で活用できるよう、以前からあったグローブと一緒にしまうことになると思います。【小学校・教員】
Q2. 上記の内容に関連して、あなたが思っていることや考えていることを教えてください。
子どもたちが工夫して使っているので問題ない。野球人気が復活し、競技人口も増えたと思う。【小学校・教員】
遊び道具として学校は助かっている。どんどん遊んでくれたらよい。【特別支援学校・教員】
少しオモチャっぽいグローブでしたが、北海道少年野球協会から、このグローブにあったボールが寄贈されて、楽しく遊べるようになり、とても良かったです。【小学校・教頭】
教師が使い方等を決めるのではなく、子どもたちがルール等を自分で決める。だから、子どもたちなりに様々な配慮をして、納得して使っています。【小学校・校長】
子どもへの贈り物なので、子どもが使い方を考えるのは必須だと思う。クラスで考えても担任の話し方によって、想いや受け取り方はバラバラになる。だから、校長が子どもに聞くのはベストなやり方だと思った。【小学校・教頭】
使いたい児童が使いたいタイミングで使い、喜んでいるので、うまく活用できていると思う。【小学校・職員】
今まで野球道具を触ったことがなかった子たちにも触れてもらえる機会になったので、グローブをいただけたことはよかったと思っています。【小学校・教員】
決して悪い取り組みではないが、数が少ないため、どういう使い方をすればよいか悩む。【小学校・教員】
大谷選手が望むような野球に触れたことのない子どもには野球の楽しさが届いていないが、大規模校で休み時間に運動場でのキャッチボールは危険が伴うため判断が難しい。【小学校・教員】
趣旨はありがたいですが、特別支援学校での活用は難しいなと思っています。【特別支援学校・教員】
規模が大きければ大きいほど、活用が難しい。大谷選手からもらった!とその時はみんな喜んでいましたが、扱いにくいのが現状です。【小学校・教員】
数が少ないから遊びに使うには足りない。いっそのこと1つにして、学校で飾る方がこちらの負担が少なくて良かった。【小学校・教員】
学校にグローブの絶対数が少なく、届いたグローブもサイズが違うこともあり、あまり活用されるシーンが少ない。グローブを追加で買う予算がなく、悩むところではある。野球は身近になったかもしれない。【小学校・事務職員】
小学校では35人で1クラスなので、4チーム18個のグローブがなければできない。だけど、1校に3個だけ配られても正直扱いに困る。また、グローブの質も3年持つの?程度のひどいもの。【小学校・教員】
大きな広報活動に学校が巻き込まれたなと感じています。相手が「大谷選手」ということで、大きな声で不満を挙げる人は少ないかもしれませんが、学校現場を広告活動の場にすることには疑問があります。【小学校・教員】
グローブの使い方として最も多かったのは、「休み時間に子どもたちが自由に使えるようにしている」という回答でした。貸し出しの際のルールを設けている学校もあるようです。グローブの使い方については、児童同士で話し合って決めている学校もあり、教育的活動にもつなげている様子が伺えました。また、少数ではありましたが、普段は使わず展示したり保管したりしている学校もあるようです。
大谷選手からのグローブ寄贈を通して、児童が野球に関心を持つきっかけになったことや遊びの幅が広がったことについては肯定的な意見が多く集まりました。一方で、学校規模が大きいほど使い方に悩んだり、特別支援学校では活用が難しいという声も寄せられました。
【このようなアンケートを作成したいと思った方へ】
「フキダシ」は、現役の教職員の方が無料で登録できるWEBアンケートサイトです。このアンケートは、WEBアンケートサイト「フキダシ」内にある『みんなに聞きたいこと』に寄せられた投稿から作成されました。投稿内容をもとに定期的にアンケートを作成しますので、フキダシでアンケート化してほしい話題がありましたら、ぜひユーザー登録をして投稿してください!
▼ 自由記述の回答一覧は、以下よりダウンロードしてご覧ください。 ▼
社会科教員と総合支援コーディネーターを兼務するのは、兵庫県立明石西高校の東耕三(ひがし・こうぞう)さん。東さんは、特別支援学校での勤務の他、兵庫県在日外国人教育研究協議会で事務局を勤めてきました。それらの経験を活かし、同校にて、障害や疾患のある生徒のみが対象であった支援体制から、外国につながりのある生徒やさまざまな困難を抱える生徒も支援の対象となるよう、仕組みを大きく変えていきました。具体的にどのように仕組みを変えていったのでしょうか。東さんに聞きました。
※本記事は取材を行った2023年12月時点の内容を記載しています。
※兵庫県在日外国人教育研究協議会:真に国際的に開かれた多文化共生社会になるよう、保育所・幼稚園・学校での在日外国人教育と多文化共生教育を推進するネットワーク作りを目指す団体(参考:同協議会HP)
—— 総合支援コーディネーターとして、東さんはどのようなことをされているのでしょうか?
私が明石西高校に着任した当初の名称は「総合支援コーディネーター」ではなく、「特別支援教育コーディネーター」でした。主な役割は障害や疾患のある生徒のサポートです。もともと教職員間で行う会議も特別支援教育推進委員会だったのですが、総合支援委員会へと改称してからはコーディネーターの名称も変更することになりました。「総合支援コーディネーター」に変わってからは、障害や疾患のある生徒だけではなく、外国につながりのある生徒やさまざまな困難を抱える生徒などのサポートをするようになりました。
—— なぜ特別支援教育推進委員会から総合支援委員会に改称したのでしょう?
私は以前から外国につながりのある生徒をエンパワメントする団体「兵庫県在日外国人教育研究協議会」の事務局をしていて、障害や疾患がある生徒以外にも困難を抱えている生徒がいる現状を見てきました。それもあって、「高校では外国につながりのある生徒や家庭へのサポートはされているのだろうか?」という意識があったんです。
また、教員と生徒の偶然の巡り合わせによって、生徒にとってはサポートされたりされなかったりする現状があるのではないかと感じていました。例えば、あるクラスに外国につながりのある生徒がいた場合、担任や学年の教員に適切な知識や経験があればサポートができますが、それがない場合は双方がしんどい思いをします。専門的な知識や経験が必要な領域だからこそ、学校としてのノウハウを蓄積していって、チームでサポートしていくことが必要だと思いました。
そんな思いがあり、障害や疾患にかかわらず困難を抱える生徒や家庭をサポートできるよう、総合支援委員会へと変えていきました。
—— どのようにサポート体制を変えていったのでしょうか?
私が特別支援教育コーディネーターの役割を担うことになった5年前は、高校の中で特別支援という考え方さえそこまで認知されていませんでした。それは、私が勤めていた高校に限ったことではないと思います。当時は障害や疾患のある生徒をサポートするための話し合いをする特別支援教育推進委員会が年1回開催されていたのですが、それもあまり機能していない状態でした。なので、まずは特別支援教育推進委員会を年4回に増やしたり、特別支援についてのお便りを年4回発行したりしながら、特別支援の認知を広げることからスタートしました。
それから2年後の年度末に、支援の対象となる生徒の拡大とともに、名称も変える提案をしました。無事に提案は承認され、2022年度から「特別支援教育推進委員会」は「総合支援委員会」に、「特別支援教育コーディネーター」は「総合支援コーディネーター」に改称しました。
—— 東さんの役割としてはどのような変化がありましたか?
それまではあくまで障害や疾患のある生徒にのみアプローチするかたちでしたが、名称が変わってからは、気になる生徒について障害や疾患の有無に関係なく担任の先生から話を聞けるようになりました。外国につながりのある生徒は学校の中ではマイノリティなので、なかなか自分の悩みを共有する場がありません。そのような生徒を在日外国人交流会に引率することもできるようになりました。
—— 生徒だけではなく、保護者のサポートをすることもあるのでしょうか?
はい、ありますね。生徒が入学する前には「高校生活サポートカード」というアンケートを配布しています。これは、大阪府が発行している「高校生活支援カード」をアレンジしたもので、高校生活がスタートするにあたり、不安なことやサポートが必要なことを聞く内容になっています。その中には、国籍や在留資格についての質問も含まれています。
このアンケートの回答と、学年の先生がそれぞれの生徒の出身中学校を訪問して聞いた情報をもとに、要支援の生徒についての情報交換会をします。支援が必要な生徒については、要支援生徒情報ファイルを作って学校の教職員全員が誰でもすぐに見れる状態にしています。さらに、必要があれば個別の教育支援計画を作っていきます。
希望するご家庭とは入学前に面談もしますね。そうすることで、障害や疾患のある生徒だけではなく、外国とつながりのある生徒や登校に対する不安感がある生徒へのサポートもしやすくなると感じています。
※ 高校生活支援カード:高校が生徒の状況や保護者のニーズを把握し、中学校、保護者、生徒の想いを受け止め、高校卒業後の社会的自立に向けて学校生活を送れるよう適切な指導・支援の充実につなげるためのカード(参考:大阪府HP資料)
—— 具体的に、どのようなサポートをしていくのでしょうか?
例えば、外国につながりのある生徒の家庭が、経済的に厳しい状況であるとわかったことがあります。一定の条件を満たせば高校の学費が実質無料になる就学支援金を受け取れるのですが、その家庭では受け取っていなかったんです。理由は、生徒の保護者が日本語がわからず、就学支援金を受け取るための書類を出せていなかったからでした。それがわかってから、一緒に書類を作って、無事に就学支援金を受け取れたことがあります。その過程で通訳の方に来てもらうこともしました。
—— 先生方との関わりで意識していることはありますか?
担任の先生に動いてもらおうとするのではなく、こちらが動くことは大切にしています。この仕組みをつくった動機の一つは、たまたまサポートが必要な生徒を受け持った担任や学年の先生に負担が偏ってしまうことに対してなんとかしないといけないという気持ちからだったので。「こういう風にしてください」ではなく、「こういうサポートができますが、どうしましょうか?」と、下から支えるような気持ちでやっています。そうすると、自然と先生方も必要なときに相談してくださいます。
—— 今後、力を入れていきたいことはありますか?
さまざまな困難を抱える生徒がいる中で、時には専門的なサポートが必要なこともあります。その中で、学校ができることは本当に限られています。ただ、そうだとしても学校で支援の仕組みをつくっていくことは、障害や疾患、さまざまなバックグラウンドがある人が生きやすい社会につながっていくと思っています。
今は、私自身が特別支援学校での勤務経験があるからできる部分もあるので、次の方に引き継いだとしても、学校がチームとして生徒や保護者を支援できるような仕組みをつくっていきたいと思っています。
昨年、NPO法人School Voice Projectでスタートした「#学校の居心地プロジェクト」。
きっかけとなったのは、WEBアンケートサイト「フキダシ」に集まった、学校の居心地についての教職員の皆さんからの声でした。
「とても居心地がよいと思う」「まあ居心地がよいと思う」という肯定的な選択肢を選んだ人は約半数。職員室など、教職員が仕事をするための空間については、肯定的な回答は約3割。少なくない子どもたちや先生たちが、心地よいとは言えない環境で学んだり働いたりしている実態が見えてきました。(アンケート結果詳細はこちら )
「#学校の居心地プロジェクト」での取り組みの一つとなる「学校にYogiboを置いたら」実証実験では、全国から公募した5つの学校のさまざまな場所にYogibo(ヨギボー)を設置し、子どもたちや先生たちの心や学び、関係性にどのような影響を与えるのかを探っていきました。
今回は、「学校にYogiboを置いたら」の実証実験への応募を決めた埼玉県立所沢おおぞら特別支援学校の小山優樹さんと、肢体不自由教育部門を担当する中島達彦さんと川上優希さん、知的障害教育部門を担当する西本さんにお話を伺いました。
「Yogiboを使うことで子どもたちの緊張緩和ができれば、それぞれが表現方法を増やすことにつながるのではないかなと思い応募しました。また、教職員の休憩室にYogiboを置くことで、子どもたちだけではなく教職員のリラックス効果も期待していました」
学校の居心地プロジェクトに参加した動機をそう振り返るのは、知的障害教育部門高等部の3年生を担当する小山さん。
同校は知的障害教育部門と肢体不自由部門が併置されている特別支援学校で、小学部、中学部、高等部で構成されています。特に肢体不自由部門では重度重複障害の児童生徒が在籍しています。
Yogiboを最初に設置したのは、教職員が利用する休憩室。寝転んで仮眠を取ったり、座って軽食を取ったりする先生の姿があったそう。「実は自宅にもYogiboがあって…」と親しみを持つ先生も。一方で、人目につくところでリラックスすることへの抵抗感があることから、休憩室ではYogiboに座ることを躊躇する先生もいました。
「夏休み中は、休憩室に置いてあるYogiboがいつの間にかなくなっていることがありました。どこに行ったんだろう?と思って校内を探してみると、別の教室でYogiboに座ってリラックスしている先生の姿を見かけることもありました(笑)皆さん人前だとなかなか使いづらいのかもしれませんが、プライベート空間に持っていて使う方は結構いましたね」
2学期からは、生徒の学校生活の中でYogiboが使われました。同校には身体の緊張が強かったり、座位を保てない生徒も多く在籍しています。そのような生徒にとっては、Yogiboの大きさや柔らかさがちょうどよく、自立的な活動にもつながりました。
Yogiboを上手く活用できた生徒について、肢体不自由教育部門高等部の生徒を担当する川上さんはこう振り返ります。
「私の教室には、自分の意思とは関係なく常に手足や顔が動いてしまう不随意運動が起こる生徒がいます。自立して歩いたり、椅子や床に座ったりすることは難しいので、日常生活では基本的に車椅子に座っています。ただ、登校してから下校するまでの間、ずっと車椅子に座ってベルトを閉められた状態でいるのはとてもつらいことです。なので、一定時間は教員が生徒の体を支えながら、歩いたり座ったりして活動をしています」
「この生徒の自立活動に、Yogiboが使えるのではないか」そう思い、壁に立てかけるようにして置いて、その上に生徒に座ってもらったそうです。
「Yogiboが生徒の体にフィットするように変形して体を支えてくれるので、教員の補助なしで自立して座ることができたんです。後頭部や体の両側もYogiboに支えられている状態なので、安定感もありました。Yogiboに座ることで、その生徒は手元で作業をしたり足湯をしたりすることもできるようになりました。また、生徒自身もYogiboに座るよさを感じたのか、『Yogiboあるよ。どうする?』と聞くと、指差しをして座りたい意思を伝えてくれていましたね」
生徒が自立的な活動ができるようになったことは、他の生徒にも影響があったと言います。
「Yogiboがあることで、教員の手を借りなくても生徒は自分で座位を保つことができるようになりました。そのため、教員1人の手が空くわけです。その分、教員は他の生徒とより多く関わることができるようにため、どの生徒も平等に支援を受けられることにもつながっていると感じます」
同じく肢体不自由教育部門高等部の生徒を担当する中島さんは、Yogiboがあることで生徒の身体の緊張を緩めることにつながったと言います。
「私が担当している生徒の中には、筋緊張が強くて体の力を抜くことが難しい生徒がいます。緊張状態が続くと、疲労感がたまったり集中力の低下にもつながります。普段はマットの上に横になって教員が体を伸ばしてあげることで緊張を取るようなサポートをしており、この活動の中でYogiboを上手く活用できないかと考えました。Yogiboの上に寝転がってもらうと、気持ちがよかったのか生徒には笑顔が見られましたね。楽しみながら身体の緊張を緩めることができたと思います」
一方で、生徒によっては使いづらいのではないかと感じることもあるようです。中島さんはYogiboの価値を実感しつつも、「生徒の身長によっては難しさもある」と言います。
「私が現在担当しているクラスの生徒にとっては、大きめのYogiboがちょうどいいサイズでしたが、体の小さい生徒にとっては大きすぎて体が埋まってしまいます。そうすると、Yogiboを使うことへの怖さを感じる生徒もいるのではないかなと思います。生徒の身長に合わせたサイズのYogiboがあるといいと思います」
川上さんからは、「生徒の用途に合わせたYogiboがあるといい」という提案もありました。
「筋緊張が強い生徒や手術をした後の生徒の場合、足がクロスしてしまったり腕が内側に入ったりしてしまうことがあります。そういうときは、柔らかいクッションを足の間に挟んだり抱いたりします。抱き枕のような形のYogiboがあると、ちょうど良さそうだなと思います」
知的障害のある生徒の場合、Yogiboはどのように活用したのでしょうか。知的障害教育部門高等部で重度重複障害の生徒を担当する西本さんは、Yogiboをスヌーズレン・ルームに置くことで、生徒がリラックスして過ごす様子が見られたと言います。
スヌーズレンとは、オランダ語の「スヌッフレン(くんくん匂いを嗅ぐ)」と「ドゥーズレン(くつろぐ、うとうとする)」の2つの言葉からつくられた造語。スヌーズレン・ルームは、重度の知的障害のある方が過ごすオランダの施設で生まれ、探索とリラクゼーションの両方の活動を提供する実践として世界に広がっています。
参考:日本スヌーズレン協会
「校内にスヌーズレン専用の部屋があるわけではないのですが、1つの教室を暗くして光るボールや弱めの光を発するライトなどを置いてくつろげる空間をつくっています。そこにYogiboも置いておくと、ある生徒は自然に近づいてきて横になっていましたね。こちらが使い方を説明しなくても、生徒が自らYogiboを使おうとしてくれていました」
さらに、Yogiboの効果についてこう続けます。
「実は、スヌーズレン・ルームをつくったとしても、置いてあるものによってはリラックスできないことも結構あるんです。けれど、Yogiboが置いてあると、生徒が自ら上に乗って寝転んでいました。教員が意図的に寝転ばせたわけではありません。Yogiboの色や形、柔らかさによって、生徒の『寝転がりたい』という気持ちに働きかけているのかもしれません。Yogiboには生徒の主体的な行動を促す効果があるのではないかなと思います」
これまで取材してきた小学校や中学校、高等学校では、Yogiboがあることでくつろげたり、友達との交流が生まれたりするきっかけになっていることが見えてきました。一方で、今回取材させてもらった特別支援学校では、生徒の自立活動にもつながることがわかり、Yogiboを活用する幅がぐっと広がったように感じます。児童生徒の身体の大きさやそれぞれの特性に合った活用の仕方は、まだまだあるのではないでしょうか。
教職員の方からは、「小さめのYogiboがあるといい」「Yogiboだけの部屋をつくってみたい」などの声もありました。Yogiboをきっかけに、児童生徒や教職員にとっての居心地の良い空間づくりについての議論がさらに深まっていくことを期待しています。
京都市北区にある北大路駅を下車して約7分ほど歩くと、設立からそう年月が経っていないであろう新しい校舎が見えてきます。ここは2015年4月に昼間定時制の普通科、単位制の学校として開校した京都府立清明高等学校。
小学校や中学校で不登校を経験した生徒や、学校生活に違和感を抱いていた生徒も在籍しています。そんなマイノリティ(少数派)と呼ばれる生徒たちも含め、多くの生徒が清明高校では安心して過ごしているのだそう。
生徒たちがこれまで過ごしてきた学校と、一体何が違うのか。校長である越野泰徳さんと生徒支援部の山下大輔さん、そして生徒会の生徒たちへのインタビューを通して、清明高校の魅力を深掘りします。前編はこちら。
※ 本記事は取材を行った2024年3月時点の内容を記載しています。また、取材時に校長を務めていた越野泰徳さんは現在退任されています。
前編はこちら
清明高校で大切にされている支援の心得には、『「自信を与える」から「自信を返す」へ』という考え方があります。
自信を返す。
聞き慣れない表現ですが、ここには校長である越野さんの強い思いが込められていました。
「生徒たちは、小学校や中学校で自信を奪われてきたんです。なので、“与える”ことよりも、これ以上“奪わず”、自信を“返して”あげることの方が大切です。例えば、弊校では自由参加のサマーキャンプがあります。先生たちは、たくさんの生徒に参加してほしいと思ってしまうんですよね。だから、いろんな生徒に『行こう!』と声をかける。けれど、中には『先生に強く言われたから参加した』という生徒もいるわけです。そんな生徒がサマーキャンプで嫌な思いをすることだってあります。自信を与えようとしたけれど、結果として自信をなくしてしまうこともあるんです」
生徒たちに自信を返すための取り組みとして、同校では小さな成功体験を積めるチャンスが散りばめられています。
毎月行われているリフレッシュデーは、普段の授業から離れて心身をリフレッシュさせる日。学校でも家からでも参加することができます。
「パソコンに詳しい生徒がキーボードを改造してライトを付けたり、研究好きな生徒がさば缶からアニキサス(寄生虫の一種)を見つけようとしたり、体育館でひたすらシャトルランをする生徒がいたり…。もう意味がわからないでしょ(笑)それをきっかけに、オタ活も広がりました。この学校には、これまで型にはめられてしんどい思いをしてきた生徒が多く在籍しています。なので、『自分の好きなことを前面に出していいんだ』と思ってもらえることは、自信を返すことにもつながっているのではないかなと思います」とリフレッシュデーの価値を語る山下さん。
話したい先生と1対1で話せるオフィスアワーや自分の好きなことに挑戦してみんなに共有するチャレンジデーなどもリフレッシュデーに含まれています。広報ボランティアや清掃ボランティア、オープンキャンパス運営ボランティアなど、さまざまな校内ボランティアに参加する機会も。このボランティア活動も、生徒たちが自信を回復する場になっていると越野さんは言います。
「清掃ボランティアは毎回15人くらい集まります。掃除が終わったら、みんなで輪になって『お疲れ様でした!』と拍手をする。中にはそれにしか参加できない生徒もいます。でも、それでいいんです。掃除をしてみんなで拍手をして終えると気持ちがいいし、その体験を通して少しずつ自信を取り戻していく。いろんな機会を学校の中に置いているので、なるべくたくさんの生徒がどれか1つでもいいから、そういう体験をしてもらえたらと思っています」
国語や数学、英語などの教科学習では、どのような取り組みがなされているのでしょうか。
同校の教科学習は、習熟度に合わせて生徒自身がクラスを選ぶことができ、それに加えてAI学習アプリを使って自学自習できるフレックススタディ(以下、フレスタ)の時間も設けられています。
フレスタの時間は、「自分で黙々と学習する教室」「先生からのサポートを受けながら学習する教室」「仲間と学び合う教室」の3教室が用意されており、それぞれが自分に合った教室を選んで学習します。ここでの教員は“教える人”ではなく、“助言をする人”として生徒たちの学習をサポートしています。
また、宿題や定期テストはありません。その根底にあるのは、「学ぶ楽しさを提供する」という学校のミッション。山下さんは、宿題や定期テストがないことのメリットをこう話します。
「小学校や中学校の学習でつまずいてしまっている生徒にとっては、一夜漬け勉強しても何の意味もありません。そもそもテストがあることで学校に来なくなってしまう生徒もいるんです。宿題も同じで、学習の遅れを取り戻すためにやったとしても結局できなくて、しんどくなってしまう。それではいい循環は生まれませんよね。結局、宿題もテストも成績をつけるためのものになってしまっている。そもそも宿題やテストだけで生徒を評価することはできません。うちでは国立教育政策研究所が発行している学習評価に関する参考資料(※)の内容をベースにして、授業への取り組みや成果物を見て評価するようにしています」
※参考:「指導と評価の一体化」のための学習評価に関する参考資料(高等学校編)
取材に訪れたこの日、放課後には生徒会の生徒が中心となって運営する「清明ワーキンググループ」が行われることが決まっていました。この日は、年度当初から話し合いを重ねてきた校則について議論することが主な内容。約35人の生徒や教職員が集まりました。「自分を大切に 人に親切に」というグラウンドルールが共有されてから、6、7人のグループで校則やルールについての意見交換が行われました。
「授業中にイヤホンをつけることで集中できる人がいるので、イヤホンは使用してもいいのでは?」「でも、音漏れが気になる人もいるよね」
「自分の匂いが気になって香水をつけたい人はいるけど、他人の香水の匂いによって体調が悪くなる人もいる」「香水をつけたい人は、香水以外の選択肢も知ってもらうといいかも」
立場や年齢に関係なく、どのグループでもさまざまな意見が飛び交っていました。ただ校則やルールを緩和しようとするのではなく、個人の自由な選択を尊重しつつも、それによって苦しい思いをする人がいないかどうかを全員が意識しているようにも見えました。
「清明ワーキンググループ」を運営している生徒会の生徒たちは、清明高校についてどのように感じているのでしょうか?
「自分が居心地よくいられる場所を、一人ひとりが学校の中につくろうとしているんじゃないかな。みんなで理想の学校をつくろうとする風土は、清明高校の中で少しずつできていっている感じがします。きっとそれは、生徒会以外の人たちもそうだと思います」そう話すのは、生徒会長を務める畠中さん。
ある生徒は、教員から「無理に友達をつくろうとしなくていいよ」と入学した年度の当初に言われたと言います。
「他の学校みたいに、誰かと一緒に何かをすることや集団行動を強いられないんだなと思いました。自分らしくいていい学校なんだなって。自分のペースを尊重してくれるところは、他の場面でも感じました。私は中学校にはあまり行けていなくて、休むたびに先生から家に電話がかかってくることが実は負担になっていました。けれど、清明高校は少し距離を保ってくれるところがあります。それが逆に安心感につながっている感じがします」
「これまでの指導に対して、本当は教員も『なんか違う』と思っているじゃないかな」
清明高校のこれまでの軌跡を振り返る中で、山下さんがそう話してくれる場面がありました。
「以前、服装や生活に関してビシッと指導する先生がおられました。この数年間の学校の変化とともに、その先生も柔軟な指導をされるようになったなと感じます。昨年、制服着用に関する規定の見直しを行ったとき、『実は、前からうちの学校に制服はいらないと思っていた』と話してくれました。そう感じていたものの、きっと『厳しくしなければいけない』という思いで指導していたんだと思います。肩の荷が降りたことで、少しずつ生徒との関わりが変化していったのかもしれません」
そんな風に同僚の先生とのエピソードを話す山下さんですが、実は自身も、ある卒業生からの指摘で自身の変容を自覚したと言います。
「先日学校にきた卒業生に、『雰囲気が前と全然違う。今の方がなんか楽しそう』と言われました(笑)自分では変わっていないと思っていたのですが、以前はきっと私もビシッとした指導をしていたんでしょうね」
全国の多くの先生も、もしかしたら本心とは違う「鎧」を着ているだけなのかもしれません。何か違うと思いながらも、これまで守ってきたものを手放していくのは容易なことではないと思います。それでも、なぜ清明高校はここまで変化することができたのか。
「生徒の声を聞く」「社会モデルで考える」「ざっくりやってみる」「理想の学校を、生徒と先生が一緒につくっていく」…など、清明高校には変化していくためのヒントがたくさん詰まっていました。それができたのは、校長である越野さんのリーダーシップがあったことはもちろん、教職員がこれまでの当たり前を手放し、対話を重ねてきたからではないでしょうか。