違いを楽しむ「なんで?笑」の力 ――『がっこうのてんこちゃん』作者と教員が語る、子どもの個性を生かす学校づくり
コミックエッセイ『ツレがうつになりまして。』で有名な漫画家のほそかわてんてんさんが、個性豊かな10ぴきのクラスメートをのびのびと描いた『がっこうのてんこちゃん』(福音館書店、2023年)と『きょうはおやすみします がっこうのてんこちゃん』(同、2024年)。
作品の大ファンであり、特別支援学級の担任を務める藤井智子さん(愛称:こと先生)は、リアルな教室でその世界観を実現しようとしています。他のクラスの先生からは「こと先生のクラスの子、最近は顔がおだやかだね」と言われるほど。
本対談から、子どもたちの個性を尊重し「明日も来たい学校」となるために、学校側に必要な心のありようを探ります。
プロフィール
細川 貂々(ほそかわてんてん):
漫画家、イラストレーター、こどもの本の作家。代表作に『ツレがうつになりまして。』(映画化、ドラマ化)『それでいい。』『セルフケアの道具箱』等。『がっこうのてんこちゃん』で第71回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。『きょうはおやすみします がっこうのてんこちゃん』全国学校図書館協議会選定図書 『こころってなんだろう』『みらいってなんだろう』
藤井智子(こと先生):
岐阜県の公立小学校教員。特別支援学校や、学びの多様化学校勤務などを経て、現在は小学校特別支援学級の担任。
10人いたら、10人違う「ブラボー」がある
――てんてんさんは、どうして『がっこうのてんこちゃん』シリーズを書いてみようと思ったのですか?
てんてん:うちの子どもの小学校で、3年間PTA活動をしていたことがきっかけです。
自分の子が他の子と違うことをすると、保護者の方が「うちの子は本当にダメで……」と、否定的になってしまうことがありました。
子どもは10人いたら、10人で全然違うんです。「みんなと同じことができないといけない」という雰囲気に違和感を持ち、「子どもたちはみんなそれぞれ違う」ことを伝えるお話を描きたいなと思いました。
こと先生:特別支援教育でも、以前は「自立活動」と言えば「自立訓練」のことであり、できないことを「みんな」と同じようにできるようにすることを目指していました。今は子どもの良いところを伸ばそうというように、少しずつですが時代が変わりつつあります。
私、『がっこうのてんこちゃん』が大好きなんです。シロ先生(てんこちゃんのクラス担任)が、私の目指す姿そのもので。あんな風に、お互いがお互いの個性や存在を認めあえる、あたたかい教室が作れるといいなと思っています。
てんてん:ありがとうございます。実は10ぴきの子どもたちは、発達障害の特性を参考にしながら、それぞれの個性を設定しているんです。てんこちゃんは、子どもの頃の私がモデルなんですけどね。
こと先生:その話を聞いて、すごくうれしくなりました。発達障がいって見方によっては「その子の困り感」なんですけれど、それは、一つ一つがその子にしかない素敵な強みでもあるんですよね。私のクラスにもてんこちゃんだとか、てんにゃちゃん(てんこちゃんのクラスメート)だと思える子がいるんです。
今ちょうど、学校で「ブラボーランド」という取り組みをしています。昨年、岐阜県内の公園で大人も子どもも楽しく学び合える『あそぼっけ まなぼっけ』というイベントを、1,000人規模で開催しました。イベントに向け、ハワード・ガードナー氏のマルチプル・インテリジェンス理論(MI理論)(※)を、もっと会話の中で自然に使いやすいように「ブラボー」にしてみたんです。これが子どもたち一人一人の目が輝いていたのです。そこで、学校でも使ってみることにしました。
① 言語的知能 (Verbal-Linguistic) → ことばブラボー
② 論理・数学的知能 (Logical-Mathematical) → なぜなにブラボー
③ 空間的知能 (Visual-Spacial) → アートブラボー
④ 音楽的知能 (Musical) → おんがくブラボー
⑤ 身体運動的知能 (Bodily-Kinesthetic) → うんどうブラボー
⑥ 対人的知能 (Interpersonal) → ともだちブラボー
⑦ 内省的知能 (Intrapersonal) → こころブラボー
⑧ 博物的知能 (Naturalistic) → しぜんブラボー
⑨ しずかブラボー(静寂パラダイス)
参考:Gardner, H. (1983). Frames of Mind: The Theory of Multiple Intelligences. New York: Basic Books.(2011).
※MI理論について、詳しくは下記の記事もご参照ください。
学校だと読み書きそろばんができる人が「賢い」と言われがちですが、それだけじゃなく8つのインテリジェンスがある。そこを9つのブラボーにして、それぞれのいいところを見つけて伸ばすようにしています。『がっこうのてんこちゃん』の10ぴきを見ていると、ぴったり当てはまるものがあるんですよ。てんと君は⑧だな、とか。
てんてん:「ブラボー」を伸ばしていくの、すごくいい。私も学校の先生がこうして実践している話を聞いて、うれしいです。
こと先生:変わりつつあるとはいえ、学校現場はまだまだ「同じじゃないといけない」雰囲気は土台にあると思っています。でもその中でも、子どもたちの個性を伸ばす教育に変えていこうと葛藤している先生たちがいます。
そんな先生たちが、『がっこうのてんこちゃん』を読むと、すごく励まされるんじゃないでしょうか。
「なにしてんの!」ではなく、「なんで?笑」のまなざし
――てんてんさんが『がっこうのてんこちゃん』で伝えたかったメッセージについて、もう少し伺えますか?
てんてん:ちょっと人と違うことをやっている子がいたら、「その子はどうしてこんなことをしているんだろう?」と、想像してみてほしいなと思っています。すぐに「あいつなんか変なことをしているな」「秩序を乱している」と判断してしまうのではなくて、「その子なりの理由があるんじゃないか」と、思いを巡らせてみるといいんじゃないかと。
こと先生:「なんでそんなんプロジェクト」という、人の行為から生まれる「よくわからないこと」を、楽しむプロジェクトがあるんですよ。例えば「なんでそんなにぐちゃぐちゃに?!」という机をパシャりと撮影して、「発見者:藤井智子」ってクレジットをつける。
私のクラスでも「なんでそんなん?」とツッコミを入れることで、笑いが生まれます。例えばある日、道に落ちていた結構大きな金網を持って登校してきた子がいました。普通なら「戻してきなさい!」と叱ってしまいそうですが、「なんでそんなん?」とツッコミ、面白がっていると、「これ、焼肉焼けると思って」と言い出して。「だから見てほしかった!」という、可愛らしい理由でした。
てんてん:『がっこうのてんこちゃん』でも、同じようなシーンを描きました。教室の花瓶が割れていやなムードが流れはじめたときに、てんしちゃんが丘の上へみんなを連れていって、一緒に花を摘む。けっきょく遅刻してしまうんですが、シロ先生は「みんな長い休み時間だったね」と優しく受け止めます。
こと先生:そのシーン、ほんわかして大好きです。そこで時間に遅れた結果だけを見て「なんで時間に遅れたんだ!」と言ったら、子どもたちは窮屈な思いをしてしまいますよね。
これはもっと昔の話、特別支援学校に勤めていた時のエピソードなんですが。雨上がり、ダイナミックに泥んこ遊びをしていたら、大きな水たまりを見つけて寝ころんだ子がいました。普通なら「そんなところに入らないで!」と言ってしまいそうですが、「なんでそんなん?」とツッコミをいれて、私も一緒に寝ころんでみました。
そしたら、水たまりはちょうど、まるで岩盤浴のようにポカポカして、いい風が吹いて、ものすごく気持ちよくて、最高なんですよ。他の水たまりじゃダメなんです。野生の勘で分かるんでしょうね
さきほどてんてんさんが言ったみたいに「なんで?」に興味を持つと、使う言葉が変わってくるし、いい世界が待っているんだと、その時に実感しました。
てんてん:『がっこうのてんこちゃん』に出てきそうな素敵な場面です。てんこちゃんが自己紹介で緊張してしまい、思わず白いカーテンにくるまったのを、みんなで真似したときのことを思い出しました。
こと先生:まさに。「何してんの?!」じゃなくて、「なんでそんなん?」の気持ちがあれば、もう本当に楽しい毎日をみんながくれるなって、ずっと思ってます。
「ともだち」の形は、いろいろあっていい
――今後、描きたい作品のテーマは何かありますか?
てんてん:おかげさまで『がっこうのてんこちゃん』シリーズは、『はじめてばかりでどうしよう! の巻』と『きょうはおやすみします』に続いて、第三弾の出版も決まりました。
次のシリーズにするかはまだ確定ではないですが、いつかともだち関係をテーマに描きたいなと構想しています。ともだちって人によって捉え方が違うので、難しいんです。たくさんいる方がいいと思っている人もいれば、少なくていいと思っている人もいて。
こと先生:前任校で出会った学校に行きづらかった子の中には、ともだちという言葉に憧れすぎて苦しんでいる子がいました。はたから見れば「それってともだちじゃん」という関係性でも、「ともだちって毎日一緒に帰る人じゃないといけないの?」「TikTokで見たけど、一緒にマックに行かないとともだちじゃないの?」なんて、自分でともだちの定義を作って、そこに悩んでいる子もいたんです。
一緒にマックに行くのがともだちとは限らないですよね。価値観でつながっているともだちもいれば、金魚がともだちという子もいるかもしれない。いい景色を見たときにふと思い出す人がともだちかもしれない。
てんてん:いろんな「ともだち」があっていいんだってことは伝えたいです。難しく考えすぎなくても、ともだちっていつの間にかできているものかもしれないですし。そういう自然な関係性も大切にしたいです。
こと先生:本当にそう思います。そういえば、私も小学生のころ毎年仲良しの友達が転校していく経験をしました。不安と寂しさから、その度に友達をつくる練習をしていたようにおもいます。でも、4年生のときに出会った新任の先生が、シロ先生のようにみんなのそのまんまを受け入れてくれたんです。そのときの安心感を今でも覚えています。
ともだち関係に悩む子どもたちに、てんてんさんの新しい本を読ませてあげたいです。きっと肩の力が抜けて、自分なりのともだちを見つけられると思います。
学校は「にんげん」を学ぶ場所
――本を読んでの感想なのですが、学校の批判などでもなく、ただにんげんとしての「ありのまま」への承認を感じました。
てんてん:これもPTA活動時代ですが、保護者の方たちが学校に期待しすぎているなとも感じました。「すごくいい学校だったら、子どもたちは何のしんどさもつまづきもなく、学校に行けるはず」みたいな期待です。
ともだち関係もそうですが、学校は「にんげんってこういうものだよ」と学ぶ場所なので、もっといろんながあっていいんだよと思っています。
こと先生:子どもたちはみんないろんなことで不安になったり、緊張したり、ドキドキするものですよね。
てんてん:てんこちゃんの頭の中には「どうしようオバケ」が出てくることがあります。読者で、お母さんが不登校の子に学校に行けない理由を何度聞いても、子どもがどうしても言葉にできなかったそうなんです。そのとき「あなたの中にも、どうしようオバケがでてくることがあるの?」って聞いてみたら、「うん、そう」と。うまく説明できなくても、どういうときにどうしようオバケが出るの?など、ヒントがあったようでした。
クラスメートは10ぴきいるので、「自分はどの子かな?」と、10ぴきの個性を自分に重ねて見つけやすいみたいですね。
こと先生は、自分はどの子に似ていると思います?
こと先生:小学校低学年くらいまではてんこちゃんに近かったですが、今はどうだろう……?自分の中に、何人もいる感覚です。時期によっても違うんですよね。
もし今てんしちゃんだったとしても、ずっとてんしちゃんだっていうこともないんだと思います。10ぴきの個性と重なる部分を行ったり来たりしながら「ああこんな面も、あんな面もある、どっちもいいな」と、発見を楽しんでいけるといいなと思っています。
――最後に、先生たちや学校に伝えたいことはありますか?
てんてん:私は学校が嫌いな子だったので、ずっと学校は行かなくてもいいところだと思っていたんですよ。
でも最近は、学校は「行きたい」って思えるような場所であってほしいなと願うようになりました。
学校に行けないことで、同世代の子と関われない時期が長く続くのはちょっともったいないなと。学校は勉強だけじゃなく、人とどうやって関わっていいのか学んでいくところだなと考えています。
こと先生:私も全く同感です。「明日も行きたいな」って思える学校がいいなと思っています。じゃあ、どうしたら明日も行きたいなって思えるかと言ったら、「自分が自分のままいられて」「自分と違う人に会える」場所だと思うんです。
そこで新しい発見があったり、世界が広がったりする。自分が苦手なことを助けてもらえたり、時には意見がぶつかったり。もっとケンカしてもいいんだと思うんですよ。受け止め方の違いを乗り越えて、お互いを理解していく。そんな小さな社会の練習の場であってほしいですね。
それって0円でできることなんですよ。すごいことです。お金をかけなくても、明日から、いや今日からでも変えられる。先生も子どもも、みんなが勇気を持って一歩踏み出して、違いを面白がれれば。きっと素敵な未来になると信じています。
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岡田 菜子