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韓国のNPO、市民活動、オルタナティブスクールから、教育の今を知る4日間の旅【ツアーレポート】

  • メガホン編集部

受験戦争のイメージが強い韓国の教育。大学への進学率は7割を超え、過去10年間、毎年その割合は上昇し続けています。根強い学歴主義の思想がある一方で、教育のあり方を問い直す動きもあります。

2023年夏、NPO法人School Voice Projectでは教育視察ツアーを企画し、全国の教員や教育関係者18人とともに、韓国を訪ねました。現地コーディネートは東京生まれで韓国に住んで10年になる曺美樹さん、ツアーの全体進行は本NPO理事の武田緑が務めました。向かった場所は、韓国の教職員組合やオルタナティブスクール、包括的性教育に特化した教育施設など。4日間でオプショナルツアーを含め8つの施設を訪問してきました。

現地の方のお話を直接お聞きしながらさまざまな施設を見学することができ、それぞれが改めて教育のあり方を見つめ直す機会となりました。この記事では、訪問先で見聞きしたことや参加者の感想をお伝えしていきます。

※こちらの記事でご紹介する内容は、あくまで韓国の教育の一面であることをご承知おきください。

1日目

教員の権利と真の教育を守る「全国教職員組合」

韓国の教員団体の1つである全国教職員組合(全教組)。現在の加入率は10%ほどで、4万人の組合員が所属しています。私たちが訪問したのは、全教組の方が活動する施設。そこで組合員の方から学校教育の現状や課題をお聞きし、施設見学をさせてもらいました。

全教組は1989年に独裁政権下で結成され、民主主義や人権の擁護、反競争主義、反新自由主義のスタンスを持って活動をしています。結成当時は「不法組織」とされ、1500名余りの組合員が解雇され、激しい弾圧を受けた過去もあります。そんな中でも、労働者としての教員の権利保障と「真の教育」をモットーとして活動を続けてきました。

現在、韓国の教育業界で最も注目されているニュースとしてお話ししてくださったのが、「教権問題」です。2023年7月18日に、ソウル市内の小学校に勤務する初任教員が校内で自死するという衝撃的な出来事がありました。その背景にあったのが、児童虐待処罰法と校内暴力予防法(両法律についての内容は、下記で説明しています)。これらの法律ができたことで、教員が適切な生徒指導を行えなかったり、保護者からの過度な要求やクレームが増加したりと、さまざまな課題につながっているのだそう。この出来事がきっかけとなり、教員が不当な圧力を受けることなく、人権を守られた状態で教育活動を行う権利を訴えるために、1〜4万人規模の自発的な“追悼集会”というデモが毎週開催されるようになりました。2023年8月現在は、「教員の生存権保護を!」をスローガンに、20万人規模のデモに膨れ上がってるのだそうです。

< 参加者の声 >

成績は高いけど興味関心が低いことや、休み時間に生徒全員が疲れて寝ている光景がよくあるということを聞いて驚きました。受験戦争が激しいイメーシは持っていましたが想像以上でした。また、組合活動が盛り上がるきっかけになった自死した高校生が、「生徒の幸せは成績順で決まるわけではない」とメモを残していたというお話も心に残りました。

2日目

体験を通して“性”を学ぶ「アハ!ソウル市立青少年性文化センター」

アハ!ソウル市立青少年性文化センターは、青少年保護に関する法律とソウル市の青少年センター設置条例を根拠に1999年に設立された包括的性教育に特化した教育施設。YMCAがソウル市から業務委託を受けて運営されています。全国57の性文化センターの中で、このアハ!センターは一番最初に設置されました。取り組みとしては、恋愛やSex、身体、アイデンティティを学べる体験学習プログラムの開発や提供、性に関する人権相談室、さまざまなキャンペーンや研究などがあります。

上記の写真は、かばんの中身を見て持ち主が誰かを当てるワークで使います。例えば、一つのかばんの中に「エプロン」と「髭剃り」が入っていることもあります。多くの子どもが違和感を覚えるような持ち物を一緒に入れておくことで、ジェンダーに関するステレオタイプをほぐしていくねらいがあるのです。

< 参加者の声 >

包括的性教育に特化したセンターでありながらも、市域の青少年の居場所の1つとして位置付けられているところは興味深かったです。センターを運営されている方々が「これが子どもたちのためになっているのか?」「本当に必要なことなのか?」「これの目標は何なのか?」など真摯に問い続けていることも、お話を伺いながら感じ、共感しました。

韓国のオルタナティブスクール「コヤン自然学校」

既存の教育制度とは違う理念や仕組みで運営されている学校は「代案学校」と言われ、国から認証されている学校もあります。コヤン自然学校はシュタイナー教育をベースにしたカリキュラムを組んでいる代案学校で、国からの認証も受けています。小学生から高校生までの約100人の子どもが通っており、教員、子ども、保護者の三者が協働して学校をつくっている点が特徴的でした。大切にされているのは、自立と共生。そして、知識の量を増やすことよりも知恵を育むことに重きを置いています。ここでは先生だけではなく、生徒、保護者の方とも交流を深めました。

< 参加者の声 >

保護者の方に「受験勉強から離れるような選択をしたことで、不安になることはありませんか?と聞いてみたところ、「あります」と言っていました。不安になることはあるけれど、その度に教育の本質を思い出すようにしているそうです。そのためにも、保護者が学校教育に積極的に参加することで、その意義を体感することが大切なのだろうなと感じました。

3日目

より良い教育の実現に向けて活動する「実践教育教師の会」

実践教育教師の会は2000人以上の教員が加入している団体で、実践研究を共有したり教育政策の提案をしたりしています。代表を務めているのは韓国内で有名な教育実践家であるチョン・ギョンホ先生。私たちが訪問した日は、チョン・ギョンホ先生が総合教育や校内暴力、教権の侵害についてお話をしてくださいました。

  • 統合教育

韓国では障害のある子どもが地域の公立学校への入学を希望した際はそのまま入学することができます。一見すると進んだ教育に見えるのですが、実際は教員に知識やスキル不足、人手不足などの影響で、適切な受け入れ環境が整っていない現状があります。それによって、不適切な指導をする教員もいるのだとか。障害のある子どもを含めた学級運営が困難な状況があり、必要な公的サポートがない中で教員任せになることから「本人のためにも分離教育をした方がいい」「統合教育なんていらない」という声が学校現場からあがってしまうことを問題視されていました。

  • 校内暴力 / 教権の侵害

全教組の“追悼集会”というデモでも話題にあがっていた校内暴力予防法と児童虐待処罰法についても詳しくお話を伺いました。校内暴力予防法は、小学生から高校生が対象で、ゼロ・トレランス※の考え方がベースとなっている法律です。暴力行為があった際には事実確認をして加害者と被害者をはっきりさせ、両者を分離するために加害者を転校させます。元々はいじめ対策を目的にできた法律ですが、学校外の暴力行為も対象になったため、きょうだい喧嘩にも教員が介入せざるを得なくなっている現状があるようです。また、両者のより良い関係性を築くために話し合いをしたり、長い目で見守っていったりすることも難しくなっているのだそうです。

※ゼロ・トレランス:軽微な規律違反であっても寛容せず、厳しく罰することで、より重大な違反を未然に防ごうとするもの。1990年代、割れ窓理論に基づいて米国各地で導入され、後に日本にも広がった。(出典:https://kotobank.jp/word/%E3%82%BC%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9-881128)

児童虐待処罰法は、家庭内だけではなく、学校内での虐待も対象になっています。児童生徒や保護者から被害申告があった場合は、即座に警察が介入して教員と対象となる児童生徒を分離します。ここでの問題点は、一部の児童生徒や保護者が、気に入らない教員を排除するための手段として使ってしまう現状があること。そのため、教員は児童生徒間の揉め事が起こったときにも介入はせず、スマホでその状況を撮影し、後日保護者に動画を見せながら説明をすることもあると言います。

「安易に分離することやシステマチックに対処することよりも、どのようにより良い関係を築いていくのか学ぶことが大切なのに、それができない現状がある」とチョン・ギョンホ先生は話してくれました。現在は全教組や実践教育教師の会など、6団体が共同で国に対して以下の4つの要望を出しています。

  1. 生徒指導ができる権限を(分別のない虐待通告に振り回されないように)
  2. 授業を深刻なレベルまで妨害する生徒を静止する権限を
  3. 教師の個人の携帯に訴えが来ない仕組みを(管理職の介入を)
  4. 特殊教育が必要な子に専門的サポートを

< 参加者の声 >

保護者からの過剰な要求やクレームに対して、先生たちがどう思っているのかをお聞きできたのは良かったです。決して「保護者が悪い」と思っているわけではなく、システムの問題だと捉えられていました。激しい競争社会の中で、先生も子どもも保護者も孤立してしまって、頼れる人がおらず、その苦しさが「過剰な要求やクレーム」になってしまっている、と考えられているようです。

韓国の歴史を知る「オプショナルツアー」

午後は、オプショナルツアーとして、参加希望者のみで3つの施設見学をしました。

  • 植民地歴史博物館(関東大震災での朝鮮人虐殺の特別展)

植民地主義の清算と東アジアの平和をめざす博物館。「関東大虐殺100年・隠蔽された虐殺、記憶する市民」の特別展を見学してきました。当時の新聞や虐殺の様子が描かれている絵巻物、虐殺を目撃した子どもの感想文や子どもたちのアンケートの結果などが展示されていました。

  • セウォル号事件のメモリアルスペース

ソウル市役所前に、2014年に起こった大型客船セウォル号の沈没事件のメモリアルスペースが設けられています。300人以上の犠牲者のほとんどが高校生だったこの事件。遺族の方が真相究明を求めているものの未だに叶っておらず、真相究明と事故を風化させず再発を防ぐためのボランティア活動が続いています。

  • 梨泰院事故のメモリアルスペース

2022年10月、ハロウィンの日に起きた事故のメモリアルスペース。犠牲になった159人のうち、多くは若者でした。現在も、遺族の方が真相究明を求めています。メモリアルスペースには犠牲者の顔写真が並んでいました。

4日目

平和で暴力ない社会を目指す「PEACE MOMO(平和教育NPO)」

「学び合い」の経験と実践を通じて、より平和でより暴力のない社会をつくることを目指すNPO法人PEACE MOMO。「PEACE」は、参加(Participatory)・対話(Exchange)・芸術‐文化的(Artistic-Cultural)・創造‐批判的 (Creative-Critical)、違う視点からみる(Estranging)の頭文字を取って作られた言葉でもあります。「MOMO」は、ドイツの作家ミヒャエル・エンデの文学作品『モモ』から名付けられており、韓国語で「みんながみんなから学ぶ(모두가 모두에게서 배운다 / moduga moduegeseo baeunda )」という意味も込められています。30代のスタッフが中心となって運営しており、ワークショップ開発やファシリテーター養成等を行っています。

私たちは、「チェックイン」「あやつり人形(ペア)」「あやつり人形(グループ)」「シェアリング」の4つのワークショップを体験しました。今の自分の気持ちや相手の気持ちに意識を向けられるようなワークが多く、楽しみつつも日常の人間関係や社会構造について考えさせられるような時間となりました。

< 参加者の声 >

「平和教育」と聞くと自分とは少し遠い世界のような気がしてしまいますが、今回のワークでは、自分の気持ちに向き合うことからスタートして、そこから徐々に他者のことを考えていきました。平和を作っていくのは「遠くにいる誰か」ではなく、「自分たち」なのだと自然に感じられる時間でした。

まとめ

今回のツアーでは、ソウル市を中心にして、韓国の教育と社会に触れられる学校や施設、団体を訪ねて回りました。韓国は、保守とリベラルの対立が大きい社会でもあり、私たちが見て触れてきたことはそのごく一面です。ですが、やはりお隣の国だけあって(そして日本が植民地にしていた歴史も相まって)、教育の仕組みや文化も抱えている問題も、日本と通じることがたくさんありました。

ツアー中、夜はホテルの近くの食堂やバーに連れ立って出かけ、遅くまで語り合っている参加者の姿も印象的でした。そして、韓国社会を鏡のようにして、自分たちの職場のことや日本の教育や学校のことについてたくさん話をしました。最終日の振り返りの時間には、「日本に戻った後にがんばっていけるだろうか」と不安を口にする人や、「これまでやってきたことはやはり大事なことだと確認できた」と語る人、お互いの思いを聞きながら感極まって泣いてしまう人もいました。日常を離れて、少し客観的に、自分自身や自分の現場のこと、やっていきたいことを見つめ直し、向き合う時間にもなったようでした。


NPO法人School Voice Projectでは、2024年1月には、デンマークへの教育視察ツアーを開催します。森の幼稚園や義務教育学校、フォルケホイスコーレ、ユースセンターなどをめぐる1週間の旅。教職員の方はもちろん、教員を志す学生の方や教育に関心のある方のご参加もお待ちしています!(詳細は以下のリンクから)

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メガホンの記事は、教職員の方からの声をもとに制作しています。
教職員の方は、ぜひ声を聞かせてください。
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メガホン編集部

NPO法人School Voice Project のメンバーが、プロやアマチュアのライターの方の力を借りながら、学校をもっとよくするためのさまざまな情報をお届けしていきます。 目指しているのは、「教職員が共感でき、元気になれるメディア」「学校の外の人が学校を応援したくなるメディア」です。

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