学校をもっとよくするWebメディア

メガホン – School Voice Project

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学校では毎年4月1日から新年度がスタートし、非常に短い期間で新年度準備を行っています。この期間には、本来であれば教職員がしっかりとコミュニケーションをとりながら、学校のビジョンや目標を話し合ったり、新年度の体制やカリキュラムを作っていくための時間を取りたいところですが、実際はそのような時間を取るのは難しいといえます。

新年度準備期間が短いと、さまざまな準備に十分な検討を行うことが難しく、前年通りに進めるしかなかったり、超過勤務や休日出勤が状態化したりしているという現状があります。

今回のアンケートでは、現職の教職員のみなさんに、新年度の準備時間が短いことによって発生している超過勤務について聞きました。

アンケートの概要

■対象  :全国の小〜高校年齢の児童生徒が通う一条校に勤務する教職員
■実施期間:2024年4月20日(土)〜2024年5月27日(月)
■実施方法:インターネット調査(実施時の設問はこちら
■回答数 :93件

アンケート結果

設問1 2024年度の始業式は4月何日?

Q1. あなたの勤務校では、今年度(2024年度)の始業式は4月何日でしたか?

2024年度の始業式は校種を問わず4月8日(月)に実施された学校が多く、小学校で74%、中学校で62%、高等学校で77%でした。最も早い学校は4月3日(水)、遅い学校は4月10日(水)に実施されていました。

設問2 2024年度の主な受け持ちがあなたに知らされたのはいつ?

Q2. 2024年度の主な受け持ちが管理職等からあなたに知らされたのはいつですか。

2024年度の主な受け持ちの通知があったのは、「修了式(終業式)以降、3月中」が最も多く、回答者全体の39%を占めました。次いで多かったのは、「3月中旬以降、修了式(終業式)以前」で25%でした。校種別に見ると、小学校、中学校では「2月以前」に通知があった人はそれぞれ0%、6%であったのに対して、高等学校では23%でした。高等学校の方が、比較的早い時期に次年度の主な受け持ちの通知があることがわかりました。

設問3 4月1日から始業式までの超過勤務時間は1日あたりどのくらい?

Q3. 4月1日から始業式までの間における、平日1日あたりの超過勤務時間を教えてください。

回答者全体の半数が、4月1日から始業式までに1日あたり「2時間以上4時間未満」の超過勤務をしていることがわかりました。校種別に見ると、比較的長い時間の勤務をしているのは中学校の教員で中学校で、全体の32%が「3時間以上4時間未満」の超過勤務をしているようです。最も回答数が多かった超過勤務時間としては、小学校では30%が「2時間以上3時間未満」、高等学校では23%が「1時間以上2時間未満(23%)」でした。

設問4 4月6日(土)・7日(日)に土日出勤はした?

Q4. 新年度最初の土日(4月6・7日)に土日出勤をしましたか?

4月6日(土)、7日(日)の両日とも出勤した人は全体の15%でした。約半数の人は「土日出勤はしていない」と回答しました。校種別に見ると、小学校で土日両日とも出勤した人は9%であったのに対して、中学校、高等学校では約25%にのぼりました。

設問5 4月6日(土)・7日(日)の業務時間はどのくらい?

Q5. 新年度最初の土日(4月6・7日)に合計で何時間程度業務をしましたか?(持ち帰り業務を含む)

4月6日、7日の合計業務時間は、「5時間未満」が29%、「5時間以上10時間未満」が27%でした。校種別に見ると、小学校と高等学校で「業務はしていない」もしくは「5時間未満」と回答した人は全体の約6割であったのに対し、中学校では約3割にとどまりました。

まとめ

今回のアンケートでは、年度始めの超過勤務の実態について聞きました。

全体の傾向で見ると、修了式(終業式)の前後に次年度の主な受け持ちの通知がある学校が多く、その後、始業式までの間に準備を進めている教職員が多いようです。土日の出勤や超過勤務時間については校種によって大きなばらつきが見られました。部活動の指導がある中学校や高等学校の教職員は土日に出勤している人が比較的多く、特に中学校の教職員の勤務時間(持ち帰り業務時間を含む)が長い傾向があることがわかりました。

また、NPO法人School Voice Projectでは2023年度にも同様のアンケートを行っています。こちらも合わせてご覧ください。


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※メディア関係者の皆様へ
すでに公開されている教職員アンケート結果やWEBメディアの記事の内容等は報道の際に使用いただいて構いません。その際は【出典:NPO法人School Voice Project 】クレジットを入れていただき、事後でも結構ですのでご一報ください。

昨今、学校現場では「教員不足」「講師不足」が深刻な問題となっています。今回の調査では、教員不足の実態を把握するため、現職教職員の皆さんから情報・意見を集めました。なお、教員不足が現在起きていない学校も調査対象としています。

アンケートの概要

■対象  :全国の小〜高校年齢の児童生徒が通う一条校に勤務する教職員
■実施期間:2024年5月10日(金)〜2024年6月3日(月)
■実施方法:インターネット調査(実施時の設問はこちら
■回答数 :202件

アンケート結果

設問1 2024年度4月時点で、教員不足は起きている?

Q1. あなたの勤務校では、今年度スタート時点において、「教員不足」は起きていますか。欠員数をお選びください。

2024年4月時点では、約51%の学校で1人以上の教員不足が起こっていることがわかりました。NPO法人School Voice Projectが昨年度に行ったアンケートでは、2023年度4月時点で1人以上の教員不足が起こっている割合は約37%でした。この結果から、教員不足の実態は昨年度よりも深刻になっていることが伺えます。

設問2 教員不足によって、起こったことは?

Q2. 設問1で「教員不足が起きている」と回答した方にお聞きします。教員不足によって起こったことや、大変だったこと、エピソードを教えてください。(教職員・職場組織への影響、児童生徒への影響など)

教員への過重負担

専科だが、誰かが休む度に補欠に入るため、空き時間はしょっちゅう無くなる。残業(?)必至になる。疲れから体調を崩した。私が休むと今度は、専科による空き時間がなくなる担任の先生が体調を崩す。体調不良の連鎖が続く。みんなギリギリ頑張って、現場をもたせている。【小学校・教員】

正規の育休代替教員が見つからないため、時間給の講師になった。その講師には、クラブや委員会、行事なども分担できず、校務分掌ももてないため、正規の教員への負担が増える。【小学校・教員】

主幹教諭の業務と担任業務、加えて初任者の指導と物理的に時間が足りない。そのため、担任としての業務はほぼ全て持ち帰りで毎日3〜4時間は自宅で業務をする。【小学校・教員】

至るところにしわ寄せがいき、幼い子がいて時短勤務にしようにも結局超過労働せざるをえない状況。まず教員の家族が犠牲になり、そして教員の心身も蝕み、生徒・保護者対応へも余力がなくなっている。子どもが育つ環境として健全ではない。【高等学校・教員】

担任や教科担当者の不足

中学校で、学年に社会科教員がおらず、他学年から授業に入ってもらっている。他学年が、修学旅行等の行事になると、その期間社会の授業が組まれないことがある。また、社会科の教員は、週の授業時数が多くなり、教材研究や授業の準備に支障が出ている。【中学校・教員】

校長や教頭がクラスや部活動に入っている。授業を教えるのが非常勤の先生ばかりで生徒がテスト週間などに質問をしたくても、帰っていて会えない。怪我人の対応やトラブルの対応が人手不足。職員室に誰もいない状況が生まれてしまう。【中学校・教員】

支援が必要な児童生徒への対応不足

支援学級担任がいないことによって、支援学級在籍児童に対する支援がおろそかになっていた。【小学校・教員】

市の重点施策(訪問型通級教室)、本校の通級教室が機能していない。【小学校・教頭】

不登校児童の支援を担う生活指導加配が欠員の出ている理科の授業をしなければならず、その分不登校の児童に対する支援が行き届いていない。【小学校・教員】

最も深刻なのは、支援級及び、発達障がいのある子どもの安全を担保できないことです。
情緒が不安定な子どもが支援級の教室を飛び出しましたが、未配置によって、追いかける教職員がおらず、行方が分からなくなりました。一度、教室を施錠し、子どもたちを閉じ込めた状況をつくり、その子どもを探しに行きました。無事、校地内で見つかりましたが、事故等が起きていてもおかしくない状況でした。また施錠した教室の中の子どもたちも無事でした。その後、支援級については、教室から飛び出せないよう日常的に施錠をするようになっています。子どもの安全のために、人権が無視されるようなことをせざるを得なくなっています。【中学校・教員】

教員の健康面への影響

至るところに皺寄せがいき、幼い子がいて時短勤務にしようにも結局超過労働せざるをえない状況。まず教員の家族が犠牲になり、そして教員の心身も蝕み、生徒・保護者対応へも余力がなくなっている。子どもが育つ環境として健全ではない。【高等学校・教員】

抜けた人や足りない分をフォローするために、一人当たりの授業数や仕事量が増えて、体調を崩したり、心身を病んだりする人が増えました。【高等学校・教員】

教員不足が起こっていることによって、教員への過重な負担につながっているという声が多く寄せられました。正規教員の代わりに講師が配属されることによって授業以外の業務を担当できず、他の教員が部活指導や校務分掌などを担当している現状もあるようです。

また、担任の教科担当者の不在によって、校長や教頭が担任業務を務めたり、複数のクラスを統合して授業を行ったりするなどの対応をしている学校もあります。通常よりも少ない人数で業務を担当することによって、支援が必要な児童生徒への対応が行き届きづらくなっていることを懸念する声も目立ちました。

設問3 教員不足について、あなたの考えは?

Q3. 教員不足問題について、国・自治体等へ伝えたいこと、あなたの考えや改善策などを自由にお書きください。

教員の労働環境の改善

適切に労務管理を行い、児童数ではなく業務量に基づいた人員配置を行って行くことが必要では無いかと思います。【小学校・教員】

現状では「待遇改善」よりも「働きやすさを感じられる」方が、より人を集められると感じる。実習生や学生などに直接聞いても、「自分には無理そう」「続けていく自信がない」などの声がある。志のある人に諦めることなく、思い切って挑戦しようと考えてもらうことが必要。そのためには、「初任者は副担任とする(小学校)」「代替対応教員の配置」などの人的な支援策を導入してもらいたい。【小学校・教頭】

残業手当をつけるべきだと思います。手当が発生するようになれば、今やらなければならない仕事なのかどうかを吟味しながら、あと1時間でこれとこれを片付けよう、と能率的に仕事ができると思います。一般企業や私立ではみんなそのような考え方で仕事をしていました。【小学校・教員】

長年にわたり給特法を放置し、免許更新のような負担を増やすような施策を取ってきた国の責任は大きいと考えます。早急にとりくんで欲しいのが、30人以下学級の実現です。そのために教員の成り手を増やす施策を充実させ、給特法を無くし、教員の労働環境を整える施策を同時に進めて行ってほしいと考えます。【中学校・教員】

「教員はブラックな仕事」ということや、「教員不足で更に学校現場が疲弊している」という情報で、教員採用試験の倍率が下がり続けるという負のスパイラルに陥っています。これを断ち切るには、給料を増やし、教員定数を増やし、業務の仕分けをしたうち、学校がやらなくてもよいことに対する受け皿を用意することだ思います。いろいろな新しい取組が出てきて、コロナでICTが加わり、保護者の意識も様々で、それらを対応する学校現場も、ワークライフバランスが重要と言われる。その中で業務をこなすのは大変です。

学級の児童生徒数を減らし、教員の定数を増やさないと、授業や行事の質は低下します。教員を増やすには、給料をあげるしかないと思います。【中学校・校長】

業務量の削減や見直し

学校組織のあり方、しなくてもいい仕事をチームで対話して削減すること、チームで仕事をすること(低中高など)、学校現場でできることはたくさんあるので、組織マネジメントできる仕組みにしてほしい。組織マネジメントできる校長でないと変わらないので、チームで動ける仕組みにすれば辞める人が減り、なりたい人が増える魅力的な職場になる。【小学校・教頭】

一日あたりの仕事の量を勤務時間内で終わる量に調整する。具体的には、一校あたりの職員を増やし、一人あたりの業務量を減らす。または、業務自体を精選し、現在と同じ職員数で時間内に仕事が終了するようにする。【中学校・教員】

教育内容の削減や見直し

学習指導要領の内容を減らす。改訂で新しい内容を盛り込むなら、現行の内容を減らす。国主導で教師の仕事はここまでと明確に示し国民に提示する。【小学校・教頭】

学習指導要領の内容の削減も、勇気を持って取り組んでほしいです。現行の学習指導要領を策定するときに、教員の勤務時間内に収まる仕事量かどうか、という視点はあったのかどうか、疑問です。観点別評価もストレスが大きいです。教師がしんどいと感じることは、たいてい子どももやっててしんどい。良いと思うことを次々にやっていくと、一つ一つには意義があっても、積み重なるとしんどさになります。あえてやらないことのよさ、余裕があることのプラス面に注目してほしいです。【小学校・教員】

教員やその他専門職員の増加

余裕のある教職員定数を望みます。また、スクールサポートスタッフやICT支援員も配置してほしい。【小学校・教員】

小学校では、ギリギリの人数で運営しています。病気や自分の子どもの行事などで学校をあけるのも安心してできる状況ではおりません。数人ずつでよいので、余裕のある人員を採用してください。また、特別支援学級の定員8人は多すぎます。5人程度が限界だと思います。【小学校・教員】

授業だけでなく、朝の出欠確認、給食指導、放課後の生徒指導や部活動指導など、学校の中で教員が担っている仕事はフルタイム(もしくは残業としてそれ以上の時間)かつ多岐に渡ります。また、授業もそのコマ数だけでなく、その授業のための教材研究やプリントなどの準備、提出物や小テストの採点などをする時間も必要です。ひとりひとりが時間的にも心理的にも余裕を持って働けるように、教員不足のみへの対策ではなく、教員増をふまえた対策をお願いします。【中学校・教員】

部活動の地域移行

部活動の地域移行を早くに実現してほしい。平日は18:30を超えてから教材準備などをしている。土日も休めない。【中学校・教員】

部活動の負担が大きすぎる。若手が未経験の運動部に配属され、授業準備や指導案研究、生徒への対応の時間を十分に確保できず、結果として学級運営が円滑に進まない。【高等学校・教員】

部活動は地域移行して下さい。任意であり、強制ではないものです。それがほぼ強制の様な形になっているのが問題です。部活で苦しむ教員、その家族は大勢います。何かあれば責任を取らされる。業務外の事なのに、明らかにおかしいです。しかもそれが自己申告の評価に繋がるような事はあってはならないと思います。知り合いの先生は部活を断った事で、評価が下げられたと言っていました。有り得ません。【特別支援学校・教員】

教員が不足している現状に対しては、「業務量を削減してほしい」という声が目立ちました。具体的には、学習指導要領の内容削減、スクールサポートスタッフやICT支援員の配置、部活動の地域移行など、さまざまな意見が寄せられました。また、1人の教員が担当する学級の児童生徒数が多いことも負担の一つとなっており、教職員定数の増加や少人数制学級の実現を訴える声もありました。

その他、教員の多忙な働き方が教員志望者が減っている要因ではないかという声もありました。具体的な施策として、残業代の支給や働きやすい職場環境づくり、初任者の育成環境の確保などを求める意見がありました。

まとめ

昨年度に引き続き、教員不足の実態を把握するためのアンケートを実施しました。その結果、約半数の学校で1人以上の教員不足が起こっていることがわかり、年度当初時点での教員不足は昨年度よりも深刻さが増していることがわかりました。

それによって、教員の負担が増し、質の高い授業ができない状況や児童生徒一人ひとりに合わせた支援ができない状況につながっている可能性があります。教員不足は、教員の心身に影響があるだけではなく、児童生徒の学習環境にも大きく影響するものです。その実態を、重く受け止める必要があるのではないでしょうか。

NPO法人School Voice Projectでは、このアンケートをもとに、2024年6月12日に国会議員の方を招いたオンライン意見交換会を行いました。

オンライン意見交換会にあたり、呼びかけ人の末富芳・日本大学教授がまとめた資料を公開しておりますので、下記リンクよりご覧ください(画像をクリックするとpdfファイルがご覧いただけます)。


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小学校に入学した直後から学校への行き渋りがあり、徐々に登校日数が少なくなっていったエリさん。昨年春に3年生になってからは「学校が楽しい」と言うようになり、ほとんど休まずに通うようになりました。

エリさんの保護者であり、スクールソーシャルワーカーでもある小谷綾子さんは、担任教員の伊東裕子さん(仮名)がエリさんの個性を理解して関わってくれたおかげだと話します。伊東さんが大切にしている学級運営や授業づくりについて、保護者である小谷さんとの対談形式でお届けします。

勉強についていくことが難しく、登校を渋るように

—— 小学校3年生になるまでのエリさんは、どんな様子だったのでしょうか?

小谷:エリは幼稚園に通っていた頃から、なかなか集団生活に馴染めないような子どもでした。小学校に入学してからの先生方もエリのことを気にかけてくれていたのですが、やはり勉強に対する関心は向かなかったようで…。授業中に鉛筆を折ったり、消しゴムを粉々にして帰ってくることもありました。

写真:小谷さん提供

それから段々と「学校に行きたくない」と言う日が増えていったんです。2年生になり勉強の難易度が上がると、さらに授業についていくのが難しくなっていきました。家で勉強させようとしても抵抗する感じで。3年生になる前は、週2回くらい登校するような感じでした。

ただ、エリは家で大人しくしているよりも友達と遊ぶことの方が好きだったので、勉強がネックになって学校に行けなくなってしまうことは、本人にとってもしんどかったと思います。3年生に上がるときには、親としても「もう行けなくてもいいか…」という少し諦めのような気持ちにもなっていました。なので、担任の伊東先生には特にエリの様子をお伝えしていなかったんです。

「勉強よりも、まずは遊びを優先しませんか?」

—— 3年生になってからは、どのような様子でしたか?

小谷:4月末頃にエリを教室まで送ったとき、ちょうど伊東先生とお話しする機会がありました。そこで、「エリちゃんは友達と遊ぶのがとても好きな子だと思います。勉強のことは気になりますが、友達と遊ぶ経験が学習につながっていきます。なので、勉強のことは一旦置いておいて、まずは友達と遊ぶことを中心に学校生活を送らせてもらってもいいですか?」というようなことを言ってくださったんです。

その言葉を聞いて、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。エリにも「遊びに行くような気持ちで学校に行ったらきっと楽しいよ」と言えるようになりました。そんな経緯があり、年度当初から嫌がらずに学校に行くようになりました。

伊東:クラスを受け持つことになったときに、不登校傾向の児童がいることは聞いていたんです。それで、エリちゃんをよく見ていたら、声をかけてくれた子についていって休み時間に楽しそうに遊ぶ様子がありました。「とにかく勉強を頑張らせたい」と仰る保護者の方もおられるのですが、つい小谷さんとお会いしたときに「宿題もしてこなくていいから、とりあえず学校に来ることを優先しませんか?」と言ってしまったんだと思います。それが4月の出会いだったんじゃないですかね。

小谷:そうでしたね。「宿題もしなくていいですよ」と言ってくださったんです。それを聞いたエリも、「宿題しなくていいの?!」と驚いていました(笑)

個に合わせた学習で、徐々に自信をつける

小谷:あるとき、エリがいい点数がついたテストを持って帰ってきたんです。どうやら先生がテスト中に補足説明をしたり、読み上げたりしてくださったようで。そうすると解きやすくなりいい点数がついたようです。それがエリにとってはすごく嬉しかったみたいで、自慢げにテストを見せに来るようになりました。

夏休みに入る前、伊東先生がみんなとは別にエリ用に宿題を作ってくれたんです。エリが簡単にできる内容や少し頑張ったらできそうな内容の宿題を提案してくださいました。そのご配慮にはとても感動しました。これまでにも同じようなことをされてきているのでしょうか?

伊東:そうですね。今までもそのようにしてきているので、そんなに大したことではないんです。宿題の内容が違っても表紙がみんなと同じであれば、提出するときにも困らないと思うので、そこは統一しました。他の児童も、勉強が苦手な子がいることはみんなわかっています。

写真:小谷さん提供。エリさんが解きやすいように宿題の内容を変更している

小谷:実は、3年生に上がる前には特別支援学級に在籍することも検討していました。けれど、本人が嫌だと言って。今では勉強したい気持ちが芽生えて、宿題も自分からするようになりました。以前は「私はバカだから勉強ができないんだ」と言って、家でよく泣いていたんです。伊東先生に出会ったことで、「自分に合った勉強の仕方があるんだ」とわかったみたいです。

困っている子の背景に目を向けるようになった

小谷:伊東先生がエリの居場所をつくってくれたから、学校が楽しいと言い始めたと思うんです。子ども一人ひとりに合った関わりを大切にされるようになったのは、なぜなのでしょうか?

伊東:20年以上前に、ダウン症のBさんを4年生から3年間担任したことがきっかけになったんだと思います。特別支援学級ではなく普通級に在籍すると決まってからは、繰り返し職員会議で話し合いを重ねました。

保護者の方は、勉強ができるようになることよりも、クラスの子たちとともに生きることを望んでおられました。最初の頃はお母さんが送り迎えをしてくれていたのですが、少しずつ手を離していくことを目標にしました。6年生の途中からは友達と一緒に家まで帰る練習までできるようになったんです。

その頃から特別支援教育の勉強会や研修会にも参加するようになりました。特別支援教育に知見のある先生との出会いもあり、徐々に児童を見る目が変わってきたような気がします。以前は気になる子どもがいると、「落ち着かない子」「勉強ができない子」という見方をしてしまうことが多かったのですが、「こだわりが強いのかもしれない」「この環境に苦しさがあるのかもしれない」「口頭よりも紙に書いた方が伝わりやすいかもしれない」と考えるようになりました。

小谷:その子がなぜその行動を取らなければいけなかったのか。その背景にフォーカスを当てるようになったのですね。

教員は、子ども同士をつなぐアプローチを

伊東:それと同時に、子どもたちが持っている力の大きさを実感する場面も多くありました。ダウン症のBさんとは、担任である私が向き合っているのだと思っていました。けれど振り返ってみると、クラスの子どもたちがBさんと向き合っていることが多かったなと。

小谷:子どもたち同士の関わりが大切だったと。

伊東:そうです。担任である私は、子ども同士がうまく関係性を築けるようなサポートをする役割だと思うようになりました。それからは、子ども同士の関わりをよく見るようになりましたね。

例えば、転入してきた子が1人で休み時間に座っていたら、1番最初にその子に声をかけたのは誰なのか、そして、次の日に声をかけたのは誰なのかをしばらく観察しています。声をかけていた子には、後から「最初に声をかけてくれたけど、どうだった?」と話を聞きます。1番しんどいのは転入してきた子自身なので、その子に変わることを求めるのは酷だと思うんです。

ただ、転入生を気にかけることを1人の子どもに押し付けてはいけないと思っています。1人だと周りからの目が気になったり、負担に感じてしまったりすることもあるからです。なので、まずは周りを気にかけてあげられる子が3人いるといいなと思っています。3人いると、そこから5人、6人と増えていくんです。

小谷:子どもが教室の中で浮かないことは、安心してその場にいるためには必要なことですね。伊東先生のような方が近くにいてくれる安心感はきっとあると思います。

伊東:それはわかりませんよ(笑) もっとのびのびと過ごしたい子もいるかもしれません。でも、小学校生活の中でいろんな先生に出会うことも大切だろうなとも思います。

一人ひとりに違った伸び代がある

小谷:以前授業を見せていただいたときに、あまり黒板を書き写す場面がなかったことが印象的でした。子どもたちはそれぞれが自分なりの表現でその日に学んだことをまとめていましたね。何か意図があるのでしょうか?

伊東:どの授業でも「板書を写しなさい」とは言いません。どの子にも個性があって、それぞれが持っている課題や伸ばしていけるところが違うからです。子どもたちに伝えているのは、「今日の授業で面白かったことや分かったこと、次にやってみたいことを自分にも相手にもわかるように書いてね」ということです。

小谷:黒板を書き写すだけでも、しんどさを感じる子もいますよね。エリもそうです。授業中にあまり集中できていないときもあったと思うのですが、伊東先生はその状態を注意せずに見守ってくれる感じがありました。先生のそんな関わりを見て、周りの子もエリの自然な姿をそのまま受け入れてくれたような気がします。

伊東:結局、私が子どもたちと関わるのは1年間や長くても数年です。大人になるまで一緒にいることはないけれど、今目の前にいる子どもたちが社会でどう生きていくかはやはりいつも考えていることです。

1+1の計算ができることよりも、いろんな人とコミュニケーションをとっていくことの方がこの社会で生きていくには大事なんじゃないかなと最近は思うようになりました。もちろん勉強も大切ですけどね。

—— 最後に学級担任をされている先生に向けて、子どもたちとの関わりについてアドバイスをいただけますか?

伊東:大したことは言えないのですが、「正しく知ること」は大切だと思っています。今の学校現場では、発達に遅れや偏りのある子どもの特性について、教職員の中である程度の知識が共有された上で動いている感じはありますが、実際はまだまだ勉強が足りていないと思います。それは、私も含めて。

ご自身が「この方の話を聞いてみたい」と思うような方の研修会や講演会に参加して、話を聞きに行ってほしいですね。やはり自分から行かないと得られない情報や知識はたくさんあると思っています。