私語、内職、居眠り、教室外への移動も…!? なんでもOKな“自由な授業”で生徒の学力も授業満足度も向上させた方法
はじめに
タイトルを読んで驚かれた方もいたと思います。私は数年前まで勤務していたとある高校の授業で、
- 私語をする
- 授業内容以外のことを行う(内職)
- スマホやPCを使用する
- 音楽を聴く
- 居眠り
- 教室外に移動する
など、学校の授業では普通禁止されている事項のほとんどを許可する、という実践を行っていました。まさに“自由な授業”と呼べるものだと思っています。
「そんなことをしたら授業が崩壊してしまうのではないか」
「生徒の成績が下がってしまうのではないか」
「この実践は成績上位層(または下位層)だけで通用するのではないか」
「教員の負担が増えてしまう」
「教員と生徒との関係性が崩れてしまう」
…そんな印象をもつ先生方もいらっしゃると思います。
しかし、私がこの授業実践を何年も実際に行うことで得られた結果はまったく逆のものでした。
具体的には、
- 授業は決して崩壊せず、協働的かつ効果的な学習集団が構成される
- 成績は向上する。特に、学習意欲が高い層の成績は大きく向上する
- 教員の負担は通常の授業とほぼ同様
- 教員と生徒との関係性が向上する
といった現象が、成績上位層のクラスでも下位層のクラスでも起こっていました。ちなみに当時の勤務校は成績上位層クラスは国公立大学や有名私大への進学を希望する生徒が多く、下位層クラスは就職や専門学校進学を希望する生徒が多い状況でしたので、私はこの実践結果は生徒の学力レベルに関わらず同様の結果となるものだと考えています。
ただもちろん、安易に上のような授業実践を行っても、このような結果になることは難しいとも考えています。最大のポイントは「生徒と教員が“学びの在り方”について意見を出し合い、提案と改善をくり返しながら授業スタイルを共に創っていく」こと。“自由な授業”はその過程を経て生まれたものであったからこそ、上述のような成果が得られたのだと私は考えています。
この記事では、私の数年間の実践をもとに「教室の風景」「大事にしていた考え方」「“自由な授業”の効果」「これから実践する方へ」といった内容を紹介していきます。
※ 似たような授業スタイルで『学び合い』や「単元内自由進度」といった有名な取り組みもありますが、この記事で紹介する実践はあくまで「生徒と教員が一緒になって“自由な授業”を構築していく」ことが主眼となっています。そのことから、この記事ではこの授業スタイルを“自由な授業”と表現し、他のスタイルとは別のものと捉えています。
教室の風景
「はじめに」で挙げたような“自由な授業”を実践すると教室の雰囲気はどのようになるのか、その1コマを見てみましょう。(授業の進行方法は生徒の意見に合わせ少しずつ更新していったため、以下の内容はあくまで授業の一例ですが、実際に同様のことが起こっていました)
授業開始・全体への話
授業開始のあいさつが終わると、その日のプリントを配布します。配布するプリントは後述する「“自己規律化”達成シート」と、前回の授業後に生徒が「ほしい」と言ったプリントです。
何もなければプリント配布後すぐにメインの学習時間へと突入しますが、試験範囲や授業進行方法等についての連絡があるときは、この時間に話をします(生徒からの希望があった場合はこの時間に小テストを行ったこともありました)。話はなるべく短く、5分以内に終わらせます。生徒にも「この最初と最後の話だけはしっかり聞いてね」と念を押します。
学習開始
生徒は自分の行いたい学習方法に合わせて各自場所を移動し、それぞれの学習を開始します。当時は一応の目安として、以下のようなゾーン分けをしていました。
① 教室前方
教員の講義を聞くことで学習したい人のゾーン(基本的にここにいる生徒に向けて授業を行います)
② 教室後方
グループワーク・話し合いをすることで学習したい人のゾーン(話し声の大きさは前方の授業の声が聞こえる程度に、としていました)
③ その他の場所
自習等により学習したい人のゾーン(スマホやパソコンを使って学習する際はイヤホンを付けることを必須としていました)
この配置を一応の前提としますが、例外はもちろん出てくるので、その都度生徒の要望を聞き取りながら判断をしていきます(例えば、授業を聞きたいわけではないが板書を撮影したいので教室の前方に居たい、といった生徒には、場所の移動を認めたりしました)。
教員はこの配置の中で、基本的には①の位置の生徒に向けて通常の一斉講義を行い、問題演習など机間指導をするタイミングで②③の生徒に声をかけます。その意味で、授業中の教員の動きは通常の授業とほとんど変わりません。
また、授業中に①~③を切り替えることも許可していました。そうすると「周りでいろんなことをしていると集中できない生徒も出てくるのでは?」との心配の声も聞こえそうですが、「グループで学習してみたけど分からないから先生の話を聞いてみた」という生徒や「先生の話がすぐに理解できたから自習に移った」という生徒が出てきたり、一斉講義の中で“大事なポイント”を説明しているときには教員に注目する生徒が増えるなど、生徒が自分に必要な内容を自力で取捨選択している様子が見られました。私自身、その点は非常に興味深かったです。
実際、この実践を実施していると外部からの訪問者の方の多くは最初に「これは“崩壊”している授業なのでは?」と驚くのですが、10分も見学していると「これも一種の秩序立った“学習の場”なんですね」と納得してくださいます。生徒たちに「この授業“崩壊”しているように見えるらしいよ」と言ったら、生徒から笑いが起こったこともありました。この授業が“崩壊”とはほど遠いものであったことは、生徒の目にはそれくらい明らかだったのだと思います。
ちなみにタイトルにも書いたように、この授業は居眠りも許可していましたが、その場合は③の場所で寝ることを推奨していました。その際、基本的には寝ている生徒は起こさないのですが、「どうしても起こしてほしい人は事前に伝えてね」と生徒に伝えておきました。意外なことに(?)、毎年数名の生徒が「寝ていたら起こしてください」と私に言いに来ていました。そういったことからも分かるように、この授業スタイルを行うにあたっては「○○を許可すると多くの生徒が~~のような(不適切な)行動をとってしまうのでは…?」という疑いを捨て、「生徒は自分で自分に必要なことを理解しているはず」といった前提で、生徒の判断を信じることが大事なのではないかと考えています。
授業終了
席を最初の場所に再度移動します。
最後の5分ほどを使って、「“自己規律化”達成シート」にその日の授業のふり返りを書いていきます。次の授業の際にこのようなプリントがほしい、授業で○○をしてほしいが可能か、といった授業に関する要望もそこに書いてもらいます。
前者のプリント希望については、学校で導入しているプリント作成ソフトで作成できる範囲のものであればすぐに作成、それ以外のプリントの場合は1週間以内に作成する、というようなルールで要望を受け付けていました(中には志望校の過去問を持ってきて「これと似た問題を5年分つくってください」と言ってくる猛者もいました)。
後者の授業の改善要望については、基本的には認める方向で実施していましたが、「授業の進度をもっと遅くしてほしい」のように他の生徒との調整が必要な件については次の授業開始時にクラスで相談するなどのプロセスを取っていました。
以上が、毎回の授業の流れです。
授業後には次の授業の準備に加え、「“自己規律化”達成シート」にコメントを付けたり、要望されたプリントの作成などを行います。これだけ書くとかなりの業務量に思うかもしれませんが、この授業スタイルでは一斉講義のニーズが限定されるため、実際には講義のための準備時間がかなり短縮されます(具体的には、早く終わった生徒に向けての追加課題などの特殊な教材の作成が不要になります)。私はその余剰時間でコメント付けやプリント作成をしていました。
大事にしていた考え方
自分の“学び”は自分で掴む
この授業のルールや実際の様子を紹介してきましたが、その根本となる考え方を1つ挙げるのであれば「自分の“学び”は自分で掴む必要がある」ということでした。
生徒たちにも、事あるごとに次のようなことを伝えていました。
① 人にはそれぞれの“学ぶ目的”がある
将来の目標や“教科を通じて成し遂げたいこと”は人それぞれである
② 人にはそれぞれ、自分に合った“学び方”がある
目で見たものが記憶に残りやすいタイプ(視覚優位)や音で聞いたことが記憶に残りやすいタイプ(聴覚優位)など、人には特性があり、それに従って学ぶことで効率的に学習することができる。
※ 実際にタイプ別の勉強法の本を授業中に紹介していました。
③ 人にはそれぞれ“学びたい”と思うタイミングがある
「毎日コツコツ」は一種の理想的な姿ではあるが、実際には学びのペースを常に一定に保つのは難しい。その上で大事なことは、つまずいたり立ち止まったとしても諦めず、自分が『学びたい』と思ったタイミングで確実に学びを掴んでいくことである。
これらを伝えた上で、私が教室の前で行っている授業はあくまで「学習プロセスの一例」であって、生徒たちはそれを参考に留めた上で、「何のために」「どのように」「いつ」学ぶかを最後は自分で決定してほしい、と話していました。
“学びを掴む力”を高めるための取り組み
上述のように「何のために」「どのように」「いつ」学ぶかを最後は自分で決定してほしい、と口では伝えても、それをすぐに実践できる生徒は多くありません。実際、教員が上述のような“自由な授業”を提案しても、その授業スタイルを最初から有意義に活用できない生徒もいます。“自由な授業”の効果を高めるには、生徒の“学びを掴む力”を高めていく必要があるのです。
生徒の“学びを掴む力”を高めるため、私は以下の2つの取り組みを意識的に行っていました。
“自己規律化”達成シート
1つ目の取り組みは「“自己規律化”達成シート」というものです。
これは、私が「“自由な授業”におけるルールとはなんだろう?」と考えた末に作成したシートです。
授業のルールというと、一般的には「私語をしない」「予習を欠かさない」「当てられたら『はい』と返事をする」といったものを想像することが多いと思いますが、それは“自由な授業”で目指すところとは異なります。
そこで私が設定したルールは以下の2つでした。
- 自分が“達成したいこと”を実現するために、自分に必要なルールを自分でつくること
- そのルールを達成できるように毎回の授業でふり返りを行うこと
自分で自分のためのルールをつくり、そのルールを守れるようになること。これを実現させるための補助プリントが「“自己規律化”達成シート」です。
このプリントには、上から
- 自分がこの授業を通じて達成したいこと
- そのための自分のルール
- 毎回の授業のふり返り(自分のルールを達成できたかや、目標達成のために教員に依頼したいことなどを記入)
- ふり返りに対する教員からのコメント
を書く欄があります。
このシートへの記入とコメントのやり取りを通じて、生徒に「“達成したいこと”を意識して授業時間を過ごすこと」「自分にとってのよりよい“学び方”を模索していくこと」を意識的に行ってもらい、生徒の“学びを掴む力”を高めていきました。
実際、このシートには生徒の成長過程が一目瞭然に現れます。
毎回PDCAをしっかりと回しながら自分の学び方を改善していく生徒、最初は「今日は眠かった」と書いていても「やっぱりちゃんとやらないとダメだ」「教科書を2ページ進めた」「楽しくなってきた」と変化していった生徒など、日々自分の目標に向き合いながら学びを掴んでいく過程が如実に見て取れるのです。
「君たちはどうしたい?」
2つ目の取り組みはずばり、日々の授業中の声がけです。
“自由な授業”を行う中で、私は事あるごとに
「君たちはどうしたい?」
という問いを発していました。
この問いは、1年の最初の授業の日にまず発せられます。
「君たちはどうしたい?」と私が聞くと最初は、多くの生徒たちがあっけにとられたような顔をします(それまでにそういう問いを投げられていなかったのでしょうから、ある意味当然ですが)。多くの場合、そこで生徒たちは恐る恐る「友だちと教え合いながらやってもいいですか?」「毎回小テストをやってもらってもいいですか?」など、“先生に怒られなさそう”で遠慮がちな提案をしてきます。最初にそれらを1つずつ認め、次のタイミングにはまた一歩生徒の提案を取り入れていく、というプロセスを経ながら少しずつ授業の自由度を高めていくのです。
そのプロセスの中で、時には教員側からの問題提起も行います。たとえば「この前の授業形式だと◯◯の人にとってはやりにくいのかなと思ったんだけど、どうすればいいかな?」のように、教員側から「一人ひとりの“学ぶ目的”や“学び方”を尊重している」というメッセージを発信していくことで、次のステップへと進んでいきます。
このようなやりとりを繰り返していくと、生徒から「音楽を聴いた方が集中できるので、イヤホンで音楽を聴きながら自習をしてもいいですか?」「今は小テストの内容が全然分からないので、小テスト中に別の基礎問題を解きたいんですが、問題をつくってもらえますか?」「授業の動画をYouTubeにアップしてほしいです」といった“普通は先生に怒られそう”な提案が増えていくのです。
多少逆説的ですが、“自由な授業”をよりよい形で実現させていくために大切なのは、前述のような“自由な授業”を目指しすぎない、ということなのだと思います。「君たちはどうしたい?」という質問を繰り返し、そこで返ってきた反応をもとに少しずつ“自由な授業”に向かって授業改善をしていくことで、生徒に「自分の“学び”は自分で掴む」という考えを伝えていくことが大事なのだと考えています。
このようにすると、もちろん予想外のパターンのこともあります。ある年は、初回から「外に出て自習をしてもいいですか?」と聞いてきた生徒がいました。これは私から見てもかなりの急アクセルな提案でしたが、それを認めたところ(安全管理上の最低限の条件は付けましたが)、数週間でその生徒は「やっぱ捗らない気がします」と教室に戻ってきました。
ほかにも、「先生の授業を普通にやってもらえれば大丈夫です」と半年以上も大きな提案をしなかったクラスや、「先生は教室をうろうろしていてくれるのがいちばん助かります。最初の連絡もプリントなどで配ってください」とほぼ自習監督状態だったクラスなどがありました。このように、“自由な授業”の形式は基本形こそあるものの、生徒集団の性質によって様々な発展形があって良いと思っています。
次のページでは、生徒の学力・非認知能力の向上を含めた「“自由な授業”の効果」と、実践のためのポイントなどをまとめた「これから実践する方へ」を取り上げます。
最新記事やイベント情報が届くメールニュースに登録してみませんか?
-
齋藤暁生