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選挙候補者に会い、“自分ごと”で政治を考える。リアルな社会の動きに合わせて学ぶ、社会科教員の挑戦

  • 建石尚子

多くの人が政治的教養の必要性を感じているものの、教員にとっては、学校の授業で政治的な内容を扱うことに対して難しさを感じるという声も耳にします。

「社会に関心を持ったり、社会の面白さを感じてほしい」そう話すのは、大阪府立高校で社会科を担当する榎原佳江さん。以前から大阪都構想や選挙、新型コロナウイルスなど、教科書の枠を越えてさまざまな時事ニュースや社会の動きと連動させた授業を行ってきた榎原さんは、どのような思いで授業づくりをしているのでしょうか。生徒たちの変化や、授業を通して感じていることを聞きました。

各政党を調べ、選挙期間に模擬選挙

ーー榎原さんは、普段から社会の動きと連動させた授業をしていますよね。具体的にどのような授業をしているのでしょうか?

最近は、「現代社会」の授業で参院選を扱いました。実際の選挙がある1ヶ月前からテキスト教材を使って選挙のことを学び、その後はグループごとに調べたい政党を1つ決めて、その政党について調べる時間を取りました。調べた政党についてグループごとに発表し、最後は模擬投票です。投票箱は実物で、事前に自治体の選挙管理委員会からお借りしたものを使いました。

ーー生徒たちは、どのように政党のことを調べるのですか?

各政党の候補者が街頭演説をする日時や時間はSNSに上がっていることが多いので、中には自分でそれを確認して、その場所まで行って話を聞きにいく生徒もいました。他にも、アポを取って事務所に訪問したり、質問したいことを書いた紙をFAXで送ったりする生徒も。ホームページにはマニフェストが載っていますが、高校生が読むには難しすぎるんです。候補者や関係者の方と直接やり取りをさせてもらうと、わかりやすく説明してくれることが多いなと思います。

社会とのつながりを感じる体験に

ーー選挙が終わったあとの生徒たちは、どのような様子ですか?

実際にお会いした方が国会で答弁している様子をテレビで見たり、当選して国会議員になったりしたときは、「私が写真を撮った人!」「俺が質問しに行った人!」と反応していますね(笑)以前より、政治家の方を身近に感じるようになったのかもしれません。

生徒たちには、世の中で起こっている出来事が「自分と関係している」と感じられる体験が必要なんだと思います。授業で扱われる内容について、自分とのつながりを感じられないまま学んでいることは多いのかもしれないですね。必死で政治家になろうとしている大人に出会うことで、生徒たち自身の声のあげ方も変わるし、社会の見方も変わる。急激に社会の一員になる感じがします。

ーー選挙の授業を通して、印象的だったエピソードはありますか?

なんとなく持っているイメージや周りからの影響で、「この政党がいい」と思い込んでいる生徒がいました。でも実際にその政党の候補者に会ってみると、邪険に扱われる体験をしたようです。そうすると、やっぱりその政党に対して感じることが変わってくるわけですよね。単純に「嫌な対応をされた」という表面的なことだけではなくて、その対応によって、高校生たちは「誰を見て政治をしているのか」という候補者の価値観を感じ取るんです。教科書だけでは学べないことだと思います。

ーーこの授業を受けて、生徒たちの選挙に対する意識は変わったと感じますか?

実は、そこが課題なんです。授業をしているときは選挙のことを考えたり、投票率の低さを話題にしていたのに、実際に選挙権を得ても投票に行かない生徒の方が多いなと感じます。この前会った卒業生は授業のことはよく覚えてくれていましたが、投票に行ったか聞くと、「行こうとは思ってたんだけど、ちょっとバイトがあって…」みたいに返ってきたり。悲しい気持ちにはなりますが、投票に行かなかった生徒や卒業生を責める気にはならないんです。

やっぱり1人で複数の政党を一つ一つ調べて比較して、選挙に行って投票するのは、すごくハードルが高い。授業で選挙のことを扱って1ヶ月かけて調べ、模擬選挙をしたときとでは全く状況が違うんです。

中には、家に届いた投票所入場券を持って、「先生!これ届いた!」と見せに来てくれた子もいました。そんな前向きな子でさえ、「誰に投票したらいいかわからん」って言うんですよ。でも、わからなかったとしても、その状態と向き合って言いにきてくれたことはめちゃくちゃ嬉しかったです。それくらい悩んで向き合ったんだなと思って。

身近なところから自分たちの生活を考えることが、“主権者教育”

ーー投票先を決めるためには、自分自身が何を大事にしているかをわかってることも大切ですよね。

そうなんですよね。例えるなら、選挙は“お祭りの当日”のような感じです。お祭りの当日を迎えるまでには、準備がありますよね。同じように、日々の学びがあるから実際の選挙に活きるんです。

普段の授業では、話題になっている時事ニュースや裁判、労働、税金などをテーマに扱ったりしています。自分たちが生きている社会で起こっていることに目を向け、「自分はどう思うか?」を考えることが大切だと思っているからです。投票した後も、「自分はこの争点で投票したけど、別の争点で見たら、支持するのは違う政党だったかもしれない」と気づいたりすることがあります。そうやって、いろんな見方を学び、自分自身の価値観や考え方と向き合っていくために、日々の学びがあるんです。

“主権者教育”というと、「選挙に行こう!」「主権者になるためには?」という文言が目立ちますが、それより、もっと自分たちの生活に近いところにある学びだと思っています。例えば、大阪にはいろんなルーツを持つ生徒たちがいます。そうすると、「在日外国人の方には投票権がなくていいのか?」という問いが生まれたりする。自分たちの周りにいるリアルな人や自分たちを取り巻くリアルな社会から、自分たちの生活を考えることが、“主権者教育”なんだと思います。

叩かれることは恐い。でも自粛はしない

ーー政治的なことを授業で扱うのは、リスクも伴うと思います。その点は、どのように考えていますか?

偏らないようにすることは、もちろん意識しています。あまりこちらから情報提供しすぎず、生徒たちが自分で調べたり、考えたりする時間を多く取るようにしています。生徒たちが調べている内容が偏っているなと感じたら、あえて違う内容の資料を持っていったりすることもあります。

でも、どのトピックを授業で扱うかを選択することでさえ、すでに偏ってしまっているんですよね。例えば、「安倍元首相の国葬の是非」について授業で扱っても扱わなくても、どちらを選んでも、「政治的だ」と言われるとそうなってしまうんです。だからと言って、それを恐れて授業で扱わないことはしません。私が自粛してしまうと、生徒たちが自分と社会のつながりを感じたり、自分自身がどう考えるのかを学ぶ機会を奪ってしまうからです。

政治的なことを扱っていると、「明日には叩かれるかもしれない」という気持ちと常に隣り合わせです。もし「この授業は偏向教育だ」と思われてしまったら、これまでやってきたことがゼロになるどころか、むしろマイナスになってしまいます。そう言う意味では、教員人生をかけてやっています。

ーー最後に、どのような思いで授業をつくっているか教えてください。

生徒たちには、自分の生活の中で生まれた疑問や、不満も含めた思いが、社会の中でちゃんと受け止められることを学んでほしいと思っています。そのためには、まずは社会を知ることが第一歩だと思います。私たちが暮らしている社会は、教科書を読むだけでは学べません。実際に人に会ったり会話をすることで、生徒たち自身が考えることを大事にしていきたいです。

私自身は、「生徒に何かを教えてあげよう」とは全然思っていなくて、「一緒に考えへん?」という気持ちでやっています。そのためには、1人の人間としてどう社会と向き合うかは大切にしたいですし、高校生と出会うときにかっこ悪い大人ではいたくないなと思っています。人間性も含めて、授業で勝負したいですね。

ーー榎原さん、ありがとうございました


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建石尚子

1988年生まれ。中高一貫校で5年間の教員生活を経て、株式会社LITALICOに入社。発達支援に携わった後、2021年1月に独立。現在は教育に関わる人や場を中心に取材や執筆をしている。「メガホン」の運営団体であるNPO法人School Voice Project 理事でもある。

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