誰もが居心地のいい教室環境をつくるには? フィンランドの事例に学ぶ、物的・空間的な環境づくりの工夫
すべての子どもたちを受けとめるために学校教育の枠組みそのものを見直していこうという「インクルーシブ教育」。子どもたちの学ぶ環境を整える「基礎的環境整備」や「合理的配慮」が注目されています。とはいえ「誰もが学びやすい環境っていったいどんな環境?」「どのようにつくっていけばいいの?」という疑問も湧いてくるのではないでしょうか。今回は北欧・フィンランドの事例を参考に、学校の物的・空間的な「居心地」について考えます。フィンランドの学校をこれまで30校以上視察し、現地での教員経験もある地下智隆さんにお話をうかがいました。
地下さんとフィンランドの関わり
ーーはじめに簡単に自己紹介をお願いします。
今は鹿児島の沖永良部島(おきのえらぶじま)で子ども居場所づくりの活動をしています。フィンランドの学校に勤めた経験がきっかけとなり、日本のローカルな場所で北欧のエッセンスを取り入れた教育活動がしたいと思って始めました。
ーーフィンランドの教育との関わりを詳しく教えてもらえますか?
フィンランドにはこれまで6回渡航したことがあって、期間としてはトータル1年2ヶ月ぐらい現地の学校現場に関わりました。前半の半年間では、公教育にスポットを当てて、都会の学校から田舎の学校まで30校くらい視察しました。小学校をメインとしつつも、幼稚園から専門学校、大学までさまざまな現場を見てきました。フィンランドの教育システムは、誰もが平等に教育を受けられる環境が幼児期から大学までつながっているのが特徴なので、その点を学びたいと思ったからです。後半は、幼小中高一貫の学校に勤めました。そのときは、学校教育と地域、行政など、子どもたちを取り巻く環境がどのように成り立っているのかに着目して働いていました。
ーー30校とは、かなりたくさん見られましたね。
やはり1つの学校だけでは、わからないことも多くあります。複数の学校を見ることで比較ができると思ったので、地域を越えてさまざまな学校を視察しました。訪問したのは、田舎の学校や、生徒数の多い学校など。メインで行っていたインターン先の学校は新設校で最新の設備が揃っていたので、訪問先はそこと違う要素があるかを意識して選びました。
目の前の子どもに合わせた環境づくり
ーー地域ごと・学校ごとに違いがあると思うのですが、教室環境としてはどんな点が特徴的でしたか?
先生たちの考え方として共通していたのは、目の前の子どもたちを見て、その子にあった教室環境を、子どもたちと話し合いながらデザインしていくという点です。なので、入る教室によって置かれているものが違います。体の動きがあった方が集中できる子が多いクラスでは、バランスボールやバランスチェアが多く置いてありました。目の前のその子が、どうやったら教室の中で一緒に学べるかを考えて、置くものを選んで、試行錯誤しながら環境づくりをしているんだなということが伝わってきました。「子どもたち一人ひとりには、それぞれに合う学びのスタイル・過ごし方がある」という知識や考え方が前提として共有されていることにも驚きました。複数の学校をまわりましたが、この視点は、しっかり共通認識になっていて、しかも予算が充てられています。その中で一人ひとりの先生が工夫しているのが印象的でしたね。
ーー予算が確保できているというのは、たとえば「教室にバランスチェアを置きたい」となった場合に、新たに予算がもらえるということですか?
ものが自由に買えるというよりは、特別な支援が必要な子どもの人数を学校が行政に連絡すると、人数に合わせて予算が下りるかたちでした。特別なニーズのある子どものためにおりた予算を具体的にどう使うかの裁量は学校や担任の先生にあるようです。
ーー「多動性の高い子にはバランスボールやバランスチェアはどうだろうか」といった発想は、そもそも情報を知らないと湧きづらいのではないかと思います。こうした、教室で過ごす際や学習に取り組む際の助けになるグッズの選択肢は、フィンランドの教育者の間ではすでに一般化されているのでしょうか?
僕が働いていた5年ぐらい前(2017年頃)が、ちょうど教室に学習の助けになるようなグッズが導入され始めた頃でした。大学レベルの研究では、学校で長時間座っていることが子どもたちに悪影響を与えると指摘されていました。さらにインクルーシブ教育の観点からも、子どもたちが自由に動けないことへの問題意識が学校現場にはあって。そういう背景で、バランスボールなどを使うようになりました。また、フィンランドでは、1年に1回、国内の教科書会社や教材教具開発している団体、教育に関連するNPOなどが一堂に会する「エデュカ」と呼ばれるイベントがあり、そこに全国から先生が集まるんです。先生たちは「エデュカ」でいろんな教材やグッズを見て、自分が教えている子どもたちに合うものは何だろうと考えるんですよね。新しい教材やグッズとの出会いを通して、個別のニーズや特性に応じた支援について、情報をアップデートする機会にもなっていると思います。
ーー教室環境の工夫や配慮として、他にはどんなものがありましたか?
印象的だったものはイヤーマフです。子どもたちが必要だなと思ったらいつでも使えるように教室の前に置いていました。
あとは、パーテーションを置いて授業を受けてる子もいましたね。それも先生に許可をとって使うというよりは、周りが気になって集中できない時など、自分が必要なタイミングで自分で持ってきて使える感じでした。
ソファもフィンランドの教室にはよく置いてあるんですけど、中にはソファの両側に目隠しになる仕切りがついているものもありましたね。ソファがあると子どもたちで取り合いになるんじゃないかと思ったんですけど、全然そんなことはないんですよ。順番制になっているわけでもないのに。本当に自分にあった環境を子どもたちが選んで過ごしているのがすごく印象的でした。
ーー「教室の中にいろんなものがある」のが、特別なことではないという感覚があるのかもしれませんね。
フィンランドでは、日本と比べると、かなりリラックスして授業を受けている印象はあります。ある学校で、寝転びながら算数の問題を解いている子どもがいたので、驚いて先生に「どういう意図があるんですか?」と聞いたんですよ。そしたら、「子どもが一番学びやすいスタイルを選んでいるのだから、集中できているならいいんじゃないか」という返事が返ってきました。いつも”正しい姿勢”でいることよりも、その場その場での目的を大事にしているんですよね。フィンランドでも式典などの際には、オフィシャルな場での振る舞いとして姿勢を重視することはあります。学びの場をオフィシャルな場と捉えるのかどうかが、1つの違いとしてあるのもしれませんね。
ーーほかにも学習環境について印象に残っていることはありますか?
教室の外でも学べるデザインがされている点も特徴だと思います。廊下も学ぶ場の1つとしてすごくこだわってつくられているなと感じました。たとえば、廊下にも教室にあるような机と椅子が並べてあったり、ソファが2つくっついていてミーティングができるようなスペースがあったり。あとは、高さを変えられる机があって、立って学んだり座って学んだりをフレキシブルに選択できるようになっていたり。
教室の外に学びの空間が広がっている・・・というのはフィンランドではそんなに珍しいことではありません。ただ、都会では、学校施設のキャパシティ的に難しい場合もあるかなと思います。そういう地域ではむしろ、街全体が子どもたちにとっての学びの場という感覚があったように思います。地域の図書館に気軽に出かけていく、というような。
休むこと、対話することに主眼が置かれた職員室
ーー大人が働く環境で印象的だったものはありますか?
大人が過ごす環境もすごく大事だと考えられていて、職員室がリラックスできるデザインになっていました。職員室は仕事をする場ではなくて、安らぐ場なんですよね。コーヒーを飲みながら、日常的な会話や対話が生まれる仕掛けがあるなと思いました。職員室に入ったら休まるんですよ、「ふぅ」って。みんな肩の力を抜いてリラックスしていました。校長先生に職員室づくりで大事にしていることを聞いたら、「1人ひとりが安心して働ける環境をつくっていきたい」とおっしゃっていました。教室づくりで大事にされていることが、職員室づくりでも同じように大事にされているということですよね。
日本の公教育の中でできること
ーー日本の学校でフィンランドの空間環境づくりのエッセンスを活かすとしたら、何ができると思いますか?
どんな環境だったら集中できそうか、居心地がいいのか、子どもたちと一緒に考えられるといいと思います。予算がかかる部分もあるので全部は難しいかもしれませんが、もしかすると、中には実現できるものや、自分たちで変えられる環境もあるんじゃないでしょうか。職員室についてもそうですよね。まずは「あったらいいな」と話すところから、始まるんじゃないかなと思います。
また、フィンランドの先生は、「目の前の子どものことを一番わかっているのは担任の先生」「まず目の前の子どもたちのことを見るんだ」と口を揃えて言っていました。その言葉が、僕にはすごく響いたんです。どんな時も、そこを大事にして、日々子どもたちと関わっていきたいと思っています。
ーー地下さん、ありがとうございました!
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メガホン編集部